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8.屋敷で待ってる兄がいるので

 帰りの馬車で今日あったことを振り返っていた。

 一番のイベントを終えた今、出かける前の緊張っぷりが我ながら面白い。

 兄にも迷惑をかけたなと思っていると、ふとあることを思い出した。

 

「レイにかわいいって言われたの初めてね」

「……は?」

「出かける前よ、いつもどおりかわいいって言ってくれたじゃない」

「んー……」

 

 レイも相当緊張していたらしい。考え込んでやっと思い出した様子で何回か頷く。


「……言った。言ったな」

 その驚いたような気の抜けそうな顔が面白くて思わず笑ってしまう。

「レイにも緊張で何言ったかすぐに思い出せないなんてことがあるのね」

 小さく笑い声を混ざりながら言うと、レイは顔をしかめて、そりゃあな、とだけ答える。

「シャルは、オレになんて言ったか覚えてるのか」

「……え? かっこいいって言ったわよ」

 私の返答にレイは複雑そうな顔をする。

「シャルもオレにそんなこと言ったことないじゃないか」

「そうね。いつも思っていることだけど、ちゃんと口に出すのは初めてかもしれないわね」

 レイの顔が驚きに染まる。何かを考えるように目が泳いでいる。

「どうしたの?」

 すこし顔が赤い気がする。顔をのぞき込んで聞くと、レイは何か言いたそうに口を開閉させる。

「オレだって、緊張しすぎでいったわけじゃなくて……」

「え?」

 馬車が止まる。レイは意を決したようにまっすぐ私を見た。

 レイが何か言おうとしている。私もレイを見つめて言葉を待つ。


「オレも、いつだって」


 そこで馬車のドアが大きくノックされ勢いよく開いた。


「おかえりなさい。シャル!」

 兄だ。兄は私たちの顔を見てにっこりと笑った。

「うん。邪魔をしたようだね。よかった!」

 レイは額に片手を当てて、ため息をついた。小声で私に、また今度な、と言って兄のほうを向く。

「せめて喜びを隠してくれ」

「嫌だよ。私は素直なんだ」

 レイと兄は軽口をたたきあい始める。兄はこういう時が一番生き生きした顔をしていると思う。儚げな“菖蒲様”の影も形もない姿だ。

 

「シャル、おかえり」


 兄が私に手を伸ばしている。私は兄の手を取って馬車を降りた。


「ただいま、兄さま」


 兄の心底嬉しそうな顔に思わず笑ってしまう。

「そんな少し出かけていただけじゃない」

「それでもシャルが帰ってくると安心するんだよ」

 

「……いちゃつくなよ」

 隣にいたレイが小さくため息をつく。兄はレイのほうを向く。

「これくらい言えるといいな?」

 兄がそう言うとレイは悔しそうな顔をしたが、レイまでこうなられたら少し困る。

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