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ほろ酔い留学記

西海の味覚を介した再会

作者: 大浜 英彰

挿絵の画像を生成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。

 その居酒屋の存在を私が知ったのは、大学のゼミ友が切っ掛けだったの。

挿絵(By みてみん)

「一条通を少し行った所に良い雰囲気の居酒屋があるんだけど、そこの名前が面白いの。『さいかい庵』って言うんだ。堺東駅から近いのに『さいかい』なんだよ。」

 堺県立大学から程近い立地条件の賃貸マンションに下宿している私と違い、堺市内の実家から電車通学している蒲生希望(がもうのぞみ)さんは沿線周辺の情報にも詳しい。

 私もスマホで定期的に情報は集めているけど、どうしても漏れは出てくるからね。

 こういう時には友達の有り難みを改めて実感させられるよ。

 ましてや私こと王美竜(ワン・メイロン)は生まれも育ちも台湾で、日本へは留学生として来ているのだからね。

 幾ら義務教育時代から日本語や日本文化を勉強していて読み書きや会話等では一切不自由しなくても、土地勘とか細々とした知識とかはネイティブに遅れを取る訳だし。

 だから蒲生さんみたいなゼミ友の存在には、本当に感謝しているんだよ。

挿絵(By みてみん)

「成る程…堺東駅から近いのに『さいかい庵』ね。そんな屋号を選んだのには、それなりの理由がありそうだね。蒲生さんは何か知っているのかな?」

 私の質問にゼミ友は答えられなかったの。

 しかも個人店だからか公式HPは無いし、各種レビューサイトにも詳しい事は書いていない。

 分からないと余計に気になっちゃうのが人の世の常だね。

 幸いにしてと言うべきか、堺東駅からも件の居酒屋からも程近いミニシアターで、私好みの映画が封切られるみたい。

 これなら、お互いの予定が折り合う日程を選んで映画鑑賞の帰りに寄るのも良さそうだよ。


 そうして次の休日、私と蒲生さんの二人は泉北線に揺られて堺東駅へ降り立ったの。

 明治時代に七尾亭という寄席として開業した堺電気館だけど、今は単館系映画をかけるミニシアターに業態を変え、そのマニアックな上映ラインナップで関西の映画ファンから親しまれているんだって。

 今日だって、「キョンシー大躍進・屍人長征」と「キョンシーパンデミック・張献忠の絶望」というキョンシー映画の二本立てというコアなプログラムを組んでいたんだから。

「しかし、まあ…二本ともぶっ飛んだ内容だったねえ。戦後の中国大陸にキョンシーが現れたり、明末の四川で張献忠に殺された人達がキョンシーとして生き返ったり。幾ら美竜さんが学祭の漫才コンテストでキョンシーに扮してボケ倒したからって、流石にキョンシーの推し過ぎじゃないの?」

「とか言っちゃって、蒲生さんも割と楽しんでいたじゃないの。『屍人長征』で主人公の李勇リ・ユンが少女道士の白梅パイ・メイと打ち解ける場面で涙ぐんでいたの、忘れたとは言わせないよ。」

 蒲生さんにはこう言ったけど、私としては「キョンシーパンデミック・張献忠の絶望」の方がダイナミックで好きなんだけどね。

挿絵(By みてみん)

 主人公陣営の要となる秦良玉と沈雲英の二人の女性将軍は台湾と日本のアクション女優が演じていたんだけど、これが実にカッコいいんだよ。

 善玉の道士が一昔前の香港のカンフー映画で活躍していたベテラン俳優だから、若手アクション女優との対比が一層に際立つんだよね。

「まあ、それを言われたら仕方ないけどね。だって李勇リ・ユンの俳優さん、凄くイケメンなんだもの。だけど来週から封切られる映画の項羽も、凛々しくて美形だったよね。予告編の一カットで痺れちゃったよ。」

「楚漢戦争を舞台にした『ファーストエンペラー・オブ・ザ・デッド〜殭屍始皇帝〜』でしょ、蒲生さん。それも確かに良さそうだけど、同時上映の『殭屍少林寺』は高校の卒業式前日にも観たからなぁ…」

 不老不死になろうとしてキョンシーに変貌してしまった始皇帝を向こうに回した項羽と劉邦の戦いは、確かに製作国である我が台湾でも評判が良かったよ。

挿絵(By みてみん)

 ダブル主人公の片割れである項羽を演じていた日台ハーフの俳優さんは、確かこの映画でブレイクしたんだよね。

 蒲生さんが憧れるのも無理はないかな。

 この分だと、また来週にも堺東に行く羽目になるのかも。

 その時の為にも、晩酌の店選びはシッカリやらないとね。


 そういう訳で、私と蒲生さんの二人は件のさいかい庵の暖簾を潜ったんだ。

「へぇ、これはこれは…」

 内装として施された古民家風の意匠は、店内を木の温もりが感じられる落ち着いた空間に仕上げていたの。

挿絵(By みてみん)

 暖色系の柔らかな間接照明と三味線を主旋律に据えた民謡も、侘び寂びと旅情を否応なしに感じさせるじゃない。

「あっ!これって確か、『長崎ぶらぶら節』じゃない」

「えっ?『長崎ぶらぶら節』って、確か長崎くんちの?」

 中華民国の台湾島で生まれ育った私でも、それが長崎くんちという長崎県に古くから伝わるお祭りで演奏される民謡だという事は知っているよ。

 そしてメニューを広げた時、私達はこのさいかい庵のコンセプトを一目で理解したんだ。

挿絵(By みてみん)

「へぇ、西海市産野菜のバーニャカウダに西海産イカ刺し…『さいかい』って長崎県西海市の事だったんだ!」

 確かに西海市は周囲を海に囲まれた漁師町だから、海の恵みである魚介類を全面に押し出したメニュー構成になっているのは物の道理だよ。

 刺身盛り合わせには五島灘で捕れたブリがラインナップされているし、イカリングフライやカサゴの唐揚げといった揚げ物も拘っているじゃないの。

 あごだし茶漬けに海鮮丼といったご飯物に至るまで、西海市産の食材を推しているんだね。

挿絵(By みてみん)

「驚いたなぁ…アワビステーキや一夜干しにも『西海市産』って書いているじゃない。この分だとお冷ややウェットティッシュまで西海市産で統一されてるんじゃないの、美竜さん?」

「流石にそこまで徹底はしてないと思うよ、蒲生さん。だけど西海市のブルワリー産の地ビールならあるから、まずはこれで乾杯してみない?」

 大学祭の漫才コンテストとは違って私の方が突っ込む事になっちゃったけどファーストオーダーも決まった訳だし、後はお酒と突き出しが来るのを待つだけだね。

 ところが地ビールとイカの塩辛を運んで来た大将は、妙に緊張した面持ちだったんだ。

 別に芸能人でも有名人でもないのにね、私達。

 だけど本当に驚くべきは、ここからなんだ。

「失礼ながら…もしかして王美竜さんですか、田小竜(デン・シャオロン)さんのお嬢さんの?」

「えっ、どうしてそれを?」

 まさか留学先の日本で、お父さんのフルネームを聞く羽目になるなんてね。

 それも初めて入った居酒屋の大将の口からだよ。

「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、今こうして私が居酒屋を営む事が出来ているのも、田小竜さんのお力あっての事なのですよ。」

 詳しく話を聞いてみると、さいかい庵の大将はお父さんの古い知人なんだって。

 私のお父さんは府城物産という台南市の食品会社に勤めているんだけど、今から十年以上前に大阪市の日本法人へ駐在員として単身赴任していた事があるの。

 その時に、当時は回転寿司チェーンの社員だった大将と出会ったんだって。

「田さんは台南市にお住まいで、私は生まれも育ちも長崎県西海市。どちらも海が近くて新鮮な魚介類が豊富に捕れる土地ですからね。国は違えども、意気投合するのに時間はかかりませんでしたよ。」

「はあ、成る程…それで西海市の海産物を推しているんですか。屋号も『さいかい庵』ですし。」

 まあ、平仮名表記で「さいかい庵」としたのは語感の似ている堺の人達へのアピールって意味合いも強いみたいだけどね。

 それで網元の次男坊だった大将は漁業や水産の知識を活かす形で回転寿司チェーンに入社したんだけど、実は「魚介類の美味しい故郷の味を沢山の人に伝えたい。」という夢も持っていたんだって。

 その夢に共感して後押ししてくれたのが、若かりし頃のお父さんだったんだ。

「流石は国際的に手広く活躍されている府城物産の駐在員…懇切丁寧なアドバイスは勿論ですが、様々な人脈を紹介して下さいました。本当は田さんが日本に駐在しているうちに開業したかったんですけど、そう言うと『早まってはいけない!』って我が事のように止めるんですよ。飲食店の競争率の激しさと生存率の低さを説かれた上で、『万一駄目だったとしても笑い話に出来るだけの、充分な余力と退路を用意しておかなくちゃいけない。』って親身になって言ってくれたんです。だから早期優遇退職の話がくるまでは会社勤めを続けて来たんですよ。今となっては、田さんの言う通りにして正解だったと思いますね。」

 そんな大将が私の事に思い至ったのは、駐在員時代のお父さんが事ある毎に娘自慢をしていて、自然と名前を覚えちゃったからなんだって。

 この分だと、きっとお母さんへの惚気も饒舌に語っていそうだよ。

「美竜さんのお父さんも、なかなかの親バカみたいだね。」

「ちょっと…笑わないでよ、蒲生さん!」

 軽口を叩くゼミ友に愚痴りながら、私はスマホでモバイルメッセンジャーアプリを起動したの。

 今日はお父さんも会社が休みだから、真偽を確かめるのには丁度いいよ。

「そうか、無事に開業出来て軌道に乗せられたのか…それは何よりだよ。」

「えっ!?一連の話は本当だったの、お父さん!?」

 素っ頓狂な声を上げる私とは対照的に、スマホ越しのお父さんの声は何とも染み染みとした口調だったんだ。

 恐らくだけど、まだ回転寿司チェーンの社員だった大将と夢を語り合っていた日本駐在員時代の思い出を反芻しているんだろうね。

「世の中って意外と狭い物だね、美竜さん。」

「こういうのが合縁奇縁って言うんだろうな…」

 とはいえ私としては、日本支社で駐在員をしていた若かりし頃のお父さんの思い出に触れられた事は素直に喜ばしいんだよね。

 今度は是非とも、お父さんと一緒に来店したいな。

 その時には、もっと面白い話が聞けるかも知れないからね。

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― 新着の感想 ―
意外なところで自分のお父さんの功績を知ることになりましたね。 自分の父親が家族外の人から褒められると、やはり嬉しいものですよね。
なんとも個性的な映画鑑賞から一転、とても心温まる出会いでしたね。 美竜さんたちは驚いたでしょうけど、大将の緊張した面持ちに、今までの感謝と『再会』を喜ぶ気持ちが表れているようだと感じました。 多くの意…
まさしく「さいかい」満載のお話でした。 お見事です! 様々なイラストが効果的ですね。 コアな映画作品も面白かったです。 美竜さんのお父さんの知り合いと出会ったのも、「さいかい」だと思います。私的にです…
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