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座敷童

作者: 皐月

 『千子ちゃん』


 顔の傷が特徴的な父親に似ても似つかないほど綺麗な息子が十三歳になった時、父親は息子に妹がいることを告げた。

 息子は父親の言葉を疑わず、祖父が遺した家に引っ越した。

 その家は山奥にあり伝統的な木造建築であるが、まるでお化け屋敷のようにぼろぼろだ。

 息子は父親とともに家の中に入ると奥に進み、鬱蒼と湿気が多い部屋に案内され襖を開けると畳の上に座布団を敷いて妹が座っていた。

 妹はおかっぱの髪にひな人形のように綺麗な着物を着ていた。


 「俺が許可するまでこの部屋から出るな」


 父親はそう言って部屋から出た。

 息子は父親が部屋から出て少し待った後、妹に近づいた。


 「ねぇ、初めまして。僕は君のお兄ちゃんだよ」


 「——」


 「君はなんていうの?」


 「——千子」


 「千子! いい名前だね!」


 千子はまるで座敷童のように表情を変えず無機質に頷いた。

 息子は千子の肩に手を乗せると千子は眉間に皺を寄せ、それに気づいた息子は咄嗟に離した。


 「ご、ごめん。つい嬉しくて……」


 「——いい」


 千子はただそれだけを口にした。


 それから三週間息子は千子と父親の三人で生活した。息子と千子はあの部屋に父親が許可するまで中で過ごし、食事の時だけ部屋の外に出された。

 しかし、許可されるのは息子だけで千子は夜以外は部屋の中にいた。


 食事中、息子は父親に聞いた。


 「お父さん。どうして千子は僕たちと一緒に食べないの?」


 「——あぁ、それはお前には妹と言ったが、この家には座敷童がいるんだ。じいさんが遺言でこの家の住んでいる座敷童を一人にするな。祟られると言われて引っ越したんだ」


 「そうなんだ。じゃあ千子は座敷童?」


 「あぁ、お父さんは子供の時は見えていたが今では見えない。見えるのはお前だけだ。座敷童のことは内緒にな。あと座敷童は神様のように大切に触れたりじっと身体中を見渡したりしないように。分かったか?」


 「はい。お父さん」


 息子は元気に返事をした。

 食後息子は千子の元に行く。


 息子は本を持って千子の前に座ると自慢そうに見せた。


 「千子。本は好き?」


 「————」


 千子は首を左右に振る。息子はその反応を見て本を渡した。


 「この本読んでみて。とっても面白いよ?」


 千子は本をしばらくみた後、息子を一度だけ見て本を受け取り読み始めた。息子は千子をじっと見つめる。

 そして息子は千子の耳の上の髪がまるで殴られてできた傷があることに気づく。


 「千子。その頭の傷は?」


 「あっ——」


 千子は咄嗟に傷を隠す。


 「タンスに、頭をぶつけました」


 「そう、大丈夫?」


 「大丈夫です……」


 千子はその言葉を最後に何も発さなかった。

 それから桜が二度咲き二度散り息子は十五歳となった。そして紅葉が主役の季節になって二週間後父親が亡くなった。

 息子は父親が遺した葬儀から火葬までの手順に則ったおかけで簡素ながらもそこまで大変なものにはならなかった。


 千子は背丈がだいぶ伸び、髪も腰までのびお腹周りが少し運動不足のせいか太った。息子は千子の部屋に行く。

 千子の部屋は相変わらず質素なもので寂しいものだった。


 「ねぇ、千子は何も欲しくないの? 部屋が寂しいよ?」


 「——欲しいもの」


 「うん」

 

 「要らないです」


 「でも……」


 「要らないです」


 千子はそう言うと息子を部屋から追い出そうとする。しかし、息子の方が力があったためすぐに息子に掴まれた。


 「——ひっ」


 千子は息子に手を掴まれた瞬間腕で頭を守る。それも怯えた様子で。息子は千子の反応で少し混乱する。

 千子はガタガタ震えながらその場で小さくなる。


 「——ご、ごめん。何もしないから」


 息子はそう言って部屋から出た。そして夜になって息子は食事を持って部屋の中に入った。すると千子は息子から顔を逸らした。


 「あの、千子。朝のことは本当にごめん。だって欲しいものをお願いしてくれなかったし。確かに僕はお兄ちゃんとして不十分なのかもしれないけど、お兄ちゃんとして君のために何かしたかっただけなんだ」


 「わ、私こそ、ごめんなさい」


 「謝らなくても良いよ、千子」


 「私こそ、お兄さんが本を貸してくれたり、こっそりボードゲームして遊んでくれたり、お話ししてくれたり。色々してくれたのに図々しいと思っていたので……」


 「図々しくないよ。だから、何かお願いがあれば言ってね。外に行きたいとか」


 「——お外」


 千子はそれからまた何も喋らなかった。


 次の日、息子が起きて台所に向かうと机の上に書き置きがあった。

 そこには『お外をお散歩しに行ってきます 千子』と書かれていた。息子はこれをみて少し嬉しくなる。


 「ようやく何かに興味を持ったのかな。書いてないけど多分近くを歩いているだけだろうし昼ごはん用意するか」


 息子は意気揚々に昼まで過ごし、父親の部屋の整理をしているときにテレビがあることに気がついた。


 「テレビ、見ていなかったな。お父さん僕にはテレビ見せてくれなかったしずっと」


 息子はテレビのリモコンを探し電源を入れると何やらニュース速報とあった。

 それは二年間行方不明だった少女が無事保護されたニュースだった。

 そしてその少女の顔が千子そっくりで、そのせいか息子は安堵の息を漏らす。


 「見つかって良かったね。あの子に兄弟がいたのならすっごく嬉しいだろうし」


 息子はテレビの電源を消す。


 「今日は千子が好きな親子丼にしよう」


 息子は千子が何かに興味を持ってくれたからか嬉しそうな足取りで台所に向かった。

 その日を境に、息子は座敷童を見ることはなかった。

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