6 魔力鑑定
6 魔力鑑定
自分の服の裾をクイクイと引っ張り聞いてくる。
「ねえ、シンイチ。ここ、どこ……?」
「お姫様の説明聞いてなかったのかよ。異世界だよ、異世界。異世界のロイツ王国だよ」
戸惑いながらも澄ました声で聞いてくるリンに、平然と答えた。
よく見ると、服の裾を掴む指が、小さく震えている。
リンは気が強い。心底不安なときでも、素直にそれを表に出せないくらいには。
「そんな非現実的なことを信じろと」
「順応力が低い、遅い。環境に適応させようと頭をフル回転させろ。そんなんじゃすぐに死ぬぞ。スライムとの初戦とかで」
「付き合いの長い私でも、シンイチが何を言いたいのか少ししか分からない」
厳しい教官のように異世界への心構えを叱咤するも、リンには響かない。
「それに、いきなり知らない場所に居るのにどうしてそんなに平然としてるのよ」
「いつ召喚されてもいいように、普段から予習を欠かさなかったからな」
「それ、あんたのタダの日常でしょ。漫画とアニメとラノベ、あと妄想」
自慢気に優等生ぶると、ジト目が向けられる。
「それが常在戦場の心構えだよ。それに内心メチャクチャ感動してるよ。憧れの異世界だぞ。そういうリンだって落ち着いてるじゃないか。もっと慌てふためいてもいいんだぞ」
「さっきの適応がなんとかと矛盾してない。私はほら、べつに、なんていうか……」
「新天地に俺とリンの二人ぼっちで召喚されたこの状況。俺のこの鼓動の高鳴り、リンにだけは届いて欲しいんだけどな」
微かに頬を染めるリンを、まっすぐに見つめ意味深めいた事を告げる。
「えっ! それって、どういう……」
リンは戸惑いながら、その言葉の真意を確認する。
「目の前にこんな綺麗なヒロイン候補、いや俺のヒロインで間違いないお姫様がいるんだ。期待が高まらないわけがないだろ」
「ああ、そうですよね。シンイチが一緒だからって全然安心とかしてないから。バカっ」
リンは不機嫌そうに頬を膨らませて拗ねる。
「え、なんで怒ってんの?」
「私が不安にならないように、冗談めかして言ってくれているんだろうけど、その題材が気に食わないのよ」
「リンが、な、何言ってるのか、わ、わっかんねえなあ」
真意を見透かされしどろもどろする自分に、リンは舌を出して可愛く不満を表した。
実際のところ、目の前に召喚者がいる。少なくともチュートリアルに困ることはないだろう。
そう思える事が、心に少し余裕をもたらしている。これが、突然誰もいない荒野でモンスターに囲まれていたら、こんなわけにはとてもいかない。
「あのー……」
そんな俺たちのやりとりに、困った様子の綺麗な声が割って入った。
「ほら、お前がごちゃごちゃ言って、説明の機会を失ったお姫様がお困りだろ。俺のメインヒロインに迷惑かけんなよ」
目の前で勝手にヒロイン宣言され、ラミー姫の綺麗な顔に困惑の表情が浮かぶ。
「迷惑なのは出会った瞬間に永久に変わらない一方通行を押し付ける、あんたよ」
「お前、どうして俺とお姫様が結ばれないって言い切れるんだよ」
「えっと、あのー……」
「あ、こいつのことはその辺の埃や虫だと思って気にせず、どうぞお話を始めて下さい」
さらに困惑の色が濃くなったラミー姫に、リンが先を促す。
「そ、それでは」
ラミー姫は小さく咳払いして場を改め、本題へ話を始める。
「ここは、ロイツ王城の両側に立つ塔の一つ。西側の塔の最上階です」
第一王女ラミー姫の案内に、あらためて周囲を見回す。
石畳の床に、ピラミッドのような分厚く大きな煉瓦の石壁でドーム状に作り上げられた場所だった。広さはテニスコート3面ぶんぐらい。天井は3階ほどの高さがある。
窓は一切なく、壁に等間隔に備え付けられた幾つものランプが、ドームの隅々まで照らし出している。
重量感あふれるこのドーム状のフロアが最上階というのなら、支え立つこの塔はかなり巨大な建造物だろう。
「そういえば、こちらのカッコイイ女性の方は?」
ラミー姫の隣に佇む黒マント姿の女性。黒い短髪。間違いなく男装が似合う顔立ちの女性。歳は二十代後半あたり。
「こら、話の腰を折るな」
「いや、お前だって気になるだろ」
「先生の話を静かに聞けない子どもなの」
「誰が保育園児だ」
「言ってないし、保育園児のほうが圧倒的にお利口よ」
「ハハハ、カッコイイか。ありがとう少年」
男前な女性は自分たちのやりとりを男前に愉快そうに笑い、男前に礼を言った。
「私はバッカス。ラミー姫の下、この国の宮廷魔道士を務めさせてもらっている者だ」
「俺は進一・朝陽川。こっちのはリンです」
「あ、鈴・想園です」
「二人ともよろしくな」
男前なバッカスは片膝を付くと手を差し出し、リンと握手をかわす。
動作の一つ一つが騎士様のようにカッコイイ。
「はい、こちらこそ」
リンは頬を染めて、上目づかいで答える。
それを横目で見ていると、胸の奥がざわめいてきやがる。
「まことに申し訳ありませんが、お互いの紹介と、気にはなるでしょうが状況の説明は後回しにさせてください。私たちには真っ先に確かめなければならないことがあるのです」
どうしても優先させねばならないといった様子で、ラミー姫はベルを鳴らした。
すぐに一人の初老の男性がやってきた。
「お呼びでしょうか姫様。そちらの者たちが、例の?」
老人はラミー姫に一礼すると、訝しげに自分とリンを値踏みするようにジッと見る。
「ええ、そうです。さっそくお願いできますか」
「かしこまりました」
フードをかぶった老人は懐から羊皮紙の巻物を取り出した。
「こちらのスオンは、世界でも数えるほどしかいない我が国が誇る魔力鑑定士です」
「希少価値だけで高位を与えられている、戦闘に関しては全くの役立たずだがな」
「やかましい臨時魔導顧問が」
冗談ぽく肩をすくめるバッカスに、魔力鑑定士の老人は本気の物言い。
「おや、臨時とはいえ私の方が位は上のはずだったと思うのですが」
スオンの精悍な顔が引きつった。
「たしか、私の記憶する限りでは。軍という組織では上司の命令は絶対。軍人である以上、上官に背けば最悪死罪も免れない……」
「わかったわかった。わしが悪かった」
「バッカス、もうそのあたりで許してあげてください」
しわのある額に冷や汗を浮かべるスオンを、ラミー姫がフォローする。
宮廷魔道士、魔導顧問、魔力鑑定。異世界らしい言葉の連発、それが意味するところは、この世界には魔法と呼ばれる奇跡の現象の存在を示している。
自分はその魅力に胸躍る。希望に瞳がきらきらと輝く。
スオンは姫様に感謝を込めて一礼すると、羊皮紙を縦に広げ自分へ向けた。
「そ、それでは魔力鑑定を始めます」
羊皮紙の全体が光り輝く。
羊皮紙に何やらアルファベットの筆記体と象形文字を混ぜ合わせたような――おそらくこの世界の公用文字が上から順にずらりと並び浮かび上がる。
きっと自分のステータスや能力が表示されているのだろうな、と予想する。
文字が全て浮かび上がり終えると、羊皮紙は発光を終えた。
老人は目を細め羊皮紙を観察すると、声を荒げた。
「な、ななななんと、魔力保有量が……」
「どうなのですか?」
身を乗り出して問い掛けたのは、ラミー姫だった。
「と……」
「と?」
ラミー姫は、息を呑んで問い返す。
「SSS級です!」
「まあ!」
「なんと!」
ラミー姫とバッカスが、分かり易いほどの驚き顔をした。
「それは間違いありませんか?」
「私自身出くわしたことがないので、SSS級の鑑定は人生で初めての経験でありますが。間違いございません」
念押しする姫に、魔力鑑定士の老人は自信をもって告げた。
「良かった。良かった。これで大丈夫ですね。全て上手くいきますね」
ラミー姫は声を弾ませる。
ぱん、と口元近くで小さく手を叩くと、子どものようにはしゃぎ喜んだ。
「こいつの、そのSSS級って凄いんですか?」
異世界知識のないリンの何気ない質問に、バッカスとラミー姫が答える。
「もちろんだとも。私も一人しか知らない。かつて魔王を倒し世界を救った勇者だ」
「この世界で勇者様のことを知らない方はおりません」
「えっと、そんな凄い人と、このシンイチが同じだと」
とても信じ難いと、リンはジト目で自分を見てくる。
「この大魔法使いバッカスは、かつて勇者様一行の一員として共に魔王を倒したのですよ」
「やっぱりすごい方なんですね」
俺との対応に差がありすぎじゃないか。ま、俺は綺麗なラミー姫が喜んでくれている。それだけで十分だけどな。
リンに対して、自分が内心で不平を思っていると、スオンが鑑定結果を付け加える。
「ちなみに知力はあまり高くありません。平均を大きく下回ります」
愉快に笑いながら、ぽんぽん、と自分の肩を叩いてくるリンが鼻に付く。
「このじいさんは人を持ち上げて下げるのが趣味なのか。余計な情報を俺のヒロインに聞かせないで。いや、それでも良いって言ってくれる姫様の真の愛情が、俺の心を……」
「どんだけ頭の中お花畑なのよ。ラミー姫、何も言ってないから」
リンが冷ややかに言って、ぐいっ、と自分の耳を引っ張る。
「スオン。リンの鑑定も頼むよ」
「そうですね」
バッカスの提案に、同意を示すラミー姫。
「私もですか?」
「もちろんだとも」
驚くリンに、バッカスは男前にウインクで答える。
スオンが自分の時と同じようにリンの魔力鑑定を行い、驚く。
「なんと、こちらの少女はA級ですぞ!」
「それってすごいことなんですか?」
「もちろん。いますぐ宮廷魔道士の隊長として迎え入れたいぐらいだ」
バッカスの説明に、リンは全くピンときていない。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
鑑定を終えると、魔力鑑定士スオンはすぐに場を去った。