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静謐な紅の森・異聞抄 序 ― 濁った足音
空はまだ明けていなかった。
だが、その男たちは夜を怖れていなかった。
むしろ、好都合だと思っていた。
人目もなく、邪魔もない。
この“誰も知らぬ森”に踏み入るには、闇は最良の衣だと。
先を行くのは、薄笑いを浮かべた錬金術師。
その後ろに続く、獲物目当ての傭兵、
獣を撃ち殺して笑う狩人、
そして口元に金の歯を光らせた男。
彼らは聞いたのだ。
「古の囁き」と呼ばれる伝説を。
“夢を叶える森”、“秘宝が眠る地”、“魂すら書き換える魔女”。
それを──
奪いにきた。
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「……つまらねえ森だな」
傭兵が吐き捨てた。
「道はない、音もない。こんなの迷うだけだ」
「だからこそ、誰も見つけられんのさ」
錬金術師が笑った。
「だが我々は、選ばれた探索者──理を超える者」
そのとき、森の奥で──
かさり、と葉が舞った。
誰もそれに気づかなかった。
ただ一人、白い気配が、遠くの枝の上でそれを見ていた。
ネムレア。
眠りのウサギは、赤い瞳を細め、
そっと耳を伏せると──姿を消した。