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第一章「式神大戦線」第十話

金色の陽光が陰陽師学園の古い石畳を照らす朝、御神木颯太は音楽室で黙々と琴を調律していた。彼の傍らでは七色に輝く鳥の姿をした式神・音響鳥が静かに浮遊している。


「今日の相手は紅葉さん……そして千大さんか」


颯太は指先で琴の弦を弾き、その音色を確かめながらつぶやいた。彼は昨日の試合を見ていた。千大の圧倒的な力、そして霧島暁が明かした式神大戦線の真実。すべてが彼の胸に重くのしかかっていた。

音響鳥が柔らかな声で鳴き、颯太の肩に止まった。


「マエストロ、心配しているんだね」


颯太は微笑んで音響鳥の頭をそっと撫でた。


「僕たちは音楽を通じて心を繋ぐ。それが僕らの力だ。今日も最高の演奏をしようじゃないか」


その瞬間、音楽室のドアが静かに開いた。現れたのは紅葉と千大だった。


「颯太、話があるわ」


紅葉の声は真剣だった。颯太は彼らを見て微笑み、琴から手を離した。


「君たちが来るのを待っていたよ」


彼はまっすぐに二人を見つめた。

颯太は窓の外を見やった。そこには昨夜から続く奇妙な光の柱が見えていた。


「不思議なことに、この光が現れ始めてから、音響鳥が異界の音を感じるようになった。世界の境界が薄くなっている音が聞こえるんだ」


彼は音響鳥の方を向いた。


「音楽を理解する者には、世界の調和と不協和が手に取るように分かる」


千大は颯太をじっと見つめた。彼の音響鳥は単なる式神ではなく、次元の壁を感知できる特殊な存在のようだった。


「なるほど。では質問だが、お前はどうするつもりだ?」


颯太は静かに微笑んだ。


「私の音楽は人々を繋ぐもの。この展開は世界の調和を乱す不協和音そのものだ。だから——」


彼は立ち上がり、音響鳥が彼の肩に止まった。


「形式上は戦うが、私は君たちの味方だ。そして」


颯太は千大をまっすぐに見つめた。


「千大さん、あなたの中に生まれた感情、それは美しいハーモニーだ。その音色をもっと聴かせてほしい」


千大はわずかに表情を変えた。彼が「愛」を知ってから以来、多くの人間が彼の変化に気づいていた。だが、颯太のように彼の内面の変化を「音」として感じ取る者はいなかった。


「変わった趣向だ。雑味がなくて面白い」


千大はわずかに笑みを浮かべた。


「では、形式上の戦いをしよう。こちらこそお前の演奏、聴かせてもらおうじゃないか」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



闘技場に到着した三人を、すでに多くの観客が待ち構えていた。桜庭京子が審判として中央に立ち、淡々と試合開始の宣言をした。


「第四回戦、不動院紅葉・千大組対御神木颯太・音響鳥組の試合を始めます。試合開始!」


颯太は静かに前に出て、空中に小さな横笛を取り出した。


「七彩共鳴・第一楽章」


彼が笛を吹き始めると、音響鳥が七色の光を放ち、その羽を広げた。美しい旋律が闘技場全体に広がり、空間そのものが振動し始める。

観客たちはその美しい音色に魅了されていたが、紅葉は警戒を解かなかった。颯太が味方だとしても、この音色には何か特別な力が込められていた。


「これは……!?」


紅葉が気づいた時には遅かった。彼女の体が突然動かなくなり、まるで透明な糸で縛られたかのように身動きが取れなくなった。


「音の拘束」


颯太が説明した。


「音の波動で空間を制御する技術だ。見えない弦で縛るようなものと考えてくれ」


千大は動きを止められなかったが、その動きは明らかに鈍くなっていた。音の波動が彼の超人的な能力にさえ影響を与えているようだった。


「なるほど、音による空間制御か」


千大は感心したように言った。


「だが……」


彼は右手を上げ、指を鳴らした。その瞬間、空間に小さな亀裂が入り、颯太の音の拘束が緩んだ。


「空間操作の異能には、音の波動だけでは対抗できんな」


颯太は微笑んだ。


「さすがだね。では次は」


彼はさらに複雑な旋律を奏で始めた。


「七彩共鳴・第二楽章」


今度は音響鳥が七つの分身となり、闘技場の周りを飛び回った。それぞれが異なる音色を奏で、それらが重なり合って複雑なハーモニーを作り出す。千大と紅葉の周りに、七色の光の壁が形成された。


「この音の結界は、物理的な力だけでなく、異能の発動も制限する」


颯太は説明した。


「音の振動で異能の発現に必要な精神的な共鳴を妨げるんだ」


千大は少し興味ありげに結界を観察した。これは単なる物理的な障壁ではなく、精神にも作用する高度な技術だった。

紅葉は紅星占術を展開しようとしたが、赤い光線がうまく形成できない。


「千大様、私の能力が発動が出来ません!」


「ああ、わかっている」


千大の体から静かに微かな青い光が放たれ始める。


「なるほど、『七彩共鳴』か。稀有な異能だ」


千大が目を開けた時、その瞳には青い光が宿っていた。


「だが、この超人オレの異能は、単なる異能の領域を超えている」


彼は右手を上げ、空を掴むような動作をした。すると音響鳥の分身が一斉に震え、その動きが止まった。


「七彩共鳴」


千大が告げる。


「音の波動を理解し、共鳴することで制御する。お前の異能を体験したことでより挙手模写でコピーした七彩共鳴は進化していく」


颯太は驚きの表情を見せた。


「音を理解した…?」


「お前が創る音楽は確かに素晴らしい。だが、この超人オレは万物の振動を理解する。音もまた振動の一種に過ぎない」


千大は手を振り、音響鳥の分身たちが一斉に元の姿に戻っていった。結界が崩れ、紅葉の体も自由になった。

颯太は琴を置き、千大に向かって静かに頭を下げた。


「負けたよ。これじゃ勝ち目がないね。敗北を認めます」


闘技場には静寂が流れ、やがて観客から大きな拍手が沸き起こった。それは単なる勝敗を越えた、芸術的な戦いへの賛辞でもあった。

桜庭京子が中央に戻り、勝敗を宣言する。


「勝者、不動院紅葉・千大組!」


颯太が千大に近づいてきた。


「あなたは音の本質を理解した…それはつまり、感情の本質も理解し始めているということ」


千大は静かに頷いた。


「お前の音楽には感情が込められている。愛という概念が……」


「そうです」


颯太は微笑んだ。


「音楽は感情を伝える最高の手段だから。そして、あなたの中に生まれた感情は、これからもっと美しく響いていくでしょう」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



試合後、紅葉、千大、颯太は桜庭京子の研究室に集まった。そこには既に霧島暁、一ノ瀬鈴音、そして砂葉蓮が待っていた。


「蓮も……」


紅葉は驚いた表情で言った。蓮は静かに微笑んだ。


「私も真実を知ったわ。あの光の柱……大地がその異変を感じていたの」


彼女の横には砂竜が控えていた。小型の竜の姿をした式神は、地中の変化を敏感に感じ取る能力を持っていた。


「これで準決勝の相手も同盟者になったわけか」


千大は言った。


「ならば、次は決勝戦。最後はビッグソルジャーとの対決だな」


京子は自身の経験を思い出しながら話し始めた。


「式神大戦線の最終決戦は『創星の次元庭園』と呼ばれる特別な場所で行われます。それは通常の次元とは異なる、次元の門に最も近い領域」


彼女は右腕の傷を無意識に撫でながら続けた。


「そこでは物理法則が通常とは異なり、精神力が現実を形作る力となります」


暁が補足した。


「創星の次元庭園は、創造主が設計した特別な領域。そこでは想像力そのものが力となり、現実を作り変える」


「想像力が現実になる……」


紅葉が呟いている時に鈴音がタブレットで何かを操作している。


「次元の門の活性化が加速している。ビッグソルジャーの計画は最終段階に入っているわ」


蓮が窓の外を見た。


「大地が悲鳴を上げている……次元の歪みが広がっているのを感じる」


颯太も頷いた。


「異界からの音が強まっている。もうすぐ世界の境界が完全に崩れるかもしれない」


腕を組んでいた千大はため息をついた後、静かに立ち上がった。


「辞めだ。超人オレは式神大戦線から離脱する」

「な、なにを言っているんですか?」

「千大様…!?」

「茶番は辞めだ。本腰を入れる。呑気に式神大戦線などという大会をしている場合ではない。奴との決勝戦を今すぐ行うべきだ」


京子は驚いた表情を見せた。


「トーナメントの規則では……」


「規則など関係ない」


神妙な顔つきの千大は冷静に言った。


「世界の命運がかかっているのだろう? なら、今すぐビッグソルジャーと対決する。とうに超人オレは相手を補足した。逃がさん」


紅葉が千大の袖を引いた。


「千大様……」


「ふっ、心配するな」


千大は紅葉を見下ろし、珍しく優しい表情を見せた。


「紅葉よ、お前はいよいよ。この超人オレの力の一端を知る時が来た」


鈴音がタブレットを操作して言った。


「なら……学園の放送システムを使えば、ビッグソルジャーに直接呼びかけることができるわ」


全員が顔を見合わせ、頷いた。時は熟していた。最終決戦の時が来たのだ。


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