三谷永太一の物語 その9
昨日のニュースが報道されて以降、日本中はウルトラフォースの話題で持ちきりだった。話題の焦点はもっぱら「誰がどんな方法でスーパーヒーローを殺したのか」というところにあり、それに尽きるといっても過言ではなかった。
とあるニュース番組に出演している辛口に定評のあるコメンテーターは言った。
「いくら肉体が強くたって生物なんですから、酸素のない空間に閉じ込めれば死んでしまうのでは?」
大臣在任中の失言が数え切れないほどニュースになったとある議員は言った。
「呪い殺されたんじゃないの。ある意味では大勢の恨みを買ってるわけだからね」
歯に絹着せぬと失礼を履き違えているSNSのインフルエンサーは言った。
「死にたくなったんじゃないの? 誰にだってあるでしょ、そういうことも」
自称霊能力者のテレビタレントは言った。
「彼は地球に殺されたんです。地球が、あまりに強い力を持つ人類の存在を許さなかったのです」
政権寄りの発言をすることから一部ネット界隈からは絶大な支持を集めているコメンテーターは言った。
「実は彼以外にもスーパーヒーローがいるんじゃないかな。それで、ヒーローの戒律、的なものを破った彼を殺しちゃった、とか?」
詳細がわからないからこそ、日本中の誰もが彼の殺された方を好き勝手に予想した。それは俺の友人たちも例外じゃなかった。そしてそういった行動に恐らく悪意というものは介在していなかった。みんなはただ〝話のタネ〟として彼の死を消化した。
ウルトラフォースについてのニュースを見るたび、頭に浮かぶのは江連さんの顔だった。きっと今ごろあの人はマスコミ対応に追われていることだろう。マネージャーというのもキツい仕事だ。
天山さんから連絡が入ったのは1月27日の夕方のことだ。電話を取ると彼女は開口一番、「会って話せないかな?」と言ってきた。翌週に期末テストを控えていた俺はその誘いを丁重にお断りしようとしたのだが、「行けないって返事はナシだからね」と先んじて退路を塞がれてしまってはどうしようもない。俺には、「わかりました」と素直に答える他なかった。
「じゃ、十分後にそっちの家に行くから。準備しておいてね」
どこからどこまでもせわしない人だ。勉強を切り上げ、部屋着から適当な普段着に着替えるなどしてなんとか外出の準備を済ませたところで、家の外からクラクションが聞こえてきた。「ちょっと出てくる」と母さんに知らせてから家を出ると、白い車が家を出てすぐのところに停まっている。
運転席の窓が開いて、天山さんが顔を出した。
「やっほ、太一くん。さあ乗った乗った」
また彼女の運転に振り回されることを考えると、早々に気持ちが悪くなってきた。しかしもう後戻りはできない。胃液がじわじわとこみ上げるのを感じながら助手席に乗り込むと、彼女は俺がシートベルトを締める前に車を発進させた。ジェットコースターに乗ってるんじゃないんだぞ。
視界の左斜め上にある取っ手を握って揺れに備えた俺は、「それで」と話を切り出した。
「これからどちらに向かうんですか?」
「目的地は決めない。自由気ままにドライブだよ。のんびり走りながら話そ」
「……正直に言って俺、天山さんの運転あんまり得意じゃないんですけど。できれば、近くのファミレスとかで話しません?」
「平気だって。今日は手加減してあげるからそう身構えないでいいよ」
運転に手加減なんてあるんだろうか。なんて考える俺を他所に天山さんは続ける。
「それに、動く車の中にいれば他の誰にも話を聞かれないで済むでしょ?」
なにもスパイじゃあるまいし。いったいどんな話をするつもりなんだ、この人は。
近所の住宅街を抜けた後、車は国道の早い流れに乗った。前方を見れば赤いテールランプがどこまでも連なっている。仕事帰りの人が多い時間帯のせいで、道は大変混み合っていた。
話があると言ったのは天山さんの方なのに、彼女は未だ実のある話を振ってこない。「彼女とかいるの?」だとか、「もうそろそろテストじゃない?」とか、そんな他愛のないことばかりだ。
不毛な時間に辟易するうち、つけっぱなしにしていたカーラジオからウルトラフォースについてのニュースが聞こえてきた。あの日以来、朝から晩までずっとこれだ。思わず深いため息がこぼれる。
「天山さんの言ったとおりでしたね。ウルトラフォースは殺されたんだ」
「だから言ったじゃない。正義のマスコミは嘘をつかないの」
「そもそも普通のマスコミは嘘をついたらいけないんですよ」
「まあ。それもそっか」とへらへら笑った天山さんはどこまでも続く長い車列を恨めしそうに眺める。
「それにしたって、どいつもこいつも好き勝手なことばっかり言ってるね。警察の方から公式発表がなーんもないのをいいことにさ」
「……それ、天山さんが言えるセリフですか?」
「わたしは憶測じゃものを語らないから。あの手の輩とは違うの」
信号が変わって、止まっていた車列がゆっくりと動き出す。それを見た天山さんが不用意にアクセルを踏み込み、危うく前の車とぶつかりそうになった。下手なジェットコースターより遥かにスリル満点な運転に俺は肝を冷やした。
「太一くん、甘い嘘と残酷な真実。どっちの方がいいのかな」
「急になんですか、そのポエムチックな質問」
「いいじゃん。答えてよ」
テールライトに照らされた天山さんの横顔は、無駄に芝居がかった喋り方とは裏腹にどこか暗い陰が感じられる。その顔には吸い寄せられるような色気があって、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
気恥ずかしさを堪えるために窓の外に目を向けつつ、俺は彼女からの質問に答える。
「世の中なんてどうせ嘘だらけですからね。騙されていることにも気が付かず当人が幸せなら、残酷な真実を突き付けられるよりも嘘の方がずっとマシです」
「だよね。それならさ――」
「それでも、真実を優先したい時があります。今がまさにそれです。おじさんの身に何があったのか。俺は、正しいことを知りたいんです」
俺の答えが気に食わなかったのかは定かではないが、天山さんは「そっか」と呟いた後じっと黙ってしまった。
なんだか息詰まる気まずさを感じ、俺は助手席の窓をほんの少しだけ開けた。冷たい風が頬を撫で、薄皮が凍って剥がれ落ちそうだ。
「あのさ、太一くん――」
天山さんが思い切ったように口を開いたその時、カーラジオから「ここで臨時ニュースです」というニュースキャスターの声が聞こえてきた。
「ウルトラフォースこと佐々木邑李氏が、死の数日前に殺人事件を起こしていたことが判明しました。被害者は石田荘慈という男性で――」