1.3.10 k:誕生
多分最後の主人公です。
『1.2.2 Δ:五つ目のエンディング』の内容を多分に含みます。
[ ]・・・モンスターの言葉
〔 〕・・・モンスターの心中
「 」・・・プレイヤー・NPCの言葉
( )・・・プレイヤー・NPCの心中
[はぁ、はぁ、はぁ]
廃墟と化し、森に覆われたかつての大都市の中、現在進行形で追われる者がいる。
その者の毛は茶色が多い種族の中では珍しい漆黒で、闇夜の中によく溶け込むが、血や汗の匂いを消しきれるほどではない。
[ふんっ、あれが最後か。つまらん。]
[相変わらず逃げ足だけは一品だな。]
[逃げろッ逃げろッ!]
追う者はオーガ、オーク、ゴブリンの軍勢。協力して動いている訳ではなく、互いに牽制しながら狩りをしている。三つの勢力がなぜこうも同じ獲物を追いかけているのか。
それは単純明快。かつてこの地にあったのは四大勢力であったからだ。その一角が崩れ、その支配域を狙おうとしているのである。数は少ないが知略に長け力も強いオーガ、鈍重かつ大食漢だがオーガ以上の剛力を持つオーク、矮小だが数が多いゴブリン、そして夜目が利き連携を得意とするコボルト。そう、襲われているのはコボルトである。
コボルトは軍団をもって人間の村を襲い、敗北した。結果として戦力の大半を失い、弱ったところを他の勢力に狙われているということだ。この世界ではモンスターを絶滅させることは不可能だ。モンスターは闇の中からひとりでに湧く。数が少なければ多く、多ければ少なく湧くので、ある程度の均衡は保たれる。だが、支配域までを取り戻すようにはできていない。今回のように一気に勢力が縮小すれば、別の均衡状態に遷移してしまう。四大勢力の均衡ではなく、三大勢力の均衡にだ。そして三者のほうからすればそちらのほうが幾分も都合がいいのだろう。
かつて王に仕えていたこの子コボルトは、王の側で最後まで戦うことなくひた走っていた。森に残した仲間に敗戦と王の死を告げるために。なんと屈辱的なことだろう。供廻りの中で最も若く、そして足が速いことを理由に主君に殉じることすら許されなかった。
だが、それを伝えることは無かった。伝える相手がいなくなっていたからだ。オークの軍団が残った弱ったコボルトを襲い、壊滅させていた。オーガが敗走する軍団を襲撃し、オークが集落を潰し、ゴブリンが散り散りに逃げた残党を狩る。なんとも手際のいいことだ。
勢力を築くのには、新しく生まれた個体を保護し、育て上げるという意味がある。これはある種家族に似た関係となる。だが、ここまで数を減らし、Lvの高い仲間を失えば、人間たちへの復讐どころか勢力の復興も叶わない。たしかにコボルトという種が滅ぶことはない。けれど、これではスライムなどと変わらない平凡なモンスターになってしまう。そして何より、敗北と死を隣で経験し続けたからこそ、子コボルトは死を恐れていた。
[ぐはっ......]
ついに最後の仲間がゴブリンの放った毒矢を受けて斃れた。コボルトは速度ならば三種族に遅れは取らないが、度重なる疲労と周囲全てが敵という状況に本来の力を出せずにいた。先に述べた通り、コボルトの強みは連携であり、単体での能力はさほど高くない。
そして遂に子コボルトはまだ形を幾分か保っている廃墟の中に追い詰められた。その場所が元々は教会だったと見て取れるのは皮肉だろう。戦う意思こそ見せるが、その姿は憐れというほかない。建物の中にはゴブリン、オークに加えオーガの将軍の姿もある。建物の周囲がすでに囲まれていることが、種特有の感知能力によってわかっているのだろう。苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。
[はぁ、はぁ、何故だ! 我らは敵ではないはずだ!]
[この期に及んで何言ってる? 世界は弱肉強食。弱い奴は淘汰される。あのバカな王と同じさ。]
[我が主を侮辱するな!]
[主? は。相変わらずコボルトは甘っちょろいな。だから人間どもに負けるんだ。俺たちモンスターは闇の子だ。拾われたか何だか知らねぇが、尻尾振ってついていくなんてバカのやることさ。]
オーガの将軍が放ったその言葉はある意味で正しい。四つの種族の中で肉親・家族といった概念を持つのはコボルトだけだろう。弱者を排し、強者が集団をまとめ上げる。それが彼らにとっての法であり、生存戦略だ。
そもそもなぜコボルトが軍団で人間の村を襲ったのか。それは食料問題である。オークやゴブリンは果実なども食料とできるし、オーガは絶対数が少ない。しかし、コボルトは基本的に肉しか食べない上に数が多い。そして何より、その仲間意識から弱者を見捨てることができない。この点は、侵攻時の講和エンドの時に重要となるが、残念ながら死に設定となってしまった。
[そもそもデカい口叩いておきながら人間どもに負けたのはお前らだろうが。弱者は強者に従う。それがこの地の掟だ。
おら、生きたいんだろ? 尻尾ふって媚びて見せろ。そしたら少しは考えてやらんでもない。]
[芸でもしこませるか。人間どもはお手だのお座りだの覚えさせるというではないか。]
[ギャハハッ! 面白いッ! おら、三べん回ってワン!だッ。]
[そんなこと、するわけがないだろう!]
[ならば、望み通りにしてやる。]
オーガの棍棒がコボルトの小さな身体を吹き飛ばす。オークやゴブリンもいるが、オーガの将軍に勝てるほどの人数はいない。どうやらこの場はオーガが支配したようだ。将軍という強大な存在も大きいだろう。しかし、残りの二種族にしても分け前はある。そしてそのためには確実にとどめを刺さなければならない。
[【フレイムスラッシュ】][【メタルブレイク】!][【ポイズンエッジ】ッ!]
三色の刃がコボルトを襲う。攻撃を避ける余力も、耐えられるだけの体力も持っていない。しかし、ここでコボルトが斃れるのなら、ここまで語られることはなかった。
確かにこの森においてコボルトの勢力は縮小した。だが、決して三種族の勢力がその分増したわけではない。オーガも、オークも、ゴブリンもその勢力を減らすこととなったのだ。
〔んッ? ドロップが無いッ?〕
土煙が治まった後、戦利品を得ようと近づいたゴブリン。だがその疑問が伝わることはなかった。影が疾駆し、ゴブリンを引き裂く。何者かに襲われていることに彼らが気づいたのはその数が半数を切ってからだった。コボルトと違い統率などがないゴブリン。思い思いに逃げるが、そのまま数を減らしていく。
その状況にオークとオーガは勘づく。彼らの頭に最初に浮かんだのは未知の敵勢力による襲撃。しかし、三種族が揃っている状況で仕掛けてくるような種族に心当たりはない。コボルトの救援という可能性は排除できないが、それならばもっと前に来るだろう。これらのことからわかるように、彼らはすでにコボルトは死んでいるものと考えていた。
[何だ? やけに暗いな。]
そう呟いた途端、闇の中から出現した何体もの狼の影がオークを襲う。オークは巨体ゆえに攻撃力・防御力ともに高いが敏捷性にはかけ、襲撃を受けることしかできない。影の狼は猪や豚を喰らうが如く、腕や脚、首筋に噛みつき、引き倒す。
[ナイトメアウルフか!]
その中でも冷静に事態を把握しようとしていたオークのリーダーですら、その正体には気づかない。たしかにナイトメアウルフはコボルトに協力的なBOSSモンスターであり、先のレイドイベントでもコボルトの危機に駆けつけ、その後は第二エリアの門番となる。
たしかにナイトメアウルフは”影狼”と呼ばれる分身を無尽蔵に出現させる能力を持つ。しかし、ここにナイトメアウルフはいない。人間たちからの追撃を振り切るため殿として廃墟へと至る街道を塞いでいるのだ。
そして”影狼”を出現させた張本人はオーガの元に向かっている。早い話がオークは軽く見られたのだ。そして現に逃げまどっていたゴブリンも、オークも、その多くが塵と化した。
[何者だッ!]
一方そのころ、オーガの将軍は異形のコボルトと向き合っていた。その姿はコボルトと言うにはあまりに凶悪で、先の王子とは似ても似つかぬ姿をしていた。武器は持たず、徒手空拳でオーガを狩って回る。拳で、蹴りで、膝蹴りで。その光景はどちらが”強者”であるかをまじまじと見せつけるものであった。そしてその狙いは将軍の元へと至る。
[ぐッ!]
コボルトの拳を受け止めたオーガの棍棒が砕け散る。オーガは皆歴戦の戦士であり、この個体も例外ではない。当然将軍である以上、その強さはオーガの中でも上位に入る。得物を失ってなお、反撃をしながら冷静に事実を観察する。
〔【狂化】・・・いや違うな。反撃を躱したところを見るに状況判断能力はある。しかしこのような姿、コボルトの進化先に見たことはない。ワーウルフにも似ているが、あれは完全に別種のはず。まさか特殊進化? いや、それなら兆候があるはず。たしかに疑念はあった。なぜあのようなひ弱な個体を後継者としたのか。コボルトにしかわからない何かがあったのか。〕
ストーリー構成の都合上、この個体は子供である必要があった。しかし、いくら若くとも、危急存亡の際に一人だけ逃すようなことは普通はしない。だが、した。端的に言えば逃がしたのだ。まだ幼く、それでいてどこか自分たちとは違う若者にすべてを託したのだ。
通常、モンスターがこのような劇的な変化を遂げることはありえない。これは特殊性による厳選・乱獲などを防ぐ措置でもある。しかし、このコボルトは言わばNPCの一人なのである。原義から見ればNPCはモンスターなども含まれる。しかし長い年月の末か、通常のモンスターを含めることはほとんど無くなった。少なくともこのゲームに置けるNPCは、商人などの人間、隠れ里にいる言葉を放す精霊、そして一部の特殊なBOSS・モンスター、に分類される。そもそも王などといった特別な個体をテイムすることができればストーリーが崩壊してしまう。まあ、レイドイベント中は通常個体でもテイム率はかなり低く設定されていたのだが。
[貴様、もしやあのコボルトか?]
「・・・オレ、ダレ? オマエ、ダレ?」
〔記憶がない? 死霊の類か?〕
「ココ、ドコ? ナニモ、ワカラナイ。」
〔ふん。死霊の類なら容赦もいらぬ。大方コボルトの怨念が集まったというところか。とはいえ本気を出さねばならぬようだな。〕
オーガの推測は表面上は正しい。怨念や魂が集まったわけではないが、一人残ってしまったという慚愧、絶望、そういった感情がこの劇的な変化には不可欠である。しかし死霊ではなく、”ナイト・コボルト”、それがこの個体の種族名である。王でも皇帝でもない。あの矮小な子供は騎士となったのだ。守るものはすでになく、仕えるべき主もなく、ただ一人吠える黒きコボルト。
そう、この一連の出来事は決して想定外でもバグでもない。すべてはシステムA.I.らの描いた筋書きの通りである。コボルトは勿論、オーガ、オーク、ゴブリンに至るまですべては盤上の駒であり、この”怪物”を産み出すための歯車である。彼らが台本の通りに芝居をしていたわけではない。元々このコボルトの中に組み込まれていた”因子”が、危機の際に強大な力を発現させたにすぎない。こうなることはほぼ規定通りであり、もしこの本筋からずれていたならば、戻させるような得体のしれない力が働いていたかもしれない。
[失せろッ!!!]
オーガの拳とコボルトの拳がぶつかる。力はオーガの方が強いが、コボルトの拳に勢いはなく、逆に勢いを返すようにコボルトの回し蹴りが頭を捕らえる。それまでのオーガとの戦いでは完全に力任せだったから、将軍はその動きを想定できなかった。間髪入れずに拳が腹を打ち抜き、顎を砕く。死霊系統のモンスターは大抵動きが鈍く、脆い。ゴーストなどのように物理攻撃を受け付けない種もいるが、逆に魔法には弱かったりと極端な性能をしている。オーガの敗因はこのコボルトが死霊であると短絡的に判断した点にあるだろう。所詮コボルトであると、目の前の光景を無視してまで。だからこそ通常のコボルトや死霊では考えられない動きに対応することができなかった。まあ、死霊にもアイル・クリークのようなタイプはいるし、それをわかっていたとしても恐らく勝つ可能性は限りなく低いだろうが。
幾たびかの攻防、いや一方的な攻撃の末に、オーガの両腕は叩き折られて使い物にならず、膝を砕かれ立つことすらもできない。現実の人間であれば血反吐を吐いて倒れていただろう。たしかにその点ではモンスターであることを示すが、結末はさほど変わらない。
[ま、待てッ!]
オーガがその言葉を放った時には、コボルトの膝蹴りが顔面に迫っていた。当然そのまま打ち砕かれ、オーガの肉体は塵と消える。残ったのは戦闘とその余波によってかつてないほどに荒れ果てた廃墟。その中に佇むのは、異形と化したコボルトただ一人。
その後、このコボルトはオーガ、オーク、ゴブリンを狩って回る。その格闘能力・機動性能になすすべもなく、三種族はそれぞれに固まって対抗する手段を選ぶ。そして、その後数多のプレイヤーが廃墟を訪れることでさらにその勢力を減らした。コボルトが減り、三種族も勢力を大きく失った中、それにつけ込む形で廃墟の最大勢力となったのは、皮肉なことに四つの種族全てが忌み嫌う人間であった。
そして、このナイト・コボルトはというと、廃墟のさらにずっと奥、ただ一人、オーガを、オークを、ゴブリンを、そして人間を狩り続けていく・・・訳ではない。
このコボルトが単なる特殊なBOSSモンスターで終わるならば、わざわざこんな大層に書き立てる必要はない。そもそも第二エリアの開放レイドに関連するBOSSなのだから、第二章の中で、このコボルトと戦う話の中の余談にすればいい。それこそ倒された悪逆非道な敵が、なぜか死の間際に見せる走馬燈かのごとく語ればいい。
だが、そうではない。このコボルトはアイル・クリークのような言葉を話すだけのBOSSとは異なる。これといって悪逆非道という訳でもなく、悲惨な過去によって同情を誘う存在でもない。
後に「ネル」と呼ばれることとなるこのコボルトは、これから先、数奇な道を進んでいく。システムA.I.の想定を超えながら。
第三章 了




