終章・余白に咲く夢たち
その後、森の奥では──
紅の葉がまたひとひら、静かに舞い落ちる。
……
その後、森の奥では──
紅の葉がまたひとひら、静かに舞い落ちる。
そして、新たな“夢の記憶”がひとつ──
確かに、静かに、そこへ刻まれた。
その軌跡は風もない空をなぞるように、ひそやかで、けれど確かな痕跡を残した。
落ち葉は地を彩る絨毯に溶け、森の記憶にひとつの夢を添える。
祠の傍、ガゼルはひとり、佇んでいる。
その瞼は伏せられ、まるで何かを見ているようで、何も見ていない。
けれどその静けさのなかに、微かな温もりがあった。
彼女の膝には、白き兎──ネムレアが身を預け、安らかな呼吸をくり返している。
夢の気配は彼女の体から微かに立ちのぼり、森の空気をまろやかに包んでいく。
それはまるで、ひとつの子守歌のように。
薔薇の角を持つ鹿、ヴェルミラは、近くの草陰からその様子を見守っていた。
彼女の角に咲いた紅の薔薇は、夜露を帯びながら香りを漂わせ、
通り過ぎた夢の記憶にそっと花を手向けるように、静かに揺れていた。
そして、灰の狼──レヴルムが、祠の裏手に姿を現す。
風なき空間のなかで、尾の毛先だけがまるで小さな炎のようにゆらめいている。
彼の瞳は何も語らず、ただ静かにすべてを見渡していた。
けれど、そのまなざしには、誰にも踏み荒らされぬ誇りと、微かな優しさがあった。
何も変わらない。
けれど、ほんの少しだけ、森は微笑んでいた。
沈黙と夢の記憶を抱いて、
静謐な紅の森は、今日もそこにある。
そして、新たな“夢の記憶”がひとつ──
確かに、静かに、そこへ刻まれた。
言葉は持たずとも、
気配は届く。
それが、この森における最も深い“対話”だった。
完
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
『静謐な紅の森』という、言葉を抑えた作品にお付き合いいただけたこと、心より感謝します。
余韻のなかに、なにか残るものがあれば幸いです。