表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

第一章「式神大戦線」第八話

試合後、紅葉と千大は京子の研究室に案内された。古い木製の本棚と実験器具が並ぶ空間は、五百年の時を生きてきた物らしい味わいがあった。窓からは夕暮れの光が差し込み、空間を琥珀色に染めている。

そこには霧島暁と藍影が既に待っていた。暁の表情には安堵の色が浮かび、藍影は暁の影のように静かに佇んでいた。四人は円を描くように座り、これからの戦いについて話し合った。


古い木製の机の上には、式神大戦線の過去の記録や、学園の地下構造を示す古びた地図が広げられていた。桜庭京子はそれらの資料をそっと指で触れながら口を開いた。


「あなたたちは今、真実を知りました」


京子は静かに言った。彼女の声には五百年間秘密を抱えてきた重みがあった。


「式神大戦線の背後には、四使徒のビッグソルジャーの世界征服計画が潜んでいる。そして、その計画を実行しようとしているのがビッグソルジャー本人です」


窓から差し込む夕日の光が、机の上の古い地図を照らし出す。そこには学園の地下深くに広がる複雑な構造が描かれていた。京子の指先が地図の一点を示す。それは地下最深部、「創世の間」と呼ばれる場所だった。

暁はうなずき、続ける。彼の青い瞳は真剣さに満ちていた。


「ビッグソルジャーは学園の深部に隠れています。彼は創世竜という強大な式神を操り、最終的にその力を使って世界征服を試みるでしょう」


藍影がその言葉に反応するように形を変え、一瞬だけ巨大な竜の影を壁に映し出した。その姿は恐ろしく、紅葉は思わず息を飲んだ。


「それを阻止するのが私たちの使命」


暁は静かに言った。彼の声は落ち着いていたが、その瞳には強い決意が宿っていた。


「私は"観測者"として真実を伝える役目を終えました。これからは戦う者として、あなたたちを支援します」


彼は自分の家系が代々担ってきた使命を果たした解放感と、これから始まる新たな戦いへの覚悟が入り混じった表情を浮かべていた。


「ビッグソルジャーは創造主から分け与えられた四使徒の一人。その力は陰陽師や式神の全戦力が束になった程度では太刀打ちできないほどです」


暁の言葉に、部屋の空気が重くなった。それは単なる恐怖ではなく、彼らが直面する現実の重みだった。

紅葉は静かに座っていたが、彼女の瞳には強い意志の光が宿る。かつて力の制御にさえ苦しんでいた少女は、今や世界の命運を左右する戦いに身を投じようとしていた。彼女は震える声を抑えながらも、強く言い切った。


「でも、私たちは勝たなければなりません。全世界がかかっているんでしょう?」


京子と暁は紅葉の強い意志に感心したように見つめた。彼女の中に眠る潜在能力と、その心の強さが、未来への希望を感じさせた。


「その通りです。ビッグソルジャーは気まぐれで戦う創造主とは違う。この世界を支配することを望んでいる」


京子は頷いた。彼女の目には五百年間の時を生きてきた者だけが持つ深い洞察力があった。


「そして、あなたたちならできるかもしれない。特に千大さんの力があれば……」


室内の全員が千大に視線を向けた。彼は今まで黙って話を聞いていたが、名前を呼ばれると静かに立ち上がった。彼の立ち姿には圧倒的な存在感があり、部屋の空気さえも震わせるようだった。


「問題はない。この超人オレ以上の強さを持つわけがないのだから」


千大の言葉には傲慢さがあったが、それは単なる自惚れではなく、自分の力を完全に理解した者の確信だ。その目には残念なことに退屈が映っているのだが、彼の目には時折寂しそうに映す。

しかしその言葉を聞き、暁は言った。彼の表情には戦略を練る冷静さがあった。


「次の試合を勝ち抜き、準決勝、決勝と進めば、必ずビッグソルジャーと対峙することになります。彼は最終的な優勝者を自ら試す"最終審判者"を名乗っているからです」


暁は机の上の大会トーナメント表を指さした。勝ち進んだ先にある最終決戦の場所には「創世の間」と記されていた。


「超人【俺】にとってはやりやすい戦いだ。多次元異世界へ下手に逃げられるよりかは遥かにマシな展開よ」


「しかし、そこに至るまでの道のりは簡単ではありません」


京子は真剣な表情で言った。彼女は古い革表紙のノートを開き、次の対戦相手の情報を示した。そこには「一ノ瀬鈴音」という名前と、網状の図形が描かれていた。


「次の対戦相手、一ノ瀬鈴音は情報収集に長けた優れた陰陽師。彼女の式神・ネットスパイダーは学園中のネットワークにアクセスでき、あらゆる情報を収集しています」


このとき、研究室のドアがノックされた。それは、部屋の全員を緊張させた。ドアが開き、そこには銀髪のツインテールを持つ一ノ瀬鈴音の姿があった。

彼女の肩には小さな蜘蛛のような電子生命体が乗っており、その複眼は室内を素早くスキャンしているようだった。鈴音の鋭い目は部屋の全員を一瞬で捉え、特に千大と紅葉に視線を留めた。


「ここにいたのね」


鈴音はクールな表情で言った。彼女の声はいつもの通り冷静だったが、その目には好奇心と警戒心が混じっていた。


「次の対戦相手として、あなたたちの情報を集めていたところよ」


彼女の横には網状の電子生命体・ネットスパイダーが浮かんでいた。それは光の糸で構成されたような美しくも不気味な存在で、常に形を変えながら情報を処理しているようだった。


「でも、何故か学園の中枢システムにはアクセスできない部分があるの。何か隠されているみたいね」


鈴音の鋭い観察眼は、すでに学園の秘密に気づいていた。彼女の言葉に京子と暁は意味深な視線を交わした。彼らの表情には「やはり」という思いと、「この瞬間が来た」という覚悟が浮かんでいた。

紅葉はゆっくりと立ち上がり、親友である鈴音に向き合った。彼女の瞳には決意と信頼が宿っていた。


「鈴音、あなたに話しておきたいことがあるの」


紅葉は真剣な表情で言った。彼女の声には友人を信じる心と、真実を伝えなければならない使命感が混じっていた。


「何?」


鈴音は警戒したように眉を寄せた。彼女の直感が、ただならぬ話が待っていることを告げていた。ネットスパイダーも緊張したように形を変え、より複雑なパターンを描き始めた。


「式神大戦線の真実について――」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夕暮れが学園を包み始めた頃、千大と紅葉は静かな庭園で次の戦略について話し合っていた。

庭園の古い石のベンチに二人は腰掛け、夕日に照らされた学園の風景を眺めていた。空気は少し冷たくなり始め、紅葉は軽く肩を震わせた。千大はそれに気づき、自然な動きで彼女の肩に手を置いた。かつての千大なら考えられない行動だった。


鈴音も真実を知り、彼らの同盟に加わることを決めたが、形式上は対戦相手として戦うことになっていた。それは外部から見れば通常の試合に見せるための演出だった。


「鈴音のネットスパイダーの情報収集能力は驚異的ね」


紅葉は感心したように言った。彼女の表情には友人の能力への敬意と、彼女が味方になったことへの安堵が混じっていた。


「学園の秘密の部分さえ、少しずつハッキングしているみたい」


ネットスパイダーはビッグソルジャーが隠した情報の一部を既に解読し始めていた。創世竜の能力や、式神大戦線の真の歴史に関わる断片的な情報が少しずつ明らかになりつつあった。

紅葉は夕焼けに照らされた校舎を見つめた。その建物の地下深くに潜む脅威を思うと、彼女の心は複雑な感情で満たされた。恐怖と決意、そして友人たちと共に戦うという心強さ。


「でも、最終的には力の戦いになるのよね。ビッグソルジャーに勝たなければ……」


紅葉の声には不安が混じっていたが、同時に強い決意も感じられた。彼女の手が無意識に拳を握り、その指先から微かに紅い光が漏れ出していた。紅星占術の力が彼女の感情に反応しているようだった。


「一々、不安になるな。この超人オレがいる」


千大は自信に満ちた声で言った。彼の声には傲慢さの中にも、紅葉を安心させようとする優しさが混じっていた。


「ビッグソルジャーがこの世界では脅威を感じるほどの存在だとしても、超人の超人オレには問題ない」


千大は空を見上げた。その目には己の強さへの自信が宿っていた。彼は創造主を倒した実父を倒した経験を持つ。その力をこの世界のために使おうとしている自分自身に、彼は面白がり、少なからず驚いているようだった。

紅葉は千大の横顔を見つめた。夕日に照らされた彼の姿は以前とは明らかに違っていた。かつての無表情な千大とは違い、今の彼の目には感情が宿っていた。「愛」を理解し始めた超人の姿がそこにあった。


「千大様………あなたは本当に変わりましたね」


紅葉の声は柔らかく、その瞳には温かな光が宿っていた。彼女の言葉に千大は少し驚いたように紅葉を見た。


「どういう意味だ?」


千大は自分の変化に気づいていなかったようだった。それは他者の目を通してのみ気づくことができる変化だったのかもしれない。


「十年前、初めてお会いした時のあなたは、まるで機械のようでした。感情が全くなくて」


紅葉は懐かしむように言った。彼女の記憶の中の千大は、冷たく無機質な存在だった。力の調節法を教えてもらった時、彼女は泣いて感謝したが、千大はただ無表情にそれを見ていただけだった。


「でも今は違う。あなたの目には感情が宿っています。それが……眩しく見えるんです」


紅葉の言葉は千大の心に深く響いたようだった。彼はしばらく黙って、夕焼けの空に思いを馳せた。その目には懐かしさと、新たな感情への戸惑いが混じっていた。

千大は静かに空を見上げた。赤く染まった雲の隙間から覗く青い空が、彼に何かを思い出させたようだった。


超人オレは愛を知った。萃香の犠牲で目覚めた感情が、お前と出会うことでさらに深まった」


千大の声は通常の高圧的な調子ではなく、静かで深みのあるものだった。萃香という名前に込められた記憶と感情が、彼の声に重みを与えていた。

彼は紅葉をまっすぐ見つめた。その瞳には、かつて決して見せなかった柔らかな光があった。


「お前は超人オレに青春を教えてくれた。その恩は忘れない」


紅葉の頬が赤く染まった。千大の言葉と視線に、彼女の心は激しく揺れ動いた。かつて力の調節法を教わった時の驚きと感謝の気持ちが、今は別の感情へと変わりつつあることを、彼女自身も感じていた。


「恩なんて…私こそ、あなたに救われたんです」


紅葉の声は小さかったが、その言葉には深い感情が込められていた。彼女の力を制御できるようになったのは千大のおかげだった。その力があったからこそ、彼女は今ここにいる。

二人の間に静かな沈黙が流れる。それは不快な沈黙ではなく、互いの存在を感じ合うような心地よい静寂だった。夕日の光が彼らを優しく包み込み、二人の影は長く延びて一つに溶け合っていた。


千大の手が紅葉の手に触れた時、彼女は驚いたように顔を上げた。千大の表情には戸惑いと、新たな感情への好奇心が混じっていた。彼はゆっくりと紅葉の手を握った。その仕草は不器用だったが、真摯な感情が込められていた。


「この感情は、何だろうな」


千大はつぶやいた。彼の声には不思議そうな調子があった。恐らく彼自身、自分の中に芽生えた感情をまだ完全には理解できていないようだった。


「それは……」


紅葉の言葉は途中で止まった。彼女自身は答え合わせができているが、恥ずかしくてとても男女の愛だと言い切れない表情だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夕闇が迫る中、二人は静かに自宅へと歩き始めた。石畳の道を照らす街灯の光が、二人の姿を幻想的に浮かび上がらせていた。

彼らの前には困難な戦いが待ち受けていたが、今の二人には乗り越えられないものはないように思えた。千大の圧倒的な力と、紅葉の紅星占術。そして新たな仲間たちの力を合わせれば、ビッグソルジャーにさえ立ち向かえるかもしれない。


「鈴音との試合はどうするつもりですか?」


紅葉が尋ねた。彼女の声には友人との対決への複雑な思いが込められていた。表向きは戦わなければならないが、本当の敵は別にいる。その矛盾に彼女は少し戸惑っていた。


「俺が戦う」


千大は即答した。彼の言葉には迷いがなかった。


「奴は同盟者だが、それでも戦う。それが奴への敬意というものだ」


千大の言葉には驚くほどの思慮深さがあった。かつての彼なら考えられない発言だった。彼は本当に変わったのだと、紅葉は改めて実感した。

紅葉は感心したように頷いた。千大の言葉には深い真実があった。鈴音は真実を知ったからこそ、形式上とはいえ全力で戦うことを望むだろう。それが彼女の誇りだった。


「鈴音もきっとそう望んでいると思います」


紅葉の言葉に千大は頷き、二人は並んで帰宅していった。その背後では夕日が完全に沈み、新たな夜が始まろうとしていた。

明日からの戦いに向けて、彼らの心には静かな決意が灯っていた。式神大戦線の真実を知った彼らの戦いは今、本当の意味で始まったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ