第一章「式神大戦線」第九話
一ノ瀬鈴音との対決の日が来た。学園は朝から異様な熱気に包まれていた。ほとんどの生徒たちが真実を知り、単なる大会ではなく世界の命運がかかった戦いが行われようとしていることを理解していた。
闘技場は満員の観客で埋め尽くされていた。入り口に立つ紅葉と千大の姿を見て、大きな歓声が湧き上がる。
二人が闘技場に入ると、対面から銀髪のツインテールを揺らしながら一ノ瀬鈴音が現れた。彼女の横には網状の電子生命体・ネットスパイダーが浮かんでいた。鈴音はいつものようにクールな表情を保っていたが、その目には決意の光が宿っている。
「来たわね、不動院、千大」
鈴音の声は冷静だった。彼女は同盟者だが、今日は敵として全力で戦うことを決めていた。それが彼女なりの筋を通すやり方だった。
桜庭京子が審判として中央に立つ。
「第三回戦、不動院紅葉・千大組対一ノ瀬鈴音・ネットスパイダー組の試合を始めます」
京子の視線には複雑な思いが浮かんでいた。彼女は真実を知る者として、この戦いの意味のなさを理解していた。
「試合開始!」
その瞬間、鈴音が動いた。彼女はタブレットを操作し、闘技場の照明システムをハッキングした。突如、闘技場が暗転する。
「データ支配:環境制御」
鈴音の声が闇の中から響いた。突然、闘技場の電子機器がすべて起動し、異様な光と音を放ち始めた。ネットスパイダーの力で、周囲の電子機器をすべて制御下に置いたのだ。千大は静かに前に出る。
「超人が戦う」
千大の姿が暗闇の中で浮かび上がる。彼の体からは微かな黒い光が放たれていた。
「鈴音、来い」
鈴音はタブレットをさらに操作し、ネットスパイダーが闘技場のすべてのシステムに侵入していく。天井から無数のドローンが降下し、千大を囲んだ。
「これは単なる物理的な戦いではなく、デジタル世界と現実の境界線での戦い」
ドローンたちが一斉に光線を放ち、千大に向かって攻撃を開始した。同時に、床からはロボットアームが出現し、千大の足を捕らえようとする。
千大の姿が一瞬で消えた。ドローンからの光線が彼のいた場所を焼き、床から伸びたロボットアームが虚しく空を掴んだ。
千大は重力を無視するかのように宙に舞い、光の筋が交差する間隙を縫うように身体を捻った。彼の動きは計算されつつも流れるように自然で、まるで全ての攻撃の軌道を前もって把握しているかのようだった。
一条の光線が頬をかすめることなく、千大はわずかに頭を傾けただけでこれを回避。同時に床から突き出た二本のアームの間を滑り抜け、片手で一つのアームを支点に回転しながら三基のドローンからの集中砲火をやり過ごした。
彼の瞳は冷静に次の動きを先読みし、身体はその指令に完璧に応えていく。無数の攻撃が織りなす死のタペストリーの中で、千大は踊るように全ての危険を回避していった。
ドローンの攻撃パターンを瞬時に解析したのか、千大は意図的に特定の位置に移動。交差する光線が互いに相殺し合う瞬間を作り出し、その間隙を縫って前進していく。
まるで現実世界の物理法則が彼には適用されないかのような動きだった。それは単なる反射神経や身体能力の範疇を超えた、デジタルと現実の境界を超越した存在のみが可能とする動きだった。
千大は興味深そうに言った。
「先ほどのは面白い言い回しだ。ただ、それだけだがな」
千大は右手を上げた。黒い光が彼の手から放たれ、ドローンたちが次々と停止していく。彼は四無色定の異能を発動させたのだ。
「四無色定だ」
鈴音は驚いた表情を見せた。
「なっ、何? 私の制御が……効かない?」
千大は静かに歩みを進める。
「鈴音よ。四無色定は物理、精神、概念を消す異能だが、その前に異能を無力化する側面もある」
ネットスパイダーが前に出て、千大を止めようとする。彼は巨大な電子網を展開し、千大を包み込もうとした。
「くっ、サイバー・プリズン!」
鈴音の声が響いた。ネットスパイダーが作り出した電子の檻が千大を閉じ込める。無数のデータストリームが千大の周りを流れ、彼の動きを封じようとしていた。
「ふっふふふ。この檻は物理的なものではなく、情報そのもの。あなたの意識すら支配する」
鈴音は自信に満ちた表情を見せた。しかし、その表情はすぐに驚きに変わった。絶大な生命力【リソース】を放出する千大が電子の檻を両手で押し広げ、強引に破壊してしまったのだ。
千大の声には少し興味が混じっていた。
「超人の心を支配しようというのは手札として悪くはない。物理的に敵わないなら精神を叩くのが定石だ。
だがその程度では、残念ながら通用しない。何故なら超人は精神的にも超人だからな」
「で、でためらなことをっ!!」
千大は一歩前に出て、手を伸ばした。
その瞬間、闘技場の時間が止まったかのように、すべての電子機器の動きが停止した。まるで写真に撮られたかのように鈴音とネットスパイダーも凍り付き、動けなくなった。千大は物理的法則を阻止する氷の異能を発動させたのだ。
「この凍てつく異能はお前たちの時間だけを一時的に止める。寂しくならないために超人が十億分の一秒というとても短い時間にしておいたぞ」
千大は凍結した鈴音の前まで歩み、彼女の額に指を当てた。指先から青い光が放たれ、彼女の意識に入り込む。彼は精神干渉の異能で、鈴音の心に語りかけていた。
「鈴音、お前は無駄な抵抗をしたな」
「……そうね」
時間が凍結する中でも、鈴音の意識だけは千大と会話することができた。
「でも、これが私の戦い方。情報分析者として、あなたの力を測りたかったの」
「そうか。だが、戦いはここまでだ」
千大は指を鈴音の額から離した。四無色定で氷の異能が除去され、鈴音とネットスパイダーが再び動き始める。しかし、二人とも戦意を失っていた。鈴音はタブレットを下ろし、静かに頭を下げた。
「私の負けよ」
彼女の声に悔しさはなかった。むしろ、新たな可能性を見出したような輝きが目に宿っていた。
「認めます。あなたたちの力を」
桜庭京子が中央に戻ってきた。
「勝者、不動院紅葉・千大組!」
観客席から大きな歓声が上がった。紅葉は驚きと安堵の表情を混ぜた顔で千大の元に駆け寄った。
「千大様、素晴らしかったです!」
千大はわずかに微笑んだ。
「そうだろう。もっと褒めてもよい」
会話している二人に鈴音は近づいてきた。彼女は表情を取り戻し、タブレットを手に持っていた。
「あなたの力、確かめられてよかった」
彼女はタブレットの画面を二人に見せた。そこには、学園の地下深くにある秘密の部屋の設計図が映し出されていた。
「ビッグソルジャーの隠れ家よ。ネットスパイダーが学園のシステムをハッキングして見つけたの」
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試合後、紅葉、千大、鈴音、霧島暁、桜庭京子の五人は秘密の会議室に集まった。テーブルの上には、鈴音が提供した学園の設計図と、ビッグソルジャーに関する情報が広げられていた。
「あと二つの試合を勝ち抜けば、決勝戦です」
京子が静かに言った。
「そして決勝戦では、必ずビッグソルジャーが"最終審判者"として現れる」
暁がうなずいた。
「私の家系に伝わる記録によれば、ビッグソルジャーは創造主の別人格または複製のような存在。ただし、創造主ほどの力は持っていません」
「でも十分に強大な存在であることには変わりないわ」
京子は右腕を抑えながら言った。
「ビッグソルジャーが学園に執着している理由……それは陰陽師学園の下に眠る大いなる力を奪い取るため」
桜庭京子がテーブルの中央に古い巻物を置いた。
「これは初代桜庭家が残した記録。陰陽師学園の真下には、次元の門があります。全多次元世界に繋がる稀少な装置の一つです」
「次元の門?」
紅葉は驚いた様子で言った。
「そう。この門を制御できれば、あらゆる世界への移動が可能になる。ビッグソルジャーはこの門を使って、この世界を基点に全多次元世界の征服を企んでいるのです」
千大は静かに考え込んでいた。次元の門、創造主のこども、全多次元世界の征服。これらはすべて彼にとって意味のある言葉だった。
「次の試合の相手は誰だ?」
千大が尋ねると鈴音はタブレットで対戦表をチェックした。
「御神木颯太と音響鳥。そして準決勝は砂葉蓮と砂竜の予定よ」
「二人ともクラスメイトね」
紅葉は複雑な表情を見せた。
「颯太も蓮も強いわ。でも…真実を知れば、きっと理解してくれるはず」
「そうね、彼らにも真実を伝えましょう」
京子が言った。
「より多くの同盟者を得ることで、ビッグソルジャーに対抗する力になります」
話し合いが続く中、突然部屋が震動した。学園全体が揺れているようだった。
「何が?」
紅葉が窓の外を見た。校庭には奇妙な光の柱が立ち上がっていた。
「これは……!」
京子が厳しい表情で言った。
「ビッグソルジャーの計画が予想よりも進んでいるようです。あの光は次元の門からの反応」
千大は窓の外の光景を観察していた。光の柱の中には、別の次元の風景が見え隠れしていた。
「ふむ、世界の境界が薄くなっているな」
彼は静かに言った。
「ビッグソルジャーは着々と準備を進めているようだ」
「この状況を見ると、私たちにも時間がない」
暁が言った。
「準決勝、決勝と急いで進める必要があります」
鈴音がタブレットを操作して、学園の現状を確認していた。
「学園の生徒たちが避難を始めているわ。混乱が広がっている」
この夜、陰陽師学園は激動の予感に包まれていた。決勝戦へのカウントダウンが始まり、世界の命運をかけた戦いが近づいていたのだ。