花のように生きる女の子の話
ひとりでもこの本を必要とする人に出会えたらいいなあ、と思って書きました。
1
私の名前は中井ガーベラ。お母さんがつけた名前だ。物珍しい名前だけれど私はこのガーベラという名前が気に入っている。初めて花屋さんでガーベラの花を見たとき、「なんてかわいい花なんだ!わたしがこの花の名前なんて!」とうっとりしてしまった。きれいな花びらとビタミンカラーが心地よい。花びらはたくましくツンとしていた。ガーベラは花束にまざって売っていた。ガーベラとカスミソウの花束であった。すごく小さな花束だけれどシンプルできれいだった。
でもこの小説はきれいなガーベラという女の子の話じゃない。
私は小学校を卒業するとき、たったの12歳だったのだけれど、
「君は中学校にはいかないほうがいいかもしれない」と言われてしまった。理由はわかる。私は学校じゃ最悪の評判だった。名前はガーベラという美しい名前なのに私ときたら、極悪もいいところだ。勉強はできたのだけれど私は人にやさしくできない。頭が良すぎて浮いてしまう。人を傷つけてしまうんだ。だから私は友達がいなかった。友達ができてもすぐに私のことが嫌になるんだ。私はカッとなるとすぐに殴るし、嫌味な事を言われると言い返しちゃうし、まあ、そんなちっぽけな人間なんだよ。もう説明は不要さ。ダメ人間なんだよ。私は。ねえ?もうダメ人間でしょう?
だから義務教育は小学六年生で終わった。正確にいうならば、もみ消された。私は学校に行かなくてもいいみたいだ。むしろ、中学校なんか行かなくてもいい。勉強は家でやればいいし、友達と交流関係を結ぶのは苦手だし、給食は美味しいけれど、お母さんの手料理も美味しいから別にいい。
私は小学校の卒業式を終えるとみんなとは違う道を歩くんだなあ、と思うと妙にかなしくなった。ドアをあける、人生のドアを、そんな言葉は入ってこなかった。もう私は誰とも会えないんだ。ドアは開かない。すごくさみしい。12歳でこんな道を歩くなんてお父さんは
「中学校にいかなくてもガーベラは太陽の方向にむけて花をさかせるよ。明日からガーベラは無職なんだし、たくましく生きなくてはいけない。なにせ世の中の12歳は勉強に部活に大忙しだ。時間がある分、ガーベラは誰よりも知恵をつけなきゃいけない」
「でもお父さん、私、学校に行きたいな」
私は中学校というものに強いメキメキとした憧れを抱いていた。太陽、学校というところは太陽なのだ。
「ううん。ダメだ。ガーベラは中学校に行ってはいけない」
「なんで私は学校に行ってはいけないの?」
「ガーベラは人を傷つけてしまう性格をなおすまでは学校には行かなくてもいいんだよ。学校の先生も気持ちが穏やかになるまでは学校に行かなくてもいいと言っていた。この意味がきちんとわかるかい」
「なんとなく」
私は小学生の頃は乱暴な少女だった。男の子と喧嘩をしたり、おてんばもいいところだった。だから私は小学校の卒業式を最後に学校という選択はしなかった。もちろん、中学までが義務教育なのでいちおう中学には名簿に名前が載っているらしい。その名簿は一生みることもないんだけれど。
私は卒業式の日、学校が終わると、そのままひとりで海を眺めに行った。これからひとりぼっちでなにをすればいいのだろうか?無限に存在する時間をどう過ごせばいいのだろうか?
確かに私は今、漠然と不安だった。
学校を卒業すれば立派な人間になれて就職にも有利であると知っているし、なにせお父さんだって大学を卒業しているわけだし。
私はふと海を見つめていたらなぜか世界を知りたくなった。海をこえてみたい、と。私はちっぽけな世界で生きたくない。大きな大きな世界で生きたい。この海を渡ったら、どんな景色がこころにあるのだろうか?こころの声に耳をかたむける。お父さんもお母さんもなぜ私を中学校にいかせてくれなかったのかわかった。私は小さな世界で生きている人間だからだ。
2
私は部屋から外をみていた。外をみると、制服を着た中学生がぺちゃくちゃと楽しそうに話しながら学校へ登校していた。なにを話しているのかはわからないんだけれど楽しそうであることは間違いない。うらやましくて吐き気がする。
12歳。学校には行っていないので無職。学生でもなく、仕事ができる年齢でもなく、ただひたすら時間があるというだけだった。
時間はありすぎる。
なにかに挑戦できる時間でもある。よく時間があれば旅行がしたいとかいうけれど、私は、12歳の私はぬくもりが欲しかった。友情だって、部活動で忍耐力だって、勉強で壁にしたって、学校に行っていない人間がなにを得られるのだろうか。
私は4月7日。
入学式には行かなかった。
中学校には行かない。
私はなぜか涙がでてきた。部屋で泣いていた。
「ガーベラ、泣いているのか?」
私はベッドで泣いていた。なぜか涙が止まらないんだ。かなしいとかくやしいとかじゃない。わからない種類の涙だった。社会が私という存在を拒絶したからだ。
「ねえ、私はこれからどうやって社会と繋がっていけばいいのかな?」
ベッドはふわふわしていて心地よかった。だけれど涙を乾かしてくれるわけではなかった。社会と繋がりがないなんて。
「うん。その方法についてはお父さんも悩んでいるんだよ。ガーベラは頭もいいし、人と仲良くなるのが苦手なだけ。不器用なだけ。人間関係になると躓いてしまうのはお父さんも同じだ」
「私はやっぱり中学校にはいけないの?」
「うん」
お父さんははっきりと言った。すごくはっきりと。私はこれから先どんな道を歩けばいいのだろうか。誰かがしいたレールでもなければ、誰かが作ったアスファルトの道でもなければ、誰かが作った車線でもない。私はきっと誰も通らない道を歩かなくてはいけない。12歳で?なんのために?本当にそれは意味のあることなのだろうか。
学校に行かなくても確かに勉強はいくらでもできた。お父さんはたくさんの本を私にプレゼントしてくれた。数学も国語も社会も理科も英語も本はいくらでもあった。私は本を読んでいるとふと大切なことはひとつもないような気もした。友情が私は欲しい。こんな孤独いらないと。
私はひとりで机に向かって勉強をしているとふとお父さんがくれた一冊の本を読んだ。それは村上春樹さんの処女作『風の歌を聴け』であった。勉強の合間に読む小説にしてはインパクトのある一行目だ。12才が読むのにしては渋すぎる本だ。
『完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。』
私はこの一行目を読むと、自分が今、絶望にいるような気持ちになった。絶望というナイアガラの滝にいる。今にも死にそうなのだ。生きる?だらだらと?私は12歳で死の淵にいるような気持ちだった。中学校も行かなくてもいい、ただそれだけでこんなにわびしい気持ちなんだ。
「ガーベラ、さみしい?」とお母さんが言った。お母さんだっていちおう高校を卒業しているわけだし、友達だってきちんといるじゃない?なぜ私だけが孤独にならなくてはいけないの。
「ねえ、お父さんだってお母さんだってきちんと義務教育を受けて育ったのになぜ私は中学校にいってはいけないの?私、苦しいの。すごく苦しい」
苦しい。ひたすら苦しい。家で勉強をしていたって、外を散歩していたって、お風呂にはいっていたって、夢をみていたって苦しい。
「ううん」
お父さんは深くため息をついた。私もお母さんもため息をついた。みんなため息をついたような気がした。
「なんでため息だけなの?ほかになにか理由があるんじゃないの?」
私はなにか理由があって学校に行けないのではないかと考えた。
「ガーベラ、もっと君は優しくならなければならないよ。誰よりも優しく。もちろん優しくはなれる。簡単に。だってガーベラは父さんと母さんの子どもだから優しさがないなんてありえないんだ」
私はその時やさしさについて深く考えた。私には友達がいなかったので優しさなんてくそくらえだと思った。バカらしい。でも優しさがない女性なのかな?私は。
「お父さん、どうしたら私は優しくなれるの?」
私は思い切って優しくなれる方法を聞いてみた。簡潔に答えてくれるものなのだろうか。
「いいか、ガーベラ。優しさはすぐにパッと与えられるものでもない。時間をかけてゆっくりその人に宿るものだ。優しい人になりたいか?」
「うん!」
私は欲しかった。優しい自分というものが欲しかった。こんな家族という壁に包まれているなんて息苦しい。
「明日からガーベラは毎日朝早く起きて太陽をみること」
「太陽をみること?」
「ああ。それだけだ。なるべくきれいな朝の光を吸収するんだ。明日は何時に起きる?」
お父さんは私に朝の光をみること、だけしか言わなかった。
「それだけ?」
「それだけだ。いつもグダグダ起きている人間がぐずぐず言うな」
「わ、わかったわよ」
太陽をみるだけで優しくなれるわけないよ。もっと旅をするとか恋をするとかそういうことがしたいよ。私はそう思ったけれど、案外だらだら起きている自分が嫌いだったので次の日から8時起きにした。
私はその日なるべく早く寝ると、アラームを8時にセットした。小学生の頃は7時に起きることが当たり前だったけれど、無職の12歳の少女がなんのために8時に起きる意味があるのだろうか。学校も行かない、不登校の生徒が集うところにもいかない、どこにもいけない自分。
とりあえず8時に目が覚めたら色々と考えよう。目を閉じ夢にひきずりこまれる。夢が私をさらう。その感触がしたらいつのまにかアラームがなっていた。
3
12才、別に学校が嫌いで学校に行かないわけじゃない。優しくなりたいから学校には行けない。でも優しさはパッと与えられて宿るものでもないとお父さんはいう。私は8時に眠い目をあけた。アラームはビートルズのペニーレインだ。朝の憂鬱さを消してくれるメロディ。12才のくせにビートルズ?はいはい、ませている。私はアラームを消すと、体をおこした。ベッドがきしむ。そして、肌寒いと思いながら、一人で起きることができた。アラームはipodについているアラームで自分の好きな曲を選択できるから朝の憂鬱さはない。ビートルズのペニーレインは朝の目覚めには大変素晴らしい陽気さがある歌だ。私は目が覚めて体を起こすと、とりあえずカーテンをあけた。いつもはカーテンをあけるとき何も感じないのだけれど、今日はカーテンを開ける時、ふと何かが始まるような予感がした。予感はいつも悪い方にむかうんだけれど、私にとって朝の光は本当に純粋な気がした。純粋でずるさがなく、まっすぐ。
私は目を覚まし、階段をおりてリビングに行った。リビングのドアをあけるとお父さんとお母さんがトーストとコーヒーをゆっくりと飲んでいた。テレビはつけていない。小学生の私だったら今すぐにでも急いでトーストを食べ歯を磨き、顔を洗い学校に行くのだけれど、そんな毎日も今ではありえない。
リビングは朝の光がまぶしかった。闇の怖さがない。
「おはよう。きちんと起きれたか」
お父さんはコーヒーを飲みながら私に言った。コーヒーのにおいがリビングに香っている。
「うん。起きれたわ」
ほんの少し眠たい。いつもならぐっすりと寝ている時間だから。
「よし、じゃ、今日はあそこに行くぞ」
お父さんはトーストとコーヒーを急いで食べた。お母さんはのんびりとしている。あそこ?学校?どこ?
「それよりガーベラも朝食食べないと。今日からきちんとした日々を過ごさないといけないのだから。今からパン焼くわね」
お母さんは六枚切りの食パンをトースターで焼き、オレンジジュースを冷蔵庫からだして、テーブルにおいた。私はイスに座りテーブルにおいたオレンジジュースをごくっと飲みほした。
「ねえ、今日はどこに行くの?」
私は期待で胸を膨らませた。学校ではないんだけれど、どこか素敵な場所へ連れて行ってくれるんだ。
「まず、朝食を食べて、すべての支度をしてからいくぞ。なにせ、そこには・・・」
お父さんはそこまで言ったけれどその後は何も言わなかった。
「わかったわ。早く支度しなくちゃね」
「そうだ」
お父さんも私も急いで朝食を食べた。お母さんはゆっくりと食べていた。私もなんかよくわからなかったんだけれど、今日は『希望』 のあるところへ行くような気がした。光があふれていて、まるでガーベラのようにたくましく咲くような。私は急いでトーストを食べると、オレンジジュースでトーストを飲み込んだ。お父さんはコーヒーでトーストを飲み込んでいた。お母さんは笑っていた。あまりにも似ている親子だからだろうか?
「お父さんがせかすから」お母さんがそういうってコーヒーをゆっくりと飲みながら微笑んだ。お父さんは
「とりあえず支度ができたらリビングに集合だ」と言った。
「ラジャー」私も大急ぎで支度を済ませなくてはいけない。『希望』のために。
私はトーストとオレンジジュースを胃袋に流し込むと急いで部屋に戻り、お気に入りの買ったばかりのリュックに読みかけのミヒャエル・エンデの『モモ』を鞄に入れた。そうしたら鞄はずっしりと重くなった。
そして、鏡で一度自分を確認した。鏡にうつる12歳の私はなんだか浮かれているような気がした。とりあえず今日は希望があるんだ。こんな小さな部屋じゃ何も空想できないよ、私はわくわくしながら、階段をおり、リビングにいった。
*
リビングにいるとお父さんとお母さんが支度を終えて私を待っていた。もちろん今日はお母さんもお父さんも気合がはいっているように見えた。一体、どこに行くのだろうか?
不安もあるけれど期待のほうが大きい。私は「お待たせ」と言った。お父さんもお母さんんも
「それじゃ、いくぞ」
「ええ」
私達はとりあえず車に乗り込んだ。
車はプリウスで色は白い車だ。私は後ろの席に座り、助手席にはお母さん、運転席にはお父さんが座った。車の中は最近はまっているボブ・ディランの歌が流れていた。ボブ・ディランがノーベル文学賞をとり、音楽の価値は大きく変わったような気がする。それでも音楽は小説には敵わないところがあるのは私だけだろうか?
私たちは車を走らせてどこに行くのだろうか?フリースクール?遊園地?ディズニーランド?山?川、海?色々な場所が浮かんだけれどどこもなんとなく違うような気がした。
でも走っていくにつれて車はどこに向かっているのかなんとなくわかった。私は何度もここに来た事がある。
それは墓だった。
「お父さん、お墓参り?」
「ああ。そうだ」
「なんだ。ディズニーでも遊園地でも動物園でもないんだ」
「ああ。でも今日は僕達の墓をお参りするために来たわけじゃない」
お父さんは何を言っているのだろうか。
「どういうこと?」
「ガーベラの友達のお墓参りにきたんだ」
「え?」
「ガーベラ、心の準備はできているか?」
お父さんの言っている意味が全然理解できなかった。だって、私はまだ12歳で、義務教育ももみ消されたんだよ。
「うん。でも全然意味がわからないわ。私の友達のお墓?」
「ああ」
お父さんとお母さんは真剣な様子だった。事情も知っていて私をここに連れてきたのだ。知らないでこんなにうきうきしているのは私だけだった。
そのお墓は友達の苗字のお墓だった。
どういうこと?
都麦さんのお墓?
つまり、都麦さんは死んだってこと?12才で?
「どういうこと?都麦さんは死んだの?」
お父さんは
「そうだ」と言った。力強く。
「意味がわかる?」
私は頭がいいからすぐにわかった。都麦さんは自殺したのかもしれない。そして、お父さんとお母さんは私を学校に行けないようにしたんだ。すべてのことがつながる。
「ねえ、都麦さんは自殺したの?」
「そうよ」
私は知った。自分が学校に行ってはいけない理由がきちんと明確にわかったからだ。それはひどく残酷な事実なのに私はなんだか冷め切っていた。自殺?都麦さんが。私は涙があふれた。そして、嗚咽を叫んだ。
「お父さん、お母さん、私のこと、嫌になった?」
私は泣き崩れた。その場に立っているのもつらかった。
「ううん。ガーベラはこれからやさしさを宿していけばいいんだ。ただし、現実を知らない限り、ガーベラは一生咲くことはないんだよ」
「う、うん」
現実は苦しい。苦しいから泣くしかない。12歳の犯した罪の重さに私は耐えきれそうにもない。一人の人間を殺したんだ。私は。そんな自分が嫌だ。一生私には光なんてものはない。闇、影、お墓。
「ねえ、都麦さんを殺したのは私なの?」
私は自分が怖い。ガーベラの花のように美しくないじゃないか。私は。お父さんとお母さんは言葉にならないみたいで無言だった。私はお墓をきちんとみた。『都麦家』。間違いない。私とよくケンカをした都麦さん。死ぬほどつらかった?死ぬほど苦しかった?ごめんなさい。本当に伝えても伝えても足りない。
ごめんなさいといえば都麦さんはいいの?違うよ。私は一生ずっと迷いをかかえたまま大人の女性になるんだ。
「ガーベラ、命について、深く考えたことはあるか?」
「命について?」
私は自分に道徳のカケラも備わっていないことに気が付いた。私は涙が止まらなかった。
「そうだ。命。一番大切なもの」
「ううん。私には道徳のカケラも備わっていないから」
「命っていうのはな、死んでしまった時に、命の存在を確認するんだ。人間は愚かなんだよ。死という壁を越えてしまった都麦さんはもう会えない。でも会う方法はある」
「どうしたら都麦さんに会えるの?」
「これから毎日都麦さんのことを想って唱えること」
「唱える?」
「ああ。そうだ」
「故人のことを考え慎みながら生きていく」
「う、うん」
私は都麦さんのお墓をよくみた。誰かがお墓詣りに来たみたいでまだ枯れていない花が飾られていた。きっと都麦さんのご両親がいけた花なのだろう。ガーベラは一本もなかった。もちろんガーベラの花なんてみたくもないんだろう。ごめんなさい、私達家族はそこで黙とうをした。私は目をギュッと閉じると涙がでた。人を殺したんだよ。12歳が。私は自分がガーベラという名前なのに、犯罪者なんだよ。涙はずっとながれでた。お父さんとお母さんも泣いていた。自分の娘が犯罪者だから?親孝行もできず、少年法が私を守ってくれた。罪は消えないよ。痛みでもない。都麦さんはどうやって自殺したのだろうか?私はお父さんに
「ねえ、都麦さんは自殺したんだよね」
「ああ。そうだ」
「どうやって自殺したの?」
「飛び降り自殺だ」
「そっか」
私は涙を流した。泣く以外で何も方法がないからだ。お父さんもお母さんも何も言葉がでないみたいだ。
「どうしたら優しくなれるかな?」
優しくなりたいよ。誰よりも優しくなりたいよ。都麦さんのために優しくなりたいよ。
「ガーベラ、そのままの自分じゃダメなのはもう理解できたよね?」
お母さんは静かに言った。私も今の自分じゃダメなのはわかった。変わりたい。別人に。
「うん」
都麦さんのお墓にいけてあるお花がゆれた。私は花をみているだけで涙がでた。花をみて普段泣くことはないのにお墓にいけてあるお花は命のはかなさを知らせてくれた。
4
帰りの車の中ではボブ・ディランの歌が流れていた。曲名はわからないけれどお父さんがきっと気を使って車にいれてくれたんだと思う。魂の歌だと思った。私はボブ・ディランの歌を聴きながら外の景色に目をうつした。なみだは枯れなかった。私は都麦さんのことを想った。深く考えれば考えるほど自分のダメな部分がよみがえる。なぜ都麦さんと喧嘩ばかりしていたんだろう。そしてなぜ私は生きていて、都麦さんは自殺したのだろうか?
「ガーベラ、何かたべたいものはある?」
お母さんはもう泣いていなかった。お父さんも。私は涙が止まらなくて、なにか涙を止めてくれるような素晴らしい料理が食べたかった。そんなのはないというのに。
「ない」
私はボブ・ディランの歌に耳を傾けた。泣きながら聞くのには素晴らしい歌だった。それは歌としてというより歌詞として好きだ。お父さんは
「ガーベラ、都麦さんはガーベラのせいで亡くなったのかもしれないけれど、ガーベラは死んではいけない。それはなぜかわかるか?」
「死にたい、とは思わない。ただ生きるのは辛いよ」
私はこんなに生きるのがつらいとは思わなかった。学校にも行けないし、都麦さんは自殺をした。なんのためにこれから私は生きればいいの?なんのために頑張ればいいの?
「そうか」
車は高速道路にはいった。途中でパーキングエリアでソフトクリームを買ったもらった。でも全然味がわからなかった。バニラもなにもわからなかった。すべては死の味。都麦さんを救えない痛みがぎすぎすした。私はとりあえずソフトクリームを食べると、パーキングエリアのベンチで泣いた。お父さんとお母さんはベンチに座らず突っ立っていた。
「お父さん、お母さん」
「ガーベラ、泣き虫になっちゃったか?」
「うん」
泣いても泣いても都麦さんが自殺した事実は消えない。むしろ泣いても泣いても無念だった。私はこれからどのように生きればいいのだろうか?
パーキングエリアにはたくさんの車があってそれぞれに食事やお土産を買ったりすることを楽しんでいるように思えた。こんなに泣いている子供もいない。
「泣き虫、さて、これからは楽しいところにいくぞ」
「え?」
お父さんは笑顔になった。
「ガーベラ畑にいくぞ!はやく車に戻ろう」
お母さんも笑っていた。
「行くわよ。日が暮れる前に」
「ガーベラばたけ?」
「ああ」
「どこにあるの?」
「いいから、車に戻ろう」
「う、うん!」
私達は曇り空の心を無視して、ガーベラ畑にむかった。私は今だけは、都麦さんのことを忘れてガーベラ畑に夢中になりたいような気がした。むしろ、ガーベラ畑にもうすでに夢中なんだ。運転席のお父さんも、助手席のお母さんも沈黙だった。ただ漠然と孤独を消してほしかった5
5
たくさんお花はあるけれどなぜお母さんが私にガーベラとつけたのか知らない。私は車の中で聞いた。
「ねえ、なんでたくさんお花があるのにガーベラを私につけたの?」
ひまわりでもない、コスモスでもない、なぜガーベラなのだろうか?
「なんでだと思う?」
「え?わからないよ」
私は自分がガーベラという名前なのに名前の由来は知らないでいた。
「お父さんは知っている?」
「もちろん」
「知りたい!知りたい」
私は身を乗り出した。
「『ガーベラは太陽の色』」
「どういうこと?」
ガーベラは太陽の色?
「お母さんね、いつもガーベラを見るたびに、ガーベラは太陽の色みたいに元気だなあ、と思っていたの。だから生まれてくる子には太陽のような存在になってほしくて、ガーベラにしようと思ったの」
「へえ。そうなんだ。でもひまわりも太陽みたいじゃない?」
「そうかもね」
お母さんは懐かしいという風に言った。私は自分の心に『ガーベラは太陽の色』となぞった。心に彫った。太陽のようになるんだと。お母さんとお父さんがつけてくれた大切な名前だから。でも、私は都麦さんを自殺に追い込んだ人間だから太陽の光でさえも浴びてはいけないのかな?花になる前にずっと土の中で生きるの?そんなの嫌だよ。
「ねえ、お父さん、お母さん、私はずっと土の中で生きなくちゃいけないのかな?チューリップの球根のように」
「ううん」
「でも私、12才の人殺しだよ」
「違うわ。ガーベラは確かに都麦さんを救えなかったけれど、人殺しではないのよ。都麦さんは永遠にガーベラの心に生き続けなければいけない。それはわかるわよね?」
「う、うん」
「ガーベラ、球根というのはあたたかい日にパッと芽をだすわ。そして、芽をだしたら、まっすぐに咲く。まっすぐに。ガーベラもそんな風にまっすぐに生きているのよ」
「まっすぐ?」
「ええ。ガーベラは誰よりもまっすぐに生きている」
「本当に?」
私はまっすぐに生きているのだろうか。泣きそうになる。私は自分が外の外壁にはりついているツタのような生き物のようで花とは違うと思っていた。都麦さんが自殺してしまって私は花ではないんだ。はびこる雑草。
「本当よ」
そうするとガーベラ畑についた。ガーベラ畑ははっと息をのむぐらいたくさんのガーベラが咲いている。私は自分の名前がガーベラなので、やっぱり世界で一番好きな花はガーベラだと思った。世界で一番素朴なんだ。
*
ガーベラ畑には色とりどりのガーベラが見事に咲き誇っていた。黄色、オレンジ、紅色、ピンク。私はガーベラ畑をみて、
「お父さん、お母さん、ありがとう」と言った。私を励ますためにこのガーベラ畑に私を連れてきてくれたんだ。なんとなくエネルギーをもらえ、生きる希望なんかを教えてくれた。
「いいのよ。元気でた?」
「ほんの少し」
「よかった」
お母さんは笑った。泣いているようにも見えた。私の歩く道はもう都麦さんだっていないし、あるのはこどくという暗い未来。私は自分の未来なのに全然期待がもてない。むしろ、生きているのに心は死んでしまったような気持ち。ガーベラ畑はきれいで力強く咲き誇っている。私は泣いた。
「お父さん、お母さん、明日からどうすればいいのかな?」
泣いていると、
「ガーベラ、花のように生きるんだ」
「う、うん」
「今、父さんと母さんが言えることはそれだけだ。都麦さんが死んでしまった分も、一生懸命に生きるんだ。そうしたらきっと素敵なことが待っているさ」
私はうまくうなずくことができなかった。ガーベラは風になびいてゆらゆらと揺れていた。私はそんなガーベラをみていると、本当に私は愚かな小さな人間であると知った。
車での帰り道。私は自分の部屋にはいるとベッドで泣きだした。だって、私は都麦さんのことを殺したんだ。ガーベラ畑はほんの少しの希望を私にもたらしてくれたけれど、本当の暗闇を破壊してくれはしない。私は私の力で立ち上がらなければならないんだ。泣いているとお父さんとお母さんが
「ガーベラ、今は泣いてもいいよ」と言った。私は「うん」と。しばらく泣いているとなんとなく太陽が沈んでいくような感覚が体中にはしった。
カーテンは開いたままだった。
私はベッドから体をおこし、夕焼けをしばらくみていた。昔から思うことだけれど、太陽は雨の降った地表を一時間ぐらいで乾かしてしまうのですごい思う。ガーベラは太陽の色、確かに今日みたガーベラは太陽みたいだった。私は自殺で亡くなった都麦さんのことを考えた。都麦さんはどんな人だった?太陽?月?星座?わからない。都麦さん。私は生きる資格さえもないの?苦しみをかかえたまま太陽に焼かれるの?
カーテンを閉めると孤独の闇がきた。私は明日から変わらないといけないんだよ。もう中井ガーベラであってはいけないんだよ。それは自分を殺す?のと似ている。はるか遠い未来のために私は頑張って都麦さんのために生きるしかない。都麦さん、会いたい。ごめん。そう言いたい。
6
生きている人は死んでしまった人よりも偉い。そういう歌を聴いたのは久しぶりだった。それはスガシカオの歌だった気がする。12歳、都麦さんは自殺した。しかも原因は私にある。それでもスガシカオの歌の歌詞は私に響いて生きている人が一番偉いんだと強く訴えかける。
私は朝の7時に起きて朝の光を浴びる。お父さんとお母さんは私に早起きを心掛けるように言った。私もそれは大切なような気がしたからいつも朝の7時に起きて、カーテンを開け、だらだらとはせず一階のリビングにいって朝食のトーストとブルーベリージャムとマーガリンをたっぷりのせたものを食べる。朝はどうしても甘いトーストが食べたくなる。顔と歯をあらうと、ジャージに着替えて家の近所を散歩する。12才でこの時間に散歩をするなんて可笑しいけれど私は気にしてはいない。むしろ学校へ行って誰かを傷つけたり、誰かを苦しめたりするほうが私にとってはもうしたくないことなのだ。都麦さんのことを想うと涙が止まらなくてずっと泣いたりもする。私は小学生の頃よりも涙が自然とでるようになった。
私は今日も7時に起きて、トーストを食べ、歯と顔をあらい、ジャージに着替えると、
「いってくるね」
「うん」とお父さん。
朝の光を浴びた。言うまでのことじゃないけれど、私はお父さんとお母さんにはまだ内緒なのだけれど友達を作っていた。いつものように三角公園にいくと友達はいる。三角公園は三角。二等辺三角形ほどきれいではないけれど。
三角公園には10分くらいで着く。
友達はすでにいる。
「ガーベラ、おはよう」
「おはよう」
私のことをガーベラと呼ぶのは私と同じく不登校になってしまったセンリだ。センリは自分のことを『脱線』したとよく言う。私はそういうセンリのことを全然そうは思わない。むしろ私の方が脱線しているような気持ちなんだ。センリは私のせいで都麦さんが自殺したことを知らない。新聞には堂々とニュースになっていたし、私の小学校もテレビにうつっていたのだけれどセンリは興味がないみたいだ。センリがなぜ小学校を卒業して中学校に行かなかったのか私はあまりわからない。センリが話そうとはしないんだ。理由なんて別に気にならない。
私とセンリの出会いは三角公園だった。私は朝の光をあびようと思ってベンチに座っていた。朝のベンチは心地よかった。木々の木洩れ日が私の顔をちらちらと照らした。空気はいつもように澄んでいた。ベンチには私しかいない。それもそうだ。12才で学校にも行かずにこんな朝早くから公園にいるのもおかしい。三角公園は鉄棒と砂場と簡単な山とベンチがある普通の公園だ。とくに目立つものはない。センリは三角公園に何しに来ていたのだろうか?私はセンリに出会った時、ふとセンリには誰にも言えない過去があるような気がした。それは私のように。センリは
いつものようにジーンズにTシャツに灰色のパーカーを着ていた。センリはおしゃれにはこだわりはないみたいでいつも適当な服を着ている。私も服にこだわりはない。
センリは
「ガーベラ、最近、体調よさそうだね?」と言った。
「そう?」
「初めてガーベラに会った時は今にも死にそうな感じだったからさ」
「うん。それはある」
「よかった」
「よかった?」
「だってガーベラを救えたから」
「センリは自分が思っているよりも素敵な人だよ!だって、私なんて・・・」
私は自分のせいで都麦さんが自殺したことを話したかった。
「私なんて?」
「う、うん」
「実はね、私」
センリと私は四月のあたたかな公園に包まれていた。センリと私以外には誰もいない。
「なに?重い話?」とセンリ。
「重い話。嫌?」
私はセンリにはきちんと自分のことを話そうと思っていた。
「覚悟して聞いてくれる?」
*
私はセンリに話した。センリは哀しそうに聞いていた。でも笑いもせず泣きもせず、大人びた表情だった。春の風が吹いていた。今にも大嵐がきてセンリをさらうのではないかと思った。私たちは
「それでガーベラは学校に行かないんだ」
「そう」
私は都麦さんとケンカばかりしていたことを話した。
「都麦さんは死んだんだ」
「う、うん」
センリは泣いているような気がした。なぜ涙を流したのだろうか?
「センリ、泣いているの?」
センリは泣いていた。だって、都麦さんを殺したのは私なのに。センリはなぜ泣いているの?
「ねえ、ガーベラ、私、都麦さんなの」
どういうこと?
センリは一体何を言っているのだろうか。もしセンリが都麦さんだったら私を殺しにきたのだろうか?
7
5月のGWは別に私に意味をもたない。一年で一番長いお休みだけれど、12歳、時間はありすぎてマンモス化している。センリは
「実はね、私、自殺したけれどまだあっちの世界にいけないの」
「え?」
「あっちの世界」
「天国?」
「うん」
センリは私をみていた。私はセンリの全体をみた。センリは都麦さんらしい。
「ガーベラは生きているんだ」
センリは悔しそうに言った。悔しいのなら、なんで生きてくれなかったの?
「う、うん。生きているよ。苦しいけれど」
「へえ」
「今更だけれどごめん」
「今更?」
「だって都麦さんを自殺に追い込んだのは私なんだよね?」
「まあね」
「ごめん。本当に」
「ねえ、ガーベラ、死んだ人より生きている人が偉いってスガシカオの歌にあるんでしょう?」
「あるけれど」
「じゃあ、その通りだよ。死んだらダメなんだよ」
「違う!私が都麦さんを苦しめたんだよ!私達いつもケンカしてたよ。でも私は口調がきつくてあなたを追い詰めていたの。ごめん」
涙はポロポロでた。センリに言っているのか都麦さんに言っているのか正直なところわからない。ただ私はウソはつきたくなくて正直に言った。
「そっか。でもね、私、ガーベラが中学校にも行けなくなって、それで自分も成仏できなくて、私もつらいのよ。神様はどうして私を成仏させてくれないかわかったの。ガーベラ、学校に行くことはできなくても、立派に生きてほしいの」
「立派に生きる?」
「そう」
「ううん。私はきっと将来ダメな人間になる。そんな風にたぶん生きられない」
「ダメよ。それじゃ、私が成仏できないじゃない。ガーベラは強く賢く生きるのよ。そうしたら私はきっと天国へ逝けるわ」
「でも、わからないの。毎日、毎日、時間だけが無限にある」
いつもケンカばかりしていた私と都麦さん。やっぱりまた出会ってもケンカをしてしまう。
「ガーベラ」
都麦さんは言葉もなかった。私だって立派に生きたいけれど、12才で何ができるの?
ジレンマ抱えて生きている。爆発はしない。爆発する気持ちさえも死んだ。
「都麦さんはどうして死のうと思ったの?」
「なんでだろう。考えても考えてもわからないの。いつの間にか死んでいていつの間にか成仏もできていなかった。ガーベラが学校にも行かずにふらふらしていてショックだったわ。私はガーベラを苦しめているのかもしれないと思ったの」
センリはすこし悲しそうに言った。
「ちがうよ」
「都麦さんじゃなくて、センリって呼んでよ。ガーベラのことをもっとよく知りたいの」
「え?」
「都麦さんは死んだ」
「う、うん」
「センリは生きている」
「わかった」
私はセンリと呼ぶことになった。センリは成仏できていない都麦さん。どうしたら成仏できるのだろうか?
*
8
私とセンリは公園で6月の風の中にいる。木々が木洩れ日を作りだす。私はセンリに
「ねえ、センリは成仏したいんだよね?」
「うん、もちろん」
私は
「私のお父さんとお母さんに会ってくれない?」
「え?」
「もちろんセンリのことは新しくできた友達として紹介するから」
「それに意味があるの?」
「私ね、都麦さんが自殺して友達を作ることが怖くなってしまったの。人に対してこんなに臆病になっていたの。気がつかないで。12歳のくせに。もっと自由に生きる12才なのにさ。でも自分を変えないといけないのはわかっていた。優しくなりたくて」
「優しくなりたいんだ、ガーベラは」
「うん、誰よりも優しくなりたい」
センリは泣きそうになっていた。
「ガーベラ」
「センリは都麦さんでもあるし。たぶんね、私がやさしくなれたとき、都麦さんは成仏できるんじゃないのかな?」
私は都麦さんが成仏するには私が優しくならないとダメなような気がした。きっとそれを見届けるために都麦さんはきてくれたんだ。でもお父さんは優しさを宿すのは時間がかかるとは言っていた。
私とセンリは私の家に着いた。私の家は一軒家で、花壇にはなんの花かわからないけれどお母さんが埋めてくれた花が咲いていた。黄色と白のきれいな花であった。花にはくわしくない。
「絶対、都麦さんであることは内緒にしてね」とセンリは言った。
「うん」
*
私とセンリは私の家にきた。センリはなんとなく緊張していて笑顔が一ミリもない。加害者の遺族に会うなんて嫌だよね?でもね、加害者の遺族だって被害者の子どもに会うなんて思いもしないんだよ。お父さんとお母さんはセンリをみてどう思うのかな?
私は家のドアをあけた。
お父さんとお母さんはリビングで新聞を読んでいて、お母さんは洗い物をしていた。がちゃがちゃと皿と皿がぶつかる音がした。お父さんは難しい顔でトランプ政権の記事を読んでいるように思えた。もしくは9条の記事だ。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「今日はお父さんとお母さんに紹介したい人がいるの」
お父さんは新聞から顔をあげ、お母さんはお皿を洗うのをやめた。
「本当に?」
お母さんはすごく驚いていた。お父さんはしかめっ面だった。
「センリ、三角公園で出会った友達なの」
センリは加害者のお父さんとお母さんをはじめてみた。動揺している。
「はじめまして。センリです」
お父さんとお母さんはほんの少し焦っているようにみえた。
「センリちゃん?」
「はい。センリです」
「そう」
お母さんは嬉しそうであった。お父さんは新聞を読むことをやめた。センリをじっくりとみている。ばれる?センリが都麦さんであることが。
「こ、こんにちは」
動揺をしていた。私も緊張していた。
「センリちゃんはどんな字なの?」
「千円札の千に理は理性の理です」
「へえ」
本当にあっているかは私もわからない。ただセンリにそんな漢字の名前があるなんて知らなかったから驚いた。
私達四人は無言になった。そうするとセンリは
「ガーベラって素敵な名前ですよね」と言った。
「そうかしら?」
お母さんはほんの少し涙がでそうであった。私はお母さんが一生懸命私を育ててくれたことがわかるので苦しかった。お父さんはお父さんでなんとなく笑顔をみせた。
「なんでガーベラなんですか?」
「ガーベラは太陽の色」
「太陽の色?」
「ええ」
「どういうことですか?」
「ガーベラという花は太陽の生まれ変わりのような気がするの。だからなるべく太陽の道を歩いてほしくてね」
私はその話をセンリが聞いている時、センリは納得して成仏したいんだと思った。センリは死んだのだけれど、私がどんな人なのか知りたいのかもしれない。たぶん。
「センリちゃんはどうしてセンリという名前なの?」
「わからないんです。なぜ親がセンリという名前をつけたのか」
「そうなんだ」
お母さんは残念そうだった。私とお父さんはよくわからないという顔をした。
*
9
私はセンリに
「私の部屋に来る?」と聞いた。センリは
「うん。ガーベラの部屋、みてみたいな」と言った。
センリは私の二階の部屋にいく。
私の部屋にはたくさんの本がある。学校に進学しなかったのでお父さんもお母さんも私にたくさんの本を与えてくれた。すべての勉強は本から吸収しなくてはいけないから。
センリは私の本だらけの部屋を見る。センリは私の部屋にはいると
「ガーベラの部屋なんだ。この本だらけの部屋は」
「うん」
「なんか図書館みたい」
「まあね」
センリはあまり楽しそうじゃない。センリは楽しそうではなくてむしろ私のことをきちんと理解しているように私の部屋をみていた。私は自分の部屋に友達を招いたのは初めてだったので緊張していた。
「ガーベラは学校に行っていない分、この部屋で毎日勉強しているの?」
「うん」
「そっか」
会話は長く続かなかった。私とセンリは私の部屋でただ立ち尽くした。私は急に、
「ねえ、ビートルズのペニーレインっていう曲知っている?」
「ペニーレイン?」
「そう」
「知らないな」
「音楽でもかけない?」
「いいわね」とセンリ。
*
私は唯一持っているビートルズのアルバム『1』をかけた。静かな部屋にビートルズの音色が響いた。私は
「センリはビートルズとか聞いた?」
「聞いたことないよ」
「そうだよね」
私はセンリに対して申し訳なく思った。センリは音楽の美しさも、本のすばらしさも知らずに自殺してしまったんだ。若くして死ぬってことはそういうことだ。センリは
「ビートルズっていいね」
「ほんと?」
「うん」
私とセンリはしばらくビートルズを聴いていた。
「センリはどんな音楽を聴いていたの?」
「私の家はあまり音楽をかけていなかったわ」センリは哀しそうにした。私はセンリの家庭の事情はよく知らなかった。
「センリはどんなお父さんとお母さんのもとに育ったの?」
私はセンリに聞いた。
「私の家?」「知りたいな」と私。
*
センリはお父さんもお母さんもいる。父親は普通のサラリーマンで母親はパートタイマーだそうだ。
「私の父親はサラリーマンでいつも忙しく働いていたわ」とセンリ。
私は「サラリーマン」と繰り返した。
私はセンリの家庭の事情をきくと、ますます自分の情けなさがわかった。尚更私がセンリを自殺に追い込んだことがわかる。苦しい。
「なんかごめん」と私。
センリは普通の家庭に生まれ、そして自殺をした。もし私なんかに出会わなければ生きていたのかもしれない。そう思うと私は息ができないほど苦しくなった。私は自分の存在をひどく憎んだ。そうすればいいのかな?自分を憎めば?
「ガーベラのお父さんはなんの仕事をしているの?」
「お父さんは花屋さんで、お母さんはそこのパートをしている」
「そうなんだ、だからガーベラって名前なんだ」
「うん」
私はお父さんもお母さんも花にまつわる仕事をしているのに、ちっとも花に興味がなかったので私は親不孝かと思った。花のような存在にもなれていない。
「ガーベラは幸せな家庭で育ったんだね。なんかうらやましいな」とセンリは言った。
「でもセンリ、私には優しさがないの。どんなに幸せな環境に育っていたとしても優しさがないなんて哀しいよ」
「ガーベラは優しいよ」
「ううん」
違う。
「だって、ガーベラはクラスの太陽のような存在だったんだよ」
「クラスの太陽?」
私がクラスの太陽?
「ありえないわよ」
私は違う。そんなきらきらした人間じゃない。
*
ビートルズのアルバムはヘイジュードが流れていた。私は耳をかたむける。心地よいリズムが耳に響く。嘘ばかりつく人間にはなりたくないから私は
「ううん、センリは間違っているよ」
「え?」
「私は太陽でも、ガーベラでもないよ。普通のダメな人間」
「自信をもつのよ!ガーベラはもっと自信をもって生きるの!」
私はセンリが自殺してしまって自信さえも失っていた。
「自信か」
「前のガーベラだったらもっと強く生きていたわ。ガーベラ、スガシカオの歌思い出すのよ」
「スガシカオの歌?」
「うん。生きている人は死んでいる人よりも立派って」
確かに私はことあるごとにこの歌を歌っていたような気がした。
歌はその人の心情をメロディーにのせてくれるところが好きだ。私とセンリはビートルズのヘイジュードに耳をかたむけ、
「ビートルズだって、世界に残るメロディーを奏でていたとは思ってなかったよ」
センリは小さく言った。
私は自信という言葉を強く心に響かせた。
10
センリが帰った後私は部屋で泣き崩れてしまった。そうするとお母さんとお父さんが部屋をあけた。私は友情もわからない人間なのに、センリが一言そういってくれただけで嬉しくて仕方なかった。なみだって悲しい時に流れるものじゃない。嬉しくたって流れるんだよ。
「どうしたの、ガーベラ?」
お母さんは何も言わない。ビートルズの歌があいかわらず流れていた。心地よいメロディー。
「センリ、すごい優しい人だからなみだがでる」
「そう」
お母さんもなみだ?
「実はセンリ、死んだ都麦さんの亡霊なの。私が不登校で毎日町をふらふらしているから成仏できないって」
お母さんは驚いたりしなかった。お父さんも驚いてはいない。
「センリは都麦さんだったのか」
「うん」
私は涙が止まらなかった。誰かに『太陽』なんて言われることなんて初めてだったから。私はしばらく一人きりで泣いていた。ビートルズの『バラッドオブー』がながれていた。ちょっとだけ幸せな気持ち。
*
次の日は三角公園には行かなかった。本当はセンリに会いたかったのだけれど、センリに会うとなみだがでるから行かない。だからといって朝は早く起きた。朝食を食べ、歯を磨き、顔をあらう。でもセンリに『太陽』と言われただけで幸せな気持ちで目が覚めた。特にやることもなく勉強をする気にもなれなかった。窓をあけた。心地よい春の風が部屋にはいる。あらためて私は学校にもいけない身分なんだなあとランドセルをもった子供をみると考える。社会とのつながりも、人とのつながりもない。ただひたすらあるのは時間だけだった。
お父さんが
「ガーベラ、今日はお店で店番しないか?」と提案した。
「え?」
「時間はありあまっているんだろう」
「うん!」
私は今までお父さんがそんなことを言ったことがないので驚いた。
「社会と繋がりたいか?」
「もちろん」
「よし」
社会、学校、友情、気になりすぎて頭がおかしくなることもたまにある。
*
私達の経営しているお花屋さんは小さな花屋さんで名前は『ソレイユ』というお花屋だ。ソレイユはひまわりのフランス語だ。
私はソレイユに行く前にオレンジジュースをぐびぐび飲んだ。
「今日はセンリに会わなくてもいいの?」とお母さん。
「うん」と私。
今日はセンリに会ってもダメ。なみだで心が埋め尽くされているから。
私とお父さんとお母さんは車で10分くらいの『ソレイユ』にむかった。お父さんとお母さんが一代で築いたお花屋さん。車の中でわくわくした。
11
『ソレイユ』はフランス語でひまわりの意味だ。もちろんお父さんとお母さんがつけたお店の名前だ。ガーベラではなくてひまわり。私はそのことについて深く聞いた。
「なんで『ソレイユ』なの?」
「うん」とお父さん。
「ひまわりは私の親友の名前なの」
お母さんは静かそうに言った。
「え?」
「お母さんの親友の名前なの。素敵な名前でしょう?」
「うん、どんな人だったの?」
「ひまわりは死んじゃったの」
私は混乱しそうになった。
「もしかして都麦さんみたいに自殺したの?」
「ううん」
車の中は静かだった。たまにお父さんがしかめっ面になった。私は私で聞いてはいけないような気がした。
「ひまわりは自殺してはいないわ。強く生きていた。誰よりも強く生きていたわ」
「じゃあどうして死んだの?」
「それはガーベラが大人になって物事をきちんと理解していったらわかる」
「そうかな」
お母さんはきちんとした『ソレイユ』の由来は教えてくれなかった。たぶん大人の事情があるんだ。子供の私にはわからない事情。
*
私達は『ソレイユ』についた。
お父さんが駐車場に車を止めた。私は車を降りるとなんだかわくわくした。きっと私は社会と繋がりたいんだ。そして、今の私がどんな人か試したいんだ。私自身を。
*
初めて『ソレイユ』にきちんと店員として立つのは初めてだった。むしろ12才が店員として立ってもいいのだろうか?色々と事情が複雑なだけにいいんだろう。たぶん。
『ソレイユ』には小さな花束が売っている。もちろん通りすがりの人が花束を買うこともあるし、プレゼントに花束を作ってほしいという人もいる。お母さんがきれいな花束を作ると私は嬉しくなる。お母さんの作る花束はかわいくて、きれいで、美しいんだ。もちろんお父さんも花束を作るのが上手い。私は不器用なので下手糞だ。誰にもその才能を与えられなかった。私は優しくもないし、かわいいわけでもないし、頭だってよくもない。ましてや都麦さんを自殺に追い込んだ人間で、学校へ行くのさえ断られている。
「ガーベラ、これがエプロンだ」お父さんは私に子供用のエプロンを渡した。私はエプロンをもらうと嬉しくて仕方なかった。
「やった」エプロンは黒のシンプルなエプロン。
「ふふふ」お母さんは笑った。
「ガーベラ、店員になる以上、お父さんとお母さんは社長だ。びしばしいくぞ」
「う、うん」
私はエプロンをきた。やる気だけはある。家でかりかり勉強しているなんてもう嫌だ。私はこうやって毎日毎日人に出会いたいんだ。
そうすると、ぶらっと現れたのはセンリだった。
「センリ?」
「ガーベラの働ているところ見に来ちゃった」
「恥ずかしいよ」
センリは亡霊だけれどきちんと成仏したいんだ。そして私が頑張っているところをみればもしかしたら成仏できるかもしれない。
でもそんなのよくあるおとぎ話すぎないかな?
「センリ、もしかしたら本当にもしかしたら私が頑張っているところをみたら成仏できるかな」
「もしかしたらね。もしかしたら」
センリは嬉しそうであった。
「センリちゃん?」
お母さんは今日もきちんとセンリがみえるんだ。本当に不思議だ。
「センリちゃんもきてくれたのか」
お父さんもみえる。お父さんは陽気に言った。
私はとりあえずエプロンをきちんとつけるとやる気で満ち溢れた。春の風がお花屋さん全体にふいた。花びらがけなげに揺れていた。
オーペン準備をした。レジにお金をいれたり、お店の前にお花を移動したりした。開店は10時。
10時ちょうどになってすぐにお客さんが来るほど繁盛しているわけじゃない。お客さんはちらほら小さな花束をみるだけで買うことはしない。そんなに財布のひもがゆるい主婦も少ないんだ。私はなぜか幸せを深く感じた。勉強は嫌いではないけれどこうやって花に囲まれている世界が好きだ。戦場とは全く違う。私は戦争を経験しているわけじゃないけれど戦争を経験している人はきっと花屋さんのことを天国だと思うに違いない。お菓子屋さんも天国だが。
私のお父さんとお母さんは一人目のお客さんとすっかり長話をしている。私はでしゃばることはせずに耳をダンボにして話の内容をきいた。
「もしかしてあの子がガーベラちゃん?」
お客さんは私のことを話していた。
「はい、そうです」とお母さん。なんだか誰かに大きな声で噂になるのは不思議なものだ。
「へえお父さんにそっくりね」と笑った。お母さんも笑っていた。確かに私はお父さん似ている。そうするとお客さんは、私に
「ガーベラちゃん?」と話しかけた。
「は、はい」私は驚く。生きている人と話したことでさえ随分久しぶりのような気がした。センリは亡霊だから。
「お仕事がんばるのよ」
お客さんは小さな花束を買った。私は花束を渡した。事情がわからないにせよ誰かに目をじっくり見て『がんばれ』と言われるのは本当にうれしいものだ。私はなみだがでそうだった。普通に生きているのかな?私は?
「あ、ありがとうございました」
初めて社会につながった。
しびれるぐらい幸せ。センリは私のことをみてほんの少し泣いているように見えた。お父さんもお母さんも泣いているんだ。
私はその日お客さんに花束を渡す仕事をやった。みんな笑顔でお花を受け取るのをみると花の無垢さ驚かされた。気が付いた。しかし、それでもセンリが成仏する気配はなかった。
昼の休憩の時に
「ガーベラ、お昼行ってきていいわよ」
と言われ私は適当にパンを買い、牛乳で胃袋に押し込んだ。センリは
「ねえガーベラ、私、いつ成仏できるのかな?」
「私もわからない」
私は
「でもさ私が一生懸命働くところをみていたらいつの間に成仏するんじゃない?」と思った。
「そうだといいんだけれど」
「ゆっくり考えていこうよ。成仏できるように」
「うん」
私とセンリはまた振り出しに戻ったような気がした。神様は私が頑張ってもセンリを成仏できないように仕組んだの?私はとりあえずそんな神様がいないことを願った。
*
昼の休憩が終わり『ソレイユ』に戻ると一人のお客さんがすごく大きな花束をもっていた。たぶんお父さんが作った花束だ。
「ありがとうございました」と深くお父さんがお辞儀をしたので私もお辞儀をした。すごく素敵な感じのよい女性のお客さんだった。
「お、ガーベラ」
「ただいま」
「おかえり」
「さっきの花束はお父さんが作ったの?」
「そうさ」
「やっぱりお父さんは花束を作るのが上手だな」
お父さんの作る花束は男の人が作る花束だから結構豪快なんだ。色合いが美しかった。私にはもっていない才能だ。まるでベートーベンが花屋で花をいけたような花束だ。音楽が聞こえてきそうな花束だ。
お母さんは休憩にはいった。私とお父さんとセンリだけになった。
「ガーベラの花束も見てみたいな」と言ったのはセンリだった。
「私はまだまだだよ」
私は自分が花屋の跡取りだけれどいつも部屋でかりかり勉強しているだけだったので、やっぱり勉強なんて必要ないと感じた。お父さんは
「センリちゃん、ガーベラの花束がみたい?」といじわるく言った。
「うん、もしかしたら成仏できるかもしれないし」
そうするとお父さんは
「よし、今からガーベラには花束を作ってもらう」と宣言した。
「え?」
私は嬉しいのに言葉にならない。いつもはこの手でえんぴつを握っている手が花を握る?
「ガーベラ、小さな花束を作ってくれ」
「わ、わかった」
*
私はガーベラの花を選んだ。主役の花はやっぱりガーベラなんだ。それ以外に私は大好きなカスミソウの花をいれた。みどりの植物もいれるが名前が全然わからなかった。悔しい。
「シンプルで一般的だ」
お父さんは私の花束をみて辛口に言った。私自身もそう思った。お父さんの花束のように豪快さがないし、お母さんの花束のように繊細さもない。
「ガーベラの花束はすごくさみしい」
センリも寂しそうである。
「いいか。花束には命が宿るんだ。花は必ず散るけれどそれがいいところだ。スティーブ・ジョブズも『死は最高の発明』と言ったけれど、命あるものはいつか終わる。それが花にも人にも言えることだ」
「うん」
私はすごくいい言葉だと思った。
『花は必ず散るけれどそれがいいところだ』
私は心に言い聞かせた。
*
結局その花束は売れ残った。
デビュー作は空振り三振。
でもなにか進んだ気がした。
11
私は勉強をひとまず終えるとたまに花束の勉強をした。0から勉強をする。本当に花には魂が宿る。私のお父さんとお母さんは直接私に花束の作り方のようなものは教えてくれない。私はスティーブ・ジョブズの名言『死は最高の発明』という言葉を何度も言い聞かせた。なぜか私の心に強く残る言葉の一つだ。
あいかわらずセンリは成仏できていなかった。理由はわからないけれど私がもっと頑張らないとセンリは成仏できないんだ。たぶん。
いつものように公園に行ったらセンリはいなかった。時刻は8時。どこにセンリは行ったのだろうか?もしくは成仏して天国へ逝ったのだろうか。
三角公園には私といつもいるはずのセンリがいない。なんだか不思議なものだ。
私はベンチに座って空をみた。いつもと変わらない青空だった。
ベンチに座っていたら紙芝居をもった人が三角公園にやってきた。紙芝居?こんな2017年に?
紙芝居をもっているおばあさんは腰が60度におり曲がるぐらいだった。
しかし、それでも90度に腰が曲がるよりはましかもしれない。
紙芝居は大きな厚紙だ。
「それは紙芝居ですか?」
「ああ」
「へえ、珍しいですね」
おばあさんはふふふと魔女のように笑った。
「あなた、物語は好き?」
「すごく好きです」
「そう」
おばあさんは紙芝居をみせてくれるのだろうか?
「その紙芝居はあなたが作った物語ですか?」
「ええ」
「本当ですか?」
「うん」
「見てみたいです。あなたの紙芝居を」
「恥ずかしいわ」
おばあさんは紙芝居をみせてくれるのだろうか?
「でも特別にいいわよ」
紙芝居は始まった。
12
タイトル
ぼくたちのふしぎちゃん
僕のクラスにはふしぎちゃんがいる。ふしぎちゃんはクラスの中では結構地味なのだけれど、なぜか人気者だからよくわからないと思う。地味に人気?
もちろんふしぎちゃんはダメな部分もある。優しさが足りない時もあるし、たまに学校の先生を侮辱したりする。
学校の先生はふしぎちゃんが嫌いな時もあるし、好きな時もある。僕は結構ふしぎちゃんが好きだ。
学校にはいじめとか不登校とかそういう問題が見え隠れしている。子供は無垢だから仕方ないのかもしれないけれど、大人になってもそういう問題は存在する。たいていそんなもんだ、世の中というものは。
僕のクラスにはヒーローというものはいない。ヒーローがいたら悪の存在もあるから。
ふしぎちゃんは12歳になり中学に入る前に問題をおこした。ふしぎちゃんの友達の都麦さんが色々と事情があって自殺をしてしまった。ふしぎちゃんは中学校にはこない。学校の先生から
『学校にはこないでください』と言われたみたいだった。僕は確かにその責任はふしぎちゃんにもあると思ったけれど一番に思ったことは
『ふしぎちゃんはヒーローでも悪でもない』ということだった。僕はその時12歳でどうしていいのかわからなかった。確かにふしぎちゃんが都麦さんに対して冷たかったのは本当だ。でも僕はふしぎちゃんはいつもどちらかといえばクールなところがある。群れることが苦手。僕もそうだ。
僕は中学生になりやっぱりふしぎちゃんが学校から抹殺されたと思うと世界はおかしいとしか思えなかった。なぜ?僕は確かに人を殺した人がクラスにいたらすごく怖いけれどふしぎちゃんがもしこの世界から消えてしまったらどうするんだと思った。都麦さんと同じように自殺しろ?と言うのか?
学校の先生は何一つ教えてくれなかった。ふしぎちゃんが今何をやっているかとか、どこの学校へ行っているのだとか。そういうことはほとんど秘密みたいだ。知りたいけれど誰一人として知るものはいなかった。
うわさというものは不思議だけれど絶対にひとりぐらい知っている人はいる。それはふしぎちゃんのこころの友達だ。僕はしっていた。ふしぎちゃんには親友がいることを。
ふしぎちゃんのこころの友達の名前は歌子ちゃんという。歌子ちゃんは歌うことが大好きだけれどふしぎちゃんが学校に抹殺されてからは歌うことをしない。僕はそんな時、ふしぎちゃんがどれだけ魅力的な子だったか思い知らされるんだ。深く。歌子ちゃんはふしぎちゃんが中学生になったのに学校に登校することさえしないので日に日に学校に対して不信感を抱いている。僕も表面上は学校に行くけれど内心じゃもう学校なんてもの死ねばいいと思っている。ふしぎちゃんを殺そうとしている学校が大嫌いだ。
歌子ちゃんに僕は勇気をだして聞いてみた。
「ふしぎちゃん、もう学校に来ないのかな?」
「うん、たぶん学校には来ないかもね」
「そっか」
歌子ちゃんはほんの少し涙が流した。僕も社会というシステムに囲まれている世の中に辟易した。村上春樹さんだったらきっと助けてくれるかもしれない。よくわからないけれど最近読んだ小説でそんな気がした。希望だから。
歌子ちゃんと僕は小学校が同じなので都麦さんのことも知っているし、ふしぎちゃんのことも知っている。都麦さんは自殺してしまうほど苦しんでいるとは思わなかった。ふしぎちゃんは本当に気分屋だけれどそれでも人を殺してしまうほどの人ではない。
「都麦さん、なんで自殺なんてしたのかな?いじめっていうけれど、ふしぎちゃんは別にいじめなんてしている人でもないし」と僕。
「うん、その通りだよね」
歌子ちゃんもふしぎちゃんが好きだったから哀しくてたまらないんだ。僕だってふしぎちゃんが好きだから学校に行っても退屈。
*
僕の愛しいふしぎちゃんの情報がはいったのはふしぎちゃんが中学校に登校しなくて10日目ぐらいの時だった。歌子ちゃんが教えてくれた。
「ふしぎちゃん、花屋さんでお父さんとお母さんのお手伝いしているみたいなの」
「お花屋さん?」
「うん」
歌子ちゃんは今にでも歌いだしそうだった。僕だって歌うことは下手糞だけれど嬉しくて鼻歌を歌いそうだった。
噂はそれだけではなかった。都麦さんの亡霊が公園にいるという噂をきいた。僕は都麦さんが自殺してしまって、もうこの生きている世界にはいないと思っていたのでなんとなく嬉しい。
*
学校が終わると僕は噂の三角公園にひとりでいった。もちろん怖かったのだけれど、どうしても都麦さんの亡霊に会ってふしぎちゃんの誤解を解きたいんだ。僕にはふしぎちゃんが都麦さんをいじめていたというわけじゃないと思う。
僕は噂の三角公園についた。
もちろん三角公園に人気はなかった。亡霊の都麦さんがいると思うと怖い。僕はあたりを見渡した。本当に都麦さんはいるのだろうか?
「つ、つむぎさん?」
都麦さんは透明でもなく、かといって生身の生きている人間でもなく、ただなんとなく亡霊のような気がした。こんにゃくとも違うし、ゼリーでもない。
「ひさしぶり」
「あの、亡霊なの?」
僕は怖がってはいなかった。都麦さんにはガーベラのこときちんと知ってほしい。
「ガーベラがふらふらしているから成仏できなかったの」
成仏できない?そんな話、まるでおとぎ話だ。
「ふしぎちゃんのことか。やっぱり都麦さんとガーベラは仲が悪かったの?でもね、ガーベラは違うんだ。確かに怒ったらすごく怖いし、勉強のやり方は教えてくれないし、たいして学校の先生にも好かれていないけれど、本当はまっすぐとした芯のある子なんだ」
都麦さんは少しうつむいて泣きそうになった。別に僕は都麦さんを悲しませるためにそんなことを言ったわけじゃない。ただ事実を知って欲しいんだ。
「わかっているわよ」
「そ、そっか」
「でも成仏となるとなぜかできないの」
「成仏」僕は繰り返した。
「ガーベラが今、何をしているか知っている?」
「ううん。ほとんど知らない。みんな口にマジックテープでもつけているみたいになにも教えてくれない。学校は大嫌いだ。そういうことに関しては黙秘している。でも僕はそういうのは知りたくて仕方ない。知りたくて知りたくてどうしようもない」
「それはきっとあなたがガーベラのことが好きだからだよ。たぶん」
「好きとはちがう」
ぼくはふしぎちゃんが好きなのだけれど、恋愛とは違うなにかであることは変わらなかった。なんだろう。
「ガーベラは今、お花屋さんでこころを磨いているわよ。毎日毎日花束をお客さんに渡しているわ。あんな不器用な子が一生懸命笑顔で接客しているの」
「お花屋さん?」
「知らないの?ガーベラのお父さんとお母さんはお花屋さんなのよ。だからふしぎちゃんはガーベラって名前なの」
「そうなんだ。知らなかった。都麦さんはガーベラのこと憎んではいないの?」
「憎むかあ。なんだかそれも私にはできないの。結局、私が自殺してガーベラは学校にも強制的に行けなくなってしまったから。私の自殺ですべてこんがらがってしまったから。成仏さえできていないのには理由があるんだろうな。すべて納得したうえで天国に逝くのかな」
僕はやっぱり都麦さんが亡霊であることにきちんと気が付いた。なんとなく死んだ人間のような意見だからだ。『自殺して。』都麦さんはやっぱり死んだんだ。
「ねえ、私が死んだ後、学校はどんな感じになったの?」
都麦さんは恐る恐る僕に質問した。
「知ったらきっと都麦さんは辛いと思う」
「ううん。知りたい。教えてほしい」
*
学校は自殺をした都麦さんにいじめはなかったかを調査した。アンケートを配ったり、個人的に面談をした。もちろん自殺があればこういう対応になることは僕もテレビのニュースなどでみたことがあったのでなんとなくわかっていた。
僕もアンケートに協力はした。
だけれどふしぎちゃんが犯人とわかると問題はすぐに解決したようにみえた。ふしぎちゃんは全ての罪をかぶったような気がした。そして、中井ガーベラという女の子は一生この学校の正門をくぐることはなかった。僕はクラスの太陽を失った。もちろん歌子ちゃんだって太陽を失った。歌子ちゃんの鼻歌も聴けなくなった。僕はがっくりしていつも外の校庭を眺めるようになった。学校はしだいにつまらなくなっていった。算数だって、国語だって、ふしぎちゃんがいつも一生懸命勉強している姿が僕は大好きだったんだ。
*
亡霊の都麦さんは
「そうなんだ」と言った。
「都麦さん、学校のこと知れて成仏できそう?」
「ますます成仏から遠ざかった気がする。私だって成仏したいのよ。いつまでもこんなぶらぶらしていたくないわ」
「そうだよね」
12
おばあさんの紙芝居は変なところで終わってしまった。私は号泣していた。
「どういうことですか?」
「あなたが学校に登校しないのでかわりに届けました。この物語を」
「ありがとう、ございます」
紙芝居は素晴らしいのかわからなかったけれど私は自分が学校で太陽のような存在であったことに驚いた。
三角公園にはおばあさんと私しかいない。5月のやわらかいあたたかい風が私のかみを揺らした。
「センリは成仏したのですか?」
「はい」とおばあさん。
「本当ですか?」
「もう会うことはないけれどあなたの心の中でずっとセンリを忘れてはいけません」
「は、はい」
センリは無事に成仏したようだ。私は心の中でありがとうと言った。おばあさんは
「中学校には行くの?」と私に聞いた。
「行きません」
私は中学校には行かない。
「みんな、あなたのこと、恨んでいないのに?」
「私にはお花屋さんがあります。居場所なんてどこにでもあります。ベンチだって、滑り台だって探せばいくらでも」
「そうね」
「一つ聞いてもいいですか?」
「いいわよ」
「あなたは学校の職員さんですか?」
「そうね、それは秘密かな」
「秘密?」
「そのほうが楽しいでしょう」
「確かに」
おばあさんはそういうってよたよたと帰って行った。私はベンチで春の訪れを感じていた。ほんの少しの時間、ベンチで寝そべった。空をきちんとみたのは久しぶりなような気がした。うすい空の色だった。
なんとなくセンリ、いや、都麦さんがさようならと言ったような気がした。
ううん、木々がこすれる音だ。
私はベンチで目を深く閉じて泣いていた。
13
私は公園で泣いていた。都麦さんもセンリも天国へ逝ったみたいだ。私だけ生きているのも苦しい世界だけれど、でも私は生きなくてはいけない。私はこの紙芝居にでてくる男の子の名前を思い出そうとした。もちろん私は歌子ちゃんにも会いたかった。確かに私と歌子は仲良しだった。唯一、私がきがねなく話せる親友だった。それもなんだか切ない。
私がベンチで空を見上げていると、
「よっ」
と声が降ってきた。男の子のまだ声変わりのしていない声だった。私は起き上がる。誰だろう。こんな人殺しの私に用のある人は?
ベンチから体を起こすとそこにはさっき紙芝居の登場人物の男の子だった。なんか照れ臭いような気もする。
「久しぶり」と私。
名前は葉生だった。葉生。はせい。苗字は覚えていない。
「久しぶりだな」
葉生は声がわりのしていない声で私に話しかけた。制服をきちんと着ていてほんの少しネクタイはずれていた。
「紙芝居、ありがとう」
「う、うん。ガーベラが学校からいなくなって僕は学校とか教育とかよくわからないんだ。でもガーベラは僕ら以上にわからないことに包まれているんだと思う。ガーベラはまっすぐ歩くべきだ。道をそれちゃいけない」
私は葉生の言葉に涙がでそうになった。葉生は昔から優しい。きっと学校でも人気者なのだろうなと思う。
私は
「大丈夫だよ。私には花屋さんがあるから」
と笑った。強がりでもなく、むきになっているわけでもなかった。
「がんばれよ」
「うん」
「歌子ちゃん元気かな?」
私は歌子の事を心配した。葉生は下をむいた。
「あんまり元気もない。歌もうたわなくなった」
「そっか」
「ガーベラ、歌子のために花束を作ってくれないか?」
「花束?」
「うん。このままじゃ歌子は歌さえも歌えなくなるし、何よりガーベラの花束が必要なんだと思う」
「そうか」
「明日、ここに歌子を連れてくるよ」
「え?」
「だからガーベラは花束を今から急いでつくるんだ。善は急げ!!!」
「う、うん。わかった!」
なんかよくわからないけれど、歌子のために花束を作りたい。歌子に歌を歌って欲しいんだ。
14
私は大急ぎでお母さんとお父さんの働いているソレイユにむかった。自転車でふっとばしていると歌子のためにと思った。歌子がもし花束を必要としているのなら私の花束をプレゼントしたい。自転車をとばしていると、頭の中でどんな花束を作りたいかシミレーションをした。もちろんガーベラの花もいれよう。
いつものように自転車をこいでいると私は久しぶりに笑顔になった。誰かのために花束をプレゼントしたい自分がいる。こんな気持ちになったのは初めてだ。歌子のために花束を。
ソレイユに着くと、お客さんはまばらにいてお花を吟味していた。私は息をきらしていた。
「ガーベラ、どうしたの?」
「お母さん、すごい豪快な花束を作りたいの!」
「え?いきなり?!」
「うん」
お母さんは理解が早い。お父さんは
「いいぞ!今日は特別だ」と笑顔だ。
「ありがとうございます」と私。
*
私はエプロンをつけ、さっそく花束を作り始めた。歌子はどんな花が好きかな?歌が好き?歌にまつわる花?
「ガーベラ、今日はすごい花が入荷しているぞ」
「なになに?」
「この花さ」
「え?」
その花は今までにみたことのない花だった。ひまわりとガーベラを掛け合わせた花だった。
「これはなんて名前の花?」
「なんだと思う?」
「わからないな」
「トモヲオモウ」
「トモヲオモウ?」
「うん。ガーベラが本当に心から友達を思った時にこの花は咲くんだ」
「私が心から友達を思った時?」
「そうさ。ガーベラには失った友達もいるけれど、ずっと心にいる友達だっているだろう?」
私は涙が止まらなかった。私は都麦さんを失って以来自分の事をきちんと正当化できなかった。歌子が私の心にはいたことさえ忘れていた。
「そうね」
「トモヲオモウという花は咲いたばかりだ。これをガーベラの心にいる人にプレゼントするんだ。そうすればセンリちゃんだって都麦さんだって天国に行けるさ」
「ほんとう?」
「そうさ。ガーベラは知らないけれど、このソレイユという花屋の名付け親は、お父さんとお母さんの親友なんだ」
「お父さんとお母さんの親友?」
「もう大昔に亡くなったのだけれど、太陽のような人だった。もっと詳しく知りたいか?」
「知りたい」
「ガーベラ、太陽を毎日みているか?」
「うん。毎日、ほんとうに毎日みているわよ。ソレイユってひまわりでしょう?」
「もちろん」
「ひまわりは生きていたのだけれど僕らには会ってくれなかったんだ」
「どうして会ってくれなかったの?」
私は不思議だった。親友なのに会ってくれないなんて。
「ガーベラはまだ医療の知識がないと思うのだけれど、夏目漱石と同じ病気にかかっていたんだ」
「どういうこと?」
私は夏目漱石のことを思い出した。千円札にのっている夏目漱石だ。
「ひまわりは小説家だったんだ、漱石と同じで」
お父さんは真剣だった。
15
私は夏目漱石の事を調べた。夏目漱石は統合失調症とウィキペディアに書いてあった。ひまわりももちろんその統合失調症という病気みたいだ。
「おとうさん、もしかしてひまわりは都麦さんと一緒で、自殺してしまったの?」
「ううん、違う」
「どういうこと?」
「ひまわりは一生懸命に生きた。小説も飛ぶように売れた」
「本当に?」
「本当さ。ひまわりは病気に勝った人間だよ。本屋へいってみればいいさ。ひまわりの本が売っているよ。ひまわりのデビュー作は
【ガーベラは太陽の色】だよ」
「え?」
私は驚いた。自分の名前?どういうことなのだろうか?
「ひまわりは僕らの子どもの名前をタイトルに使ってくれたんだ。ガーベラが生まれる前からひまわりはガーベラの存在を知っていて、それで僕達に本をプレゼントしてくれた」
「信じられない!お父さん、私、本屋さんへ行きたい!その本を買いたいわ!!」
「落ち着いてくれ。その本を読んだらガーベラはひまわりという小説家に虜になるだろう。もしかしたらひまわりと同じ、小説家という道を歩いてしまうだろう」
「落ち着けないよ、早くその【ガーベラは太陽の色】を読みたい!」
「わかったわかった、買っておいで。その前に歌子ちゃんに花束を渡そう」
「あ、そうだ!」
とにかく今は歌子のために花束を作るんだ。
16
花束を作るのは簡単なことじゃない。美しいだけの花束じゃ人々は感動しないのだ。少しいたずらが必要なんだ。歌子ちゃんは歌が大好きだから、歌にまつわる花がいいなあと思った。私はソレイユで一生懸命花束を作った。この花じゃない、この花だっ、って言いながら。私が作った花束をほんの少し直してくれたのを私は歌子ちゃんに渡すことにした。その前に本屋さんに自転車をかっとばして行った。私は店員さんを見つけると、
「ガーベラは太陽の色っていう本は本当にありますか?」と大慌てで話した。呼吸は荒い。黒髪のシンプルな服装の店員が
「ガーベラは太陽の色?」
「は、はい」
「少々お待ちください」
私はひとりで本屋をぐるぐるしたけれど、やっぱり気になった仕方なかった。しばらくしてさっきの店員さんが私にひとつの本を持ってきた。
装丁には、ガーベラの花束が描かれたいた。
「これが、ガーベラは太陽の色なんですか」
「そうですよ」
「あ、ありがとうございます」
私は一礼し、その本を買った。
帰り道、涙がとまらなかった。
17
「ただいま」
私は泣いていた。
「どうしたの、ガーベラ?」
「この本、表紙がガーベラの花束なの」
お父さんとお母さんは笑顔だった。
「ガーベラ。ひまわりは、僕達の子どもに幸せになって欲しいと一番に願っていたんだ。誰よりも僕達のことを想ってくれていた」
「そうなんだ」
私は嬉しかった。天国へ逝ったひまわり、都麦さん、センリを思い出した。
「どうしてひまわりは亡くなったの?」
「まだその話は先だ。それより歌子ちゃんに花束をプレゼントするんじゃないのか?」
「う、うん」
「じゃあ、その花束を歌子ちゃんにプレゼントしたらすべての真相を話そう」
「わかった」
私は次の日。公園で歌子ちゃんを待った。歌子ちゃんは葉生と一緒にやってきた。
「ひさしぶり」と歌子ちゃんは言った。私は自分が都麦さんを追い詰めた張本人だから歌子ちゃんと会うのは怖かった。だって私は12才の人殺しだから。
「ひさしぶりだね、元気?」と私。
「あまり学校は楽しくない」
「そっか。これ、歌子ちゃんに」
私は歌子ちゃんに花束をプレゼントした。
「花束?」
「私が作った花束」
「ガーベラが作ってくれた花束なんだ」
「うん、まだ下手糞でしょう」
「ううん、ありがとう、すごく嬉しいよ」
歌子ちゃんの目の中には涙がいっぱいたまっていた。
「いえいえ」
私は本当は泣きたかった。
「葉生は元気?」
「なんか空中分解した人工衛星みたい」
「どういうこと?」
「僕達は空中分解しているんだよ。宇宙の中でどんぶらこどんぶらこって」
「そっか。みんなはぐれているってこと?」
「まあそうだね」と葉生も泣いているようだった。
「私はね、自分が12才の人殺しになってみて初めて、人ってなんて残酷なんだろう、って思った。でも生きていかなくちゃいけないし、都麦さんにはきちんとごめんねって言えたから一歩一歩あるいていく。ソレイユは私にとって生きがいなんだ」
「生きがい?かっこいいなガーベラは」
「ありがとう」
私と歌子と葉生はそこで別れた。
葉生は『また会おうな』って私に言って、歌子ちゃんは『ひとりじゃないからね』って私を勇気づけてくれた。
18
私は葉生と歌子ちゃんと別れると、家に急いだ。今日はひまわりがなぜ亡くなったかきちんと真実を話してもらう。自転車で帰り道に、涙がでた。久しぶりに歌子ちゃんと葉生に出会えたからだ。
家に着くと、お父さんお母さんが夕食を食べていた。
「ただいま」と私は言った。
「おかえり、きちんと歌子ちゃんに花束は渡せたの?」
「うん」
「よかったわ」とお母さんが言った。
「お父さん、お母さん、なぜひまわりさんが死んだのか知りたいの」
「うん、教えるわ」
19
「ガーベラ」
「世の中は残酷かもしれないけれど、奇跡や真面目に生きている人にはきちんとした見返りが返ってくると思うわ。ひまわりは、すごく真面目な女の子だった。真面目だったから神様がひまわりに小説を書く才能を宿したんだと思う」
「小説を書く才能?」
「うん、ひまわりはね、選ばれた人間なのよ。神様に」
「え?」
「ひまわりは、十代のうちに小説家になることを決意していたの」
「早い決意だね」
「うん、ひまわりの家族はみんな肯定的だった。みんなひまわりが夢を実現すると思っていた。なによりね、ひまわりの親戚は小説家志望だった人がいたから、ひまわりが毎日小説を書くことについて賛成だった」
「すごい人なんだ」
「だから、ひまわりはがんばれたんだと思う。応援してくれる人がいるだけで小説が書けるってよくひまわりは言っていたわ。でもひまわりには病気があったから、小説の取材や資料を読むことが困難になっていったの。頭にはいっていかないって。そこで私とお父さんの間に生まれた、ガーベラを主人公に小説を書かない?って私とお父さんが提案したの」
「そうなの?」
「ええ」
「それで、『ガーベラは太陽の色』が出版されたの。でも・・・」
「でも?」
「ひまわりは病気で亡くなったわ。その本を最後に」
「そうなんだ」
「でも、ひまわりは生前から言っていた、『ガーベラは絶対なにか力を秘めているから』って」
「わたしが?」
「ガーベラ、これからもひまわりの事、わすれないで。本を詠み終えたら感想を教えて」
「うん」
ひまわりが残してくれた『ガーベラは太陽の色』を私は少しずつ読む。これが、私のことだから。命をかけて残した本だから。
なんとなくだけれど、私はその本を読んでいる時は、孤独から解放されている気がした。
20
草木のにおいに囲まれて私はベンチにいた。ベンチに持ってきたのはひまわりが書いた『ガーベラは太陽の色』だ。私は一行一行丁寧に読み始めた。
私がベンチにいると、もうセンリも都麦さんもいない。
「ガーベラ」と呼ぶのは歌子ちゃんだった。
「何読んでいるの?」
「お母さんがくれた本なんだ」
「それより、不思議だよね」
「なにが?」
「学校って戦場なの」
「学校が戦場?」
「そうだよ、学校はそういう世界だよ。あした学校行きたくないなあ」
「学校行ける人の言い分だね、それは」
「ごめん」
ベンチに二人で座っていると、時間が止まっているみたいに感じた
「ねえ、実際のところ、都麦さんのこと、いじめたの?」
私は歌子ちゃんに本当のことをはなした。
「実際はね、違うんだ」
「え?」
「私は都麦さんが好きだった。私にはないものをもっていて。私には勉強以外にできるものはひとつもなくて、都麦さんには違うものがあってさ」
「そっか」
「でもセンリっていう亡霊に会って、それが都麦さんの亡霊だったから、今はもう後悔はないんだ。後悔は成長を生むから、たぶん。今は太陽みたいな存在になれるようにがんばるんだ」
歌子ちゃんが鼻歌を歌った。
『 ひとりで 泣いていないでね
ひとりで 苦しんでいないでね
ひとりで 決めないでね 』
歌子ちゃんの歌はやっぱり大好きだ。私は涙腺が弱くなった気がする。
私は太陽のような色になるんだ。
だって、ガーベラは太陽の色だから。
21
あいかわらずな世界だけれど、私は生きている。生きているように生きるか、死んだように生きるかって聞かれたら悩む。私は後者だ。
ひまわりさんの書いた『ガーベラは太陽の色』はもう100回は読んだ。いや、もう何度も何度も読んだ。結論はでた、私の中で。
私は13才になった。13歳、普通に中学へ行っていれば、中学二年生だ。中学二年になっても私は歌子ちゃんや葉生と交流があるから驚いている。私にとって大切な人で間違いないんだ。私はベンチで本を読んだりして心を休めるようにしている。この公園はしずかなどうでもいい公園なんだ。誰も気にもとめないシンプルな空気のような公園。
たまに私はここで歌子ちゃんや葉生に会って学校での近況をする。あの子はもう染まったとかあの人は染まっていないとかそういう話をする。歌子ちゃんは
「ねえ、ガーベラは高校はいくの?」
「高校?いちおう進学は考えていない」
「でもがーべらは頭がいいし、なにもしないなんてもったいないよ。なにかすべきだよ」
「でもなにしても12歳の人殺しだから」
「そっか」
「うん」
「でも、真実は違うじゃない?」
「真実ねえ」
「だってガーベラは都麦さんを殺したわけじゃないよ、勝手に死んだ人間が悪いんだよ!」
「でも私が追い詰めたことには変わりない事実なの、私はやっぱり人殺しなんだよ」
私はいつも歌子ちゃんが励ましてくれて哀しい。なにが真実かははっきり言ってわからない。真実に近づこうとすればするほど真実なんてないって知っている。
「歌子ちゃん、真実がいつも正しい方向へ進むとは限らないんだよ」
「どういうこと?」
「この地球にはね、ウソも必要だし、うぬぼれも必要だし、詐欺師も必要だし、真実は不必要ってことはないけれど、虚像の世界なんだなあって私は思う」
歌子ちゃんの想いみたいなのはわかっている。
私は『ソレイユ』でただ働きをしている。13才だから、おこずかいとして、いくらかもらっているけれど、そのお金はジュースやお菓子や本にあてている。お客さんは、笑顔で花束を買っていく。職場の退職とかだけれど、私はたまに花束を作る。無性に作りたいわけじゃなくて、心の痛みみたいなものをかき消そうとして、花束を作る。花束を作っている時にはなにも感じないで黙々と作るけれど、出来上がった花束をみて、たまになみだがでる。花は無垢でいいなあ、って。生まれ変わったら素朴な花になりたい、ってね。
私の働いている『ソレイユ』にはお父さんやお母さんの昔の同級生とか、近所の人とかがやってくる。私は『ソレイユ』ではまだ指名はない花作りだ。私はお父さんやお母さんが作った花束を最後に渡す係だ。お会計は済んでいるから渡すだけなんだけれど、私は表情をよく確認するようにしている。笑顔の人もいるし、涙がでそうな人もいるし、私を知っているような表情の人もいる。
「ありがとうございました」って言うと、
「ありがとう、がんばってね」って言ってくれる人が多い。私はその時解放されたようになる。孤独から。12歳の人殺しからふつうのごくありきたりな人間になったような気がする。その後はなんか時間が経って哀しくなって泣いてしまうのだけれど。
22
『ソレイユ』にはいろいろなお客さんがくるけれど、私が一番気になるお客さんはハットをかぶった無口な男の人だった。男の人はすごく目に力があって私はその人をみているとなぜか努力しないとって思う。そういう澄んだ目をしているんだ。その人の目はすごく澄んでいる、というか言葉を話したことがないからきっと障害者なんだと思う。言葉の話せない障害があって、いつも私はもどかしい気持ちにもなるんだけれど、言葉なんてなきゃないで楽でいいなあって思う。私の言葉が優しい言葉になったら、言葉があってよかったって思うのかな?それとも誰かの優しい声を聴いたら、言葉があってよかったって思うのかな?
私はいつもその男の人を目で追いかける。声なき人。
「お母さん、あの人、声、でないのかな?」
「あの人は声でるわよ」
「ほんとうに?」
私は驚いた。あの人の事を知っていたことにも驚いたのだけれど、話せることにも驚いた。
「でも話しているのみたことがないなあ」
「あまり多く話さないのよ、無口なのかもね」
「そうなんだ、よかった。言葉なんてなきゃないで楽だと思っていたけれど、あの人話せるんだ。どんなことをはなすの?」
「何を話すかな。じゃあ、今度はなしかけてみたら?」
「でも」
「いいじゃない、案外ひつようとされているかもよ、ガーベラ」
案外とかもしとかそういう言葉が好きかもしれない。私が店番をしているとお客さんはやってきた。いつものハット、いつもの無口さ、いつもがすべてそろっているんだ。私は大きな声で
「い、いらっしゃいませ」と言った。なぜか大きすぎる声だ。
ハットをかぶった男の人は笑顔になったのだけれど、なにもうんとも寸ともいわなかった。私は、がっくりした。その時、
「ガーべラの花束を15本」と言った。
「えつ」
「君に作ってもらおうかな?できるかい?」
「で、できます!やります!」
私はとっさに何も考えずに言った。お母さんは優しくほほえんで、お父さんは真剣だった。ハットの男の人はにっこりほほえんだ。
ガーベラの花束だけじゃ感動は伝わらないんだ。私はいつもより無心で花束を作った。黄色やオレンジのガーベラ、ちいさなかすみそう。私は最近咲いたばかりの新しいお花を花束に3本いれた。これは名前が覚えられないけれど、花言葉は、『澄み切ったこころ』だ。水色の花だ。私は全体のバランスを整えて、最後にお父さんとお母さんの最終チェックをしてもらった。30分ほどでできた。まずまずの出来具合だった。
「お父さん、お母さん、どうかな?」
「いいと思う」とお母さんは言った。
お父さんは「70点だ。平均点より高いな」
「ありがとう」
男の人はスーパーで買い物をして、『ソレイユ』に帰ってきた。花束をみて
「これが君の作ったガーベラの花束?」
「は、はい。この花は新品種です。花言葉は、『澄み切ったこころ』です。あなたの雰囲気をイメージして作りました、もし気に入らなかったら作り直します」
ハットの男の人はにっこりとも笑わず、かといって怒りもしなかった。
「また、君に花束を作ってもらいたいな。こちらこそありがとう。君こそ、澄み切ったこころの持ち主だ、努力は忘れるな」
「わたしが澄み切ったこころですか?あ、ありがとうございます。なんかうれしいです。普段から自分の評価をしてもマイナスなので。また『ソレイユ』にきてくれたら、いつでも花束を作ります!」
「えっへん、じゃあさようなら」
「さ、さようなら」
私はその男の人の背中をずっとずっとみていた。涙がこぼれた。確かあの新品種の花の名前は、『ソラのオクリモノ』だった。まるであの人みたいだなあ、と思った。
私は空からプレゼントをもらったんだ。
たぶん。
23
私の生活は狭っくるしい。こんなに世界が大きいのに対して、私の人生は狭すぎる。窮屈とは違う。12才の人殺しは、光の存在を感じたいって何度も思っている。私はベッドで何も予定がない日は、無性に誰かに会いたくなってなみだがでる。ベッドの枕が涙でぬれる。今日は、『ソレイユ』は定休日だった。私の両親は、ふたりで買い物に行っていて、私はひとりで部屋にいた。
ベッドで右へいったり、左へいったり、でもあまり眠くなくて退屈だった。退屈だと人間は哀しい事ばかり考えてしまうから、私はいつものようにベンチにむかった。家から公園のベンチは15分ほどで着く。適当な洋服でやってきた。
ベンチには誰もいない。
ここのベンチは誰もが座ろうとしないベンチなんだ。
私はベンチで目をつむった。目をつむると、自分が死んだ人間みたいに感じる。私は都麦さんが自殺してから、自分も死んだような気がする。でも、昨日のハットをかぶった男の人は、私の作った花束を必要としてくれた。なんだかうれしくてなみだがこぼれそうだ。
ベンチにいると、葉生がきた。今日、学校も『ソレイユ』もお休みだった。葉生はもう中学二年生なのd、声も変わり、背もアスパラみたいにぐんぐんのびた。私はあいかわらずちびで、葉生よりも20センチ小さい。
「ガーベラ、どう最近は?」
「え?わたし、必要とされているみたい」
「必要とされている?」
「うん、無口な男の人なんだけれどね。必要とされるのってなんだか涙がでるぐらいうれしいんだ」
「へえ、やったなあ」
「うん、葉生は?」
「あいかわらず、だな、よくもなく、わるくもない」
「へえ、普通ってこと?」
「うん」
葉生は小さくうなずいた。私はほっとした。
「歌子ちゃんは歌っている?」
「歌っているよ。徐々にね」
「そっか、よかった」
私は笑顔になった。歌子ちゃんの世界にも春がきている。
24
初めてお父さんとお母さんが
「都麦さんの命日よ」と言った。私は、「そっか、もう一年か」とぼんやりと思った。都麦さんの存在は一年を経つごとに濃くなったいっている。きっと自分が今より大人になった時、命の痛みがわかるような気がした。一年経って都麦さんは私をどう天国からみているのだろうか?信じられないことかもしれないけれど、私は都麦さんが自殺してしまってから一度もこころから笑ったことはない。神様は私にもっと輝てほしいと願っているんだ。だから、私は生き抜く。都麦さんのぶんも生き抜くしか今は答えはないんだ。
私は『ソレイユ』でハットをかぶった男の人の指名をもらうことができた。男の人の名前は、朝日さんといった。朝日さんは1か月に一度の頻度でこのソレイユで花束を買いに来る。私をみつけると、『あ、小さな小さな人』とにっこり言う。私の両親は朝日さんに
「もう立派な13才ですよ」と言うけれど、内心はうれしそうだ。きっと私の人生に光をもたらそうとしているんだ、朝日さんは。朝日さんは昔は無口な人だと思っていたのだけれど、話すときちんとしている人だと思う。話し方とか身なりがきちんとしているし、なにしろなぜかいつもガーベラの花束をリクエストしてくれる。私はそのリクエストをされるとこころがあたたくなるんだ。私はガーベラでいいんだ、って思う。生きて笑ってもいいんだってなる。
私は今日、都麦さんの命日だったので、神様にお祈りした。どうか神様、都麦さんと私をしあわせにしてくださいって。
今日は『ソレイユ』があったので、都麦さんの命日だってこともあってなんだか仕事にうまくとりくめない。お父さんとお母さんも敏感に私に気が付いてくれて、「ガーベラ、大丈夫?」と何度もきいてきた。私はそのたびに「大丈夫だよ」と無理をした。でも私は内心じゃ息がつまった。
休憩にはいると、私はいつも公園のベンチで深呼吸した。いつもより緑が濃く感じた。私は目をつむった。
空から声がきこえた。
「こんにちは」
私は目をひらく。声の主をみる。
「あ、紙芝居のおばあさん!」
「あら、覚えてくれていたの」
「もちろんです」
おばあさんは笑顔になった。
「あれから一年ですね」
「はい」
私はおばあさんがひどくゆっくりした人なので落ち着いた。なにもかも知っているように言った。
「おばあさん。都麦さんが亡くなって一年経つけれど、大人になると痛みも消えるのかな?って思っていたのだけれど、全然そうではないんですね。私は都麦さんのことが一年で毎日濃くなっていっているんです」
「それはあなたが成長しているしるしよ」
「そうかな」
「そうよ」とおばあさんは穏やかに言った。私はベンチで風の音をきいた。
「また紙芝居がみたいです」
「いいわよ。今日はあなたに特別に紙芝居をみせましょう」
紙芝居は始まった。
25
『 歌子は親友のために歌を作っていた。まだギターもきちんと弾けないし、ピアノだって習った事がないからだ。歌子にとって親友がどんなに罪をおかそうと親友として変わりないのだ。親友は12才の人殺しと自分の事をそう言った。その言葉をきくたびに歌子は胸を痛めた。少年法が確かに親友を守ったことは間違いない事実だった。歌子は葉生とよく学校で話す。親友、中井ガーベラを好きなのは歌子と葉生以外にはいない。誰もが12才の人殺しだと思っているんだ。
歌子と葉生は学校ではほとんどガーベラの話をした。今、ガーベラは花束づくりに夢中とか勉強に夢中とか・・・。学校の先生はガーベラが一度も学校に来ないことを疑問に思うことはない。かわいそうな子?気の毒な子?感情が強すぎる子?歌子はそんな時、歌を書く。
さすらいのガーベラ
今日も風にとばされて
生きるのよ
さすらいのお花
明日も雨にぬれて
生きるのよ
さすらいの色
誰にも負けず
生きるのよ
歌子は歌を書くと、ほんの少し涙を流す。もしガーベラが学校にいてくれたら学校はきらきらとするのになあって思う。
歌子は学校が終わると、ガーベラの働いている『ソレイユ』にいきたいのだけれどそれはしない。ガーベラが都麦さんを死に追い詰めたことはなくならない事実だし、ガーベラがまっとうな道を歩いてほしいし、成長してほしいから歌子はそっと見守るしかできない。
都麦さんが自殺して学校の雰囲気はよくわからないぐらい活気がない。ガーベラが男の子とケンカをしたり、ガーベラが学校の先生に悪態をついたり、がーべらがいないだけで学校は太陽を失っているんだ。歌子はガーベラが本当は都麦さんの事、おもっていたのは知っていた。ガーベラは都麦さんのこと本当は好きだった。人として。でも、きっとガーベラは立ち上がると思う。ガーベラは誰よりもまっすぐに生きている人間だから。歌子は元気がなくなると、歌を書いた。何枚も何枚も書く。ガーベラが都麦さんと同じように死の世界へいかないように。
今日は学校の音楽の時間にひとりひとり自分の歌を作る授業があった。歌子はもちろん音楽が大好きなので、その授業は特別だ。音楽の先生が、歌子の書いた歌詞をみて、
「それは不登校の中井ガーベラさんの歌?」と聞いた。
「は、はい」
歌子はこの歌を歌にしようと思った。
「そうなの」
音楽の先生は、優しい目をしていた。
「詩は書き続けるといいでしょう。歌子さん。その歌を音符にのせてみましょう」
「え?いいんですか?」
「もちろんですよ」
そうすると音楽の先生は歌子の書き留めている詩を音符にのせ、歌ってくれた。音楽室には、もちろん、歌子以外にも学生がいっぱいいた。みんな音楽の先生が歌うので息をのんだ。歌子は耳をすませた。
『 さすらいのガーベラ
誰よりも悔しかったよね
誰よりも自分を責めたよね
もう泣くの我慢しないで
あたしは知っているよ
ガーベラが毎日
お花屋さんで
大きな声でありがとうございます
って接客しているって
天国に逝った都麦さんに
聞こえているよ
さすらいのガーベラ
あなたの涙が
いつか報われるから
それまで
太陽みたいに
生きるのよ
くさらないで
比べないで
さすらいのガーベラ
誰よりも強い女子
誰よりも痛みを知っている女の子
さすらいの・・・』
歌子は音楽の先生の歌に号泣してしまった。
「歌子さん、これからも中井ガーベラさんのことを忘れないで」
「は、はい」
歌子はガーベラが学校に来ないけれど、歌詞を書き続けた。歌子は葉生に
「ガーベラが学校に来ることはないけれど、きっと学校にいたら太陽みたいにな存在になるよ」と言った。
「僕もそう思うよ」
葉生はガーベラの事、深く想っているんだ。
学校には事件ばっかりある。例えばガラスが割れたとか、いじめとか。歌子は、合唱部にはいっていて、みんなで歌っている時だけ、現実の残酷さから解き放たれる。歌は気持ちいい。
ガラスが割れて、一番に教師に咎められたのは、サッカー部だった。割れたガラスの近くにサッカーボールが落ちていたからだ。サッカー部の部員たちはみんな教師に怒られて、結局ガラスの修理費用を払ったそうだ。」 』
26
ガーベラは歌子がガーベラのこと誰よりも知っていてくれていることに涙が止まらなかった。
「おばあさん」
「なあに」
「わたしね、夢があるんだ」
「どんな夢?」
「歌子の歌、ステージで聞くの」
「へえ、素敵な夢」
「それまで私はいつも通り、ソレイユでお花をいけるわ」
「うん」
「歌子なら、きっとアリシアキーズみたいにかっこよく歌ってくれると思うんだ」
「ふふふ」
「おばあさん、ありがとう」
「いいえ。ガーベラさん、涙はこらえてはいけないわよ」
「は、はい」
「じゃあ、またどこかでお会いしましょう」
「さようなら」
おばあさんはこの前と同じようによたよたと帰って行った。
私はベンチにいて、春の新芽の中で目をつむった。やっぱり涙は止まらなかった。
27
私はソレイユで中学3年生になった。勉強はたまにしているし、料理も手伝ったりしている。お花の勉強もしているけれど、私にはぬくもり以外、欲しい物がなかった。所詮、12才の人殺しという事実は変わらないんだ。いくつになっても私は所詮そういう人間なのだ。
お父さんとお母さんは私に
「ガーベラ、確かにあなたが12才の人殺しなのかってこと、消えることはない事実よ。でもね、あなたは後退してはいけない。前進するの、海で泳ぐ魚たちは、後ろ向きに泳がないでしょう?」
と言った。私もうなずいてたけれど、自分がマグロみたいに止まらないで泳ぐなんて無理だと思った。私はマグロでもさばでもひらめでもいかでも貝でもない、中井ガーベラ、人殺しってだけだ。
なんでもない毎日を送っていると、たまに公園のベンチであくびをして時間が過ぎていく。木々がざわざわと揺れて、たまにネコが私の視界を横切ったり、犬がベロを出して走っている。私はどこへもいけない人間なんだなあ、って涙がでる。空を飛ぶ鳥に憧れたり、一生懸命生きている小さなアリをみたり、なにもかもがうらやましかったりもする。
ベンチで泣いている時間は無駄な時間じゃないと思う。ここではセンリにも会った事があるし、死んでしまった都麦さんにもきちんと出会った。都麦さん、できれば私のために生きてほしかったって何度も何度も何度も思うんだ。
私は公園にチューリップの球根をうえにきていた。公園の管理人の人に、私の両親が近くで『ソレイユ』という花屋を営業していて球根が余っていると言ったら、
「植えてもいいですよ」と快くokしてくれた。
チューリップの球根を40個ほどうめた。きっと春になったら、ぱちっと花を咲かすだろう。私の家の近所にチューリップをたくさんうめているおうちがあって、私はその家を通る時にいつも素敵な気持ちになる。男の人がいつも熱心に球根をうめていて、私はいつもそのおうちを通ることが好きなんだ。そのおうちはチューリップを美しく咲かせていて私はいつも、
「こころがきれいなんだなあ」って思う。毎年きれいにチューリップを咲かせてくれるから、いつかありがとうございます、って言いたいんだけれど、やっぱり照れくさくて言えない。でもいつもそのおうちを通っているからきっと私がそこのチューリップがステキな家に恋をしているのはバレバレなんだけれど。でもみんな近所の人は、
「素敵だな」ってこころの底では想っているんだ。
公園にチューリップを40個ほどうめて、チューリップが咲くころになった。私は毎日観察していた。少しずつ少しずつ芽がでてきて、ぱちっとチューリップが咲いていた。私は嬉しくて家にあるカメラでチューリップを撮った。ひとりで撮っていると、
「きれいに咲かせていますね」と言った。男の人は、チューリップを咲かせているあの素敵なおうちの人だった。
「あ、ありがとうございます」
男の人はしあわせそうに笑った。
「あの、実は、あなたのおうちのチューリップ畑がすごく好きです。参考にしながらチューリップ、うえました」
「そうか、そうか」
男の人は、
「僕もチューリップが好きでねえ」と言った。
「わたしも好きです」
「君も好きなんだ」
「はい」
「君は、ソレイユで働いているお嬢さんかい?」
「そうです」
「そうか、どこか見覚えがあるなあと思ったんだ。じゃあ、君は12才の人殺しちゃんということなんだね」
「え?知っているですね。私のこと」
「まあ、おおきな事件だったから」
「そっか」
私は自分が12才の人殺しなのでやっぱり切なくなった。
「でも、うわさによれば、この公園に亡霊がきていたって聞いたよ」
「へ、へえ」
私は驚く。なんでも調べれば知れるものなんだなあと思った。
「この公園にはね、不思議な力があるんだ」
「不思議な力?」
「うん。僕も昔、人殺しだった」
「おじさんも?」
「君と同じで、親友が自殺した」
「ほんとうですか?」
「ああ。君と一緒で、僕も大切な親友が自殺した。僕はその痛みと向き合って生き続けている。今もね。人の死というのはそういうものなんだ。死というのは。ここの公園で僕も自殺した親友の亡霊にあったんだ」
「不思議な公園ですね。私も自殺した都麦さんの亡霊に会いました」
「君もあったんだ。やっぱり」
「おじさん、それでどうしたんですか?」
「僕は何度も何度も言った。『君を助けたかった』って。亡霊の親友は、『ごめん』としか言ってなかった。僕らは強い繋がりで結びついていたのにな。死という壁は、卵の殻よりも薄いって事に気が付いた。親友は、『君は俺が死んでから俺の存在をきちんと確かめだした』って言った。その言葉に僕はショックをうけた。僕は、親友だと思っていたのに」
「そうなんだ」
「お嬢さん。『想う』のと、『思い込む』のと、『うぬぼれる』のは違う。すごくちがう」
「むずかしいです」
「はっはっは」
「でもわかります、なんとなく」
「僕は親友にここの公園で出会ってから、友達をたいせつにするようになった」
「そうなんだ。『想い』だからですか?」
「そうだ。君にとってそういう存在がいるならば大切にするべきだ」
「わかりました。おじさん。私が12才の人殺しということから逃れることはないのですね?」
「君次第だ」
おじさんは歩いてあのおうちに帰って行った。おじさんの背中はなんだか輝いているように見えた。私はどいつもこいつも私が12才の人殺しであること知っているので、未来なんていらないって思った。結局、人間は過去しかみていないんだ。
ああ、バカらしい人類、滅べばいい。
私は満開のチューリップ畑をみた。
ううん、私はガーベラさ、未来も過去もかえてみせる。
28
不思議な公園っていうのは案外間違っていないなあ。この公園にで都麦さんの亡霊のセンリにも出会ったし、おじさんとも出会った。不思議、確かにこの公園はそうだ。私は、中学3年生、行っていればのはなしだけれど、になった。葉生は学校では地味で目立たないけれど、本当は芯が太くて強いって知っている。中学を卒業したら、高校へ行くって言っていた。歌子ちゃんは中学を卒業したら、高校へ進学して歌をきわめるって聞いた。私はあいかわらず『ソレイユ』でしっかりおこずかいを稼いでいる。
おじさんの名前は国蜜さんという。国蜜さんは私と一緒で若い頃に親友が自殺して少年法が彼を守ったと教えてくれた。国蜜さんは、私と同じ境遇なので話していて気が合う。国蜜さんは65才のおじさんだ。
「国蜜さん、私も65才ぐらいまで苦しいのかな?人殺しとして」
国蜜さんは目じりにいっぱいしわがあって、目を細めていた。
「苦しいかもしれない。忘れてしまうかもしれない。今より向上するためにはどうしたらいいと思う?」
「わからない」
「わかるまで考える」
「わかるまで考える?」
「うん、いつか答えがでるさ」
「国蜜さんは答えを知っているの?」
「知っているけれど、ガーベラさんには教えられないなあ」
「なんで?もったいぶっていないで教えてよ」
「考える。わかるまで考える」
「そっか」
私はいつもどおりこの公園にいた。国蜜さんは、たまにこの公園にきて私の話を聞いてくれる。国蜜さんは、
「ガーベラさん。答えはみつかりましたか?」と聞いた。
「なんとなく」
「どんな答えですか?」
「答えがないこと、それがわたしの答えです」
「ほほう」
「答えなんて最初からないんです。きっと自分が70才ぐらいになるまでわからないんだと思う。『死』というのは、不思議なものなんです。誰も研究してはいないし、『死』は研究すべきものじゃないんだと思う。追うべきものじゃない」
「むずかしい結論にいたったんですね」
「逆に『生』を追うべきなんです。人間は『死』を研究してはいけない」
「へえ。なるほど」
「私は生きるしか選択がないんです。きっとそれ以外にできることがないんだと思います」
「そっか、ならば生きよう、後ろはふりかえらない」
「はい」
私の中で、生きているうちは一生懸命生きることにした。それが答えのような気がした。
私は国蜜さんに
「国蜜さんはどんな人生を歩いてきたのですか?少年法があなたを守った後の話を聞きたいのです」と聞いた。
国蜜さんはしずかに教えてくれた。
29
国蜜は学校では静かな生徒だった。国蜜が進学した公立の小学校は比較的田舎でのんびりとしていた。ガーベラと同じで、国蜜にはケンカばかりしている友人がいた。ある日、友人が自殺してから国蜜はこころを閉ざした。国蜜の友人は、朝日といった。朝日が自殺してから国蜜は、日常が大きく変わった。ガーベラと同じで学校へ進学することもなかった。国蜜にとって朝日は唯一いる友人のひとりだった。
「あ、朝日?」
ガーベラはもう一度名前を聞いた。
「朝日だ」
「わたし、朝日さん知っているよ!いっつも『ソレイユ』でガーベラの花束をリクエストしてくれる人だ」
「本当か?」
「う、うん、間違いないよ、いっつもガーベラの花束をリクエストしてくれるんだよ」
国蜜は目を丸くした。
「朝日さん、きちんと年をとっていたわ」
「そうか」
「うん。間違いないよ」
「もしかしたら、ガーベラを助けるために天国からやってきてくれたのかなあ」
国蜜さんは言った。
「きっとそうだよ。私たち、繋がっているんだよ」
「そうだなあ。ガーベラさん、『秘密の花園』という本は知っているかい?」
「知らないわ」
「君に似た主人公の本だ。読んでみるとよい。まさにこの不思議な公園はその花園のようだ」
「へえ」
「ガーベラさん」
「なんですか?」
「僕がいなくなっても、花束を作りつづけるんだよ」
「はい、もちろんです」
それから国蜜さんはめっきりこの不思議な公園に来なくなった。私は朝日さんのガーベラの花束のリクエストを待ったのだけれど、もう朝日さんも来なかった。
噂じゃ、朝日さんは亡霊だ、とか聞いた。
私は亡霊には愛されるんだああ、と思った。
ねえ、私はいつ生身の人間に愛されるんだろう。
30
私は高校一年生にはならなかった。正確に言うとするならば、高校にはいかない。私は『ソレイユ』で名もなき花束の作り手として生きるんだ。だから高校には進学しないんだ。歌子ちゃんは歌を歌いながら高校へ葉生も高校へ進学した。まだ私と歌子ちゃんと葉生の交流は続いている。葉生は地元の進学校に通っている割にはその雰囲気がない。
「ガーベラ、高校はでた方がいいよ」
葉生は公園のベンチに座っている。私も陽気にベンチに座っている。草や木のやさしい香りがする。
「12才の人殺しは高校には進学しないの」
「通信課程でも高校に行った方がいいと思うけどな」
葉生はたまに親でも言わないことを言う。
「毎日毎日たいくつなんだろう?」
「まあね」
確かに探せば通信課程の高校なんていっぱいある。でも私は高校にはいかない。きっと学校なんて行ったってまた誰かを傷つけちゃうんだ。たぶん。葉生は優しいから私が人を傷つけてしまうことがわからないんだ。この鈍感ものめ。
「ガーベラ、高校、通信でも卒業したら?」
「私はね、人を傷つけることが怖いんだよ。また都麦さんみたいに傷つけたら嫌なんだよ。私はもう誰も死んでほしくないの」
葉生は言葉を失っていた。ただなんとなく葉生は悔しそうにした。
「まあ、そうだな」
納得はしていない感じだった。
私は家で勉強をしていると、お父さんが部屋をノックした。私は本を閉じた。
「勉強していたのか?」
「うん、いちおう」
お父さんは小さな紙を一枚渡した。
「なあに?この紙は?」
「『こもれびのおはなし会』だ」
「こもれびのおはなし会?」
私はなんだろうと思った。
「毎月月曜日に公民館で、おはなし会がある。主に不登校の生徒を集めた集まりだ」
「私がそれに参加をするの?」
「そうだ、いやか?」
「嫌じゃないよ。でも私は自分の事は話せない。12才の人殺しなんてみんな受け入れてくれないわよ、たぶん」
「いってみて辛かったら帰ってきてもいいぞ、とにかく明日、行ってみるんだ」
「わかった」
こもれびのおはなし会。私は初めて外の世界にでる。あんまり期待はしていない。正直。私は自分の境遇とかそういうのは話せない。言葉につまるんだ。まあ、行ってみて辛かったら帰ってくればいい、そんな感じで私は『こもれびのおはなし会』に参加することになった。
31
公民館は普段利用していなくて、閑散としている。私はとりあえず初めて『こもれびのおはなし会』に参加することになった。期待はなくて、不安しかない。私は、公民館の第一会議室にいった。そこがこもれびのおはなし会の場所だ。第一会議室はしーんとしていてまだ誰も来ていなかった。
緊張もあまりなかった。そうすると一人、二人、3人、と私と同い年ぐらいの女の子男の子がはいってきた。みんな私をみると、
「あれ、初参加の子?」と聞いた。
「はい、初めての参加です」
「へえ、よろしく」
と軽く挨拶をしてくれてみんなフランクに話しかけてくれた。まるで私はガーベラという外国人だ。ハロー、クールガール?って感じでさ。私は席に座ってこもれびのおはなし会がどんなものなのかよく観察した。
「名前は?」
「中井ガーベラです」
「ガーベラ?」
「うん、へんてこな名前でしょう」
「カッコいい名前だな。僕は、区森です」
「くもり?」
「うん。区立の区に森で、区森」
「よ、よろしくお願いします。区森君は不登校なの?」
「いいや。普通に学校行っていないだけだよ。甘え?とは違くてさ」
「ふーん」と私は言った。なんかよくわからないなあと思った。
「中井さんは?もちろん不登校?」
「わ、私は」
そこで私は自分が12才の人殺しであったことを隠そうとした。
「私は、人殺しなの」
「ひ、ひとごろし?」
区森君は目が飛び出るぐらい驚いていた。冗談じゃなく。
「うん」
小さく言った。
「怖えなあ」
「まあね」
「なんで人を殺したんだよ?」
「ううん、殺したわけじゃないの。ただ仲が悪くかっただけ」
「後悔しているんだね、その人との出来事。中井さんの表情をみれば誰でもそう思う、後悔しているって。」
「後悔しているわ、なんでもっと優しくなれなかったんだろうって。私はね、もう誰も失いたくないんだあ。本当に失うって失ってみると苦しいのよ。」
「成長している証拠だよ」
「成長なんてしていないわよ。後悔しているだけ」
「ううん、中井さんはもう15才だよ。12才の人殺しじゃない。
少年法が君を守ったのならば、守ってくれた恩返しをするべきだ」
「え?」
「その亡くなった人のこと、わすれなければいいんじゃないかな?記憶を書くことだってできる」
「記憶を書く、かあ」
「うん。書いてみれば?」
「わたしには説得力がないんだよ」
「そうかな」
区森君はそういった。そんなこんなしているうちに『こもれびのおはなし会』は始まった。
『こもれびのおはなし会』は、不登校生の集まりだと思っていた。実際には大きく違う。こもれびっていうおばあさんがいる。ゆっくりとした服を着たおばあさんで、どこか優しさに満ち溢れている。こもれびは私をみて
「中井ガーベラさんかい?」と言った。
「はじめまして、中井ガーベラです」
「こんにちは。こもれびです」
「こ、こんにちは。こもれびさんですか?」
「みんなそう呼びますね。ふふっ。はじめてで緊張している?」
「はい。社会に出たことがないので」
「そうかい。緊張しなくてもいいんだよ、ここではみんなおのおののペースで『物語』を書いている」
「も、物語ですか?」
私は勘違いしていた。『こもれびのおはなし会』はてっきり不登校の話会だと思っていた。ものがたり?
「『物語』。中井さんも書くんでしょう?」
「書いたことはないです」
「じゃあ、これから書くのね」
こもれびは切ない顔で言った。瞳の中に三日月が浮かんでいるような瞳だ。なんかそんな気持ちになった。
32
区森君は
「中井さんって文章書いたことないわりに、文章が無垢なんだね。不思議だなあ、天性の書き手だ」と言った。私は驚いた。
「わたしが、無垢?」
「うん。なんか表現の仕方が無垢だなって思う。いいことだと思う
よ」
「ありがとう」
私は自分が書くことが好きだなあって思った。書いている時は天国にいるみたいな気持ちになるんだ。
「私ね、実は、書いている時天国いる気持ちになるんだ」
「へえ。天国か。かっこいいな」
「天国にパソコンがおいてあって、そこで書いている気持ち。どこまでも羽ばたいていけるようなさ。孤独とか哀しさからずいぶん遠いいところに行ける気がするんだ。明るくて楽しくてすこし切ないのだけれど」
「はははっ」
区森君は大声で笑った。まるでちいさい子供が笑っているみたいなんだ。
「天国にいる時は無垢なの?」
「たぶん」
区森君は私と同い年で、葉生と雰囲気が似ている。違うところといえば、学校へ行っていないってところだ。区森君は、まぶしい性格をしている。
「わたし、書いている時は、天使なんだ」
区森君はもう一度笑顔になった。
こもれびさんは難しい事を言わないから好きだ。四面楚歌とか温故知新とかよくわからない四字熟語を使わない。でも、私はわりと四面楚歌という四字熟語が好きだ。私にはその四字熟語がぴったりなんだよ、たぶん。
私の処女作は、完結した。タイトルは、『四面楚歌』にした。私はそのタイトルをこもれびさんに見せると、
「もう少し勇気が欲しいなあ」と言われた。確かに。私も『四面楚歌』というタイトルは暗いなって思った。
結局、私の処女作のタイトルは決まらなかった。こもれびさんは、
「でも、中井さんの文章って本当に無垢ね。区森君も同じ意見よ。もっと自分の文章に自信をもったらいいわ」
「ありがとうございます」
「どうしたらそんなに無垢な表現ができるのかしらねえ。本当にあなたは不思議な子ねえ」
「わたし、書いている時だけ天使になったようなんです」
「てんしかい?」
「はいっ。恥ずかしいんですけど、書いている時は羽が生えて、天国でパソコンをうっているんです。天使?みたいな」
「ふふふ。じゃあ、あなたは持って生まれた才能があるのね。書くこと続けるといいわ。あなたは持っているわ。なにか特別な才能を」
「わたしが?」
「あなたが」
「信じられないです、でもそっちにかけてみます」
「ええ」
こもれびさんは私のことを一度も12才の人殺しとあつかわない。だから好きなのかもしれない。区森君も葉生も歌子も私の事を一度も人殺しとは言わないし、きっと、私は自分で自分を殺していたんだ。ああ、小説ってすばらしい発見がある。私は書き続けようと思う。
33
久しぶりに歌子と葉生と会った。みんな高校生だからなんだか雰囲気が大人っぽくなっていた。私はあいかわらず子供のままなような気がする。学校に行っていないからそうなのかな?私は最近公民館で『こもれびのおはなし会』という小説を書く講座に行っていることを知らせた。歌子と葉生は初めは「小説?」って不思議がっていたけれど、私の書いた小説を読んだら、
「ガーベラってそんな才脳があったんだ」って驚いていた。葉生は
「いいなあ。この小説」とぼそっと言った。
私は「私って小説を書いている時だけは、天使なんだよね」と言うと、葉生と歌子は大笑いした。
「その通り」って二人とも声をそろえていった。
「高校生はたのしい?」私は葉生と歌子に聞いた。
「ふつうくらいだよ」と葉生。
「ふつうくらい?」
葉生と歌子といるとあいかわらず楽しい。私たちの中で
「ねえ、区森君って一体どんな人なの?」と歌子は興味津々だった。
「区森くんがどんなひとか?まぶしい人だよ」
「へえ。まぶしい?」
「なんかまぶしいの」
「今度四人で遊ばない?」
「いいよ。今度遊ぼう」
私と歌子、葉生、区森君で遊ぶことになった。
34
区森君と葉生は初めましてのわりに気が合うみたいでよかった。区森君は葉生のことを、はっちとよんでいた。なんか新しくていいなあと思った。私と歌子は
「なんか区森君って大人びているねえ」
「うん。まぶしいでしょう?」
「うん」
歌子は区森君のことを区森君と呼んだ。区森君は歌子のうたちゃんと呼んだ。
私たちは四人で海を見に行った。なぜか海だった。自転車で四人で海に行くと、
「気持ちがいいわねえ」と歌子が言った。
「すがすがしいよ」と私は言った。
葉生は
「学校なんかより美しいよ」となんか恥ずかしいことをいったので、私たちは笑った。葉生は私たちが想っているよりも詩人なんだ。
区森君は
「葉生は詩人みたいだな」といった。
「区森君は将来作家になるんだろう?」
「なるよ、作家」と区森君はほほえんだ。
「ガーベラは?」
「わ、わたし?まだわからない。天使みたいな作品を書くかなあ」
「天使?」
歌子は驚いていた。そうしたら区森君が、もう一度ほほえんだ。
「ガーベラの小説、読んだけど、すごいんだ」
と区森君が歌子に言った。
「ほんとうに?」と歌子。
「ガーベラは天使みたいな小説を書くんだ」
歌子は驚きを隠せない。
「うん、私ね、小説を書いている時だけは天使になった気がするんだ」
「ほんとう?」
「ほんとう」
歌子は私を抱きしめた。なんでだろう?
「ガーベラ、夢をみつけたんだ!」
歌子は私の目をよく見た。強い瞳だ。
「夢?」
「夢だよ!ガーベラは作家になるんだ」
「わたしが作家?」
私は自分でも驚いてしまった。
「作家だよ」
歌子は言った。歌子は
「もう心配ないよ。ガーベラ。きっと都麦さん、天国へ逝ったよ」
「そうかな」と私。
「きっとガーベラが夢をもったら都麦さんは天国へ逝くんだよ」
海がきらきらと光った。海がきらきら光ったんじゃなくて、目の中に涙がたまって、涙が光ったんだと思う。
区森君も葉生も歌子もみんな似たような表情をしていた。
35
私は小説をかくということが夢なのか、ただの時間潰しなのかわからなかった。区森君は
「ガーベラの書く小説はおままごとみたいな小説じゃない」と言った。客観的に読んでいる人の意見。
「ほんとうに?」
私は驚きと嬉しさでごちゃごちゃになった。
「自分の人生が12才で終わったと思っているんでしょう?」
「まあ、確かに」と私はうなずいた。
「でもさ、それでも生きて生き抜こうとしているガーベラは強いよ。その強さが小説ににじみでているんだ。まるで原稿用紙に血がにじんでいるみたいに。今度、小さな公募の小説の新人賞に応募したほうがいい」
区森君もそこそこ良い小説を書くけれど、なぜか私の小説を評価してくれる。
「でも自信ないなあ」
「自信かあ」
「うん、どんなに頑張ってもいつか12才の人殺し小説家って言われる気がしちゃうの」
「だったら、その気持ち丸ごと小説にしてみたらどうだい?」
「丸ごとか」
「そうだよ」
私は12才の人殺し小説家って言われるだけはいやだ。
*
生まれてから一度も私は自信がなかった。自信のあることがなかったんだ。都麦さんがなくなってからなお私をそう思わせたのかもしれない。小説を書き始めてもう1か月が経った。私は小さな公募の小説の新人賞に生まれて初めて書き上げた小説を応募した。タイトルは『ひゃくめんそか』という小説だった。区森君にできあがった小説を読ませると「いいと思う」とうなずいた。深くうなずいてくれた。私は『ひゃくめんそか』を小さな小説の公募に応募した。賞の名前は「小さな君の声」という、青春小説に力をいれている賞だった。あまり名の知られていない賞だ。そのくらいが私にはちょうど良い。
応募して、何日間は忘れていた。
私は自分に期待していないから。歌子と葉生と区森君は
「まだ発表していないの?」
「早く発表しないのかなあ」
とわくわくしているみたいだった。私だけは全然わくわくしていなかった。小説家になることは大変なことだし、もし小説家になっても私が12才の人殺しである事実は消えないことだから。でも、私の小説はおままごとみたいな小説じゃないことだけは自分の中でも理解していた。
今日は、「小さな君の声」の発表がある。みんなで本屋で私の名前がのっていないか見に行く。学校は土曜日だったので休みだ。区森君も葉生も歌子も緊張していたのだけれど、唯一私だけが緊張していなかった。全然書けている気がしなかったから。
四人で本屋さんに待ち合わせをした。みんなおのおのの5分前にきた。歌子は
「ねえ、本当に結果、誰も知らないの?」と言った。
区森君も葉生も「知らない」と言った。もちろん私だって知らない。
私たちは本屋さんで「小さな君の声」の文芸雑誌を手に取った。今日が発売日だった。一番最初にそのページをひらいたのは、歌子だった。
「緊張するねえ」
「そう?」
区森君は期待している様子だ。私はあまりわくわくしていない。
歌子はページを広げると、驚く。
「ねえ、どうしたの?」
私と区森君と葉生は「小さな君の声」の雑誌を手に取った。
『 受賞作 「ひゃくめんそか」
中井ガーベラ 』
「ほんとうかよ?」
葉生は言った。
区森君は
「やっぱりなあ」
わかっているかのように言った。
歌子は
「ガーベラじゃない、やった、ガーベラ!」
ともう一度私を抱きしめた。私はまだ状況がわからなくて、「小さな君の声」の雑誌のページをよく見た。私の名前だ。私の本名だ。お母さんがつけた私のガーベラという名前だ。
「私の名前なの?」
「そうだよ」
区森君は笑顔で言った。葉生は男のくせに泣いていた。歌子も号泣していた。
「おめでとう」
区森君だけは冷静だった。
「あ、ありがとう、みんな」
本屋さんの有線放送で、ベン・イー・キングの『スタンド・バイ・ミー』が流れていた。私はうまく言えないけれど、太陽がのぼるってこういう事なのかなって思った。みんながそばにいてくれなきゃ私は書くことさえしなかっただろう。
36
私の家には電話が一本はいっていた。それは「小さな君の声」の受賞の電話だった。年齢、性別、略歴。すべてを電話で言うと、私は正直に
「わたし、12才の人殺しなんです」と言った。それを隠すことはできなかった。都麦さんのために、私のために、みんなのために。電話の主は
「12歳の人殺しですか?」
と優しい声で言った。戸惑っている気配はない。
「は、はい」
私は略歴に自分の今の経歴をきちんと書いてなかった。
「話すとややこしいんですが」
「話すとややこしいんですね?」
「そうです」と私。
「では、一度話してもらえませんか?ガーベラさんの人生を」
そういって私はうなずいた。翌日、私は『ソレイユ』を休んで、出版社のあるお茶の水駅に降り立った。お父さんとお母さんは驚いていた。でもなぜか引き留めることはしなかった。私が社会と繋がれていないことをお父さんもお母さんも気に留めているから、きっと引き留めなかったんだと思う。
「小さな君の声」という出版社はお茶の水駅にある出版社だ。私はきちんと自分の人生について話そう、ウソ偽りのない私の話をしようと心に決めてきた。
初めて社会に繋がれている感覚だ。うれしい。出版社にある応接室に案内されると、ふかふかのソファーで、冷たい緑茶がでてきた。
「失礼ですが、おいくつです?」
「15才です」
「若いのね」
冷たい緑茶を渡すときに事務の女性が言った。女性が「では、少々お待ちください」といって、部屋からいなくなった。静かな応接室はたちまち外の音がもれだした。外では日常が送られていて、子供や大人の声がぺちゃくちゃ聞こえた。私はあれほど社会と繋がれたいと望んでいたのに、いざ社会から手を差し伸べられると、困ってしまった。嬉しいことに変わりないのに。
時間は10時。そろそろ私の話を聞く人がくる時間だ。緊張。それに尽きる。
応接室のドアをこつこつとノックする音が聞こえた。私は、とりあえず
「は、はい」と言った。緊張しかないんだ。
ドアがあく。
ドキドキと今は期待しかない。
37
「はじめまして」
眼鏡をかけたおじいさん。でもどことなくすべてを知っているかのような目だ。
「は、はじめまして、中井ガーベラと申します」
おじいさんは「小さな君の声」の編集者だった。名前は、芝さんという。
「芝です」
「こんにちは」
「とりあえず、席に座りましょう」
「はい」
私と芝さんは席に座った。さっき冷たい緑茶を持ってくれた女性がもう一度もってきた。そして、部屋からでていった。
「中井さん。緊張なさらずに」
にっこりとほほえんだ。
「あの、私が12才の人殺しなのに、小説を受賞してしまってごめんなさい!本当に悪気はないんです。ただ社会に繋がれたかったんです。」
私は泣いてしまった。社会と繋がれたいなんて考えてはいけないことなんだ。12才の人殺しは。都麦さんのために私は『ソレイユ』で花束作りをすべきなんだ。
「落ち着いてください。12才の人殺しになった経緯を教えていただけませんか?」芝さんはそういって冷たい緑茶をぐびっと飲んだ。
私が12才の人殺しと、高校に進学しなかった経緯を芝さんに話した。芝さんは深くうなずいてくれた。そしてすべて話し終えると、
「『ひゃくめんそか』がそのような人生を歩き生まれた小説であることはわかりました。でも君が思うよりも「ひゃくめんそか」は素晴らしい作品です。もっと中井ガーベラとして強く生き抜くのです。社会と繋がれたのならば、手をつなぐのです。手をつないだら離してはいけないのです」
芝さんは強い瞳だった。
「私は社会と繋がれたいとずっとおもっていました。でもまだわからないんです。都麦さんのために生き抜くというこうとしかわからないんです。誰か身近な存在の死というのは人を変えてしまうんです。運命も、未来も、感性も、感覚も、なにもかもを変えてしまうんです」
私はなにもかも変わってしまった自分についていけてないんだ。芝さんは
「『ひゃくめんそか』はいい作品ですよ。きっと天国で都麦さんだって応援してくれています」
「ありがとうございます」
「今年の10月頃には出版しましょう、とにかくその後、色々と考えてみましょう。本が出版されても、売れるかなんて誰もわからないことなのだから」
「よ、よろしくお願いします」
名刺をもらった。社会と繋がれたみたいだ。
まるで空に浮かぶ雲みたいな気持ちだった。
帰り道、天使みたいに体が軽かった。
38
受賞してから何週間後、区森君と葉生と歌子で日曜日、私のお祝いをしてくれるみたいだ。場所は私の部屋だった。お父さんとお母さんは3人のことをよく知ってくれていて、「大切に大切にするのよ」とよく私に言った。私も大切な人ってこときちんとわかっている。だからこそもう都麦さんみたいになって欲しくないんだ。
12時頃、3人が大きなケーキショップの箱をもってきた。確か、そこのケーキは美味しくて有名なケーキ屋さんだった。私は嬉しくて涙がでそうだった。お父さんとお母さんは、「こんにちは」と言った。3人は「お邪魔します」と言って私の部屋にはいった。初めて私の部屋に3人がはいった。
歌子が
「ガーベラの部屋って本当にがり勉みたいな部屋だね」と言った。「そうだねえ」と私。確かに本ばっかりある。葉生と区森君は
「本が好きなんだ」と感心しているようだったし、緊張しているようだった。
「まあ、それより、ケーキ食べようよ!」と歌子。
「そうだよ。今日は中井ガーベラの出版記念特別パーティだ」
と区森が面白い事をいった。葉生が
「先生だもんな。いちおう」
と笑った。つられて私はなみだをとめた。
みんなといると時間なんてあっという間だった。これがかけがえのない時間。私がずっとずっと欲しかった時間なのかなあ。みんなの笑顔を記憶におさめた。
39
『ひゃくめんそか』は10月に発売された。歌子が本屋さんでピースをしている写真を私にスマフォに送ってきた。「ありがとう」とラインで返信した。私は最近はスマートフォンで葉生、区森君、歌子と連絡を取り合っている。
歌子は、
「ねえ、先生」と言った。
今日は珍しく二人だった。
「なに?先生なんてやめてよ」
「区森君と葉生のどっちが好きなの?」
私は大爆笑した。
「私、どっちも好きじゃないよ」
「そうなの?」
歌子は驚いた。
「私は今はとりあえず夢を追っていたいの」
「でもどっちかっていったら?」
私はなみだをながして
「うん、どっちも大切な人だなあ」
「そっか」
「歌子は?」
「あ、私も」
歌子もそう言った。
私たちはたぶん、ジグソーパズルの絶対にくっつかないピースなんだと思う。
「歌子の唄、聴きたいなあ。最近はどんな歌を歌っているの?」
「聞く?」
「もちろん、歌子の唄、大好きだから」
歌子は鞄の中からハーモニカをだした。
ハーモニカを少しだけ鳴らすと歌子は歌を歌った。まだ世の中にでていない歌だ。
『 あてのない旅にでる女の子
勇敢な瞳
まっすぐなこころ
いつわりのない空へ行くんだ
たまに痛みが聞こえたら
耳をふさいで
もっともっと
自分の声を
しぼるんだ
しぼりだした自分の声を
道にしていく
きっとそういう旅にでる女の子』
「歌子がデビューしたら絶対にライブ行くから」
「もちろん!」
私は涙腺が弱くなったような気がした。歌子の夢が叶うといいなあといつも私はおもっていた。
40
芝さんから連絡がきた。私の『ひゃくめんそか』が別の出版社の賞の候補にあがるそうだ。私は驚きと戸惑いを隠せなかった。だって私は12才の人殺しだから。その事実が世に知られたら私はどうなるんだろう。また名もなき花束の作り手として生きるのだろうか。お父さんとお母さんは「おめでとう」と言ったのだけれど、内心じゃ恐ろしくて仕方ないって感じがする。私はたまに悩んで花束を作る。それを部屋に飾ってうっとりと見とれたりする。
今日、私は芝さんと打ち合わせをかねてお茶の水駅の出版社へ向かった。出版社に着くと、なんだかソワソワした。この前と同じ応接室に案内された。
「お待たせ」
芝さんがきた。
「あの・・・・候補についてなんですけど」
「辞退?」
「わからなくて」
「そうだね。僕も本音を言えば驚いている。君は怖いと思っているけれど、僕らも怖い。中井さんを傷つけたくないと思っている」
めずらしく芝さんが弱気だったので私は困った。
「いつ発表なんですか?」
「1か月後です」
私は黙った。
「僕らは君を守るよ」
芝さんは真剣な瞳だった。
私はとりあえず1か月待つだけだった。
家に帰る道。
久しぶりに夕暮れをみた。
夕暮れは美しいぐらいきれいに焼けていた。なんて表現してもいいかわからない美しい空だった。私は私のままで受け止めてくれる世界があることに戸惑いを隠せない。
都麦さんが生きていたらこんな苦しみきっと感じなかっただろう。
1か月後。
別の出版社で私の『ひゃくめんそか』が受賞した。
私はスマフォで芝さんの
「おめでとう、君を僕たちは守るから」と言う言葉を心に強く焼き付けた。
41
私は生まれて初めて受賞式に出席した。大きな出版社の賞だった。『ひゃくめんそか』でデビューし、大きな賞を取ることになった。お父さんとお母さんが授賞式に着いてきてくれた。もちろん芝さんも。
私はこんなワンピースは人生に一度ぐらいだろうなあというようなワンピースで受賞式に出席した。薄ピンク色のワンピースでふわふわとしていた。緊張とは違う気持ちだった。不安もあるけれど期待もある。授賞式の司会の人が
「中井ガーベラさんのあいさつです」
紹介し、私は舞台にあがった。小さな舞台だけれど、これから私が生きていく世界なのだろうか。まだわからないことばかりだった。
「な、中井ガーベラです。このような歴史ある賞に私の小説を選んでいただき、大変うれしく思います。私は。私は・・・・12才の頃大切な人を失いました。失った時は12才で、どうしたらいいのかわからず、ただ苦しかったです。今もその痛みと一緒に生きています。共存し、共に生きています。それが私の小説の、物語のメッセージです。
『ひゃくめんそか』はそういう人生の歩み方をした私にしか書けないものです。
きっと今は、天国で亡くなった大切な人も見守ってくれていると思います。さようならという声がなんだかたまに風にのって聞こえてきます。その声はときどき私を切なくさせます。
これからも私にしか書けない物語を書き続けます。以上です」
会場は静かだった。芝さんとお父さんとお母さんが私を見つめていた。小さな拍手が聞こえた。
舞台から降りた。拍手が聞こえ、鳴りやんだ。
羽がはえたような気持ちだった。
涙は枯れないけれど、都麦さん、私はこの世界で生きるかもしれない。
42
お父さんとお母さんは私が『ソレイユ』で一生働き続けるか、それとも作家として書き続けるか、まだ決めなくてもいいと言った。内心じゃ、『ソレイユ』を継いでもらいたいんだろうなあ。だって一人娘だし、私は。でも私は作家に傾いていた。物語を書いている時は羽がはえた天使みたいな気持ちになるんだ。
私は大きな賞を受賞し、色々な仕事がまいこんだ。例えば短編の依頼、中編の依頼、詩の依頼。でもどれも怖くて仕方なかった。いつか私が12才の人殺しとわかると、読者もなにもかも失うんじゃないかって考える。失うのかなあ。私は結局そういう運命の中にいるのかなあ。運命なんて変えられたらいいのに。
区森君も小さな小説に応募していた。結果は惨敗だった。区森君はなぜ小説家になれないのだろうか。区森君は
「ガーベラはすごいなあ、だって処女作で受賞でしょう?」
と私にうらやましそうに言った。
『こもれびのおはなし会』に久しぶりに行くと、みんなにサインを求められた。
「処女作だね、たしかに」
「いいなあ、本当にうらやましい」
区森君がいった。
「区森君の本だって面白いよ」
「ううん。きっとガーベラにはなにかあるんだよ。別に才能とかじゃなくて、そういうものがきっと咲いているんだ。こころのどこかに」
「ありがとう」
シンプルに嬉しかった。私はサインをみんなにプレゼントした。私が『ひゃくめんそか』で大きな小説の新人賞を受賞したことは、新聞にも掲載された。小さな記事に私の中井ガーベラという名前がのっていた。私はそれをお守りみたいに小さく切って、鞄の内側のところに小さくしまった。
神様、運命を変えられるなら、変えてくださいと祈った。
43
『ソレイユ』で働いていると、私はいきなりカメラで写真を撮られることもあった。いちおう12才の人殺しのぶんざいだったので、みんな面白がって撮るのかなあって思った。バカにされているのかなって思った。私はいつかくる運命をよけることはできないのだろうかと思った。お父さんとお母さんは、何も言わないし、もう慣れていた。私が12才の人殺しで小説家だからいけないのかなあとさえ思った。
今日も写真を撮られた。
「あの・・・」
写真を撮られた。
「中井ガーベラさんですか?」
「そうです。カメラならご自由にとってください」
私は面白半分に写真を撮られることに慣れていた。
「小説。読みました」
「え?」
「『ひゃくめんそか』です」
「あ、ありがとうございます」
私は丁寧にお辞儀をした。今まで考えたことのないことだった。男の人は
「ファンなんですが、サインしてくれませんか?」
お父さんとお母さんは、嬉しそうに「いいじゃない?サインしてあげれば?」と言った。私は、
「は、はい。」
私はともだち以外のファンの人に初めて会った。男の人は真面目そうで大人しそうな人だった。眼鏡と黒髪、私の書いた『ひゃくめんそか』を持っていた。スマートフォンはすぐに鞄の中にしまった。私は初めてファンの人、読者の人に出会った。今まで私は花束を渡す事が仕事だったのだけれど、今日は違う。今日は自分の本にサインを書く。
「お名前は?」
「名前は、トシです」
「わかりました」
トシさんは年齢は26歳で、どこにでもいるサラリーマンだった。トシさんにサインした本を渡すと、トシさんは嬉しそうにした。私は年上の人が私みたいなアマチュアな小説を読んでくれると思っていなかったので、嬉しくて自分はまだ小説を書き続けてもいいんだと思った。
「ありがとう」
トシさんは目を輝かせた。私は素直にうれしかった。私の本に目を輝かせてくれるなんて幸せだ。
「あの・・・運命って変えられますかね?」
私は質問した。なぜだかわからないけれど、答えが欲しい時もあるう。
「運命は変えられる。絶対に」
私よりも年上な人の意見を聞くと私は安心した。きっと変えられない運命なんてこの世界にひとつもない、ってトシさんは教えてくれたんだと思う。初めてのサイン本をトシさんに渡すと、トシさんは、
「あきらめないで書き続けてください」
と言って帰っていた。私は「はい、もちろんです」と力強く言った。
トシさんは『ソレイユ』でガーベラの花束を買っていった。私は花束を渡すときになみだをこらえた。こんな出来損ないの自分の本を読んでくれた人が目の前にいる。区森君でも葉生でも歌子でもお父さんでもお母さんでも、芝さんでもない。
運命を変えるのは私以外ありえないんだ。
44
トシさんはたまに『ソレイユ』で花束を買いにきてくれた。ちなみに既婚者で、奥さんは専業主婦でお花がすごく好きだそうだ。たまに夫婦そろって『ソレイユ』に来てくれたときには、新婚さんみたいでなんだかまぶしかった。奥さんは私の本を読んでくれて、
「作家さんで花屋さんなの?」
「はい。今のところそうです」
奥さんは
「村上春樹さんみたいねえ」と言った。
「村上さんは神様ですから。私は12才の人殺しです」
「人殺し?」
トシさんと奥さんは驚いた。
「はい。過去は消えないんです。ずっとずっと」
「『ひゃくめんそか』は本当に10代の子が書いたと思えないぐらいすばらしい本だった。でも、同時に痛みも耳を澄ませばきこえてきた。苦しい苦しいって。中井さんがもし、自分の事を12才の人殺しとしてずっと思っているのならば、腐っていくわ。腐らずに、花を咲かせるのよ」
奥さんが言った。
「花として咲きたいんです。私は」
「ならば咲ける。ぜったいに咲ける」
二人に花束を渡した。私は、12才の人殺し兼、小説家として腐らずに生きたいと思った。
45
歌子がなんとというか、ついにデビューすることが決まった。もちろん、歌で。歌子が作ったデモテープがプロデューサーの耳にとまり、歌子は最近、録音、録音、録音の日々で忙しいみたいだ。私は嬉しくて、もし歌子がアリシアキーズみたいにステージで歌ってくれたら泣いてしまうと思った。歌子にラインで
「元気かい?」ときいた。
「元気に歌っているよ」と返事がきた。
「会いたいなあ」
「わたしも」
「CDのタイトルは決まった?」
「まだかな」
「決まったらタワーレコードに買いに行くから!」
「ありがとう」
「葉生も区森君もみんなでお祝いしたいねえ」
「お祝いしてくれるの?」
「当たり前だよ」
「本当にうれしい~」
それから何か月か経って、歌子のデビュー作は発売された。私は、渋谷のタワーレコードへ大急ぎで行った。歌子は詳細について教えてくれなかった。
「とにかくデビュー作だから手に取ってくれたまえ」とラインに書いてあった。
その日はからっとした晴れもようで、私は歌子のUを探した。もちろんあった。宇多田ヒカルさんでもなく、U2でもなく、歌子だ。
『 ガーベラのうた 歌子 』
どういうことだろう?
私のうた?
歌子?
CDは5枚ほどあり、私は1枚を3059円で買った。とりあえず家のCDコンポで聞いてみよう。ジャケットの写真はガーベラの花束の絵だった。
むかし、歌子にプレゼントしたガーベラの花束にそっくりだった。
帰り道、涙がとまらなかった。
46
歌子の『がーべらのうた』をCDコンポにいれた。全部で5曲ほど入っているミニアルバムだった。一曲目は、『ガーベラのうた』だった。私は耳をすませた。
『 わたしはガーベラの涙を知っている
わたしはガーベラの痛みがきこえる
一緒に分け合おう
一緒に痛み分け合おう
一緒につむいでいこう
なみだがでても
あめがふっても
太陽がでても
雪が舞っても
四季がこんなに彩っても
ガーベラにとってもは痛いんだ
12才が背負うにしては
大きすぎる痛みなんだ
あなたがうつむいている日も
あなたが花を作っている日も
あなたが笑っている日も
あなたが恋をした日も
その痛みが消えないならば
その痛みとともに私と生き抜こう
あなたがすべてをあきらめてしまったこと
あなたがすべてをかけて書いたこと
わたしはガーベラの優しさも知っている
わたしはガーベラの強さも知っている
はじめてガーベラの弱い部分を知った時
私は助けたいから歌いたいと思った
本当は泣き虫
本当は優しい
本当は誰よりもともだち想い
本当は誰よりも家族思い
本当は弱い
本当のこと知っているのは
わたし
「わたし、書いている時は天使なの!」
って言った時、
「ほんとうだ」と思ってた
あなたに大きくて
真っ白な
羽がはえているのがみえると
安心して
大きな声で歌えるわ
あなたの羽がみえるの
あなたが空にむかって生きていることがわかるの 』
歌が終わった。
私は、歌子の唄をきいた。
嬉しくて、泣いた。
もうひとりじゃないんだ、と思って、泣いた。
47
歌子がくれた歌が好きだ。私は嬉しくて次に会う時に、花束をプレゼントしようと思っていた。『ソレイユ』で花束を作った。スターチスという花束だ。小さい花だけれど、淡いスモーキカラーがかわいいんだ。区森君はあいかわずだし、葉生も変わらない高校生活を送っている。私は世間と繋がってきた。社会と繋がりがあるというだけで目がきらきらとする。目の中に星をいれたみたいな気持ちだ。
とりあえず今日は歌子にお祝いをかねて花束をプレゼントする。女二人、たわいもない会話がしたいのだ。歌子といつもの公園で待ち合わせをした。私が先にやってきた。歌子はまだこない。なんとなく私はこの公園が好き。この公園で都麦さんの亡霊にも、朝日さんにも国蜜さんにも出会ったから。不思議な公園だ。私はベンチで目をつむっていた。心地よい風と草や木のやさしい匂い。
「ガーベラ」
目を開けると、歌子がいた。歌子だ。
「久ぶりだね。CD、聴いたよ」
「ほんとう?」
「うん、感動しました」
私はスターチスの花束をプレゼントした。歌子が泣いていた。私も泣いていた。
「ありがとう、本当にいつもありがとう」
私は歌子がいなかったらきっと小説を書くことさえしなかった。
「いいの。もうガーベラは12才の人殺しじゃないんだよ!ずっとずっと認められるまでしつこく書き続けるんだ!あきらめちゃダメだからね!絶対誰かが認めてくれるまであきらめちゃダメなんだよ」
「あきらめないよ」
「うん、それでいいんだ。それよりこの花束はなんていう花?」
歌子は泣き顔だ。私も。
「スターチス。星みたいでしょう?」
「へえ、きれいで小さなお花ね。なんかいいなあ」
歌子がスターチスの花束をうっとりみていた。
「歌子。私は誰かが認めて評価してくれるまで書き続ける。しぶとく書き続ける。歌子も歌いつづけてね」
「もちろんよ」
流れ星がスターチスにみえた。そんな意味を込めて私は歌子に花束をプレゼントした。いつか大きな舞台で歌子の唄が聴けますように。
48
久しぶりに葉生とふたりで図書館にいた。葉生は
「歌子のうた最高だったなあ」と言った。
「うん」
「なんかいいなあ。区森君は作家の卵で、ガーベラは作家で、歌子はソロアーティスト。僕だけなんか一般的な高校生」
「葉生はしあわせだよ。別に日常が普通にあるだけが一番いいんだよ」
「そうかな」
「そうだよ」
図書館に私の書いた『ひゃくめんそか』はまだなかった。いつかこの図書館にも私の書いた小説が駆り出されたりするのかな。わくわくするなあ。
「葉生は、今、高校三年?」
「そうだよ」
「大学には進学するの?」
「いちおうね」
「へえ。立派だね」
たわいもない話が好きだ。
その後、私は葉生とわかれ、都麦さんの墓参りにきた。色々と報告をかねて。お父さんとお母さんんはいなかった。私、ひとりできた。花束は『ソレイユ』でこっそり作った。もちろんガーベラはない。
シンプルな花束だった。
「都麦さん、こんにちは」
「あのね、わたし小説を書いています」
「歌子はソロアーティストになりました」
「私は『生』の世界でがんばっています」
「都麦さんが亡くなってから、いろいろなことが目まぐるしく変わりました。」
「私はやさしくなれているかなあ」
「私は、誰よりもやさしい人になれているかなあ」
そうすると、私をとんとんと肩をたたいた。え?亡霊の都麦さん?
「久しぶり」
都麦さんで間違いない。
「つ、都麦さん?」
「ひさしぶりだね」
「生きているの?」
「生きていないわ。死の世界にいる」
「そ、そうだよね。あの、ごめんなさい」
「ガーベラは今、やさしくなれていると思うよ。『ひゃくめんそか』もガーベラらしくてすごく良かった」
「都麦さん。センリじゃなくて、都麦さんなの?」
「そう」
私は混乱していた。なにを話せばいいのだろう。
「あの、私は、今小説を書いていて、小説を書いている時は天使みたいなんです。天職だと思っています。これからも誰かになにを言われてもぶれないで書き続けようと思っています。都麦さんが生きていたらきっと私たちは深い絆が生まれていたと思う」
「ありがとう」
都麦さんが言った。
「本当に『死』の世界にいるの?もうこの『生』の世界には戻ることはないの?」
「これが最後の挨拶」
「そっか」
「うん。ガーベラに夢ができた時、私は天国へ逝くんだと思っていた。実際、そうなったから驚いている。ねえ、葉生と区森君と歌子を大切にするんだよ」
「もちろんだよ」
「夢はあきらめないこと」
「はい」
「じゃあ、いくね」
「うん」
都麦さんはいなくなった。本当に天国に逝ったんだ。
目を閉じても涙は止まらなかった。
お線香はしずかに大きな空へむかって燃え続けていた。
49
私は空に向かって燃えていくお線香をみていた。お線香は空にひっぱられているみたいだった。都麦さんの『生きるのよ』という声がした。私はなみだを止めた。もう過去をずっとずっと見つめている自分にさようならをした。私は都麦さんの死をやっと受け止めた。
私は進学校へ通っている葉生に相談しようと思っていた。葉生は頭がいいからなんとなく答えをみつけてくれる。私はお墓を後にした。
葉生は、家にいた。
「葉生」
「どうした?」
「都麦さんみたいな死を止めたいんだ。私が自殺者を止める小説を書きたいの」
「ガーベラが?」
「私ね、わかったことがある」
「なんだよ、なにがわかったんだよ?」
「都麦さんは、精神障害だったのかもしれない」
「なんだ?精神障害って?」
「私のお母さんとお父さんの親友もその障害で亡くなったの。もしかしたら都麦さんはその障害があったのかもしれない」
「でも、どうやって調べるんだよ。都麦さんはもうこの世界にいないんだぞ」
「私はもう都麦さんを失ったから、都麦さんと話すことができない。でも、私が中井ガーベラとして、声は聞こえる気がする」
「死者の声?」
「うん」
50
都麦さんが亡くなって、天国へ逝ってから、何日か経った。都麦さんが亡くなって、私は12才の子供じゃない。もう子供じゃない。私は、18才になり、色々と知識がついてきた。私は、葉生や歌子、区森君に相談した。
「精神障害って知っている?」
区森君は
「知っているよ」と言った。区森君はなんでも知っている。
「どういう障害なの?」
「うつ、統合失調症、双極性障害、いろいろと言われている」
「もしかしたら、都麦さん、その障害があったのかもしれないの」
「なるほどね」
区森君は納得していた。歌子は
「その障害はどんな症状なの?」
「想像や、幻覚、幻聴」
「じゃあ、その病気で亡くなったの?ガーベラのせいじゃないの?」
「わからない」
区森君は行った。
「都麦さんの声が聞こえたの」
私は言った。
「都麦さんの声が聞こえてね。夢にでてきたの」
「それで?」
「『私の想像が私を殺そうとしている』って言ったの」
「本当かよ」
区森君は驚いた。
51
私は18才。もうむやみやたらに12才の人を傷つける人間じゃない。私は、今日、臨床心理士さんと話すことになっていた。家の近所に比較的大きい、精神科病院があり、そこで、私は臨床心理士さんと今までの出来事を話す事になった。
臨床心理士さんの名前は、かえでさんだった。かえでさんは私の事をガーベラさんと呼んだ。年齢は私より10才ほど年上で、私が作家であることは知っていた。初めて会う時は、緊張していたのだけれど、緊張はすぐに消えた。なんだかきちんとした大人って気がした。そして、私の話をきちんときいてくれた。それが心地よいぐらいだった。
「まず、今の悩みはありますか?」
という具合にかえでさんは言った。
「私の過去についてです。私は12才の時、友達を自殺で失いました。あれから時間が流れているような、まったく流れていないような気もします。それが一番の私の悩みです」
かえでさんは
「これから、話していくうちにその悩みもなくなると思うわ。きっと答えがでると思う」
かえでさんは励ますような感じではなく、寄り添うような感じだった。
「わかりました」
私は2週間に一度、かえでさんと話すことになった。かえでさんはお医者さんでもなく、看護師さんでもなかったので、なんとなく天才な人に見えた。言葉がひとつひとつ私の心に届いた。本当に不思議だ。
私は、話していくうちに自分さえも透けてみえた。自分がどんな人物なのかとか。
「都麦さんのこと、すごく後悔しているように見える」
かえでさんは言った。
「はい」
「ガーベラさん、焦ってはいけませんよ。答えを出すことに焦ってはいけません。答えがないこともありますよ。白か黒で簡単に結論がでるほど、簡単な世界じゃないです、この世界は」
私は答えが出るのを焦っていた部分もあった。でも、かえでさんと話すうちに答えがない事もある、って考えもでてきた。
「いつか答えがでたら、教えて下さい」
とかえでさんはほほえんだ。
52
私はかえでさんときちんとした話から、くだらない話まで色々な話をした。恋愛観とか、将来の事、そして誰にも言いたくないことも。かえでさんは、あまり家庭の話を私にしかなかったのだけれど、おそらく想像でだけれど、一般的な暮らしをのんびりとしていると思った。かえでさんには、子供がいて、子供もきっとかえでさんのように優れているんだろうなあと思った。
「かえでさん。失う事って、失ってみない事には理解ができないんです。経験。経験です」
「そうね」
「かえでさんは何かを失った事はありますか?」
かえでさんは沈黙だった。きっとかえでさんは失った事があるように見えた。でも、私は
「ごめんなさい。失うとか失わないとか私にはもうわかりすぎている事なんです。もっと今より大人にならないと」
「ううん、いいのよ。ガーベラさんにはきちんと話してみたいと思っていて」
私はつばをのんだ。
「ガーベラさん。私も、私も失った事があるわ。大切な人を」
その言葉に私は深く相槌をうった。かえでさんの瞳の中には涙がきらきらと海のようにみえた。私も涙腺がゆるんだ。
53
私はかえでさんが臨床心理士になった理由をきいた。かえでさんも私と同じように失った側の人間だった。
「ガーベラさん、忘れないように生きてください」
「は、はい」
私はいつも通り、公園のベンチでのんびりした。
もうかなしくなかった。なぜだかわからないのだけれど、涙は止まった。区森君と葉生と歌子が公園にいる。私にとって大切な存在だ。
「ねえ、ガーベラ」
葉生が言った。
「なに?」
「解決した?」
「答えはでたよ。かえでさんと話して」
「答え、知りたいな」
「『覚えていて悲しんでいるよりも
忘れてほほ笑んでいる方がいい』」
「なにその言葉?」
「クリスティナ・ロセッティっていう詩人の言葉なんだ」
「へえ。かっこいい言葉だな」
「そんな生き方をするよ、たぶん」
私は言った。
「前向きになったな、ガーベラは」
「まあね」
もう涙がでなかった。目を閉じて、ベンチで草や木のにおい、小森君と葉生、歌子の声がした。
54
私は作家として生きるか、『ソレイユ』で花束の作り手として生きるかわからなくなる時があった。大抵そんなときは、不思議な公園へ行って考え込む。珍しくひとりで公園に来ていた。今日は区森君も歌子も葉生もいなくて、ひとりきりであった。私は親の承諾を得て、スマートフォンを買ってもらった。月々のスマフォ代は私の小説の印税から支払われている。スマートフォンでなんでもできる時代がすぐそばにある。必要なものはなんでも買える。
スマートフォンの音楽のアプリをインストールして、歌子のうたをよく聞く。今、歌子はそれこそ売れていない歌手だけれど、いつか大舞台で大きな声で歌うんだ。そう願っている。私は、その頃には作家か、ソレイユかを選択しているのかなあ。未来の事はわからないことだらけだ。
私はそろそろ都麦さんの事を忘れつつあった。思い出して涙を流すことはあるけれど、都麦さんとはきちんとさようならを言えた気がする。久しぶりによたよたとおばあさんが歩いてきた。私ははっとした。あの人は、私に紙芝居をみせたおばあさんだった。私はベンチで体を起こした。
「お、おばあさん!」
おばあさんは昔よりもよたよたしていた。
「あら、また会ったわね」
「紙芝居を見せてくれたおばあさんですよね?」
「覚えてくれたの?嬉しいわ」
「もう紙芝居はやらないんですか?」
「そうね」
おばあさんはもうやらない気がした。私に夢ができた時、すべての魔法はとけるんだ。きっと。
「おばあさんは一体、何者なんですか?」
「わたしはあそこの老人ホームの老人よ。たまにこうして紙芝居を話したくなるのよ」
「そうなんですね。私に夢ができたとき、消えてしまうんですか?この『生』の世界から?」
「そうね。そうかもしれないし、これから10年ぐらい生きるかもしれないわよ。人間のいのちって本当に不思議だから」
私は「もう紙芝居はやらないのですか?」と聞いた。私に光をくれた人なのだ。このおばあさんは。
「やらないかなあ。わからないわ。もうわたしもおばあさんだから」
「そうですか」
「肩を落とさないの。あなたはまだ若いんだから」
「は、はい」
もうおばあさんはあのキラキラした紙芝居をやらないんだ。自然と涙が出そうだった。
「あなたは12才の頃、岐路にたっていたわ」
「え?」
「あなたは12才の頃、岐路に立っていた。その頃、あなたを助ける人がいっぱいいた。あなたは気が付かなかったのだけれど、あなたは誰よりも選ばれている子どもだった」
「選ばれてはいませんよ。私はただのどこにでもいるダメな子供でしたよ」
「ううん。違うわ」
おばあさんは、
「あなたは、町をかえたのよ」と言った。
55
おばあさんは、
「あなたが12才の人殺しと言われた時、町はあなたを殺すためにあなたを学校に通えなくしたの。でも、あなたはその反動で、小説家になった。あなたの書いた『ひゃくめんそか』は、町で一番つよい言葉をのこした」と言った。
「私はただ優しくなりたかっただけです」
「ううん。あなたはこれからも書くわ。世界に残す言葉を、世界に残す物語を。あなたはこれからもずっと夢を書き続けるとおばあさんは思うわ」
私は自分の心では小説家という仕事に誇りや楽しさを本当は感じていた。
「が、がんばってみます。おばあさん、ありがとうございます。世界に残る言葉や物語を書けるのかまだわからない事だけれど、自分が生きていることで誰かが救われるような人になりたいです」
「うん」
おばあさんはほほえんだ。私は、
「おばあさん、最後に聞きたい事があります」
「なあに?」
「この公園での出来事は魔法だったのでしょうか?」
「さあねえ。あなたが決めればいいことよ」
そう言っておばあさんはよたよたと去って行った。私は、やっぱり『ソレイユ』を卒業して、小説家になることを決めた。明日、両親には『ソレイユ』を継ぐことができないことを話そうと思う。どんなに反対されてももう固い決意があった。
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お父さんとお母さんにはその日、話したい事があると伝えた。お父さんとお母さんはなんだかわかっているような感じだった。私の事に関しては私よりもわかるから。夕食は19時に始まるから、私は18時50分にはイスに座っていた。お父さんとお母さんが席に着いた。仕事でくたくたな感じだけれど、なにか答えを待っているようであった。
「ガーベラ、もう決めたの?」
お母さんが優しく言った。
「うん」
「小説家、一本でいくの?」
お父さんとお母さんは真剣だった。私も真剣だった。お父さんが
「ガーベラが小説家になることで、たくさんの人から批難されることだって考えなくてはいけない事だよ。でも、もうガーベラはその道を引き返すことはできない。芝さんもそう言っていた」
お父さんはすごく力強い瞳であった。
「私は、小説家だけで生きていくことに決めました。私は書いて書いて書いて書いて、迷って迷って、芥川みたいに太宰みたいに苦しんで書きます。もしかしたらそんなバカな事をするのは、本当にバカなんです。でも、苦しみながら生きるのが私なんです。都麦さんがこの世界から消えてしまった時、私も消えるのかなあと思いました。でも、私は力強く書くんです。ひまわりさんだって、そう願っているから。『ソレイユ』は教えてくれました。儚い短い命の花が教えてくれました」
お父さんが「苦しいけれど、書くんだね、ガーベラ」と言った。お母さんは「うん」と言った。
「険しい道は理解しているかい?」
お父さんはすごく真剣だった。
「理解している。でも乗り越えてみせる」
私はそういった。まだ18才だった。
「ガーベラ。逃げ出すな」
お父さんがそう言った。お母さんも同じ瞳だった。それから私は毎日毎日原稿を書くことになった。書いて、書いて、書いて。それが私の人生なんだ。でも、不思議なぐらい、自分の事を認めているような気がした。
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葉生が大学に入学し、歌子は小さなライブハウスで歌を歌った。区森君の書いた小説はなぜかまだ世の中にでていなくて、私はことあるごとに区森君に
「やっぱり才能なのかな」と言っていた。私は2作品目の小説にとりかかっていた。私にとって区森君の書く物語は面白いのだけれど、芝さんが「まだまだだな」と言った。芝さんは私が深い喪失感に出会った事があるから文章が光っているんだと言った。私は2作品目を書いている時、今度は希望のある小説を書きたいと願っていた。でも希望って何かな、とさえ思う。昨日、一日原稿を書いていたのだけれど、希望ってひとたび口に出せば、夢みたいに儚いとさえ思う。
葉生が大学1年生になった時、私は2作品目の小説を執筆していた。でも「ひゃくめんそか」みたいに楽しんでは書けなかった。趣味が仕事になると大変というのはこういう事をいうのかなあ。苦しくはないけれど、なにもかも違う。天使みたいな言葉が書けたらいいのになあとは思う。久しぶりに区森君に会うので、この事を報告しようと思った。区森君とはいつもの駅前で待ち合わせをした。私は待ち合わせの5分前にきた。区森君は私が「ソレイユ」を卒業して、作家一本で生きていくことを知っていた。区森君はすんなりと理解してくれた。
「ガーベラ、久しぶり」
区森君がきた。
「久しぶりでもないわよ」
私たちは頻繁に会っているような気もする。
「あのさ、込み入った話なんだよね」
私はそういうと、
「じゃあ、サイゼリヤで話すか?」
「うん」
私たちはサイゼリヤでご飯を食べることになった。区森君と私がふたりでサイゼリヤにはいるのは初めての事だった。そういえばなぜ区森君が作家になるために『こもれびのお話会』にいた理由もきちんとは知らないなあと思った。席に座ってすぐに
「ねえ、区森君はなぜ作家になりたいの?」と聞いた。区森君は別に学校に行っていたとしても普通の少年だから、やっぱり私は不思議なことのひとつだった。区森君はなにか秘密を隠しているような気さえした。
「ガーベラには話さなきゃいけないと思っていたことなんだ。実は、僕は、もう生きていないんだ」
「え?」
私は驚きを隠せなかった。
「生きていない」
「どういうこと?」
「もう、生きていない。ガーベラに『夢』を持たせるためにあらわれたんだ」
「ほんとうなの?」
「うん」
「私に『夢』ができた時、区森君は消えてしまうの?」
「そうだよ」
区森君はそう言った。私は、
「寂しいなあ」と言った。都麦さんとセンリ、そして、区森君。みんな、幽霊なの?
「ガーベラ。生身の人間に愛されたいって思う?」
「ううん、そうは思わない。みんな幽霊だけれど、こころにずっと存在しているから」
「ならばよかった」
区森君は笑った。もう二度と会えないのかな?そうすると、区森君は席を立った。
「一緒にサイゼリヤのランチ、食べない?」
「ごめん、時間なんだ。もう僕はガーベラの前には現れることができないんだ。それは神様の決めたことなんだ、仕方のない事だよ」
「うん」
そう言って私の前から区森君はいなくなった。葉生も歌子も『区森君』がこの生の世界にいないことを知らない。
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葉生は区森君がもうこの『生』の世界にいないことを知らない。ただ連絡が取れなくなっただけだと思っている。歌子は、区森君が失踪したと思っている。真実を知っているのは私だけだった。葉生と歌子はいっつも『寂しい』と言っていた。私だって寂しくて仕方ない。あんなにまぶしい人はきっと出会えないと思う。
芝さんが、最近私にライバルという存在が必要と言っていた。確かに私にはライバルがいなかった。ライバルという存在ができたら、芝さんは私の本がもっともっと良くなると言った。今日は出版社にきていて、私は『小さな君の声』の最近の情報をきいた。芝さんが、
「実は今年デビューする子が、君のライバルになるかもしれないんだ」と目を輝かせて言った。
「ほんとうですか?」
「うん」と芝さんが笑顔で言った。
「ライバル」
「そう、ライバルだ」
私は『小さな君の声』の雑誌を一冊もらった。確かにその子は、年齢も近いし、なにしろその人は私みたいに人殺しではない。きちんとした世界にいる。名前は、『ベートー勉』という面白いペンネームだった。私はその『ベートー勉』の書いた、小説を読むと、ライバルの存在を確かに確認した。
私は家に帰ったらお父さんとお母さんにライバルの事を話すことにした。きっと両親共に喜んでくれるだろう。
家に帰ると両親がすでに夕食を食べていた。
「ただいま」と私は言った。
「おかえり、出版社に行っていたの?」
「うん。実はね、私にライバルがいるの」
「ら、らいばる?」
お父さんは驚いていた。そして、笑った。
「いいなあ。そういう存在はすごく良い存在だ」
「ガーベラにライバル?」
お母さんもそう言った。私は雑誌を見せた。
「『ベートー勉』?」
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ベートー勉は私と同い年の小説家だった。私は芝さんに「ライバル」という称号をもらえた。確かに同じ時期に生まれた小説家だけれど、育った世界が違いすぎて、私はライバルなのかわからなかった。私はただの書くことが好きな人間で、ベートー勉は頭がよくて、育ちもよくて、なにより書くこともダイヤモンドみたいな文章だった。芝さんが
「ライバルができてよかった」と何度も何度も言った。私もライバルができてうれしいかったのだけれど、きっといつかベートー勉は私を追い抜いてはるか遠い流れ星のような存在になるのかもしれない。
そう思うと、私はもっともっともっと頑張らないといけない。この気持ちがライバルを持つ、という感情なのだろうか?だとしたら、ライバルというのは大変いいものだ。
でも芝さんは
「ベートー勉は、君の作品が好きだ」
「ライバルという気配はまるでない」と教えてくれた。
私はそのことをきくと、すごく嬉しくて、まだまだ小説というものが衰退していないんだなあと思う。
ベートー勉は私に会いたいと芝さんから聞いた。私も同い年の作家で、しかも同じ雑誌の出身ということもあり、会いたくて仕方なかった。私は芝さんに
「あの、ベートー勉さんに会いたいです」と言った。芝さんは、
「会いたい?」
「はい。同じ作家で、同じ雑誌出身だから」
「いいけれど、いちおうライバルだからね」
「は、はい」
次の日。私はベートー勉と有楽町駅で待ち合わせをした。有楽町に美味しいお店があるので、一緒に食事でもしながら世間話をしないか?と誘った。待ち合わせの有楽町駅には人があふれていて、この中でベートー勉を見つけられるかわからなかったのだけれど、むこうから私に
「中井ガーベラさんですか?」
とたずねてくれた。
「は、はい。ベートー勉さんですか?」
「そうです」
私は初めてライバルに会う。でもそんな気配は一mmも感じなかった。ベートー勉さんはぽっちゃりとした体型に、黒縁の眼鏡、少し低い声、化粧はほとんどせず、今どきの人ではないような気がした。
「イメージと違いました?」
ベートー勉がいった。
「想像していたよりも、小説家っぽくて安心しました。今どきの子がきたらどうしようと焦っていました」
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私は
「私の経歴、知っていますか?」と聞かずにはいられなかった。私が12才に経験したことは、みなが知っていることなのだろうか?むしろ私以外の人間はみんなわたしのことを知っていて、私だけが仲間外れな気がした。
「知っています。だけれど、中井さんは前向きに生きていると思いますよ。文章にもその痛みが書かれています」
私は12才の時に感じた痛みを確かに「ひゃくめんそか」には託していた。
「そうか・・・」
「なんだか中井さんって会ってみると、ピュアな人なんですね。安心しました」
ベートー勉さんは大きな笑顔になった。
「ベートー勉さん。私はみんなが思っているような人間じゃないんです」
「じゃあ、どんな人間なんですか?」
「説明がつかない人間です。これといった説明なんてないんです。きっと大人になってもろくでもない作家になると思うんです」
「中井さん。ひとりの人間の死を乗り越えるのって、すごく大変なんですよ。一匹の犬が死ぬのだってすごく辛い事なのです。ましてやひとりの人間の死がすべてを変えることだってあります。いのちって考えても考えても説明がつかないんですよ」
私はベートー勉さんの言葉が胸に響いた。
「あ、ありがとう」
「中井さん。中井さんはきっと作家として大成しますよ」
「ううん、大成?なんてありえないよ」
「きっと作家として痛みとか書き続けますよ。私にはないものを。うらやましいなあ」
「人って自分が見えないからこそ、書きたくなるんですよ」
私はその言葉に深く頷いた。
長い小説ですので、
読み疲れたらごめんなさい。