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鶏小屋を改築したぞ

 その後、すっかり艶々のぴかぴかになったカードを受け取って、私はアトリエをあとにした。

 本当は実家に戻るつもりもなかったけど、たっぷり二時間アトリエに籠っていたせいで衣服に染みついてしまった匂いを取るのに(恐らく御者さんにギョッとした顔をされなければそのまま帰っていた可能性はあった)、ちょっとだけ顔を出しておいた。


「おお、メオ。見ろ、ムウマ伯爵家から頂いた支援金で鶏小屋を改築したぞ」

「あらメオ。ブリムさんのとこから夏ミカンお裾分けしてもらったわよ。一個か二個持っていったら?」

「メオ。アトリエ行ったんだろ? 俺が頼んでおいた椅子の修繕どうなってた?」


 久しぶりに会う両親と兄はなんの変りもなく、ついいつもの癖で自室に引きこもりそうになってしまう自分がいる。

 挨拶もそこそこに着替えと清拭だけ済ませてそそくさと家を出たのは、長居しすぎると帰るのが億劫になってしまうからだ。

 居心地のいい、私のホーム

 ……番犬に吠えられたのはショックだったけど。


『私、別にフィオ様のこと好きでもないし』


 帰りの車中、私の何気ない一言に意外なほどショックを受けていたミスターの顔を思い出す。

 ううん。そんなに変なことを言っただろうか。

 貴族同士の結婚なんて、そんなものじゃないのだろうか。


 そりゃあ、条件だけ聞けば超ラッキーだろう。

 お相手は由緒ある伯爵家の御当主。見たこともないような美顔。生真面目で誠実。姑は親身で優しく、自由を尊重してくれる。

 これでケチなんてつけようものなら、誰にシバかれても文句は言えない。


 だけど、さ。

 それで相手に恋愛感情を持てるかっていったら、それはまた別の話だよね。

 だって私、別に面食いじゃないし。

 それに――。


『よく来てくれた』


 そんな風に、渋めのイケメンボイスで私を迎え入れてくれたフィオ様が、私のことを見ていたようには思えなかった。

 会話をしていても目は合わないし、ほとんど家の中の実務的なことしか喋らない。私はいまだに、フィオ様の好きな食べ物も好きなお酒も知らない。

 

 私のことを気遣ってくれるのは、一人の人間として尊重してくれるからだ。

 それがフィオ様の美徳であることは間違いない。世の中、そんなことすらできない人間なんてざらにいるのだから。

 けれど、それは私以外の人間に対してだって同じこと。


『我が家の事情に巻き込む形になってしまって申し訳ない』


 そう。結局のところ、今回の結婚は、ただただムウマ家の事情にミレオ家が巻き込まれただけのことなのだ。それ以外の理由もなければ、それ以外の意味もない。

 フィオ様だって、条件に合致する貴族令嬢が他にいれば、その人と私を比べて私を選ぶ積極的な理由なんてないだろう。


 ただ、だからこそミレオ家にとっては大きな意味がある。


 あそこの荒れ道を整備できたんだ、と嬉しそうに語っていた兄の顔。

 道すがら見かけた、見たこともない水車小屋。

 馴染みの農家の牧場には、頑丈そうな柵。

 常にかつかつの状態で回っていた領内のあれこれが、私の婚姻一つのおかげで大分余裕を持つようになった(だからと言って私腹を肥やす方向に金を使えないのは、我が家の血筋に染みついた悲しき下っ端根性の業だ)。


 そうだ。私に選択肢なんてものはない。

 覚えたくもない上位貴族の相関図も。

 身に着けたくもない立ち居振る舞いのマナーも。 

 占いという単語が出る度に向けられる忌々しそうな視線も。

 私は、全て受け入れなければならないのだ。


 私を育ててくれた家族のため。

 それを支えてくれた領民のために。

 だけど――。


『そっか。そうなのね。でもね、メオ様――』


 いつになく優しい表情で、私にカードを返してくれたミスターの声が脳裏によぎる。

 荒れた指先で、私の肩に手を置いてくれた。


『きっと、メオ様自身が幸せになる方法も、あると思うわ』


 そうかな。

 そうだといいな。


 カバンから木箱を取り出し、すべすべの肌触りに戻ったカードを手に取ってみる。    

 シャッフルした時の感触が心地よい。

 ウサギの絵柄の裏面を撫でて、目を瞑り、一枚引いてみる。


 片耳が垂れた黒ウサギ。目の前に積み上げられたキャロットの山はどこか精彩を欠いて見え、その内の2本を掲げ持つウサギの瞳も、どこか不安げ。


『9本のキャロット』の逆位置。


 あんまりいいカードじゃないけど、ネガティブになりすぎな自分に注意しましょう、ってところかな。

 そうだね。一人の時間は大切だけど、あんまり暗くなっちゃうのも考え物かもしれない。

 まあまあ、そのうちいいことあるかもしれないし。というか、別にフィオ様のことが好きでもないってだけで、嫌いなわけでも、苦痛ってほど嫌な暮らしなわけでもないし。


 それに、明日はいつものマナーレッスンに加えて、シノン様のお出迎えの準備をしなくてはいけない。考えることは山積みなのだ。

 とりあえず帰ったら、日頃のシノン様の情報をあれこれビスク様にお聞きしなくては。

 そんなことをつらつらと考えながら、私は馬車に揺られ、夕刻のムウマ家へと帰り着いた。



「ああ、お帰りなさい、メオさん。日帰りじゃあ疲れたでしょう。今日は特別にブランマンジェを用意してあるわ」

「私、ムウマ家に嫁いで幸せです!」

「まあ、良かった! さあさ、着替えていらっしゃいな」



 なーんてオチもありつつ、私の里帰りは終了したのだった。



 …………それでいいのか、私。


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