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ダンジョンの管理人

作者: 瓶覗

 ダンジョンと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。

 大体地下、中に巣食うモンスター、お宝、一攫千金……と、そんな感じの事を思うのではなかろうか。

 まぁ、間違ってない。大体あってる。ダンジョンは大体地下にあるし、地下深くに続いていくものだから。


 しかしこの一般的に思い浮かべるダンジョンの情報は、ダンジョンを攻略する人間側から見た場合のものだ。

 そうじゃない視点、つまるところ魔物やらモンスターやら、そういう風に呼ばれる者たちから見たダンジョンというのは「強者が作った、割と住み心地のいい土地の魔力が高いところ」になる。

 つまり良物件、上司候補のいるところ、未来のおうち、もしかしたらあそこで私がダンジョンマスターに!?と、そんな感じの事を思うのである。


 基本的に魔物は人を見れば襲うし、強者を見れば戦いを挑むし、自分を鍛えることに重きを置いて、生涯ひたすら鍛錬を続ける……そんな感じの生き物だ。

 だから、ダンジョンっていうのは住んでいれば人が入ってきて戦えるし、そのダンジョンを管理するダンジョンマスターにもしも勝つことが出来たならそのダンジョンを手に入れられるし……まぁ、つまりはいろんな意味で良物件なのである。


「まぁ、それも基本的には、なんだけども」


 ぽつりと呟いた言葉は石壁に響いて消えた。

 基本的に、魔物ってのは戦うのが好きだ。それが本能で何よりの欲だと言ってもいい。けれどまぁ、基本的にと付いた時点で、例外がいるものなのだ。


 俺はその例外の部分。人型の魔物として生まれたけれど、戦うのとか好きじゃないし、むしろ嫌いだし、運動自体嫌いだし、戦いよりも睡眠の方が好きだし。

 そんな性格をしていたものだから、魔物の中では当然浮いた。異端だもの、仕方ない。

 別にそこに対して特に思うこともなかったので、俺は一人で人の暮らす街に行って、そこで生活をしていた。


 意外とバレないもんなのだ。元々の見た目が人に近いってのが一番だと思うけれど、なにせ魔物ってのは戦いを見たら参戦するし、強者を見たら戦いを挑まずにはいられない。

 だから、戦いを見たらとりあえず逃げるし、強そうな兵士を見たら「わ、すご。敵にならないように気をつけなきゃ」と背筋を伸ばす俺は、あまりにも魔物っぽくなくて普通に見逃されていた。

 耳が尖ってるとか、気を付けないと爪が勝手に尖るとか、ちょっと牙があるとか、そういう細かいところに気を付けて、なんだかんだ人間の街で十年くらいは過ごしていたと思う。


 普通に働いてた。いやー、魔物の中だと非力で体力もない俺だけれど、人の中に混ざると割と力持ちの方に入るんだよね。だから、毎日せっせと働いてた。

 運動は嫌いだけど、人の中で生きてた方が穏やかで性に合ってたもんでね。そこで生きるために必要なことはしょうがないからやってたのだ。


 そんな感じで、平和に生きていたある日の事。

 いつも通り起きて、さて今日の仕事はどれだけあるかしら、とそんなことを考えて、身支度を整えて家から出た時。いつも通りの道を通って職場に行くはずだった俺の前に、一人の魔人が立っていた。

 その瞬間、俺は思った。そして声にも出た。


「あ、俺の人生終わったわ……」


 全てを悟った声で諦めてしまったのも仕方がない。

 だって、目の前のその魔人、見たことがないくらいに強かったから。

 戦うのが嫌いで、痛いのも嫌いで、人に紛れていた方が普通に見えるくらいには魔物っぽくない俺だけれど、それでも一応魔物として生を受けているので、相手の強さを測るくらいは出来るのだ。


 だからもう、目の前に立っている魔人が、本当に目の前に来るまで気付けなかった事といい、朝とはいえど働いているはずの街の兵士さんたちが誰も気付いていないらしい事といい、もうこれ俺終わったわ、と悟ってしまったのだ。

 そんくらい強い人だった。目の前に虎とヒヨコがいて、これどっちが勝つと思う?って道行く人に聞くとする。そりゃ虎だよ、と百人中百二十人が言うだろう。俺と魔人の力の差はそんくらい明確だった。


 そうしてせめて痛くないといいな……とプルプル震える俺を見て、魔人は楽しそうに笑い始めたのだ。

 それだけですごい怖かったのだけれど、とりあえず俺は閉じていた目を開けた。

 目の前には、耳も牙も角も隠す気のない、堂々とした強者がいる。


「君、魔物でしょ?なんで人の街に住んでるの?」

「戦うの嫌いなんで……」

「強者に挑む衝動は?」

「無いですねぇ……無理無理、痛いのも嫌い」


 聞かれたことに答えない方が怖かったので、俺は素直に返事をした。

 それを聞いて楽しそうにする魔人に、なんか変わった人だな、という感想を抱きつつ、肩にかけた鞄の紐をきゅっと握る。

 せめて何か握ってた方が安心できるから。だって怖いんだもの、この魔人のデコピンで死ぬという絶対の予感がしているもんだからさ。


「ここにいると、戦いに巻き込まれるよ」

「えっ」

「西の国が兵士を集めてるから、近々戦いが始まるんだ」

「えぇ……人間まで争い始めてるのかよ……」

「でさ、君、私のところに来ない?」


 人は穏やかであろうよ……と嘆いた俺に、魔人はなにかよく分からないことを言ってきた。

 ……俺が、戦うのも嫌いだし痛い思いするのすら嫌いな欠陥魔族だと、さっきの問答で分かっているはずなのに、何を考えているのだろう。

 というか、そもそも俺みたいな弱いのを連れて行っていいことがあるとも思えない。そんな困惑が顔に出ていたのか、魔人は言葉を続けた。


「ここから……ちょっと遠く、北の方の国境付近に誰も手を付けてないダンジョンがあってさ。そこを私のにしようと思ってるんだけど……ちょうど、副官が欲しかったんだよね」

「副官……?」

「そう。戦いの衝動が弱くて、内政が得意な子を探してたんだ」


 そんな、欠陥魔族を探しているのか。

 魔族にとっての価値は、どれだけ強いかだ。姿なんて関係なく、大きさも関係なく、ただ相手を打ち負かせる強さがあるかどうかが全てだった。

 だから俺は逃げたわけだけれど、目の前の魔人くらい強さが極まってくると、部下にそういうのを求めるのはやめるようになるのかもしれない。


「……戦わなくていい?」

「いいよ」

「襲われたら守ってくれる?」

「いいよ」

「……お休みある?」

「あるよー。仕事ないときは好きにしてていいし、仕事あっても休みたかったら言いなー」


 本当に信じていいんだろうか。なんかすごい都合のいいことばっかり言ってくれるんだけど、いいんだろうか。

 悩んで、悩んで、俺はとりあえず、その日の仕事をこなしに職場に行った。

 そして夜になってから、俺の借りている部屋にやってきた魔人の手を取った。一日注意深く街での会話を聞いた結果、西の国と戦いになりそうなのは本当らしかったので。


 そうして手を取った結果、俺は少ない荷物と一緒に魔人に抱えられて、自分だけなら数か月掛かりそうな道のりを数日で駆け抜けて、今後の職場兼住処となるダンジョンに到着したのだった。




 ダンジョンというのは、ダンジョンの主であるマスターの魔力で深さと広さが決まる。

 ダンジョンマスターの魔力が強ければ強いほど広く深いダンジョンになるし、ダンジョンの中で人が死んだり魔物が死んだりすれば魔力がダンジョンに蓄積して、それがマスターの魔力となっていく。

 そんな前提を元に、魔人もとい俺のダンジョンマスターが作ったダンジョンを見てみよう。


 内部の魔力量によって強くなるのがダンジョンだ。

 作った直後よりも、後々の方が強いのが普通で、つまりは成長するものなのだ。

 だというのに、うちのダンジョンマスターは最初にダンジョンの核に触れたその瞬間、五十階層もの層を作り出した。


 基準が分からないだろうから、人間の街で過ごして覚えた人間の基準を見てみよう。

 まず初心者向けの浅くて弱いダンジョン。これは大体階層数が一桁だ。つまり九階まで。

 そして中級者向けの、ほどほどに深くて広い、中の魔物も強いダンジョン。これが、大体二十階くらいまでのダンジョン。

 そんで、上級者向け。入るために許可がいるようになってくる難関ダンジョン。これでも、三十から四十階層程度。


 じゃあ五十階層ってどういう扱いになるの?っていうと、もう、国が動くレベル。ちゃんと正規軍が、日程と戦略を考えて、油断なくどうにかしようとしてくるレベル。

 俺なんかは、もう全てを受け入れることは無理と判断して乾いた笑いをこぼしていた。

 怖い……正規軍怖い……俺、街の兵士さんにもおびえるレベルなのに……


「うーん……深すぎても扱いが面倒だね。ちょっと浅くして罠とか複雑さに魔力を割こうか」

「え、そんな調整出来んの?」

「魔力の操作できるなら出来るみたい」


 ダンジョンマスターに抱えられたまま静かに涙を流す俺を哀れんだわけではないと思うけれど、マスターはダンジョンの核である球体に手を当てて、何やらいじくり始めた。

 なんだか周りが変化していることは理解しつつ何が起こっているのかは分かっていなかった俺は、最終的に調整終わったからと見せてもらった全体マップで変化を知ることになる。


 言った通り、階層が減って、代わりに全体的に広くなっている。

 そして、道が細くなり、分かれ道が多くなっていた。つまるところ迷路だ。

 まだダンジョン内に住まう魔物も居ないし、これがいいだろう、とマスターは言った。そして、俺も自分の仕事について、詳しい話を聞くことになったのである。



 マスターから言われた俺の仕事。それは、ダンジョンの管理人であった。

 管理といっても難しいことはない。全体マップを見て、何か問題がありそうなところを確認に行って、問題があったらマスターに報告。言ってしまえばそれだけだ。

 最初の頃は罠の確認が主だったが、ダンジョンに住む魔族が増えてきてからは彼らの要望をマスターに伝える伝言係も担っている。


 ここは中々の辺境にあるからか、マスターがダンジョンマスターになってから数か月の間人間に見つかることはなかった。

 その間にマスターがどこからか魔物を連れてきたり、ダンジョン内で魔物を生み出したりとあれこれやっており、俺もその間に仕事を覚えていった感じだ。


 ちなみに今は、ダンジョンが出来て三年目である。なんかあっという間だったなぁ、なんて考えながら、俺はお仕事のために第二十四階に来ていた。

 最初は二十階に縮小したダンジョンだけれど、普通に手狭になってきて今は三十二階まである。うーん、もうすでに上級者向け。


「こんちゃー。ご相談の確認に来ましたー」

「おぉ、管理人。わざわざ悪いな」

「いいえー。んで、なんか問題が起こりました?」

「それがなぁ……」


 とことこ歩いてやってきた、二十四階の最奥、二十五階へと続く階段の前。

 そこにいるのは、この二十四階の主、オークの長である。

 二十四階は半分がオークの集落になっていて、最初の頃は十頭程度の群れだったのが今では百を超えるかなりの大所帯になっているのだ。


 今回の相談事も、群れの大きさが理由らしい。つまり、二十四階の半分を占めている集落ですら、手狭になってきたのだ。

 オークやゴブリンはとにかく繁殖力が強い。だから最初から広めに場所を開けてあったのだが……まぁ、減らないで増えるもんなぁ。ここまで冒険者が入ってくることも珍しいし、入ってきてもオークの群れに倒されるし。


「とりあえずマスターに報告します。他に問題あります?」

「いや、ひとまずそんくらいだ」

「了解、じゃあ結果はたぶんマスターも一緒に報告に来ると思うので」

「おう」


 んじゃ、とオークの長に手を挙げて、集落を後にする。

 そして適当な壁に手をついて、その中に入り込んだ。

 強さが唯一で絶対の基準である魔族たち相手に俺が堂々と会話を出来る理由、そして今のように、壁に入り込んでダンジョンの中を自由に移動できる理由。それはダンジョンマスターがくれた装飾品のおかげだ。


 ブレスレットとピアス、ついでに指輪。強い魔力でキラキラ光るそれは、マスターの魔力で作られたものであり、このダンジョン内であれば俺はマスターと同等に強い……と、認識されるのだ。

 俺をここに連れてくる前の、守ってくれる?という問いへの答えがこれだった。

 そりゃあもう全力で守ってもらっている。これのおかげで俺はダンジョン内の魔族に襲われないし、侵入者が居ても壁をすり抜けて裏道使って逃げられる。


 そう、このダンジョン、俺が動きまわるためだけに作られた、壁に囲われた道がいくつも存在しているのだ。ありがとうマスター。俺体力もないからさ、これのおかげでどうにか仕事が出来てるよ。

 なんて考えながら、壁の中の俺の移動用に作られた縦穴に飛び込む。

 最下層直通通路だ。もし侵入者に見つかったらすごく不味いけど、壁壊す侵入者はまだ見たことはないから大丈夫だと思う。


 そんなわけで大幅ショートカットをして戻ってきた最下層。

 ここはダンジョンの核のある部屋しかない……ように見えて、そのさらに奥にダンジョンマスターの部屋と俺の部屋がある。

 私室と仕事場が別である。仕事場は一つだけだ。俺は大体ダンジョン内ウロウロしてるけど、俺の机もある。


「ダンマスー」

「はい、お帰り」

「ただいま。オークが村の範囲広げたいって。大分狭そう」

「そろそろどうにかと思ってはいたんだよねぇ」


 最初、あんなに怯えた相手ではあるが、俺はもうそれはそれは心底この魔人に慣れて、すごい気楽になっていた。

 ダンマスと雑に呼んでも怒らないし、守ってくれるし。

 懐くなって方が無理だよなぁ、なんて思いつつ呼ばれるままにダンマスに近付いて行って椅子に座っているダンマスの手元を覗き込む。

 そこにはダンジョンの全体マップが広げられていて、何か印がつけられていた。


「三十三階……四階?」

「そう。もういっそ、二階層増やしてオークにあげようかと思って」

「わー……まぁ、広さは十分かぁ。その後空く二十四階の奥は?」

「半分はアラクネに渡そうかな。もう半分は環境を整えて植物系の子たちに渡す。マンドラゴラ育てて欲しいんだよねぇ」

「あー。確かに畑広げたいって言ってたし、ちょうどいいか」


 話を聞いて、ダンマスからもらった自分用の全体マップにメモを追加しておく。

 そんなことをやっていたら、ダンマスが立ち上がって俺の事を抱え上げた。

 どうやらこのまま、ダンジョンの改装を始めるらしい。その後はオークのところだなぁ、とこの後の予定を考えつつ、ダンマスの角に刺さらないように姿勢を整えて頭に掴まった。


「そういえば最近侵入者来ないね」

「外に何か作られ始めてるから、本格的に攻略しようとしてるのかもね」

「うわ……気をつけよ……」


 話している間にも、ダンマスはダンジョンの核に触れて魔力を操作している。

 何やらすごい音がしているから、今まさに階層を増やしているんだろう。

 全体マップにも新たに出来た階層がしっかり書き込まれているので、問題はなさそうだ。


「よし、オークのところに行こうか」

「はーい」


 返事をして、ダンマスにしっかり捕まった。俺の普段の移動はダンマスの力を借りてやっていることなので、当然ダンマスもダンジョン内を壁とか関係なく移動できるのだ。

 そして、俺とは速度が段違いなので、しっかり捕まっていないと落ちる。落ちたら俺は死ぬ。

 ちなみに悲鳴を上げないのは、舌を噛んで半月ほど泣きを見ることになった過去の教訓からである。


「ついたよ」

「はぁい……」


 目と口をぎゅっと閉じてダンマスにしがみ付いている間に移動は終わっていたので、下ろしてもらって二十五階と二十四階を繋ぐ階段を上がるダンマスについていく。

 ダンマスはこの後オークと話し合って群れのお引越しを手伝うことになるだろうから、俺はその間に植物系の魔物たちに声をかけて、畑が増えることを教えておかないといけない。

 後ついでにアラクネさんを探して、お部屋広がりますよって言わないと。


 俺はこれでもこのダンジョンの管理人なので、それなりに仕事はいっぱいあるのだ。

 ダンマスがオークの引っ越しを始める前に背中を押して行っておいでと声をかけてくれたので、てくてく歩いて階層を移動する。

 まずは居場所が確定している植物組に声をかけて、アラクネさんを探すのだ。

 そのついでにミミックたちに今日の食事内容を聞いて、剣やらは回収しておかないと。


「今日も割と忙しいぞー」


 ガンバローと拳を突き上げて、壁から廊下に顔を出した。

 あ、アラクネさんだ。先に見つけられたのはラッキーだったな。

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