オタク、ヤンキーと出会う
放課後の掃除当番は何かと理由をつけてサボっていったチャラ男たちがいなくなったので、僕一人で机を教室後方に移動させ、モップをかけ、机を前に戻した。
なかなか重労働で辛かったが、彼らを呼び戻す勇気がないし(そんなことできるなら彼らが教室を出る前にしてる)精神面では一人の方が楽だ。
「さーてと、あとは黒板を消すだけだな」
なんなら独りで元気まで出てきたので。大詰めの黒板消しがラスボス戦のようでワクワクしてきた。
謎の高揚感も湧きつつ、軽やかな足取りで教壇に登ると、
ガラガラ、ピシャン!
びっくりして教壇を踏み外しかけた。静謐な教室だったからあまりに大きな音に驚いてしまったのだ。ヒヤヒヤしつつ、人間の性でつい音のした方を見てしまう……が、すぐにサッと目を逸らす。
立っていたのはクラスのヤンキー滝尾なつみさん。艶のある金髪ロングに、下着が見えてしまいそうなほどに短すぎるスカート。彼女は不機嫌そうに眉を寄せていた。怖すぎる。
なんとなく音を出すのも憚られたのでゆっくり弱い力で黒板消しを使う。
……文字が掠れるだけで全然消えない。チョークの白色が引き伸ばされ、黒板を滲ませているだけだ。
滝尾さんが教室を出るまで動かないでおこう。ここから黒板を勢いよく消し出すのも、またなんか憚られるし。
「――オイ、これ」
心臓がドクンと跳ねる。
ぼ、僕に向けられた言葉なのか……? そんな疑問を聞くこともできず、かといって無視することもできなかったためゆっくりと振り返る。
僕の机の傍に立ち、じゃらじゃら音を立てて手元をいじっていた。え、なんか僕わるいことしたかな!? 悪いことをした記憶は特にないが、不機嫌そうに言われたからそう思ってしまう。
というか、滝尾さんが触っているの、【サンダム】のキーホルダーじゃないか?
滝尾さんと目があう。逡巡の後、バツが悪そうに目を逸らし、
「……アタシも好きなんだ。サンダム」
「へ、へー。そうなん、ですか?」
「ん。こっちこいよ」
くいくい、と手招きをする滝尾さんは、僕の席に座る。
え、いや。僕の席。じゃなくて。
「ぼ、僕ですか!?」
「他の誰がイんだよ」
「あ、そう、ですよね……」
こ、怖すぎる。怖すぎるけど。断ることもできない……! 僕は蛇に睨まれた気分でとことこと自分の席に向かう。
「前の席座って、こっち向いてくれ」
「あ、はい」
素直に従うと、当然真正面に滝尾さんの顔があるわけで。
「私のこと、怖いか?」
「へ!? こ、怖くないですよ」
「ん。アタシは怖くない」
滝尾さんはそう言って、指で口角を挙げる。口元は笑っているけれど、目は笑っていない。そんなアンバランスな笑みが形作られた。
突然の謎行動にどんな返答をすればいいかわからず、戸惑ってしまう。
が、滝尾さんのその行動には思い当たる節があった。
「エリーシャがカンザスに向けた笑顔、ですか?」
エリーシャはサンダムシリーズ8作目に登場するサブヒロインのひとりだ。といいつつ、メインヒロインより人気を博しており『正ヒロインの影うっすw』というシリーズ恒例のツッコミをまたもや生み出している。
主人公カンザスは、序盤は才能と努力を遺憾無く発揮し敵機を無双するが、旅の途中で最愛の妹を亡くしてしまう。失意に暮れるカンザスに献身的に接してくれるクール系お姉さんのエリーシャは、ファンの間で絶大な人気を誇っていた。
時々妹を思い出して辛そうにするカンザスに向けた、エリーシャの笑顔。普段は笑うのが苦手なエリーシャが頑張って笑みを作ってくれるという、見てるこっちも思わず惚れてしまうやつだった。
滝尾さんは正解とばかりに頷く。
ど、どうしてそんなことをぉ。思い当たる節はあるが、まさかな。
「似てなかったか?」
「え! いやそのぉ」
「やっぱり、怖かったのか……?」
滝尾さんは心外そうに眉を寄せる。
まずい。怒らせてしまった!?
「す、すみません! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
僕は頭を下げる。机に鼻先が掠れるくらいに。だって怖いんだもん。ヤンキーが怒ったら何されるわからないし。
僕の肩に滝尾さんの手が触れる。
「っ」
さす、さす。滝尾さんは僕の肩をやさしく撫でた。
僕は驚いて、顔を上げる。
滝尾さんは真顔だ。……いや、少しだけ笑っている? 口角がほんのちょっとだけ挙がっている。けど、ほんとに微々たるもので、ぱっと見笑顔なのか見分けがつかない。
「アタシもサンダムが好きなんだ。……けど、怖がらせて悪い。アタシ、あんま喋るの上手くないしよく怖がられる。オマエみたいにサンダム好きなやつ、うちらの世代じゃあんましいないから話したかっただけなんだ」
「あ、そうだったん、ですか?」
「ん」
まっすぐな滝尾さんの眼差しが僕を射抜く。いや、僕も話したいのは山々なんだけど。でも、会話が苦手だし。
というか滝尾さんの目、きれいだ。ブラウンの瞳にまっすぐに捉えられた僕の顔が写っていて、吸い込まれてしまいそう。
「……帰るわ。なんか悪かったな」
滝尾さんは目を逸らし、立ち上がる。
「え?」
「無理やり誘われて、迷惑だったろ。すまん」
滝尾さんは宣言通りスタコラ歩き出して、教室を出て行った。
……滝尾さんが、謝って。すごく、寂しそうに瞳を伏せて。いや、悔しそう? まるで上手に話せなくて悔しがっているような。
まったくの的外れな想像かもしれないけど。
ピロリン!
そのとき、スマホが鳴った。僕のじゃない。滝尾さんのだ。椅子に彼女のスマホが落ちている。
ひとまず手に取る僕。
忘れたのかな。届けないと。
そのとき、画面に触れたのか、自動で通知センターが開いてしまう。
これって。
『サンダム リユニオンバース 二周年イベント開始!』
滝尾さんもやってるんだ。このゲームはサンダムのソシャゲで、全シリーズからキャラが登場するいわゆるお祭り系で、リリース当初から話題だったから僕も当然プレイしてる。
「あっ、追いかけなきゃ」
僕が立ち止まってちゃ、滝尾さんがスマホを忘れたまま帰宅してしまうじゃないか。
「ま、まってくださいっ 滝尾さん……っ」
慌てて教室を出ると、当然滝尾さんの姿はなかった。滝尾さんが部活動をやっているかはわからないけど、帰宅部だとしたら正門から帰る。
僕は正面玄関に向かった。そこにも滝尾さんの姿はなかったので、外靴に履き替えて正門前に出る。
正門を左折した通りを歩く滝尾さんの後ろ姿が確認できた。
「滝尾さん」
「あ?」
彼女の元へ小走りで向かう僕に、滝尾さんは振り返る。僕はポッケから取り出したスマホを彼女に渡す。
「わ、忘れ物です」
「それ私の……あ、マジか」
カバンの中をごそごそする滝尾さん。スマホがないことに今気づいたのかな。
「助かった。あんがとな」
「ええ……」
はぁ、はぁ。ちょっと走っただけなのに疲れたぞ。普段はゲームするかアニメ見るかだからな。
けどよかった。これで心おきなく僕も帰れ……いやまだ黒板消してないぞ。滝尾さんが教室に来てから掃除を中断していたんだった。
僕は踵を返し、校舎への道を歩み始める。
「――ちょっと待て」
滝尾さんの鋭い声に、反射的に振り返ってしまう。そこにはさっき帰路についたはずの滝尾さんがいて。
「スマホ、アタシのじゃないぞ」
「え? ……あっそれ僕のです」
渡し間違えていたのか。制服の左ポケットを探ると、もう一つ僕のスマホによく似た青色のスマホが出てきて。
「これ、ですよね」
「ん」
危なかった。そう思いつつ、お互いのスマホを差し出すと、
ピロリン!
スマホの着信音。今度は滝尾さんじゃなく僕のスマホだ。
『サンダム リユニオンバース 二周年イベント開始!』
「……オマエ、サンダムやってたのか?」
滝尾さんは腕を組んで、なぜか怒ったように訊いてくる。
「は、はい……」
怯えながらそう返すと、滝尾さんは「ん……こいつはいいのか…………?」と呟く。
そして、無理やり肩を組まれる。
「ちょっと付き合え。話がアンだ」
滝尾さんの顔はみえないけど。肩越しにすごい圧を感じる。
どうすればいいのこれ……。
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