14 告白
14 告白
現時点で、自分とリンが地球に帰る方法はないそうだ。
だが、姫様が国力の全てを駆使して必ず見つけると約束して下さった。
だから、今はそれをリンと二人信じることにして、召喚された役目に勤しむ。
そう決意して、自分たちはまた敵国の使者との雑談の席に戻った。
本当に、学校で友達同士交わすような、何気ない会話をただ続けていた。
やはり、コウヤとは妙に気が合う。
これは間違いなくあのパターンだな。と今後の展開を予測する。
そう、最初の好敵手は後に仲間に、最高の相棒になる。という王道だ。
将来、第三ヒロイン候補の可能性が僅かにでも残っているアヤちゃんが、自分と直接会話してくれないのは、すごくすごく寂しいけど。
コウヤ曰く、アヤは極度の人見知り。
例えば、アヤに何か質問する。
アヤはコウヤの耳元で囁く。
それをコウヤが自分たちに伝達する。といった会話方法をとっている。
その仕草は、臆病な小動物のようで、実に可愛らしい。
こっちの暴力女にも教えてあげて欲しい。
「なによ」
「いちいち心を読むんじゃない。お前、間違っても感情を読み取ったり、人の嘘を見抜くみたいな魔法を習得すんじゃねえぞ。道具も手に入れるな」
「シンイチが分かり易い目線を向けて来るからでしょ。世界平和のために、あんたは煩悩を消して無心な虫になれる魔法でも覚えたらいいんじゃない」
「人を世界レベルの害虫みたいに言うなよ」
「そう変わらないでしょ」
「二人はほんと仲が良いんだな」
「「そんなことない」」
呑気に言うコウヤに、不満そうにリンとハモって抗議する。
コウヤは笑って、その笑みはだんだん、うろんだ微笑に変わる。
「二人は、なにかやりたい事はあるか。やって欲しい事でもいい。時間の要する事と、元の世界には帰らしてあげられないけど」
唐突に、コウヤがそんなことを言ってきた。
ならばと再度、アヤちゃんの前髪を……、と頼み込めるような雰囲気ではなかった。
「どうして急にそんなこと聞くんだよ?」
「君たちが、今から死ぬからだ」
明瞭に、はっきりと、コウヤはそう言った。
「なっ! どういうことだよ」
「最初に言った。死んでくれと。方法はなんだっていい。提案を受け入れてもらえるのなら、全く苦しむことなく逝かせてあげる事もできる」
コウヤの声には、到底話し合いでは解決不可能と理解している無理難題な要求を、どうにか穏便に済ませたい。という気持ちが滲んでいた。
「なんで今更、それだったらどうしてすぐに殺さないだよ。話をしようと持ちかけてきたり。何がしたいんだ?」
自分の問いに反応したのは、石畳に正座していた真っ白な人型の和紙人形。
肩乗りサイズのぺらぺらの人形が、うんうん、と頷きの動作をしている。
「コウヤがスパイだとしても、何も大層なことを聞いてこないじゃないか。普通は、こちらの国の情報や作戦を聞き出そうとするもんじゃないのか。来たばっかりで逆に俺たちが知りたいぐらいだけどな。茶菓子に毒も薬も入っている気配は無い。むしろめちゃくちゃ美味かった。油断させようって作戦なら大成功だけどな。全く警戒心が湧かないんだよ。でも、それだったらわざわざ警戒させるようなことを何度も言い直してくるのは可笑しいから、それも無いだろ。あと考えられるのは、時間稼ぎぐらいか」
「それはない。むしろ急かされている。時間の要する要求は無理だと今言っただろ」
「そうだったな。それは、そちらの国王様に言われたことか?」
「いいや、こいつに」
コウヤは和紙人形を指差す。
正座姿勢の和紙人形は、再び頷きの仕草を見せる。
「……へっ、この簡単に破って丸めてゴミ箱に捨てれそうなのがお前の上司なの?」
「なんでそんなこと言うの。かわいいじゃない」
リンはゆるキャラを愛でるような視線を和紙人形に向ける。
「上司かどうかは難しいが、契約上言う事を聞いてやってる」
コウヤは不本意そうに言う。
「それってオープンにするような関係か」
「別に隠すようなことでもないと思っているから、そのままを言ったんだが」
やはり、自分にコウヤは憎めない。
「ああ、わっかんねえ。一体何がしたいんだよ」
「シンイチ、リン。君たち二人に死んでもらう」
邂逅から寸分も変わらないコウヤの答えに、自分は呆れたように吐息する。
「それは何度も聞いたって」
「その前に、心残りを遺さないようにしてもらいたい。もし必要なら何か手伝いをさせてもらう」
『死』を要求してくる敵にしては、妙にこちらに親身になった物言いだった。
敵対関係にある二人。傍から見れば、コウヤの提案はさぞ馬鹿馬鹿しく見えることだろう。だが、相見え言葉を交わしているシンイチは違った。
なるほど、そういうことか!
コウヤの真意を全て悟り、内心で呟き苦笑する。
せめてもの善意の申し出なのだと。どうにも性急な態度が気にかかったが。
「コウヤ、お前やっぱいい奴だな」
「いい奴は、こんな残酷なお願いはしないさ」
コウヤは声の調子を落として、うろんだ顔で首を横に振った。
そのやりとりに、和紙人形が切実そうに指のない手を強く握りしめた。
コウヤの背後で、アヤは申し訳なさそうに俯く。
まるでお通夜のような重たい雰囲気の刺客たちに、にっ、と自分は笑みを向ける。
「異世界冒険がしたい」
童心のように目を輝かせて自分が言うと、コウヤは心底申し訳なさそうな表情をする。
「あー、分かってる。理由は知らんが時間の掛かることはダメなんだろ。とりあえず思った事を言ってみただけだ。本音をな」
予想通りの反応をみせるコウヤに、自分は意地悪に笑ってみせる。
「シンイチはいい奴だなあ」
「よせ、照れるじゃないか」
すでに本音をぶつけあえる仲になっていた。それが――
和紙人形は奥歯を噛みしめているかのように、膝の上の拳にさらに力を籠める。
コウヤの後ろで、アヤは俯きを深くする。
まるで何か抱えている後ろめたさに猛省をさせるように。
その雰囲気には気付かないフリをして、自分は腕を組んで悩む。
「ただ、突然そんなこと言われてもな。まあ、俺たちは死なないけど、なっ」
「うん」
前向きに促されて、リンは笑顔で頷く。
心残りを遺さないように、か。
コウヤに言われた言葉に、万が一、なんて思いが過り。視線を横にやる。
たまたま? だろうか。
リンと目が合った。
慌てて、互いに目を逸らす。
向かいでは、コウヤの耳元で背後からアヤが何かを囁いている。
コウヤは、うんうん、とアヤに頷きを返す。
アヤの少し長い囁きを、なんだか気まずくなった自分とリンは沈黙して待つ。
伝言係りのコウヤが、思いも寄らぬことを伝えてくる。
「二人は、もうあとちょっとのところまできてる関係なんだろ」
一瞬で、自分とリンの顔が真っ赤になる。
「ほんの少し何かキッカケが後押しすれば、ゴールは間違いない」
「「待てぇぇぇ」」
真っ赤な顔して二人でハモって叫んだ。
再生ボタンが押されたままの機械みたいに、コウヤの口は再生を続ける。
「どちらかが素な……」
「待ってッ。待って待って待ってお願いだから待ってッ」
リンは片手を前に伸ばして、必死にコウヤ――の後ろのアヤを制止する。
「コウヤ、てめぇ。なに言ってくれちゃってんだよーッ」
小動物のようなアヤに直接言えないので、代弁者に叫びをぶつける。
そんな自分とリンの様子に、アヤがコウヤの耳元で囁きを付け足す。
「いきなり素直になれないのは分かる。一旦、俺とアヤは離れたほうが……」
「「だから、待てぇぇぇ」」
言いながら立ち上がり、気を利かせて去ろうとするコウヤとアヤを、リンとハモッて全力で制止させた。