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21.怪我を隠した兄がいるので

 襲撃から四日。グレンと祖父は無事に帰宅の途についた。


 昼食会の準備に事後処理、首謀者の調査など、目が回るほど忙しい。

 私も兄と一緒に執務室に籠り、書類の処理に追われていた。

 昨日の夜からレイも手伝ってくれている。


「おい、デイヴィット、そろそろ休め」


 目の下にひどいクマを作った兄へ、レイが今日、五回目の声をかけた。

 

「……大丈夫だ」

「いや、大丈夫じゃない。この書類のサイン見てみろ」

「なにかおかしいか」

「おかしいに決まっている。シャーロットの名前を書いているぞ」

「は?」

「は、はこっちのセリフだ。寝ろ」

 思わず書類をのぞき込む。サイン欄に兄の字で私の名前が書かれていた。

 ほかのところにも誤字や脱字が見られる。これは相当訂正が必要だ。


「兄さま。休んだほうがいいわ。せめて一時間だけでも仮眠をとってきて」


 私がそう言うと、兄は少し悩んでから頷いた。

 しぶしぶと言った様子で立ち上がった次の瞬間、兄が視界から消え、何かが床に打ち付けられる音がした。

 兄が倒れたのだ。


「兄さま!」

「デイヴィット!」


 兄に駆け寄り、心音と息を確認する。気を失っているだけのようだ。

 顔色がさっきよりも数段悪い。貧血のような状態なのだろうか。

 頭を打っている様子はない。


「医者を頼んでくる」

「お願い」


 レイが部屋を出ていく足音を背に、兄の首元に触れる。異常に熱い。呼吸も荒いように感じる。

 体勢をうつ伏せから横に変えた。兄の首元のタイやボタンをはずして呼吸をしやすくしたところで、兄の脇腹辺り、白いシャツに血のようなものがにじんでいることに気が付いた。

 

 ――倒れたときに打った?


 シャツのボタンを外す。


「え?」


 兄の体には肩から腹にかけて、包帯がぐるぐると巻かれていた。胸のあたりから右脇腹にかけて斜めに血が濃くにじんでいる。

 

 ――剣の傷だ。

 

 そう思い至り、腹の奥がすっと冷たくなった。

 こんな傷を受けるタイミングなんて決まっている。

 

 今この時点でこれほど出血をしているのだ。耐えがたいほどの痛みだったに違いない。

 それを黙って、私たちと同じ、いやそれ以上に動いていた。

 後悔が波のように押し寄せる。

 気が付けるタイミングはいくらでもあっただろう。

 

 腕だけだと、言っていたのに。

 かすり傷だと、言っていたのに。


 後悔と怒りが少しずつ混ざり合っていく。


「うぅ……」

 

 兄の苦しそうなうめき声で我に返った。

 自分の太ももを強く叩き、気持ちを切り替えた。


 手伝いに来てくれた使用人たちに指示を出し、兄をベッドに寝かせる。


「お医者様を待ちましょう」


 使用人を下がらせて、ベッドの近くに腰かける。


 ――兄さまが、治ってから。治るまでは、ちゃんと。

 

 沸いて出た想いに、重い蓋をして心の奥にしまい込んだ。

 直視するにはまだ覚悟が足りない。

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