第一章「式神大戦線」最終話
学園中央広場。夕暮れの茜色に染まる空の下、千大と紅葉が静かに立っていた。空気が凍りつくような緊張感が漂う中、鈴音のハッキング技術により、彼らの声が学園全体に響き渡る仕組みが整えられていた。
千大は胸を張り、高らかに宣言した。
「聞こえるだろう、ビッグソルジャー! この超人がお前との決闘を望んでやる!」
その声が響き渡った瞬間、世界がひび割れるような震動が学園を襲った。地面から眩い光の柱が立ち上がり、千大の目前で空間が裂け始めた。その裂け目から現れたのは、全身が傷痕で覆われた巨躯を持つエルフ型の亜人――ビッグソルジャーだった。
彼の肌は青白く、傷跡の間から不気味に光を放っている。下半身のみ鎧で覆われた姿は、戦場を渡り歩いてきた戦士の威厳を放っていた。背後には巨大な竜の姿をした式神・創世竜が控え、その存在だけで周囲の空気が重くなる。
「ほう……面白い挑戦者だ」
ビッグソルジャーの声は低く、大地を震わせるように響いた。彼は獲物を見つけた捕食者のような笑みを浮かべる。
「式神大戦線の真の決勝戦を前倒しにするとはな。いいだろう、受けて立とう」
挑まれる側が楽しそうな表情を見せる一方、千大は冷静沈着に対峙していた。彼の瞳に映るのは、戦う対象としてすら価値があるかどうか見定めるような冷徹な視線だけだった。
「お前の計画は知っている。次元の門を利用して全多次元世界を征服する気だろう」
ビッグソルジャーは頭を後ろに傾け、高らかに笑い声を上げた。その笑いは不快な金属音のように空間に反響した。
「そうだ! 創造主不在の今こそ、座を継承すべき時。オレこそが新たなる創造主となる!」
「創造主不在……か」
千大の目が僅かに細まった。静かな声音とは裏腹に、その言葉には鋭い刃が隠されていた。
「お前は創造主の四使徒の一人だな。だが、お前の"親"は本当に不在なのか?」
ビッグソルジャーの表情が一瞬揺らいだ。彼の眼球が僅かに震え、千大の問いが彼の内面に触れたことを示していた。
「親父の創造主は今崎啓二という超人によって倒された。もう存在しない」
ビッグソルジャーは言葉を吐き出すように言った。その言葉には確信と、わずかな不安が入り混じっていた。
「そうか」
千大は意味ありげに微笑んだ。実父の啓二から創造主を倒した話を聞いていたが、これは単なる気まぐれで発した問いではなかった。創造主が本当に死去しているのなら、このような三流の敵しか現れないのも納得がいくと千大の中で確信がより強まった。
「それなら良い」
ビッグソルジャーは巨大な斧を虚空から取り出し、地面に突き立てた。その瞬間、二人の周りの空間が波紋のように歪み、風景が変容し始めた。学園の姿が消え、代わりに無限の宇宙が広がるような幻想的な光景が現れる。
「さあ、創星の次元庭園へようこそ。ここでオレは殺戮のシーズンを開くとしよう」
周囲は息を呑むような美しさと恐ろしさが共存する光景に変わっていた。星々が四方八方に輝き、足元には透明な結晶の床が広がっている。ここは現実と異界の狭間、精神が現実を形作る特別な領域だった。
ビッグソルジャーは創世竜を前に出し、その巨体に手を添えた。
「創世竜よ、力を示せ」
巨大な竜が咆哮し、その体から眩い光が放たれる。空間が揺らぎ、星々が形を変えていく。彼の周囲の星が集まり始め、まるで引き寄せられるように巨大な武器や防具の形を成し、ビッグソルジャーの体に装着されていった。
「ここでは想像力が現実となる。オレの思い描いた世界が具現化するのだ!」
星々の力を纏ったビッグソルジャーは、文字通り星の輝きを身にまとった神々しい存在へと変貌していた。その姿は威圧的で、普通の人間なら恐怖で立ち尽くすほどの迫力を放っている。
「どうだ? こいつが創造主の力の片鱗だ!」
紅葉は身構え、緊張した面持ちで状況を見極めようとしていた。しかし千大は鼻で笑うと紅葉の前に出て立ちはだかった。
「そろそろ超人の番だ。任せろ」
千大は特に構えることもなく、ただ足を組み替えただけだった。だが、その単純な動作の瞬間、創星の次元庭園そのものが震動した。結晶の床に亀裂が走り、天空の星々が揺らめいた。彼は異能を使わず、ただそこに佇んでいるだけだった。
しかし、その存在そのものが場を支配し始めていた。千大の周囲の空気が重く、濃密になり、光さえも曲がって見える。彼の内に秘められた生命力が十分の一だけ解放され、その圧倒的な存在感が空間を歪めていく。
「異能なしだと……ふざけているのか!?」
ビッグソルジャーの声には怒りと軽蔑が混じっていた。彼は星の力で強化された斧を構え、千大に向かって突進した。彼の動きは音速を超え、空間に残像を描きながら千大に迫る。
「舐めやがって、流星の如くぶっ飛ばしてやる!」
――反物理律動・最果ての星
ビッグソルジャーの異能が発動し、彼の周囲の物理法則が反転した。重力、摩擦、慣性、全てが逆転した領域で、彼は通常では不可能な角度から千大に襲いかかる。その動きは予測不可能で、見る者を混乱させるほどだった。
この光景は、鈴音の技術によって学園全体に中継されていた。講堂や教室、中庭に集まった学生たちは、創星の次元庭園での戦いを巨大スクリーンで息を呑んで見守っていた。
「あれがビッグソルジャー……なんて威力だ!」
左良井吉次が震える声で言った。彼の隣に立つ白毒姫も不安げに身を寄せている。
「凄まじい異能だ……」
スクリーンに映るビッグソルジャーの姿は、学園中の生徒たちを恐怖で震えさせていた。彼の放つ「反物理律動・最果ての星」の異能は、生徒たちが見たこともない強大な力だった。
「紅葉が……千大さんが……!」
神埜結衣が心配そうに呟いた。護り姫が彼女の肩に手を置き、安心させようとしている。しかし、彼女の瞳には不安の色が隠しきれなかった。
次の瞬間、全学園は驚愕の声で満たされた。
千大の体が一瞬で消え、まるで幻のように視界から消失したのだ。
「何?」
ビッグソルジャーの背後から、静かな声が聞こえた。
「遅いぞ、雑兵」
振り向く間もなく、千大の拳がビッグソルジャーの背に炸裂した。音も立てずに放たれた一撃だったが、その衝撃はすさまじく、ビッグソルジャーの巨体が弾丸のように吹き飛んだ。彼は創星の次元庭園の壁に激突し、結晶の床に落下する。衝撃で星の力を纏った鎧の一部が砕け散り、その破片が宝石のように空間に舞った。
「見えなかった……」
講堂で見ていた霧島暁が呟いた。その顔は真剣そのものだった。
「千大の動きが完全に見えなかった」
「あんなにも強いビッグソルジャーが……一撃で……」
別の生徒が震える声で言った。恐怖と驚愕が混じった声だった。
中庭の巨大スクリーンの前では、数百人の生徒たちが息を呑んで見つめていた。ビッグソルジャーの強さに恐れていた彼らだが、今はそれを圧倒する千大の姿に畏怖の念を抱いていた。
「あれが不動院紅葉の式神……!」
「普通の式神じゃない」
「あんな強い式神は見たことがないわ!」
恐れに震える声と、驚嘆の声が学園中に広がった。それは恐怖というよりも、希望の芽生えに近い感情だった。
「ぐっ……」
体を起こそうとするビッグソルジャーの前に、紅葉を抱えた千大がすでに立っていた。まるで瞬間移動したかのような動きで、千大はビッグソルジャーを見下ろしていた。
「やはり弱いな。所詮、創造主の息子だけで才能にあぐらをかいているだけか。ふん、残飯にシャンパンをかけているような状況だぞ。頑張って、残飯からせいぜいチーズに化けてくれ。そうすればやっとまともそうな食事ありつけそうだ」
皮肉を告げる千大の声には、なんとも言えない余裕が漂っていた。それは単なる傲慢さではなく、圧倒的な力の差を認識した者の馬鹿にした評価だった。
ビッグソルジャーは怒りに染まった顔で咆哮した。彼の青白い肌が怒りで赤く染まり、傷跡から青い光が漏れ出していた。
「殺すっ!!」
彼は両腕から最果ての星を解き放ち、千大に向けて反物理律動の連続攻撃を仕掛けた。空間が歪み、星の光が弾丸のように千大に向かって射出される。創世竜も共鳴するように咆哮し、灼熱の青い炎を千大に向けて放った。
学園の教室で、一ノ瀬鈴音が中継システムを調整していた。彼女の横で砂葉蓮が緊張した面持ちで画面を見つめている。
「あの攻撃……」
蓮が声を震わせた。彼女の表情には深い憂いが刻まれていた。
「砂竜が言うには、大地そのものが悲鳴を上げているわ。あれは自力で次元の壁を震わせている」
御神木颯太がスクリーンを見ながら、思わず音響鳥の羽を掴んだ。彼の顔は蒼白で、額に冷や汗が浮かんでいた。
「この音、想像を超える波動だ。ビッグソルジャーは全力で来ている……これは……」
学園中の生徒たちが息を飲む。誰もが同じことを思った――これほどの攻撃をどうやって避けるのだろうか。普通の式神なら確実に消滅するほどの破壊力だった。
無表情で千大はそれらの攻撃の中を片手で受け止め、平然としていた。
「くっ……なんて堅さだ!」
ビッグソルジャーの目に、千大の動きが初めて恐ろしいものに映った。彼の目は焦りと恐怖で見開かれ、冷や汗が顔に伝っていた。
「ジャブで行くぞ」
紅葉を下ろす千大の声は静かだったが、空間全体に響き渡った。次の瞬間、彼の体が閃光のように動き、ビッグソルジャーの懐に飛び込んだ。連続する打撃がビッグソルジャーの体を襲う。それは一撃一撃が精密に計算された、無駄のない動きだった。鮮やかさと恐ろしさが同居する舞踏のようで、見る者の目を奪った。
「あれが……ジャブだとっ!?」
桜庭京子が震える声で言った。彼女の右腕の傷が反応するように光り、その表情には深い恐怖が浮かんでいた。
「あの傷……」
霧島暁が桜庭の傷に気づき、静かに問いかけた。その声には鋭い洞察力が秘められていた。
「前回の式神大戦線で……創造主と対峙した時のものですね」
桜庭京子は無言で頷いた。彼女の目には、過去の恐怖が蘇ったような影が宿っていた。
「創造主は……完全に死んだわけではないかもしれない」
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学園の剣道場では、武術を学ぶ生徒たちが目を見開いていた。彼らの顔には信じがたいものを見る驚愕が浮かんでいた。
「あんな動き、式神でも可能なのか?」
「いや、あれは式神なんてものじゃない。それ以上の生命体だろう!」
中庭の大画面の前では、左良井吉次が拳を握りしめていた。彼の顔には複雑な感情が浮かんでいた。
「俺たち陰陽師が一生かけても身につけられない力を、あいつは……」
彼の声には嫉妬と畏敬が入り混じっていた。彼の隣で白毒姫が静かに頷いていた。
「ぐああっ!」
ビッグソルジャーの体が再び吹き飛んだ。今度は天井に向かって。彼は次元庭園の天空に激突し、そのまま流星のように落下してくる。
千大は右手を軽く上げ、ビッグソルジャーの落下を受け止めた。彼の指先から衝撃波が走り、ビッグソルジャーの体が真横に弾き飛ばされる。その動きは優雅さすら感じさせ、まるで芸術作品のような美しさがあった。
「うおおおっ!」
激怒したビッグソルジャーは創世竜と一体化し、巨大な竜の姿となって千大に突進した。その姿はもはや元の形を留めておらず、純粋な破壊の化身のようだった。青と白の炎を纏い、その目からは憎悪の炎が燃え上がっていた。
「これが創造主の子の力だ! お前ごときに、創造主の血を引く者が敗れるわけがねぇ!」
学園中で悲鳴が上がった。巨大な竜の姿に変貌したビッグソルジャーの姿は、あまりにも恐ろしかった。教室の窓ガラスが振動で割れ、建物自体が揺れ始めた。
「あれは……何なんだ?」
生徒の一人がつぶやく。彼の手は震え、足は動かなかった。恐怖が彼の体を支配していた。
「創世竜と完全に一体化した……」
桜庭京子の声に緊張が走る。彼女の瞳には、過去の恐怖の記憶が蘇ったような影が宿っていた。
「これほどの力を持っていたとは……」
教室にいた新入生たちは恐怖で震え、中には小便を漏らす者もいた。いくつかの部屋では避難の準備が始まっていた。ビッグソルジャーの変貌した姿があまりにも強大で、異次元のおぞましさを放っていたからだ。
紅葉の友人たちが心配そうに画面を見つめる。砂葉蓮の顔には不安が、結衣の表情には祈りが浮かんでいた。あまりにも圧倒的な敵の前に、千大はどうするのか。
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「みんな、落ち着いて」
霧島暁の声が響いた。その声には不思議な冷静さがあり、周囲の生徒たちの恐怖を和らげる効果があった。
「まだ見ていろ。これが終わりじゃない」
千大は静かに立ち、その突進を待ち構えた。彼の姿勢に一切の迷いはなく、むしろ微かな笑みさえ浮かべていた。
「もう少し遊ばせてもらおうぞ」
千大の目に強い意志が宿った。星の光を映して、その瞳が七色に輝いた。
「貴様には異能は一切使わない。このまま拳で仕留める」
竜の形となったビッグソルジャーが千大に迫った瞬間、千大は跳躍した。彼の動きは重力を無視しているようで、竜の頭上で静止したかのように見えた。空中で一瞬、時間が止まったように見える。
千大は竜の頭に向かって一撃を放つと、その一撃が竜の頭部を貫通した。まるで紙を切り裂くように容易く、巨大な竜の頭を貫通した拳からは、青白い生命力の光が漏れ出ていた。
学園中に衝撃の声が響く。
「一撃で!?」
「あれほどの怪物を……」
「これが超人……!!」
畏怖と驚嘆が入り混じった感情が、すべての観衆を包み込んだ。恐れていた生徒たちの表情が、いつしか別のものに変わっていた。それは畏怖と尊敬。そして、わずかな希望だった。
「これが……超人の本当の力……」
紅葉の同級生たちがつぶやく。彼らの目には恐怖だけでなく、新たな光が宿り始めていた。
左良井吉次の表情が複雑に変化する。彼の顔には挫折と、新たな決意が入り混じっていた。
「俺が紅葉の力になりたいと思ってたけど、あんな存在と比べたら……」
「ぎゃあああっ!」
竜の姿が崩れ、ビッグソルジャーと創世竜が分離する。二人とも傷だらけで、もはや戦う力を失っていた。ビッグソルジャーの体は元の姿に戻り、創世竜も力を失い、かろうじて実体を保っている状態だった。
千大は静かに地上に降り立ち、ビッグソルジャーに近づいた。彼の一歩一歩が現実を押し潰すように重く、足を踏み出すたびに創星の次元庭園そのものが震えた。彼の周囲の空間が波打ち、その存在が次元そのものを支配しているかのようだった。
「お前は異能に頼りすぎている」
千大の声は静かだったが、空間全体に響き渡った。それは批判というよりも、真理を告げる声だった。
「異能がなければ、お前は単なる亜人種だ。だが超人は、異能がなくとも超人だ。この違いくらい理解出来るハズだろう?」
学園全体が静まり返った。千大の言葉が全ての会場に響き、誰もが息を呑んで見守っていた。それは単なる勝者の傲慢ではなく、力の本質を語る言葉だった。
「異能がなくても……」
一人の生徒が震える声で呟いた。その言葉には新たな気づきが含まれていた。
陰陽師学園の教師たちも、信じられない光景を目の当たりにしていた。彼らは式神の力と異能の研究に一生を捧げてきた。しかし、目の前の存在は異能さえ使わずにビッグソルジャーを圧倒していた。
「彼は何者なんだ……」
古参の教師が震える声で言った。彼の声には長年の研究が一瞬で覆される驚きが含まれていた。
桜庭京子は静かに目を閉じた。彼女はある真実を悟ったかのような表情を浮かべる。
千大の体から放たれる生命力の波動が、ビッグソルジャーを押し返す。星の力で作られた武具が、千大の圧倒的な存在感の前にひび割れ始める。それは力というよりも、存在の質の違いから生まれる現象だった。
「こ、これほどの力をまだ隠していたのか……」
ビッグソルジャーは恐怖に震えながら言った。彼の声は震え、目には絶望が浮かんでいた。
「お前、まさか今崎啓——」
千大は微笑んだ。その笑みには温かさと冷酷さが同居していた。
「今崎千大だ」
その言葉に、ビッグソルジャーの顔から血の気が引いた。恐怖が彼の全身を支配し、彼は最後の抵抗として、残された力を振り絞り、「反物理律動・最果ての星」を最大出力で発動させた。
「オレを倒したければ、全力を出せ! 創造主の子を倒すには、それくらいの力が必要だ!」
学園の中庭では、生徒たちが見上げる空が歪み始めていた。創星の次元庭園の異変が現実世界にまで影響を及ぼし始めていたのだ。次元の壁が薄れ、多次元の世界が干渉し合っていた。
「何が起きてるんだ?」
「世界が壊れるっ!?」
恐怖が再び広がり始めた。ビッグソルジャーの最後の抵抗が、次元そのものを揺るがしていたからだ。校舎の一部が崩れ始め、地面にも亀裂が走り始めた。
しかし、誰も避難しようとはしなかった。全ての学生と教師の目は、スクリーンに釘付けになっていた。最終決戦の結末を、彼らは見届けたかったのだ。それは単なる好奇心ではなく、自分たちの運命を決める瞬間を見届けたいという切実な願いだった。
「これが……超人か……」
ビッグソルジャーの声には恐怖と敗北の認識が混じっていた。創世竜も苦しげに鳴き、その巨体が押し出す千大の生命力の出力に押しつぶされそうになっている。
「今際の際だ。力とは何たるかを教えてやろう」
千大が静かに言った。彼の瞳は冷静だが、その中に芽生えた「愛」の感情が微かに輝いていた。それは萃香との別れ以来、千大の中で成長してきた感情だった。
「力とは単に破壊することではない。真の力は内なる力を制御し、戦いの時のみ操り人形のように上手く操作する。それだけで全力以上のパフォーマンスのレベルを上げることが可能だ。今、お前が感じている超人【俺】の強さは半開以上に感じているだろう」
千大の言葉に、学園中が静まり返った。それは単なる戦いの言葉ではなく、多くの生徒たちの心に響く真理だった。力の本質についての深い洞察が、彼らの心に刻まれていく。
「制御、操作……」
御神木颯太が静かに繰り返した。彼の目には新たな理解の光が宿っていた。
「僕たち陰陽師が常に追い求めてきたもの」
左良井吉次の表情が変わった。彼の目から涙が一筋伝う。その涙は挫折の涙ではなく、新たな気づきからくる感動の涙だった。
「俺は力だけを求めていた……でも……」
多くの生徒たちが、自分自身の力と向き合う姿勢を見つめ直していた。千大の言葉は、戦いの中で放たれた哲学だった。
彼はビッグソルジャーの前に立ち、生命力をより濃くまとう。空間が千大を中心に歪み、光さえも彼の周りを曲がって進むように見える。まるで彼が空間の中心となり、全ての物理法則が彼を基準に再定義されているかのようだった。
「だからお前のような雑兵には異能すら必要ない」
千大は右拳を素早く振るった。その動きは優雅で、まるで舞踊の一部のようだった。濃密な生命力【リソース】が抽出され、それがビッグソルジャーを包み込んだ。青白い光が彼を取り囲み、まるで別次元に閉じ込められたかのようだった。
「ぐああああっ!」
ビッグソルジャーの体が宙に浮かび、千大の生命力の圧力に押しつぶされ始めた。彼の周りの空間そのものが圧縮され、星の力で作られた武具が砕け散り、肉体が内側から潰れていく。その光景は美しくも恐ろしく、見る者の目を釘付けにした。
千大の生命力が徐々に右拳に集まっていく。その動きに呼応するように、ビッグソルジャーの体を包む生命力の球体が急速に収縮した。球体の中で、ビッグソルジャーの姿が徐々に不鮮明になっていく。
「お……オレの力が……消えていく……」
ビッグソルジャーの声が弱まっていく。彼の体から星の力が抜け、創世竜も徐々に実体を失っていく。空間そのものが千大の意志で圧縮され、最後には一点に収束していった。
「オレは……創造主の座を……継ぎたかっただけ……だ……」
彼の最後の言葉が空間に響き、その姿が完全に消えた。千大の生命力の圧縮が、ビッグソルジャーの全存在を押しつぶしたのだ。周囲の創星の次元庭園さえも、その圧倒的な力の前に歪んだ。
星々が消え、結晶の床が霧のように溶け、学園の風景が少しずつ戻ってくる。千大は静かに立ち、呆然とする紅葉を見つめた。
「久方に生命力の出力をまぁまぁ上げたな」
千大は紅葉に手を差し伸べた。彼の体から放たれていた圧倒的な生命力が静まり、空間の歪みが元に戻っていく。彼の瞳に、かつてなかった穏やかな光が宿っていた。
「ふむ。まずは、ここから出るとしよう。式神大戦線はこれで終わりだ」
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陰陽師学園の中庭。夕焼けが校舎を赤く染めていた。式神大戦線は終わり、学園は平穏を取り戻しつつあった。戦いの傷跡はまだ残っていたが、人々の表情には解放感が浮かんでいた。
桜庭京子、霧島暁、一ノ瀬鈴音、御神木颯太、砂葉蓮、そして紅葉と千大が中庭の中央に集まっていた。風が穏やかに吹き、木々の葉がささやくように揺れている。
「千大さんのお陰で世界は救われました」
京子は感謝の言葉を述べた。彼女の右腕の傷が光を放ち、徐々に癒えていくのが見えた。長年の呪縛から解き放たれたかのような安堵が、彼女の表情に現れていた。
「五百年間、私はこの日を待っていました。創造主の呪縛から解放される日を」
桜庭京子が右腕をさすりながら呟いた。その声には深い感慨が込められていた。
「この傷……創造主から与えられたもの。今日、久しぶりに反応しました」
鈴音がタブレットを操作しながら言った。彼女の表情は真剣で、データを分析する鋭い視線が光っていた。
「四使徒。分析によれば、もし他の三体も存在するなら……」
「それは未来の問題だ」
千大が言葉を遮る。その声は穏やかだが、確固たる意志が込められていた。
「今は勝利を祝うべき時だろう。明日の憂いは明日が来てから考えればいい」
颯太が笑顔で言った。彼の表情には純粋な喜びが浮かんでいた。
「そうだね。僕は特別な曲を作ったんだ。この勝利を祝うために」
彼は小さな笛を取り出し、軽やかな調べを奏で始めた。その音色は心を癒し、戦いの緊張を解きほぐしていく。
蓮も微笑んだ。彼女の表情には安らぎが戻っていた。
「私もお茶を用意したわ。みんなでお茶を飲みながら、これからのことを話しましょう」
彼女は丁寧に茶器を並べ、一人一人に温かい茶を注いでいく。香り高いお茶の蒸気が夕暮れの空気に混じり、穏やかな時間が流れ始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
紅葉は千大の袖を引き、二人だけ離れた場所に立った。桜の木の下、夕日に染まった彼女の顔には、これまでにない自信と成熟が宿っていた。
「千大様、これからどうするつもりですか?」
千大は紅葉を見て、そして空を見上げた。夕焼けに染まる空には、すでに最初の星が輝き始めていた。
「超人はまだ青春について学んでいる途中だ。この世界にもう少し留まり、謳歌したい」
彼は柔らかな表情を見せた。それは彼が初めて見せる、純粋な喜びの表情だった。
「もう少し式神を続けてもいいぞ。お前と共に、この世界の『愛』というものを探求したい」
紅葉の顔が明るく輝いた。彼女の目に涙が浮かび、それは夕焼けの光を受けて輝いていた。
「千大様、ずっと一緒にいてください。ずっと……」
彼女は勇気を出して続けた。
「この戦いで気づいたんです。私は式神大戦線に勝つだけではなく、自分自身にも勝ちたかった。子供の頃のように、ただ救われるだけの存在ではなく――」
千大は静かに紅葉の拳に手を添えた。その触れ方には、かつてない優しさがあった。
「紅葉よ、超人はお前の成長を見ていた。超超人が称賛する程ではないが、立派な陰陽師だ」
彼の言葉に、紅葉の頬に薄紅が差した。それは単なる照れではなく、誇りと喜びの表れだった。
「千大様、これからも私を鍛えてください。いつか本当の意味で対等に戦えるパートナーになれるように」
「はっ、まさか超人になるつもりか?」
千大は軽く笑った。それは嘲りではなく、愛着に近い感情が込められていた。
「それは難易度マックスだ……しかしそれで諦めるのもつまらんよな」
彼はふと真面目な表情になった。
「だが未来はまだ不確かだからこそ、未来というのは輝かしい」
紅葉は決意に満ちた表情で言った。
「どんな戦いでも、私はあなたの側にいます。式神としてではなく、あなたの最も信頼できるパートナーとして」
彼女は思い切って千大の手を取った。
「私たちはこれからも成長し続けます。私はもっと強くなります。そして千大様も、もっと『愛』というものを理解されるでしょう。共に歩む道での経験が、私たちを更に成長させてくれるはずです」
千大は紅葉の手をしっかりと握り返した。その目には初めて見るような優しさと、複雑な感情が浮かんでいた。
「昨日と同じ超人ではないし、昔の紅葉でもない。両者は時間と共に変化していっている」
千大は夕焼けに照らされる学園を見渡し、そして紅葉の瞳を見つめた。
「萃香が教えてくれた『愛』という感情。お前と過ごしたこの時間で、少しずつだが理解できてきたようだ。それは……」
彼は言葉を探すように一瞬黙り、続けた。
「単に強く意識し合うだけではない、共に成長する喜びだ。超人はそれを楽しみたい」
紅葉は満面の笑みを浮かべ、その瞳に感動の涙が光った。
「千大様、共に成長する道のりを、心から楽しみにしています」
夕焼けに照らされた二人の影が一つに重なり、桜の花びらが風に舞う中、新たな青春の旅路が始まろうとしていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「千大様、あの時…ビッグソルジャーと戦った時、異能を全く使わず、あれほどの強敵を倒したのはどうしてですか?」
数日後、桜の咲く木の下で紅葉が千大に尋ねた。春の陽光が二人を優しく包み、桜の花びらが舞い散っていた。
千大は微笑み、空を見上げた。雲一つない青空が広がり、その果てしなさが彼の瞳に映っていた。
「超人の生命力は、普通の異能者とは比較にならない。異能がなくとも、この身体能力だけで十分だからな」
彼は紅葉を見下ろし、珍しく優しい表情を浮かべた。かつての冷たさは影を潜め、代わりに温かな光が彼の目に宿っていた。
「だが、真の強さは力そのものではない。その力をどう使うかだ。超人はそれを、お前達から学んでいる」
不意に千大は萃香を思い出し、遠くを見るような目をした。彼の目には懐かしさと、かすかな痛みが浮かんでいた。
「もし萃香が見ていたら、どう思っただろうな」
紅葉は不思議そうに顔を上げた。彼女の目には純粋な好奇心が宿っていた。
「萃香……ですか?」
千大は一瞬懐かしむような表情を見せたが、すぐに微笑んだ。彼の笑顔には真実の温かさが込められていた。
「今は亡き俺の義理姉だ。彼女が俺に初めて『愛』を教えてくれた」
彼は夕焼けの空を再び見上げた。その瞳に、どこか遠い記憶の影が映り込んでいた。しかし、その目には過去だけでなく、未来への希望も輝いていた。
二人は桜吹雪の中、学園の門へと歩みを進めた。千大の歩みは軽やかだったが、その存在感は依然として圧倒的だった。しかし今、その力は破壊ではなく、人類保護のために存在している。
それが「愛」を知った超人の選択だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その夜、学園の地下深くにある密室で、桜庭京子は自分の右腕の傷を見つめていた。傷跡は微かに七色に輝き、そして徐々に通常の皮膚の色に戻っていく。彼女の物思いに沈んだ表情を浮かび上がらせていた。
「創造主」
彼女は静かに呟いた。その声には恐れと覚悟が混じっていた。
「あなたは本当に死んだのではない。どこかで見ている……千大という超人が現れた今、あなたも動き始めるだろう」
彼女の表情には決意が刻まれていた。多次元世界のどこかで、新たな戦いの準備が始まっているような予感があった。
「……彼らの前には、まだ長い道のりが待っている」
彼女の右腕の傷が再び微かに光を放った。それは警告のようであり、同時に希望の光のようにも見えた。未来はまだ定まらず、彼らの前に広がる道は果てしなく続いていた。