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22.許せない私がいるので

「それは普通だ」


 レイが果実水を豪快に飲み干して言った。パトリシアが経営を任されているカフェ。個室もあり使いやすく、よくレイや兄と出かけた後に使っていた。

 今日も陰鬱な気分を晴らすためレイと買い物に出た帰りだ。


 ********


 あの日倒れた兄は、あの後、診に来てくれた医師に傷がふさがるまでしばらくベッドから起き上がるなと言われた。傷と疲労が重なったせいか、高熱が続き、こちらも生きた心地がしなかった。

 体温が高い状態で食事も満足に取れず、果実水にとろみをつけて何とか飲ませた。


 三日ほど意識がもうろうとしている状態が続き、不安でどうしようもなかった。


 四日目の夕方、やっと熱が引いて、会話ができるくらいになった。


 兄を呼びかけると、こちらをみて弱弱しく笑った。

 

「シャル、朝ご飯は、食べたかい?」


 力が抜けた。誰かの咳払いが聞こえる。

 なぜ、ご飯。なぜ、私の心配。なぜ、朝ご飯。


「兄さま……私の心配はいいから。しっかり休んで治して」


 私は笑顔を作ってそう言って、部屋を出た。

 あぁ、そうだ。兄はこういう人なんだ。

 部屋に戻ると、少し涙が出た。

 

 兄の意識が戻ってうれしかったはずなのに、兄の言葉を聞いたら、作り笑顔しかできなかった。

 それが、たまらなくショックだった。

 

 ********

 

 その話をレイにしたら、この普通だとの回答である。


「というか、オレもかなり怒ってるぞ。今回のこれは」


 兄はその後順調に回復して、ベッドから起き上がる許可も出た。今では少しずつ体力を戻す訓練をしている。

 レイと出かけてくると言うと、少しうらやましそうな顔をしたが、すぐに行ってらっしゃいと笑って送り出された。


 最近、兄とは距離がある。大部分は私のせいだ。


「……でも、兄さまの怪我だってわざとじゃない。隠してたのだって私のことを考えて……それなのに私は、一人で怒って」


 考えがまとまらず、とりとめもなく話しているが、レイは何度も頷いて聞いてくれている。


「兄さまは心配されたくないのかもしれないけど……」


 そこまで言うとレイは言葉を選ぶように口を何度か小さく開閉した。

 

「デイヴィットなりに、シャルを想っての行動ではあっただろうな。……でもそれでシャルはどう思った?」


 レイに言われて少し考える。

 あの傷を見た執務室を思い出す。

 あの時確かに、心配が怒りに変わった。

 不満が苦しみに変わった。

 憧れが寂しさに変わった。

 

 けれど、一言で表すなら。

 

「……悲しかった」


 レイは私の答えに、頷く。


「それをあいつにぶつけてやればいいよ」

「え?」

「今まで、兄妹喧嘩なんてしたことないだろ」


 ぽかんとした顔をしているだろう私に、レイは笑う。


「言いたいことを全部言って、言われて。喧嘩して。そんで一日寝たら終わりだよ」


 兄妹なんてそんなもんだよ、レイはそう続けた。

 

「オレもデーブとは結構喧嘩したけど。大体そんなもんだっただろ? 大体最後はシャルが泣くか、寝たら終わり」

 

 いつの話をしているのか。

 そしてレイと兄は兄弟ではない。色々思うところはあるが、レイは四人兄弟の末っ子だし、兄とも兄弟のように育っている。兄弟喧嘩はかなり先輩かもしれない。というか喧嘩前提にはしたくない。

 

 よくわからず、いまだ呆けている私に、お菓子も食べようとメニューボードを見せてくる。


 レイがクッキーの盛り合わせ、私がタルトを頼んだ。


 レイが店員と話している間、メニューの一番上、季節の果物を使ったケーキに、ベリーのチーズケーキを見つけた。

 どちらも兄の好物だなと思った。

 じっと見ていた私の視線の先に気が付いたレイが、持ち帰り用にチーズケーキを二つ頼む。


「喧嘩のあとは甘いものがいい」


 私と兄がこの後喧嘩する前提で話を進めているのがおかしくて笑う。

 けれど、レイは一つ勘違いしている。

 退室しようとした店員を呼び止める。


「チーズケーキは、二つじゃなくて三つでお願いします」


 にっこりと笑い、了承の意を示してから個室を出て行った店員の後姿を少し目で追って、レイの方に視線を戻す。


()()()()()はレイもいないとね」


 そう言うと、レイは楽しそうに声をあげて笑った。

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