第1話 運命の出会いは、奴隷市場で
その日、僕は魔が差した。そうとしか言いようがない。僕の名前は吾妻良一郎。もとは広島県の地方都市に住む、ごく普通の高校一年生だった。
辛かった受験を乗り越えて進学校に入学したのも束の間、トラックの運ちゃんが起こした事故に巻き込まれ、あっさり昇天。
死んだと思ったら、ラノベお決まりのテンプレ展開だ。イレギュラーな死だった僕に、女神様のお慈悲で「異世界転生」のチャンスが与えられた。
「お詫びです! チートガチャ一回どうぞ!」
ノリの軽い女神様からもらったチートアイテムは、抽選で引き当てた「魔剣」一本。 そして僕は、中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界に降り立った。
――テンプレかよ! と心の中で突っ込みを入れる暇もなく、魔剣一本と最低限の装備・資金を手に、冒険者ギルドの前に立たされたのが、一年前のことだ。
自分で言うのもなんだが、僕は世間知らずで経験不足だ。バイトしたことさえなく、役所で書類の一枚も取得したことのないコミュ障が、上手く冒険者など務まるはずがない。
* * *
その後の僕の生活は、それはもう地味だった。かろうじてお話しできるギルド受付嬢のお姉さんに冒険者登録をしてもらい、日々、糊口をしのぐ程度の低難度依頼を受けていく。
幸い、魔剣は装備した者の能力を問答無用で爆上げするというチート中のチートだった。僕は剣の振り方すら知らないド素人だが、魔剣が勝手に戦ってくれる。「ひ、ひぃ……!(う、腕が勝手に……!)」と内心ビビりながらも、外から見れば無口でクールな凄腕ソロ冒険者になっていたらしい。
そんな生活が一年ほど続いた。魔剣のおかげで稼ぎはそれなりに増えたものの、生来の引っ込み思案とコミュ障が足を引っ張った。パーティーメンバーなんて、もちろんできるはずがない。自分から「入れてください」と飛び込む勇気もない。
ギルドの依頼は複数人向けのものが多く、ソロとパーティーでは稼ぎが違った。このままじゃダメだ。なんとかしなきゃ。
――そんな時、耳に入ってきたのが「奴隷」の話だった。
* * *
この世界では奴隷の存在は当たり前だ。僕の世界で語られるほどひどく虐げられてはいないものの、社会のあちこちに存在している。冒険者たちにも、荷運びや雑用、あるいはスキル持ちを雇って戦闘に使役する者が多かった。
ふと、貯まった金貨に気が大きくなった僕は、恐る恐る奴隷商を訪ねた。商人は満面の笑みで僕を招き入れてくれた。「冒険者用の使役奴隷が欲しい」と伝えると、奥のスペースへと通される。
そして、僕はそこで彼女を見た。檻の中で静かに佇む麗人。息を飲むほどの美しさだ。銀色の髪、赤い瞳、長い耳。溢れる美貌と、鍛え抜かれたような完璧なスタイル。 そして何より、視線が釘付けになったのは、その褐色の肌だ。俗にいうダークエルフというやつだろう。
……正直に言おう。僕の「どストライク」だった。
(くっ……なんだこの圧倒的なフェチズム……!まるで僕の脳内性癖を具現化したような存在じゃないか……!)
思考が一瞬停止した。いや、待て。こんな上等な麗人だ。僕の予算では無理だろう。そう思ったとき、商人がにやりと微笑んだ。
「ほっほっほ。お客様は大変お目が高い。お気に召しましたか? お安くしておきますよ」
* * *
檻の中の彼女、イリスも僕を見つけて、キラキラの瞳で見てきた。そして、おずおおずと口を開く。
「あ、あのー……私を、買っていただけませんか? 必ず、お役に立ちます」
その声は、見た目の妖艶さとは裏腹に、驚くほど純粋で寂しげだった。
「わ、私……ここから出たいんですぅー……!」
涙目で懇願するイリスの姿に、僕は内心で「尊い……!」と拝んだ。もう、この時点で予算オーバーだろうが何だろうが、彼女を買いたいと思い始めていた。僕は商人に、彼女のことを尋ねた。
「えーと、この娘なんだけど冒険者向けなのかな?」
「この娘は神官戦士でしてな。回復魔法や戦闘術も使えます。冒険者のお供なら最適かと」
「そ、そうなんだ……でも、そんなに能力が高いんじゃ、お値段もバカ高いだろ? 僕じゃ無理だなぁ……」
僕のセリフに、商人は首を横に振る。
「いえいえ、そんなことはありません。実は訳ありで……正直、破格でお出ししますよ」
僕は一瞬ためらったが、同時に中二病的な好奇心が首をもたげた。訳ありの理由次第じゃ、買ってみるのもアリだ。トラブルに巻き込まれたら、それはそれで見せ場になる!(魔剣があればなんとかなるだろ!)
「ど、どんな訳ありなの?」
商人はここで初めて声のトーンを落とした。
「実は・・この国ではダークエルフはあまり好まれないのです。肌の色が原因で買い手がなかなかつかず、もう一年が過ぎた状態です。しかし能力は保証します。偏見や差別のないご主人様なら、最高の奴隷ですよ」
「…………」
しかし、僕は反射的にその言葉に反応した。
「そ、そんなの……(人権教育を受けた日本人として)肌の色や出身で人を差別してはいけない!」
(――いや、そうだろう!これだから異世界人は困ったもんだよ)
「それに、その……偏見や差別のないご主人様からなら、最高の奴隷なんですよね?」
商人は満面の笑みで、獲物を見る目になった。
「ええ、保証します! 貴方様のような買い手をお待ちしておりましたぞ」
僕は震える声で尋ねた。
「お、おいくらですか……?」
商人はニヤリと笑う。
「金貨20枚でいかがでしょうか?」
買える金額だった。僕がこの一年で稼いだ貯金の、半分ちょっとだ。何より、檻の中のイリスが、真っ直ぐ僕を見つめている。彼女のすべてが、僕の「どストライク」なのだ。
ちょっぴりエッチな妄想と、「ヤバい美少女を助けたい」というヒーロー願望に脳を焼かれ、僕は人生最大の決断をする。
「お、お願いします! 是非、その娘を売ってください!」
その一言が、コミュ障の僕をこの世界を揺るがす騒動と、とろけるような甘い同棲生活に突き落とすのだった。
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