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アナザースレイヤー  作者: 前振り超々長
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13 地球へ

     13 地球へ


 バッカス師匠と内輪揉めになりかけだったピリピリとした雰囲気もどこへやら。

 新たな敵? の出現に対する緊張感すらもどこへやら。

 微妙な空気が場に流れている。唖然としたのはこの場にいた全員。

 それはそうだろう。

 突如現れ、明日には戦争が始まろうという敵国の刺客が、目の前で土下座している。

 さらに、その懇願の内容が――、

 自分とリンに死んでくれ。

 と頭を下げているのだから、困惑するなというほうが無理というものだ。

 行動は誠実だが、言葉はあまりに穏やかでない。

 言動が不一致すぎる。

 呆気に取られていた自分は切り出す。

「いや、いやいやいや死んでくれって言われて死ぬ奴はいないだろ」

 自分の至極当然の答えに、少年は立ち上がる。

 それに合わすように後ろの少女も立ち上がる。

 黒髪の頭を掻いて、少年は首だけ後ろに向ける。

「やっぱりダメか」

 少女は、こくり、と頷き返す。

 思わず突っ込む。

「いや、当たり前だろ」

「だよなあ」

 ドーム内の視線を一身に集めて、少年は困ったように笑って、自分に同意を返した。

「てか、なんなんだよお前らは? 状況が飲み込めないにもほどがあるぞ」

「俺はコウヤ。こっちはアヤだ」

 アヤと紹介された少女は、ぺこり、と丁寧にお辞儀する。

「君たちの名前は?」

「ん。自己紹介を交わす余裕はあるのか?」

 いきなり戦闘に突入する心配はなさそうだ。

「俺は進一・(あさ)()(かわ)

「鈴・(そう)(えん)です」

「よろしく」

 と気軽にコウヤは返してくる。その後ろで、ぺこり、とアヤがもう一度お辞儀する。

 コウヤもアヤも悪意、敵意ある人物の振舞いではないが、かといって『死んでくれ』と言われている以上警戒は怠れない。

 言葉と態度のちぐはぐさに、自分は眉を寄せる。

「で、目的は?」

「それは君たち二人に死んでもらうことだ」

 コウヤは包み隠しもせずに、はっきりと告げる。

 ここまでの一連の言動は、やはり、あまりにこの場面の雰囲気と乖離(かいり)している。

「なっ!」

「そんなに驚かなくても、最初にお願いしたんだけど」

「懇願する内容がおかしいだろ。異世界にも土下座があるんだ! って同じ文化があることに感動する暇もなかったわ」

「これは君たちのような存在にお願いするときの、最上級の示しだと教わったんだけど。間違ってたか?」

「いや、当ってるけど。お願いする内容が可笑しいんだよ。誰が素直に聞くんだよ」

「そうか」

「ようするに、コウヤお前は俺たちを殺しに来た敵ってことでいいんだよな」

「まあ、見方としてはそうなるんだろうな。別に死んでさえもらえれば、こっちはそれで良いんで。そっちでどうにかしてもらえるのならそれでも構わないけど」

「なんか釈然としない言い回しだな。そんなんで、それじゃあ死んであげます。ってなるわけないだろ」

「だよな」

 困った様子で短く言うコウヤは、自身が無理難題を要求している自覚はあるようだ。

「闘う気とかあんのかよ」

「闘わなくて死んでもらえるのなら、それに越したことはない。だが、もし闘わなければならないのなら、相手は俺一人だ。アヤはここまで俺を連れて来てくれただけだ」

「だから釈然としないな。ハッキリ言っといてやる。俺たちが自ら命を断つなんてことはない。そうだよな、リン」

「え、あ、うん。そうだよね。もちろん」

 自分以上に展開についてこれていないリンは、戸惑いながら頷く。

「ねえ、これも異世界の常識ってやつなの?」

「これは明らかにイレギュラーだ」

 小声で訊いてくるリンに、囁き返す。

「やるしかないか」

 自分に却下されたコウヤは嘆息して呟き、首だけ後ろに向ける。

「終わるまで居なくていいんだぞ」

 アヤは小さく首を振って、この場に残ると意思表示した。


 ――数十秒後。

「んまっ!」

 思わず、自分の口から驚嘆が飛び出た。

美味(うま)いなこのクッキー」

「こっちのケーキもすごく美味しい」

 自分とリンは甘美に歓喜を上げる。

 修業中の昼食に用意された豪華な食事は、見た目とは裏腹にそれほど美味しいと言えるものではなかった。宮廷料理長が準備したものでその程度だから、料理技術は圧倒的に地球の方が上だ。と思っていたのだが。

「一流ホテル顔負けよね。こんな美味しいケーキ初めて食べた。ねえ、もう一個いい?」

 リンが尋ねる視線の先。

 石畳に座るコウヤの後ろに半分身を隠すように、アヤが座っている。

 アヤは顔を出して、こくり、と頷き返す。

「ありがとう」

 リンが次のケーキを取るのを見届けると、アヤの顔は再び半分ほど彼の背後に(ひそ)んだ。

「太るぞ」

「うっさい」

 今、自分とリンは、コウヤとアヤと四人で茶会をしている。

 どこからか魔法のように取り出されたティーセットが、石畳に敷かれた布の上に並べられ、アヤがてきぱきと紅茶とお手製のお茶菓子の準備をした。

 自分たち四人はそのティーセットを囲んで座り談笑している。

 どうしてこんなのんびりとした雰囲気になったのか。

「お茶でも飲んで、少し話をしないか?」

 というコウヤの持ちかけに、闘いを覚悟して身構えていた自分とリンがほどなく乗ったのだ。

 そんな自分たちの様子を、ラミー姫とバッカスは敵国の刺客を警戒したため、少し離れた所から様子を窺うように見守っている。

 先ほどまでの敵は即行で容赦なく殺す姿勢だったバッカスも、彼らの登場直後の土下座に呆気を取られ、勢いというか、戦場の空気を完全に失い、今は姫の護衛に徹している。


 甘美なお茶とお菓子に舌鼓(したづつみ)しながら、自分はとても深刻な声で第一声を発す。

「俺にはどうしても確かめなければならない事があるんだ」

「俺たちで答えられることなら、何でも」

 コウヤは気軽に答えて、促してくる。

 自分は頷き、意を決して尋ねる。

「アヤちゃん、前髪上げてみてくんない。ぐぼぇ」

 横腹を、リンに思いっきりぶん殴られた。

「な、なに、しや、がる」

「なにがどうしても確かめなければならない事よ。あんたほんといい加減にしなさいよ。どうして私たちに死んでもらわないといけないのかとか。もっと他に聞かなきゃいけないことあるでしょ」

 横腹を抱えてもだえる自分の襟首をリンが絞めてくる。

 明らかに正論を言っているリンに、自分は不条理を叫び突ける。

「バカやろう」

「何でよ」

「もう一度言う。バカやろうぉー」

「もう意味がわからない」

「いいか、耳の穴かっぽじってよーく聞け。前髪で両目を覆ってるってのは美少女間違いなしのテッパン中のテッパンなんだよ。それを確かめずに異世界やってられるかーっ」

「……えっ、と」

「おいこらリン、今このちょっと地味な子が。とか思っただろ」

「そんな失礼なこと思ってないわよ」

「謝れ。アヤちゃんに謝れ。自分の方が可愛いとか思い上がってすみませんって心の底から謝罪しろ。アヤちゃんに」

「だから思ってないって言ってんでしょうがーっ」

 リンは血管が浮かぶほど強く拳を握り締めると、(あご)に見事なアッパーが決まり、自分の身体は宙を浮いて吹っ飛んだ。

「ほんとにそんなこと思ってないからね」

 リンが慌てて弁明すると、全く気にしていない様子でアヤはコウヤに隠れながら頷く。

「シンイチ、悪いけどそれは勘弁してくれ」

 コウヤがアヤを(かば)うように言ってくる。

 自分は上体を起こし、顎を押さえながら食らいつく。

「どうしてもダメか?」

「どうしてもダメだ」

「こんなに頼んでもか」

「むしろ俺が見たいよ」

 両手を合わせて拝み込み、身を乗り出す自分に答えたコウヤの一言に、アヤの頬が赤くなる。

「え、なに? お前もアヤちゃんの()、見たこと無いの?」

「ある。けど、もう何年も見ていない」

「これは俺たち二人で頼み込めば、拝めると思わないか」

「そういうのとはちょっと違うんだ。悪いな」

「ノリが悪いぞ」

「ほんとに勘弁してやってくれ」

 アヤは完全にコウヤの後ろに隠れてしまった。

「デリカシー欠け過ぎ」

 リンが肩を子突いてくる。

 さすがに反省した。

「でも、シンイチがリンのことを可愛いと思ってるのはよーく分かったよ。二人の関係もある程度は」

「ど、どこをどう見て取ったらそうなるんだよ」

 焦りを隠して問い(ただ)す。

「『自分の方が可愛いとか思い上がって』なんて、シンイチがリンの事をそう思っていなかったら出てこないセリフだろ」

 言われて、自分とリンは顔を赤くする。


 とまあ、出会ってすぐにこんなフレンドリーに歓談して過ごしているのは、四人が同じ歳であるのもさながら、妙に気が合うからだ。


「コウヤの勘違いだ。だよなリン」

「そうそう。間違ってるよ」

 二人で顔を赤くして抗議する。

「そんなに必死に言われると……」

「それより、お前はどうなんだよコウヤ」

「俺の、何?」

「どう見ても二人は普通の仲じゃないだろ。そう思うよなリン」

「ええ、とってもお似合いだと思うわ。ね、シンイチ」

 照れ臭さを誤魔化すように早口になるシンイチ。リンもそれに同調して頷く。

 二人で結託(けったく)して必死に話を逸らし、コウヤに押し付けようとする。

「ああ、俺が三番目のヒロインは別に探そうと諦めようと思うぐらいには、ぐえっ」

 頭をげんこつで殴られた。

「失礼なこと言うんじゃないわよ。アヤちゃんを狙うなケダモノ」

「狙うわ。彼氏がいなかったら狙うわ。間違いなく美少女だって、俺の異世界センサーがビンビンに反応してるんだからな。コウヤがいるから潔く身を引くんだよ」

「あんたってほんと」

「なんだよ」

 呆れ果てた視線を向けられた。

 コウヤは自分たちを見て愉快に笑う。

「笑ってごまかすな。実際、アヤちゃんとはどうなんだよコウヤ」

「俺とアヤはそういうのより、心と心で繋がれた関係かな」

 照れも無しにそう言って、コウヤが視線を後ろに向けると、アヤも小さく頷く。

「チクショー」

「やっぱり」

 心底悔しがる自分と、目を輝かせるリン。

「なんだよその『月が綺麗』的な言い回しわ。悔しいし、妬ましいし、羨ましいが、まあいいさ。俺たちはこの国を救って、元の世界に帰る前に素晴らしいご褒美を……」

「その素晴らしいご褒美について、私、詳しーく聞きたいんだけど」

 本音が駄々漏れの自分に、リンの怒りの微笑みが割り込んでくる。

「いや、それは……」

「君たちは元の世界には絶対に帰れない。()()()()()()()()()()()()

 リンの追求から、助け舟のように遮ってくれたのはコウヤだったのだが。

 その重苦しい言い方は、決して聞き逃せない雰囲気を(まと)っていた。

 思わず自分とリンは顔を見合わせた。

 自分はゆっくりとシンイチに抗議の視線を戻す。

「世界が? はあ、何言ってんだよ。異世界召喚ものってのは必ず最後には帰るんだよ」

「それは君の世界にある創作物語の話か?」

 いつの間にか、コウヤの表情は引き締まっている。

「そうだけど。……まあ、一生その世界で暮らすってパターンもあるにはある。けど、それは帰るか残るか、究極の選択を必ずどこかで迫られての選んだ結果のうえだ。一生を寄り添うと決めたヒロインがいたら、俺なら絶対に残る。そういうもんだろ。イタタタタっ!」

 異世界ものの常識を異世界人(コウヤ)に力説していると、リンに耳を引き千切られそうになった。

 さっきまでと打って変わり、自分がリンに怒られてても、コウヤは真剣な顔のまま。

「召喚者から聞いていないのか」

 コウヤが少し厳しい視線をラミー姫に向けると、姫は小さく息を呑んだ。

 短い沈黙。

「俺たち、帰れます、よね……?」

 自分がおずおずと尋ねると、姫は気まずそうに目を(うつむ)ける。

「私たち帰れないんですか」

「それは……その……」

 自分が追究するより先にリンが乗り出すような勢いで問うと、姫は口ごもる。

 そこで黙り込まれると自分たちが責めているような気になってしまう。

 頭を掻く自分とリンはラミー姫の言葉を待つ。

「あ……え、と。あの、その……」

 姫は必死に何か言おうとするも、すぐにまた、黙り込む。

 歯切れが悪い。

 言葉を選ぶ、というより言葉を探し彷徨っている風な。

 今にも塔から逃げ出しそうだ。

 答えに(きゅう)するその雰囲気に、さすがに自分もリンも真実に気付く。

「分かりました、大丈夫、大丈夫ですよ姫様」

 気遣うようにフォローする。

「何が大丈夫なのよ」

「ばか野郎、姫様の心境を考えろ。妹を助けたい。国を守りたい。その一心での行動を、お前は責めるつもりかよ」

「うっ……、そんなつもりはないわよ」

「だろ」

「でも、私たちはどうするのよ」

「言っただろ。異世界召喚ものってのは最後には必ず帰れるって。今は帰る手段がないだけで、俺たちがこの世界で活躍している間に、姫様たちが帰還方法を見つけ出してくれるさ。ですよね」

「はい、もちろんです。戦争に勝利した(のち)に、国力の全てをかけてお二人の帰る手段を見つけ出すとお約束します」

 ラミー姫は深々と一礼する。

 コウヤはさらに厳しい視線をラミー姫に向けるも、それ以上何も言わなかった。

「ねえ、ひとつ聞いてもいい」

「なんだよリン」

「もしも私がお姫様の立場だったら、責めたりせずにかばってくれた?」

「いいや、間違いなくその罪を追求しまくっただろうな」

「あっ、そう」

 自分の左腕を、縦に振り下ろされたリンの杖が強烈にかすめ、石畳がひび割れた。


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