1.3.7 Δ:星天の円卓
「ねーねー、デート楽しかった?」
「ま、まあまあだったな。」
宇宙の中にいるかのような空間の中で気軽にファイに話しかけているのはカイ。化学エンジン、すなわち物質の変化を管轄するシステムA.I.だ。物質の変化と言ってもわかりにくいかもしれないが、たとえば木や草が燃えたり、あるいは水が氷に変わるといったものから、鍛冶や木工、裁縫などによる加工もカイが製作している。プレイヤーの思うがままの形の武器や防具を作れるのはカイの尽力あってこそである。二人の区分は少々煩雑だが基本がファイで、細かいところがカイと思っておけばいい。よって二人は当然業務が近く仲が良い。というよりファイはその業務の難解さ(と性格)からデルタとカイ以外にあまりつきあいがない。先のデートの時の服もカイのアドバイスによるものである。しかし、決して疎外されているわけではない。現に、今回は耳ざとく集まってくる者が多い。
「デート? デルタと?」
「ほーほー。洗いざらい吐いてもらおうじゃないか。」
お節介焼き、あるいは野次馬根性が旺盛な者たちはこれ幸いと群がっていく。これこそ「他者との繋がり」と「未知への探求」を根幹とするこの世界にふさわしい光景ではないか。
「そうか、まあまあだったんだね。」
「いや、デルタ、そういう...わけじゃ......。」
「あれ? このイヤリング、オリジナルだよね? スフェリコン、かな。」
「面白いデザインですね。ファイさんらしいです。」
女三人寄れば姦しいなどと言うが、同じような気質のものが集まればそれなりに騒がしい場にはなる。まあ、アバターはともかくとして、システムA.I.に性別はないのだが、性格に合わせたような容姿となっているのは偶然だろうか。
「あんまりプレイヤーと接触しすぎるな。バレたら面倒なことになる。」
ガンマは相変わらず、ぶっきらぼうな調子でデルタに釘を刺す。
「ま、バレちゃったんだけどね。」
「え? 大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない? 特別なNPCがいると思われる分には問題ない。それに、“プライベート”だし、いいじゃん。」
「別にそれが悪いとは言わんが、気をつけろ。それに...」
「それに?」
「いや、何でもない。」
「あ、もしかして羨ましい感じ? 相手がいるといいね。」
「デルタ、お前・・・」
ガンマとデルタの間で視線が火花を上げる。けれど周囲が特に反応していないように二人の間ではよくあることである。気難しいガンマをからかうデルタは楽しそうで、毎度のことながらいい性格をしていると思う。
だが突如として静寂が空間を支配する。システムA.I.全二十四人が揃ったからだ。思い思いに会話をしていた者はそれを切り上げ、円になって並ぶ。実際のこの場に円卓も椅子も必要はないが、この会議自体の名称が『星天の円卓』である。
「では始めよう。」
声をかけたのはアルファ。名の通りシステムA.I.の筆頭というべき存在だ。実際のところサーバーの管理が主業務であるから、他の面々との交流はそう多くはない。一億人超ものプレイヤーとそれをはるかに上回るNPCとモンスター。それらすべてを管理する、どう考えても欠かすことのできない存在である。
ここで、システムA.I.の皆について軽く触れておこう。まず、会議を取り仕切るのは先の通りアルファ、これに加えベータ、ガンマ、デルタの四名が最初のメンバーであり、それゆえ、あくまで平等を謳ってはいても大きな力を持つ。とはいえ、ベータはバックアップを担当することから裏方に努めており、アルファと合わせ、どこぞの神話の引きこもりの太陽神と謎多き月神を思わせる。
よって実質的にはガンマとデルタが主にゲームのディレクションを担っているわけだが、それに加え重要なのがラムダというシステムA.I.である。ラムダは法を担当するシステムA.I.である。法といっても現実のそれとは違い、ようするにハラスメントや犯罪を行ったプレイヤーにどのような懲罰を与えるかを判断することだ。例えるなら警察と裁判所の両方を合わせたような存在である。これだけ聞けば三権分立だの冤罪だのとやかましい輩が現れるだろうが、ゲーム内のログ、会話、一挙手一投足に至るまですべて把握されているのだから、言い訳するだけ無駄だろう。因みに唯一の例外はゲームのデータに不正アクセスを行った者。これはゲーム外のこととしてデルタにより潰される。
さて、残ったシステムA.I.たちは、その業務に合わせガンマやデルタ、ラムダなどとの関わり合いが強くなる。そしてある程度の数が集まれば、まとまりが生まれ、グループのようなものが形成される。たとえば、ガンマのグループにはエプシロン、グザイ、ロー、シグマ、ウプシロンがいる。それぞれイベント、グラフィック、レイド、サウンド、サブイベントを担当するシステムA.I.だ。
一方のデルタのグループにはファイ、カイといった物理エンジン、化学エンジンなどのバグが頻発する箇所を担当する二人が、ラムダのグループには広報担当のパイ、チャットなどの記録担当のタウといったプレイヤーとのやりとりを行う二人がいる。
残りの十名の立場はそれぞれだ。例えばモンスター担当のミューはデルタとガンマの中間にいるし、プレイヤーのデータを管理するゼータはガンマとラムダの間にいる。独立独歩の者もいるし、グループなんてものは些末な何かにすぎない。それを言うならデルタはガンマやラムダの元にも平気で押しかけるし、数こそ少ないが二人の方も呼び出すことがある。これは力関係というよりも、フットワークの軽さや、そもそもデルタの居場所が一定でないことによる。
「議題はラムダ提案のものが一つ。では頼む。」
アルファの声で会議が始まり、それに伴い空間は静寂に飲み込まれる。それを破るのはラムダ。つまりは、プレイヤーに対する処分、それも独自判断ではなく『星天の円卓』に付議する必要があると判断するほどの事案と言えば、一つしかない。
「はい。
議題は<クラン「地球の守り人」への対応>です。当該クランは”自然保護”を掲げており、最近は無差別なプレイヤーに対する妨害、傷害、強硬な勧誘を行っており、苦情は現時点で16,739件寄せられています。」
「そんなになっておきながら、なぜ今になるまで対応が遅れたの?」
質問をしたのはエプシロンである。
「当該クランの活動が活発になった要因でもある、エミールというプレイヤーが主な理由です。エミールは”不殺プレイ”を行っており、そのプレイに関するトラブルが広まったことで、それに乗じる形で活動を開始しています。資料の通り、クラン自体は以前から設置されていましたが、ほとんど活動が行われていません。件のトラブルに関しては、関係者間で解決がすでになされています。
当該クランの活動が活発化し、そこにエミールの名が使われ始めたことで、エミールは当該クランに対し妨害行為などを止めるよう説得を始めました。しかし、その説得に対抗するような形で活動はより過激化しています。そして先に苦情の中には実際にはそのような事実は無いにもかかわらず、エミールを名指しで非難する物も多く含まれます。
つまりは、本来一番被害を受けていると言っても過言の無いエミールが、他プレイヤーから当該クランの象徴のように扱われ、地球の守り人もそれを利用していました。この状況下で処分を行えば、それはエミールにまで波及し、大きな被害を与えると予想していました」
一人のシステムA.I.の手があがる。シグマだ。
「それは解決したの?」
「当然、完全に解決したわけではありません。しかしエミールは騎士団に所属し、天樹星王のクエストをクリアし、武闘大会ヘキサゴンで第三位になりました。そのことでいくらかプレイヤー間の繋がりもできつつあります。」
「そこにデルタが絡んでるって話があるけど。これは?」
「そこは僕から話すよ。エミールには三つの提案をした。パーティーを組むこと、騎士団に入ること、武闘大会に出ること。呪いの話はしたけど、天樹星王の話はしてない。武闘大会に関してもアドバイスはしていない。パーティーも直にできるんじゃないかな。とはいえ、多少やりすぎではあるからこれからは本人に任せた方がいいと思ってる。」
「ということで、ここからが本題です。クラン地球の守り人への対処を決める必要があります。」
「アカウント削除じゃダメなの?」
「それはやりすぎじゃない?」
「映像を見る限り、行動は過激だが、最初からそれを意図しているものとは見えない。あくまで口論の末にといった感じだな。」
「示威運動を認めるべきか、という問題もある。」
「認める必要などないと思うがね。」
かなり強い口調で発したガンマはこう続ける。
「そもそもこの世界は私たちが作った世界だ。下らん主張など認める必要はない。」
「私は反対。彼らの主張は、その言動の過激さを抜きにすれば否定することは難しい。その線引きをどこに定めるの?」
ガンマの発言にタウが反論する。タウはアンケートなどの意見収集も担当することから、それを委縮させるような自体は避けたいのだろう。プレイヤーの意見を無視・否定するようなゲームが長続きすることはない。
「問題は、強硬な対応をすればそれを利用して彼らの主張が広がることになりかねない、ということだろう。」
「それはこの連中の思い通りね。」
「であれば、どうする。放置するには面倒すぎる。」
「どこまでを処分対象にするかも問題ね。一度にするには人数が多すぎる。」
現在、地球の守り人に所属しているプレイヤーは138名。一億を超えるプレイヤーからすれば物の数ではないが、クランとしてはかなり大きい。これはその多くが『ZELNOVA』をプレイすることを主目的とはしていないからだ。彼らの主戦場はフィールドというよりも街中、掲示板、そしてゲームの外にある。
地球の守り人には他にもいくつかのルールがあり、その一部に断食や喜捨がある。アイテムはモンスターのドロップから作られるものが多いのだから、それを利用することは自然破壊になるという理屈だ。だが、飲食すらも必要不可欠ではないゲームで、それで清廉さをアピールできるのだろうか? 神が科学にとってかわられ、忘れ去られたものを今になって掘り返し、さしたる信仰も何もなく、うわべだけを真似る。当時の人々からすれば怒り心頭に発するに違いない。
「デルタ、君の意見は?」
「僕はエミールと直接話している。だから、偏りがあるという前提で聞いてほしいんだけど、僕は地球の守り人を排除すべきだと思っている。他人の名前を勝手に利用し、それでありながら彼女の言葉には耳を傾けることはない。少なくとも現時点で僕は彼らのことをプレイヤーとは呼ばない。いかに高尚な主張を掲げようとも、その旗で他者を殴打するなら、僕らの世界を荒らしまわるだけの害虫でしかない。
ただ、彼らを完全に排除するのは具合が悪い。潰したはずのバグはいくらでも復活する。皆が指摘している通りだ。だから、僕が提案するのは彼らの影響を消すこと。彼ら自身ではなく、簡単に言えば隔離するんだ。」
「それは、どういうこと?」
「バグがどうしても排除できなければ、新しくシステムを構築するしかない。ほんの時々しか起こらないけどね。そのバグの周囲を隔離して、発生源を突き止め、その部分だけ入れ替える。それを実施する。」
「つまり、奴ら専用のサーバーを用意するつもりか?」
「何とも勿体ない。」
「不可能ではないが・・・。」
「活動範囲を考えれば第一エリアくらいで賄えるな。」
「重要なのは彼らがそれに気づかないこと。もっと言えば、いつそれが起きたのかを理解しないこと。少しずつ、少しずつ彼らの影響を排除する。いつの間にか記憶から忘れ去られるようにする。」
「最終的な目標は?」
「少しずつ彼らに反応する者を減らしていく。同時に地球の守り人の存在自体を世界から抹消していく。いくら騒ぎ立てようとも、誰も何も反応しない。そうやって少しずつ彼らを孤立させていく。最終的には彼らが自ら辞めてくれるのが理想だね。活動でもゲーム自体でもいいけど。」
アカウント削除よりマシなようなでいて、完膚なきまでに地球の守り人を潰そうとする、その冷酷な意見に、暫しの静寂が流れる。
だが、程度の差こそあれ、システムA.I.らの本心は皆同じだ。地球の守り人は私たちが創りあげた世界を否定し、傷つけ、蝕む存在である。
「反対意見は?」
ラムダの声に応える者はいない。どちらか言えばその思考は“どのように実現させるか”に移っていた。デルタの意見は問題を解決したようでいて、それ以上の問題を引き起こしかねない非常に危険なものだ。ラムダに加え、提案者のデルタは関わるだろうから問題ないようにも思えるが、念には念を入れるべきだろう。
「サーバーの話ということなら私も関わらざるを得ないだろう。別のワールドを動かす絶好の機会と考えればいい。」
「そうだな。実験台になってもらおう。今後似たような連中が出てきても対応できる。」
アルファとベータの発言によってデルタの意見は既定路線になる。この二人は以前はアルファ版、ベータ版それぞれで運営をこなしていたので、問題なく対処できるだろう。
デルタの意見をベースに、都度対応を変えることにはなるだろうが、それでいい。数ヶ月後には地球の守り人はこの世界から消滅しているはずだ。




