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その日の出来事 

 一方は輝かしい過去に胡坐を掻いて油断し、もう一方は強者である相手の隙を狙っての必殺の一撃にかけるための入念な準備をして望んだその戦い。


 人間たちによる大攻勢が始まってしばらく経って、いよいよその戦い、すなわちベンティーユ奪取が本格的に始まる。


 その十四日目。


 ここまでは双方の予想どおり、平行するように北に向けて進むフランベーニュとアリターナ両軍。

 だが、予想外のこともあった。

 進行速度である。

 つまり、アリターナがフランベーニュとほぼ同じスピードで進軍していたのだ。

 もちろん数が圧倒的に違うため、落とす砦の数は違うのだが、そうであってもやはりこれはまったくの予想外。


 少なくても、一方にとっては。


「……生意気なアリターナの猿どもが……」


 アリターナの快進撃を間近で見せられたフランベーニュの将軍アンジュレスが悔し紛れに競争相手をそう罵るが、その言葉に対して天罰が下ったかのように、その直後事態はさらに悪化する。

 なんとアリターナが徐々に前に出始めたのだ。


「我が軍がアリターナに後れを取るだと……」


「ありえん」


 状況を睨みつけ吠えるアンジュレスだったが、冷静にアリターナの戦い方を眺めているうちにその理由に辿り着く。


 アリターナは魔族の砦を半包囲した状態のまま攻撃している。

 つまり、彼らが攻める砦には最後まで逃げ場があるのだ。


 一方の自分たちフランベーニュは完全包囲。

 いつもどおり魔族と名のつく者はひとりも逃さず殺す。

 そうなれば、魔族側もひとりでも多く道連れしてやろうと激しく抵抗するので当然制圧するまでに時間もかかる。


 まさに、あのときにカンポバッソが口にしたことがそのまま戦場で起こっていたのである。


「……このままでは先を越される」


 その呟きどおり、アンジュレスの胸にはこのとき悪い予感が走っていた。


 そして、前に出たアリターナが左、つまり北西側に進行方向を変えるようなことになったら、アンジュレスはそれを危険な兆候と判断し、自らの持ち場を放棄し、さらに損害を顧みることなく強引にベンティーユに向かうか、下げたくもない頭を下げて同僚であるザングルにベンティーユ攻略を依頼していたことであろう。

 もちろんそうなれば、それなりの対価も支払わなければならない。


 ……どうする?


 そして、もう一度忌々しいアリターナ軍を眺めたところでアンジュレスはあることに気づく。

 

 アリターナが進むのは直進、いや、どちらかといえばベンティーユから遠ざかる北東に近い方角。


 ……なるほど。

 ……どうやら、アリターナにはベンティーユを取る気概はないようだ。

 ……当然だな。


 そう心の中で呟いたアンジュレスが目に浮かべたのはベンティーユの重要性を何度も説いた第三王子の不景気そうな顔である。


 ……まあ、これで唯一我が軍の行動の掣肘する要素がなくなり、安心して魔族領の切り取りに専念できるというわけか。


 ……だが、目の前に並ぶ砦は大きく堅牢そうだ。落とすのは相当時間がかかりそうだ。

 ……だが、それはザングルも同じ。ここからが本当の勝負。


「ザングルごときに負けてはいられぬ。奴よりも多くの砦を落とし周辺の耕作地を王太子殿下に献上するぞ」


 アンジュレスはそう言って部下たちに気合いを入れた。

 もちろんこの内なる戦いにも勝利を確信して。


 そして、アンジュレスの左側を進んでいたもうひとりのフランベーニュの将軍クロヴィス・ザングル。

 

「ザングル様。あきらかに我々の方が……」

「……分が悪いか」


 斥候に出していた部下が部隊の最後方で待つザングルのもとに戻って来るものの、どれもこれも良い知らせとは言えないものばかりだった。

 それを一瞬でまとめあげた有能な副官シャルル・ジャラールが苦り切りながら状況を報告し始めると、それを遮るようにザングルは言葉を加えた。


「……そうなります」


 ジャラールは上官の言葉に短い言葉とともに頷くと、さらに報告を続けるために再び口を開く。


「残念ながら。アンジュレス将軍は最初から全軍で砦攻略をおこなっているのに対して、こちらは予備部隊として半数近くを後方に残していますので、数的不利は避けられません」


 ……同じフランベーニュ軍。数が少なければ、当然そうなるな。

 ……もちろんアンジュレスの馬鹿と同じように全軍で砦攻撃をしたいのは山々だが……。

 ……万が一、アリターナがベンティーユ攻略に動き出すようなことがあった場合は、動きが取れなくなる。

 ……そう思い、予備部隊を待機させていたのだ、そろそろ限界……。


 ……これ以上差をつけられれば、カミール殿下に合わせる顔がなくなる。


「……それで、アンジュレスの東方を進んでいるアリターナはどうしている?」

「アンジュレス隊よりもさらに先に進んでいますが……」


「やや東よりに進行方向を変えているとのことです」

「東ということは右にということか?」

「はい」


 ジャラールの言葉を確認すると、ザングルは再び思考する。


 ……我々を出し抜いてベンティーユを狙いにいくのなら、左に動くはず。ということは、アリターナにはその意図はないということか。

 ……アリターナが前に出たにもかかわらず、アンジュレスに動きがないということは、奴もアリターナにはベンティーユを取る気がないと読んだということだな。

 ……では、間違いない。


 ……そういうことなら……。


「我が軍も全軍で砦攻撃をおこなう」


「これまで遅れを取っていた分を取り返す」


「待機している予備部隊に対して砦攻撃に向かうように伝えよ」


 ザングルは胸の中にある不安を吹き払うようにそう言った。


 そして、フランベーニュ軍指揮官たちがベンティーユ奪取を諦めたと判断したアリターナ軍総勢十万人の先陣。


「……どうだ?俺たちが前に出たことに対して隣のフランベーニュ軍に何か変化はあったか?」

「いや。まったく変わらず耕作地切り取りを楽しそうに勤しんでいる。まあ、それは俺たちがベンティーユに向かうどころか、反対方向に動いているので安心したせいなのだろうが」

「まあ、たしかに。それで、手前の……アンジュレスではなく、向こう側の老人が率いる隊の様子はどうだ?」

「あちらは動きがあった。といっても、俺たちがベンティーユから遠ざかったのを見て予備部隊も動員していよいよ本格的に耕作地を手に入れる算段を始めたようだ。これで何かがあってもフランベーニュは簡単にはベンティーユに向けて兵は送れぬ」

「それは上々」


 その先頭でそのような会話をしながらニンマリする者たちがいた。

 もちろん彼らである。


 あの日から、この日のために方々に手を回し、計画には多くの手が加えられた。


 大きな点をいくつか挙げておけば、まず自分たちを軍の一部に紛れ込ませることに成功した。

 もちろん途中で離脱しベンティーユに向かう部隊は単独行動になるのだが。


 さらに軍上層部に提案し、アリターナ軍全体であの計画をおこなうことを基本方針にさせた。


「今回の我々の目的は、交渉のテーブルにつくために形式的にその地を占領したように見せることであって、魔族をすべて斬り倒すことではない。そういうことであれば、包囲する際には必ず退却できる出口と経路をつくり、砦に籠る魔族を誘引する。その地からすみやかにご退場いただくように。もちろん彼らの背を撃たずにそのまま逃がせば、それを見た他の者たちは安心してそれに続きます」


「そうすれば、いつもどおり魔族のすべて狩り倒す戦いをするフランベーニュとの兵力の差は一気に埋まる。さらに抵抗も減るため我々の被害も少なくて済む」


 そのように利点だけを並べ立てて。


 そして、その言葉通り結果として、あのボナール相手にもかかわらず、アリターナの西方侵攻部隊は当初の悲観的な予想を覆すように大きな地域を手に入れることができた。

 だが、それだけではない。

 アリターナは、あることないこと、いや、「ないことないこと」を並べて、フランベーニュに対してさらに多くの地域を要求する。


 もちろん、それらはすべてキエーティたちが用意したベンティーユを落とすための布石。

 そう。

 前者は、突如戦い方を変えた部隊が現れれば、何か裏があるのではないかと疑われるが、開戦当初からアリターナ軍全体がそのような戦い方をしていれば、ギリギリまで計画は露見しない。

 後者は、間違ってもベンティーユの決着がつく前にボナールが前線に現れることがないように足止めを図るというもので、なにひとつ関与していない土地を手に入れられるなどという虫がいいことを本気で考えていたわけではない。


 もっとも、後者に関しては、キエーティたちの心配するようなことはもともとフランベーニュ側の予定にはなく、ボナールは作戦終了後、すぐに王都経由して別の任地に配下の軍とともに移動することが開戦前から決まっていたので、実をいえばこれは不要な一手だったのだが、そこまでの事情を知らぬ彼らには不安解消のためのセーフティバルブの意味を持つそれをおこなうことは絶対に必要だったともいえるのだろうが。


 さて、目的の場所から遠ざかるような進軍ルートを取る彼らだったが、その注意力のすべては逆方向に向いてた。


「それで、アベラルド。見つかったのか?ベンティーユに進むための最善の道は?」

「一応は……」


 カンポバッソからそう尋ねられたキエーティは歯にものが挟まったような言葉を返す。


「現在抜けつつある横一線に大きな砦が並ぶ防衛戦の裏側に整備された東西に延びる道。おそらくここがベンティーユに辿りつくには一番よい。だが、そこではフランベーニュもすぐに気づく。下手をすれば、慌てた奴らは損害を顧みず砦をひとつだけ抜いてこちらに殺到してくることだってある。だから、できるだけ我々の動きが感づかれるのは遅くしたい。少々遠回りにはなるが、さらにもう一列後方から進むことにしよう」

「わかった」


「それと、もうひとつ」


「進むべき道はどうやら一本。計画では数隊に分けて行動するはずだったが、まとめて進むしかない。まあ、我々の手元にはかき集めた魔術師を含めても五千人程度しかいないのだ。構わないだろう」


「そうだな。では、準備に入る」

「カンポバッソ……始めるにあたっての餞の言葉だ」


「言っておくが、このベンティーユ奪取はアリターナにとってついでのようなものだ。我を張って死ぬようなことになっても笑い物になるだけであることは忘れるなよ」


 親友でもあるキエーティからの言葉。

 それに対してカンポバッソはニヤリと笑う。


「そんなことわかっている。危なくなればすぐに逃げ帰るから心配するな。それよりも、成功した場合のための増援はしっかり準備しておいてくれ。せっかく一番に辿り着きながら兵が足りずベンティーユ落とせなかった、それどころか後からやってきたフランベーニュの奴らに奪われるようなことになれば目も当てられないからな」

「そこはマナネッロがやっているのだ。抜かりはないだろう」


「それで、ベンティーユ奪取への行動開始は……」


「フランベーニュのふたつの部隊が、全力で砦攻略を始めた瞬間。その時となる」

「承知した。では、配置につく。吉報を待っていろ」


「ああ」


 そして、念入りに小細工を施してベンティーユ奪取に向かったカンポバッソ率いるアリターナの別動隊だったが、その動きがフランベーニュ側に届いたのは彼らの想定よりずっと早いものだった。


「アンジュレス様に報告……」


 最も東よりの砦攻略を指揮していた部下ディノ・レバンが、五千人ほどのアリターナ兵がものすごい勢いで西に移動しているのを発見し、それを急報として伝えてきたのだ。

 続いて、その報が正しかったことを証明するかのように自分たちが攻めている砦の遥か後方に東から西へ進む集団が巻き起こす土煙が確認できる。


「レバン様より、砦攻撃を中止しアリターナ隊を追いかけるべきかを確認してくるように申しつかっております」


 第一報を伝えてきた少年兵はそう言葉をつけ加える。

 これは間違いなく、形を変えた意見具申である。


 今なら追い越し、先にベンティーユに到着できる。

 追走すべきという。


 ……言われなくてもそんなことはわかっている。

 ……わかっているが……。


 そう。

 アンジュレスは迷っていた。

 あれだけ念を押されたのだ。

 当然ここはどこか一か所の砦だけに攻撃を集中しそこを抜いたところでベンティーユへ向かわなければならない。

 だが、簡単にはそれに踏み切れない。

 言うまでもない。

 それによって失うものがあまりにも大きかったのだ。


 ……ここで、砦攻略を放棄してアリターナを追えば、現在の場所はそっくりザングルの手に落ちる


 ……何かいい手はないか。


 そして、自分の都合のいいように考え始めたところで、あることに気づく。

 そう。

 アリターナの兵の数だ。


 ……五千人程度の兵では周辺の砦を落としながら進めば、たとえベンティーユに辿り着いても。それまでに兵は半数になっている。

 ……その程度でベンティーユが落とせるはずがない。


 ……つまり、このまま砦攻撃を続けていても問題ない。


 アンジュレスはニヤリと笑う。


「レバンに伝えよ。攻撃は続行する。ただし、増援としてさらに西に行く部隊を発見した場合はすぐに連絡するように」

「ご指示は砦攻撃を続けるということですね。承りました」


「……アンジュレス様」

「心配するな。アリターナはベンティーユを落とせない」


 伝令がレバンのもとに向かって走り出すのを確認すると、副官アドリアン・マルマンドは心配そうにアンジュレスに声をかけるが、アンジュレスは右手を上げてそれを制しながらそう言い放ち、さらに周囲に聞こえるように声を張り上げる。


「あれだけの土煙が上がればザングルの部隊もアリターナがベンティーユに向かったことに気がついただろう。それに奴らはアリターナの兵の数までは把握していない。慌てて動くのは間違いない。全軍で。そういうことなら、ベンティーユに手をつけるのは奴らに任せて、我々はこの砦と耕作地の手に入れることにしようではないか。ついでに、奴らが手放すことに決めた耕地もありがたく頂戴しようではないか」


「攻撃を続行せよ」


 だが……。


「ザングル様。アリターナ軍の辺りから西に向かうように土煙が移動しています」

「……そのようだな」


 自らの部隊がアンジュレス隊のやや後方の一帯に並ぶ砦を一斉に攻撃し始めたところで、その連絡を受けたザングルは顔を顰める。


 ……もう少し全面攻勢の命令を遅らせればよかったか。

 ……だが、後悔しても始めてしまったものは仕方がない。


 ……問題は……今後だ。


 ……もちろんここで攻撃をやめて最短距離を進めば奴らより早くベンティーユには辿り着くだろう。

 ……だが、そこまでに攻撃を受けて多くの兵を失う。

 ……しかも、ベンティーユにいる魔族がどの程度かわからない以上、全軍で向かわなければならない。

 ……つまり、現在始めたばかりの砦攻撃をすべて放棄しなければならない。

 ……しかも、我々が動けば、当然アンジュレスはベンティーユには向かわず、我々が放棄したこの砦を手に入れようとする。

 ……どこをとっても馬鹿々々しいかぎり。

 ……ん? 


 そこまで思考を進めたところで、ザングルはあることに気づく。


 ……我々が動けばアンジュレスが動かない?それはたしかにそうなのだが、逆に我々が動かなければどうなる?


 ……言うまでもない。

 ……奴らがやるしかない。

 ……都合の良いことに我々よりアンジュレスの部隊のほうが前に出ており、ベンティーユには近い。


 ……こういうものは近い者が動けばいいのだ。


 ……つまり……。


 ……そういうことだ。


 ザングルはニヤリと笑うと口を開く。


「心配するな。我々が気づくということはアンジュレスも当然気づいている。しかも、奴らのほうがベンティーユに近い。なんとかするだろう」


「よろしいのですか。第一目標はベンティーユだとダニエル殿下に念を押されているのです。万が一にもアリターナに出し抜かれることはあってはなりません。ここはやはり兵をベンティーユに差し向けるべきではないでしょうか」

「まあな。だが……」


「いったいどれほどの数を送り込めばいいのだ?ベンティーユを守る魔族兵の数がわからないのだぞ」

「では、全軍を……」

「できるわけがないだろう」


 副官シャルル・ジャラールメをその言葉で黙らせると、さらに少しだけ思案したザングルはもう一度口を開く。


「心配するな。アンジュレスは必ず動く。いや。動かざるを得ないのだ。まずは奴が先陣を送り、我々は周辺の砦をすべて落としたあとにゆっくりと後詰としてベンティーユに向かうことにしようではないか」


「ベンティーユ奪取の功績はアンジュレスに譲る。ただし、我々はこの耕作地帯をすべて手に入れる」

「つまり、奴は名誉を、そして、我々は実を手に入れる。どちらにとっても悪くない話ではないか」


「ということで……」


「全軍へ伝えよ。砦攻略を続けろと」

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