1.3.8 o:Starlit Compass
「ふー、着いたー。」
少年は大地を踏みしめ息をつく。数日ぶりに微動だにしない地面が体重を支える。メルクリア大陸から西方に出る航路の終点が、このロンドイル島である。別名”蒸気の街”。造船の島としてとくに有名だが、それ以外にも多種多様な絡繰をつくる工房が並ぶスチームパンクな街である。そして特に少年のような存在にとっては願ってもやまない場所でもある。
「何買うかな。」
とはいえ、水中スーツについては何も進んでいない。そもそも飛行スーツでも魔力源の問題はまだ解決していない。クラーケン戦では必要なのは推進力だけであったから、戦闘時間は問題なかったが、アームもまだ試作の段階だ。
というわけで少年が来たのは市場。食料品なども売ってはいるが、エリアの大半を占めるのが絡繰やそれに使う部品などだ。興味のない者にとってはガラクタの山であるが、好き者からすれば宝の山だろう。もちろんその中には少年が求めるような部品もある。
「これ何?」
「固定球だな。」
「固定球?」
「試してみるのが早いか。」
露店の主はその手のひらサイズの球に魔力を込めてから手を放す。するとどうだろうか、その球は地面に落ちることなく宙に浮いているではないか。
「なるほど。これ押したらどうなるんだ。」
「そもそも中の魔力が切れたら普通に動くし落ちる。中の魔力を消費して重力に対抗してるのさ。だから外からの力も同じ。強い力であればより多く消費する。中の魔力が尽きるか、壊さない限りこの球は一定の位置に固定され続ける。だから”固定”だ。」
「【エアステップ】みたいなもんか。」
移動スキルの一つ【エアステップ】は空中に足場を作り、機動力を高めるスキルだ。とはいっても足場ができるのは一瞬ではあるが。
「お、よく気づくな。だからはっきり言えば燃費はかなり悪い。買うか?」
「いいな。面白そうだ。そうだな・・・とりあえず十個くれないか。」
「まいど!」
そのまま少年は露店を見て回る。気になるものがあれば質問し、時には値引き交渉をしながらも買いあさり、幾分か懐が寂しくなってきたときのことだった。
立ち並ぶ露店から少し奥まった路地の途中、暗がりの中で若い男が商品を並べていた。
(あんなとこに人いたか?)
そんなことを内心で考えながら少年は引き寄せられるかのように男に近づく。
「やあ、お客さん。どうだい?」
「これは、なんだ?」
少年の声色はさきほどの”固定球”のときとはまるで異なる。男が並べている商品がどれも異質で、部品というよりは、機械といった様相だったからだ。機械といってもタダの機械ではなく、少年の作る”絡繰”とは根本から異なるような、そんなものが並んでいた。
「こいつは、古代の遺物さ。海の向こうにある大陸で発見されたらしい。ここに並んでいる奴は遥か昔に運ばれてきたものとか、その時代の沈没船とかから引き上げられてきたものだ。」
「なるほどね。全部買うといくら?」
「おいおい買い占める気か? いっとくがほとんど役に立たないガラクタばっかりだぜ。壊れて動かない奴も多い。」
「いいじゃん。ロマンだよ、ロ・マ・ン。」
「うちの爺さんみたいなこと言うな、お前。」
「爺さん?」
「こういうガラクタばっか集めてるジジイだよ。で、俺はその使いっ走りさせられてるってわけ。」
「その人、どこにいるんだ? 会えるのか?」
「お前、会いたいのか? まあ、いいけどよ。ほら、あそこだ。」
そう言って男が指さしたのは、何ともわかりやすい場所だった。
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「ふー、この山道歩いてられるかっての。全く、こんなとこ誰が来るんだか。」
少年が着いたのは、この島の奥に柱のようにそびえたつ岩山の頂上。歩いて移動すればかなりの距離になるだろう。実は岩山の中はくりぬかれていて、工房がひしめき合い、昇降機もあるので見た目ほど大変ではないのだが、それよりも簡便で速い手段を少年は持っている。そう、飛べばいいのだ。離着時にはいろいろ気を付けなければならないが、それでも他には代えがたい魅力がある。離陸時に数名のプレイヤーに目撃されたことで、かなりの話題となっていることを少年は知らない。
「天文台?」
目的の場所はそういう形状をしていた。円柱の上に半球が乗っており、望遠鏡のようなものこそ見えないが、開閉式の扉らしきものが半球には確認できる。そして地表から遠く離れ、障害物もなく、地表からの光も届きにくい場所にあるということは星を見るにはうってつけだろう。
「お邪魔しまーす。誰かいる?」
半球の中央に座しているのが巨大な望遠鏡だろう。明らかに複雑な仕組みをしているであろうことはカバーを外したところからもわかる。そしてその場所でぶつくさと唸り続ける老人。少年の声には気づいていないようだ。
「はー、でっけーな。」
老人が気づいていないことに少年は気づいているが、それをいいことに望遠鏡や天文台の内部を観察する少年。飛行スーツを作っていると言えど、これほど巨大な機械を作ったことはもちろん見たこともない。
「ん? なんじゃ客か? 見ての通りここは星見の場所だ。こんな昼間っから来たところで見れるものは何もないぞ。」
「いや、会いたかったのは爺さんだよ。古代の遺物、集めてるんだって?」
「あん? お主、古代の遺物に興味があるのか?」
「まあね。ロマンだよなー。」
「そうじゃ、ロマン! そうか、わかってくれるか!」
老人は少年の手を掴むと、歓喜の表情を浮かべながらぶんぶんと振り回す。
「動かないガラクタなんぞいくら調べても無駄だと下の連中は言いよるが、わかっとらん。遺物にはな、古代文明の叡智が詰まっとるんじゃ!」
「そうだよな。で、今何してるんだ。見た感じ遺物とは関係なさそうだけど。」
「わかっとらんの。若造よ。遺物は謎だらけじゃ。それは間違いない。だが、儂は長年の研究の末、たどりついた。遺物には星が関わっとると。」
「星?」
このゲームの名は『ZELNOVA』、”nova/新星”を冠し、ベテルギウスなど星・宇宙の意匠が重要視されていることはすぐにわかる。となれば、遺物に星が関わっているという話も的外れではないだろう。
「そうじゃ。だが、古来より星を調べることは禁忌とされておった。神の領域を覗き見ることになるからとな。」
「でも、調べようとしてるんだ。」
「当り前じゃ。何が禁忌じゃ。神なんぞが怖くてロマンを追い求められるか!」
「たしかに、逆に遺物を恐れて禁忌にしたのかもね。」
「そうじゃ。お主、よくわかっておるではないか。」
「あ、そーなんだ。もしかして、この望遠鏡も?」
「そうじゃ。儂が一から設計した。」
「すごいな。」
NPCの言うことであるから、実際に作っていると思うプレイヤーは少ないかもしれない。けれど、その表情や声色、そして傷だらけの指先は確かにそうであると思わせるに十分なものであった。
「ってことはこの望遠鏡はじいさんのか?」
「いや。一応は出資者がおってな。名目上はソイツのものじゃ。だが、ソイツの姿が無いときに儂が何に使っても構わんだろう?」
「まーね。それはそう。」
「そうじゃ、お主、絡繰は得意か?」
「え、あーまあ。そこそこ。」
「まあよい。儂を手伝ってくれんか。」
ここで少年の頭によぎった感覚は”面倒”。だが、それと同時にこのイベントが何か重要なものである予感はあった。ここまで新しい情報があったのだ。何も起こらないはずがない。そしてその推測は正しい。
「わかったよ。で、この出資者は誰なんだ?」
「ストなんとかっつうお貴族様じゃよ。まあ金払いはいいから文句はないがの。」
「そうか。俺は何すればいい?」
「ほれ、これが図面じゃ。この通りに組み立ててくれりゃいい。ああ、報酬はやるぞ。儂のとっておきの遺物をやろう。」
「うっわ。超複雑じゃん。」
「なんじゃ、無理か?」
「無理じゃねーけど、面倒だなってだけ。ま、任せておきなって。」
「なんぞ心配になってくるの。」
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「おーい、できたぞ。多分。」
「おーそうかそうか。ようやってくれた。」
「結構時間かかったけどな。でもこんだけでかい機械みるの初めてだったから面白かったよ。」
昼頃から始まり、すでに夜も更け、星と月の光がドームの隙間から指してくる。少年の手捌きに関心したのか、だんだんと老人は指示をするだけになり、最終的には少年に全てを任せるに至った。けれども流石職人というべきだろうか、出来た望遠鏡を見る目は鋭く、真剣だ。
「ふむ。ほうほう。うむ。完璧な仕事じゃ。すばらしい! 流石儂が見込んだだけのことはある!!」
「いや、今日会ったばかりだが。」
「細かいことを気にするのは機械いじりだけでよい。それはそれとして、約束の報酬だな。ほれ。」
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「星影のコンパス」
区分:アイテム/特殊・遺物
[売買・譲渡不可]
効果:
詳細不明。何かを示しているようだが・・・?
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「これって、オークションに出てたやつだよな。あれはただのコンパスだったらしいけど、こんなとこで手に入るのか。確かに遺物だな。詳細不明ね。まあ、らしいといえばらしいけど。
真ん中の大きな針が指してるのは北だな。円周部分に印が三つ。これも動くけど、示す先に何かあるのか?
なあ、爺さん、これって・・・。」
あたりを見回すと老人の姿は見えない。それどころか天文台の床を照らしていた小さな灯りさえ消え、辺りには埃が積もっている。
「あー、そーゆーパターンか。ちょっと油断したなぁ。この感じだとあの男も消えてるんだろうな。」
少年はぶつくさと呟きながら、コンパスをしまう。その表情はどことなく悲し気で、寂し気で、しかし嬉しそうでもあった。
「よし。じゃあな、爺さん。楽しかったよ。」




