8 召喚理由
8 召喚理由
いつその日を迎える事になるのかは分からない。が、
この異世界はミリムという世界を喰らう現象によって、確実に、終末へ近づいている。
その現況だけは把握できた。
「我が国、ロイツ王国はここです」
ラミー姫が指差した位置は、世界地図の南東の端。
ロイツ王国のもっとも東は、ミリムと接している。
「えっと、この世界の生存領域とおかれた状況はわかりました。ロイツ王国がミリムという脅威に現在進行形ですでに脅かされている場所の一つであることも。この最悪な現象を俺たちにどうにかして欲しい。ですよね」
今度こそ間違いない。と、キメ顔をする。
「いいえ、違います」
自分とのやりとりに慣れたのか、ラミー姫ははっきりと否定された。
「あれれぇ? いや、いくらなんでも今のは流れ的に俺わるくないよな?」
リンに同意を求めるが、残念そうな目を向けてくるだけだ。
いや、今のはリンも絶対勘違いしてたはずだ。
内心で疑念の目を向ける。
言ったもん負け(本来は『勝ち』なのに)。になるので、説明を聞き終わるまで、もう余計な口は挟まない。と心に誓う。
「先ほど少し述べました通り、ミリムは生き物が踏み込めば即死。鉄や鎧など、どれだけ頑強な物でも粉砕。どちらも一瞬で跡形もなくなります」
「過去にSS級の者が、その全魔力を防御魔法にして籠めた手を入れたのだが、次の瞬間には入れた部分から先が削り取られたように無くなっていたそうだ」
姫様の言葉に付け加えたバッカスの話に、リンが素朴な質問をする。
「どうしてその人は、そんな無謀とも思える危険な行動をしようと思ったんですか?」
「さあな。英雄にでもなりたかったのかもしれない。世界に数えるほどしかいないSS級の自分なら、ミリムに抗えると自信があったのか。誰かに担がれたのか。心情は分からんが、結果は耐える間もなく一瞬にして片手を失ったそうだ。……もしかしたら、噂に踊らされたのかもな」
バッカスは思い出したように、最後に付け加えた。
「噂?」
「ああ、ミリムの中から人が出て来たというものだ。翡翠色の光球に乗っていたとか」
「今までの話からするととても信じられない。というよりも、有り得ない事ですよね」
「その通り、だから噂なんだよ。もしもミリムの中で生きていられる存在がいるのなら、我々人類はそいつに絶対勝てないだろうな」
自分とリンに向け、バッカスは肩をすくめてみせる。
「まあ、SSS級が挑戦したという話は聞いたことがない。シンイチ、君が試したいというのなら止めはしないよ」
「いや、絶対にやらないし。そこは止めてくださいよバッカスさん」
「がんばれ」
「応援するところが間違ってんだよ」
爽やかに勧めてくるバッカスに、悪ノリするリンを睨み付ける。
バッカスが騎士様のように手を差し向け、ラミー姫に続きを促す。
「もちろん我が国にとってミリムの問題はとても深刻です。ですが、それは今日、明日にどうにかなる脅威ではありません。それ以上に、急を要する国家の危機が他にあるのです」
話題――召喚理由の焦点を戻そうと、ラミー姫の表情が深刻なものに変わる。
「こちらを見てください」
少し翳った声でラミー姫が言うと、バッカスは世界の球体と入れ替えに懐から何か出す。
彼女の掌には、少しはみ出る大きさのキラキラ輝く水晶のような石が乗っている。
「これは?」
「これは、通信映晶石とよばれる魔晶石の一つです」
リンと二人で覗き込む。
バッカスが魔力を注ぐと、晶石に大きな塔が映し出された。
映像が、その塔の最上階辺りに近寄っていく。
鉄格子のはめられた窓。
さらに近寄り鉄格子の奥へ進み、部屋の中を映し出す。
これって盗撮なんじゃ! 異世界には素晴らしいアイテムがあるものだ。後で一つもらえないか相談してみよう。決してやましい目的で使ったりしない、絶対に。
うんうん、と自分の理性に言い聞かせるように頷く。
横からじとっとしたリンの視線を感じる。
「な、なに?」
「べつに」
リンは全て見透かした様子で何か言いたそうだが、今は姫様たちの話に耳を傾ける。
その部屋には、ほとんど何もなかった。
部屋そのものは決して狭くない。が、そこにあるのは寝台と、小さな机と椅子。壁に掛けられるタイプのランプ。それですべてだ。
窓辺の椅子に姿勢を正して腰掛けた少女が映し出された。
見た目の歳は、十三・四くらいだろうか。可愛らしさと気高さを併せ持った雰囲気。
「この蒼い髪の女の子は?」
「妹です」
俺の異世界物語の第二のヒロインですね。
口に出していないのに、またも隣からジト目が睨んでくるが無視する。
「てことは」
「この国の第二王女メルティ姫だ」
確認をとる自分にバッカスが答えた。
「それで、この第二王女様がどうされたんですか?」
魔晶石の映像が、部屋の扉の外側へと変わる。
扉には牢屋に掛けるような頑丈な錠がされており、その両隣には重装備な鎧を纏った兵士が一名ずつ立っている。
「妹は今、敵国に囚われているのです」
ラミー姫は悲痛な表情で打ち明けた。
「許せねえー、ぐおっ!」
「最後まで聞きなさいよ」
ヒロイン候補のピンチにいきり立った自分の頭を、リンが我慢していた分も込めて強く叩いた。
「はい、すみません」
後頭部を抑え、石畳の上に小さくなって正座する。
「ほんとすみません、こいつバカで。気にせず先にいってください」
お前は俺の母親か。
躾のように叩かれるのはもう勘弁なので、俯いて呟いた。
リンとのやりとりに姫様は、くすくす、と笑って自分に合わせるように屈んでくださる。
妹の身が心配なはずなのに、心安らぐ綺麗な笑顔を見せてくださるラミー姫に、自分の心臓は高鳴る。
「妹が囚われているのは、北の隣国ホワイトロイズ国です」
世界地図を思い出す。自分たちの召喚されたロイツ王国は、日本のような島国でなく、大陸にある一つの国だ。北の隣国とは大地で繋がっている。
「どうか、妹を連れ戻すのに協力して頂けませんか」
本来ならば、ここは姫様が俺の手を両手で掴んで上目づかいでお願いしてくる。って流れのはずなのに。やはり、俺のこの異世界冒険譚にリンの存在は間違っている。
そんなことを思っていると。
またまた不機嫌そうな視線を感じた。
意識的に無視してラミー姫だけを見据え、自分の胸を叩いた。
「もちろんです。だよな」
「ええ、何ができるかはわかりませんが、第二王女様の奪還に協力させていただきます」
笑顔で答えてリンに促すと、リンも賛同した。
敵国に囚われの身の可愛いお姫様を助け出す。
いいね、いいね。異世界物語っぽくなってきたじゃないか。
「シンイチ。あとで、ちょっとお話ししよっか」
「断固遠慮させていただきます」
拳を握り締めてやる気に燃えているのに、強い語調でリンが水を差してくる。
通信映晶石の映像がいったん切れる。
バッカスは息継ぎするように大きく呼吸する。
この通信映晶石という魔道具は、どうやら相当魔力を使うようだ。
通信映晶石を扱うバッカスに問う。
「そういえば、通信って名前が付いているぐらいなんだから、第二ヒロイ……じゃなくて、第二王女様と会話はできないんですか?」
「城など、国の重要拠点の周辺には、主に防衛目的で積層型の抑制陣を敷いているものなんだ。妨害されて通信は機能しない。今写していた映像も、超望遠距離から第二王女様の姿を捉えたものだ」
「なるほど、結界によって外部からの魔力が遮断されるということですね」
「その通りだ。もちろん我らがロイツ王城やこの塔にも防御結界が張られている」
「通信魔道具はその距離が遠くなると、比例するように魔力の消費量が増えるのです。国外となりますと一般的な魔法使い数名の魔力を焼き切れる寸前まで熾さないと届きません。国外への長距離通信に加え、敵国の結界内をたった一人でここまで鮮明に映し出せるのも我が宮廷魔道士団筆頭、S級のバッカスだから可能なのです」
バッカスさんはS級なのか。宮廷魔道士団筆頭ほどの力を持ってしても、国外の結界を攻略するのは大変なんだな。
力量次第とはいえ、この異世界には通信手段が有るのだと把握する。
呼吸を整えたバッカスが再び通信映晶石に魔力を注ぐ。
次に映し出されたのは、進行する軍隊。街道を埋め尽くすほどの兵隊の数。
「これは?」
「これはホワイトロイズ国の兵です」
「すごい数ですね」
「約1万5千の敵兵が明日の朝には国境に到達するだろう。それもまだ一陣に過ぎない」
驚嘆するリンに、バッカスが答えた。
「それって……」
「はい、明日には我がロイツ王国は戦争に突入します。ホワイトロイズ国の侵攻により」
「なっ!」
リンと二人で驚く。
「ミリムによる領土減少問題を抱えているのは共に同じだというのに、ホワイトロイズはあろうことかその解決策として、我がロイツ王国への侵略戦争を選択したのです」
愚かな判断だと、ラミー姫は憂いた表情を浮かべる。
ミリムは生存領域を脅かし世界を終末へ近づかせるだけでなく、人類同士に争いの火種をも生み出す。直接的にも間接的にも人に悪影響を及ぼす現象であるのだと理解した。
「ホワイトロイズ国の兵力は我がロイツ王国の5倍以上です。このままでは敗戦は濃厚。お願いします。お二人の戦況を変えることができる程の強大なお力を私にお貸しください。このロイツ王国を共に勝利に導き、そして、妹を連れ戻してください」