9 素直になれば
9 素直になれば
綺麗なお姫様との出会い。無双クラスの最強魔力。異世界召喚ものとしては満点だ。
こいつが一緒じゃなければ。
隣に座るリンに横目で視線をやる。
今、自分とリンは馬車に乗っている。
強大な魔力も扱えなければ意味がない。魔力のコントロールを身に付ける為、修業場所に向かって王都の外へ移動中だ。
向かいの席に座るバッカス(師匠)は、腕を組んで眠っている。
ラミー姫と召喚儀式で徹夜だったらしい。
「すまないが到着するまで少し寝させてくれ」と男前に言って、カーテンを閉め切ったのは都合が良かった。
本来なら、異世界の王都や街の様子、人々の暮らし、どんなアイテムがあるのかなど。もの凄く興味があるが、今は現実と向き合う時間が必要だったからだ。
召喚された理由を知り、明日起こる事態(――戦争)に頭を抱えたくなる状況なのだ。
「なによ? ため息なんか吐いて」
「いや別に」
「今、シンイチが何を考えているのか当ててあげよっか」
吐息程度の俺のため息に、敏感に反応したリンが不審げな表情で言ってくる。
「……お姫様姉妹より、リンの方が美人だな……って、考えてました」
「あら、それはどうもありがとう」
決してこの気持ちは100%嘘という訳ではないのだが、微塵も伝わった様子が無い。
「で、ホントはなに考えてたの? どうせ綺麗なお姫様のことでしょ」
「リンの身の安全だよ」
「い、一体どうしたのよ。第二王女様を救い出すって、あんなにやる気になってたのに。急に静かになったと思ったら、な、何言い出すのよ」
重たい口調で素直な気持ちを返すと、リンは戸惑いあたふたする。
「安心しろ。メルティ姫を救い出す気持ちに一切のブレはないから」
「第二王女様の御身が安心できないわ」
「だよな。ホワイトロイズ国の悪大臣にイヤらしい拷問とかされてないといいんだけど。もしも花を散らされでもしていたら」
リンが肩の横を押し込むようにぐりぐりと指してくる。
「そ・う・じゃ・な・く・て、第二王女様を脅かす存在はあんたよ」
自分の脳に刻み込むように、強い語調でリンが言ってくる。
「なんでだよ。王子様ポジションの俺が、メルティ姫にイヤらしいことするとでも……」
「思ってるから言ってんのよ」
言い切る前に、断言された。
「で、ホントにどうしちゃったのよ? 浮かない顔して」
「リンは俺たちが召喚された理由を聞いて大丈夫なのか」
「第二王女様をシンイチという獣から守って欲しいってお願いのこと?」
「そっちじゃねえよ。てか、ラミー姫はんなこと言ってないだろ」
思わず声が大きくなる。が、目の前のバッカスは眠ったままだ。
「じゃあ何よ?」
「戦争だよ。俺と違って予習してきてない異世界若葉マークのお前は、その意味をちゃんと分かってんのか」
「死ぬかもしれない……ってことよね」
自分の危惧する雰囲気に、リンの表情が強張る。
「それもだが、場合によっては俺たちが人を殺さなければならない。人を殺す側の立場になるかもしれないってことだよ。殺さなければ殺される。それが戦争だ」
リンは息を呑む。
「……正直言うと、まだ異世界召喚のことすらちゃんと受け止めきれたわけじゃないの。シンイチが一緒じゃなかったら、たぶん、いや絶対。こんな落ち着いていられなかったと思うの」
召喚直後、シンイチの思わせぶり発言のせいで言いそびれた事を、リンは素直に伝える。
「俺だってそうだよ。リンが一緒に召喚されて、嬉しかったよ」
照れ臭い気持ちを堪えながら、素直な気持ちをリンに伝える。
まっすぐに見つめ合う。
馬車の揺れが、自然と顔を近づけさせる。
互いに頬が赤くなる。
昔から自制心を総動員して抑え込んできた衝動が、自分の胸を熱くさせる。
危機意識からの本能がそうさせるのだろうか。そのまま関係が急接近する。
リンが瞳を閉じ、自分はごくりと息を呑み込んだ。
ところで、馬車が止まった。
「ん、着いたか?」
バッカスが呟いて瞼を開く。
「どうしたんだ二人とも?」
互いに赤くなった顔を逸らし合っている自分とリンに、不思議そうに尋ねた。