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来世に期待です

 予定通りに馬車は進み、猫の額のようなミレオ男爵家の端、大河の支流の支流がちょろちょろと流れる川沿いに建つ職人のアトリエに、私は辿り着いた。


「こんにちは~。メオです~」


 どっしりとした構えの石造りの建物の扉を開けた私を、木屑と獣脂と塗料と薬剤と、その他よく分からないものが混じり合った独特の臭気が迎え入れた。

 一瞬で鼻が麻痺する、懐かしい感覚。

 そして――。


「あっら~。メオ様、お久しぶりね~!」


 腹の底に重く響くバリトンボイス。

 私の胴体程はありそうな二の腕を剥き出しにした逆三角形の上半身。

 艶めくフォレストグリーンの髪を高く結い上げた大男が、奥の部屋から這い出てくる。


「お久しぶりです、ミスター。手紙届きました?」

「ええ。カードのコート剤よね。今しがた準備できたところ。グッドタイミングよ」


 バッサバッサの睫毛でキュートなウインクをかますこの職人の本名や出自を、私はよく知らない。

 一応は国に認可された工業ギルドに所属していながら、なぜこのような辺鄙な土地にアトリエを構えているのかも。

 家具でも工具でも農具でも、頼めばなんでも作ってくれるその技術をどこで身に着けたのかも。

 なぜその見た目で女でも使わないような女言葉を使っているのかも。


 ただ、幼い頃より、暇つぶしだったり、実家の手伝いから逃げたり、困りごとを相談しにきたりと何かにつけて足を運んでいたこの場所で、他の人たちから『ミスター』と呼ばれているのに合わせてそう呼んでいるだけだ。


「今日はお一人ですか、ミスター?」

「ええ。おとつい、大型馬車(キャラバン)の特注が入ってね。みんな材料の調達に駆り出されてるわ」

「キャラバン」


 おいおい。その内お屋敷でも作り始めるんじゃないか、このアトリエ。


「それにしてもメオ様。しばらく見ないうちにすっかり貴族令嬢みたいになったじゃない。姿勢が全然違うわよぉ」

「いや元から貴族令嬢ですけどね」

「普通の貴族令嬢は、こんなむさ苦しい場所に顔パスできるまで通ったりしないわよぉ。でもホント、ちっちゃい頃からウチに遊びに来てたメオ様が、とうとうお嫁に行っちゃうなんてねぇ。私も歳取るわけだわ。なんて言ったかしら、嫁ぎ先のお貴族様は。何回聞いても忘れちゃうのよねぇ。あなたまさか、そっちでいびられたりしてないでしょうね。何かあったら直ぐに頼り寄こしなさいよ。相手が誰だろうが、この私がとっちめてあげるから」


 そう言って剥き出しの二の腕をバシン!!! と力強く叩いたミスターに、私はもう三回目くらいの回答を返す。


「ムウマ伯爵家ですよ。先代大法官のご子息です」

「メオ様。あなたならどこででも立派にやっていけるわ。私の助けなんてもう必要ないわね」


 そりゃそうですわな。

 いや、逆にじゃあどこまでの貴族なら殴り込みに行けるのか気になるところではあるけれど。

 久しぶりの下らない雑談を交わしつつ、私は持参したカードデッキをミスターに差し出した。


「はい。お預かりします。どうする、メオ様? 塗るのと乾かすので、二時間くらいはかかると思うけど。ミレオ家には顔出すんでしょ?」

「ううん。ちょっと中見てていいですか?」

「もちろんよ。ごゆっくりどーぞ」


 カードの状態をチェックしているミスターをよそに、私は久々に訪れた職人たちの巣をしげしげと見回した。

 ううん。変わってないなあ。

 いや、置いているものは来るたび違っているけれど、この雰囲気。

 整然として綺麗な箇所と、ものが乱雑に放り出された箇所。作りかけの農具。補修途中の家具。子供向けの玩具。何故か頭蓋骨の模型。色とりどりの瓶。壁に貼り付けられた注文書。


『ミスター! 私が占いやってあげる!』

『あら~。メオ様。それじゃあ私の素敵なダーリンにはいつ出会えるのか占ってもらいましょうかぁ』


 今でも思い出せる。

 私が家族以外で最初に占いをやったのが、この場所と、ミスターだった。


『分かりました! ミスターの素敵な人との出会いは、来世に期待です!』

『言いやがったなこのクソガキ!!』


 カウンターテーブルの向こうで、ミスターの野太い腕と指が、実に美しい動きで刷毛を操り、カード一枚一枚を丁寧にコーティングしている。

 異臭だらけのアトリエの中にまた一つ増えた、ツンと鼻を刺す刺激臭。

 確かに、こんな場所に好き好んで出入りする令嬢なんて、私くらいのものかもしれない。


「お屋敷での暮らしはどぉお、メオ様」

「うん。シャンデリアがすごい豪華」

「あっはっは。流石メオ様ねぇ」

「家の人たちはみんないい人ですよ? 使用人の方たちも親切で」

「肝心の旦那様はどうなのよ」

「顔がキレイ、かなぁ」

「他には?」

「ううん……」


 今は塗り終えたコート剤を乾かす時間なのだろう。

 器材の後始末をしているミスターがあれこれ聞いてくるので適当に返事をしていると、なんとも答えにくいことを聞かれてしまった。


 まあ、素直に全部話しましたけど。

 旦那様が重度の潔癖症なこと。

 公明正大を絵に描いたような人柄。

 適度な心遣いと、厳しいマナー講義。

 それと、私の占いを快く思われていないことも。


「あら~。それは困っちゃうわねぇ。折角素敵な趣味なのに」

「お義母様には好かれちゃってるから余計複雑で」

「それはホントに良かったと思うわぁ。姑さんと上手くいくかどうかが、結婚生活の鍵よ……誰が結婚経験もない独り身のオカマ野郎だって!?」

「言ってない言ってない言ってない」

「まあ冗談はともかく、そのうち旦那様にも理解してもらえるといいわねぇ」

「ううん。まあ、それは別にいいかな、って感じですかねぇ」

「あら。どうして?」


 え? そりゃ、だって――。



「私、別にフィオ様のこと好きでもないし」




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