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三谷永太一の物語 その1

一気に投稿予定です

 1月1日。新年早々に告げられた、世界にただひとり存在するスーパーヒーローであるウルトラフォース(本名・佐々木邑李)が死亡したというニュースは、世界中に深い衝撃を与えた。


 彼はすべてを兼ね備えていた。トラックを指一本で持ち上げる力。戦闘機を悠々と超える飛行速度。銃弾どころか核ミサイルさえも一切通用しない肌。そしてなにより、決して折れない正義の心とすべてを包む優しさ。そんな彼の死を日本国民は悼んだ。


 もちろん俺も例外ではない。彼が死んだというニュースを耳にした時は到底信じられなかったし、それが現実だと理解した時は茫然として降りるはずの駅を乗り過ごしてしまったし、もう21歳になったというのにかなり泣いたし、その日は夕飯を食えなかった。


 それでも、日常は続いていく。まるで何事もなかったかのように朝と夜は繰り返される。


 俺こと三谷永太一の物語は、ウルトラフォースが死んでしまったちょうど一週間後からはじまる。

 


 母方の叔父である荘慈おじさんから連絡があったのは1月8日。俺が自宅リビングのソファーに寝転がりながら、ウルトラフォースの追悼番組をぼぅっと眺めていた時のことだった。


 送られてきたメッセージは簡潔かつ明快で、『明日の大勝負は大勝ちの予感』というシンプルな文章の末尾にニコニコ笑顔の絵文字を添えただけのもの。ここで言う大勝負とはすなわち競馬の重賞レースのことで、おじさんは呆れるほどのウマ好きである。


 まるで何事もなかったように日常は続いていく。荘慈おじさんはその最たる例だ。のれんに腕押し、馬耳東風、打ってもたいして響かない。何が起きてものらりくらりで、馬の勝ち負けがウルトラフォースの死を勝る。でも俺は、そんな荘慈おじさんの人柄が好きだ。悪い人じゃないし、一緒にいて楽しい。これを言うと、父さんはあまりいい顔をしないけど。


 俺は『大負けの間違いじゃないの?(笑)』とおじさんへメッセージを返す。するとすぐに『そんな疑うならひさびさに一緒に観に行くか』と返ってきた。


 ギャンブルという気分じゃないけど、却ってちょうどいい機会かもしれない。パーっとお金を使ってしまって、嫌なことを忘れてしまおう。


『行こうか。お金は貸さないけど』

『借りるわけあるか!(笑)』

『だといいんだけど』と返した俺はスマホで来週の日程を調べる。すると、都内の府中競馬場ではレース予定がないことに気がついた。

『東京じゃレースやってないけど』


 俺の指摘にやや間を置いて、おじさんから『だから中山まで行くんだろ?』と返信がある。中山とは千葉にある競馬場のことで、つまりおじさんは遠征をしようと言っているわけだ。


 俺はおじさんほどギャンブルに熱意を注げる人間じゃない。儲けた分より負けた金を気にする、本質的に賭け事に向いていないタイプである。普段ならばこんな提案は軽く断っているところではあるが、乗りかかった船だ。


『帰りの電車賃まで取られないようにしてよね』

『勝つから問題ない』


 おじさんからはどこからそんな自信が出てくるのかと訊ねたくなるくらい強気なメッセージが返ってきた。


『明日はクラークケントだけ買っておけば間違いないレースだからな』


 時々思うことがある。俺もこんな風になれたらな、と。



 不思議を通り越して困惑すら覚えたのは、おじさんが『クラークケント』というダントツ一番人気予想の馬を選んだことだ。というのも、おじさんは根っからの穴党で、一番人気は当然ながら二番三番人気の馬でさえ本命に選んだところを見た記憶がない。「流れと人気に逆らうことこそ人生だ」とはおじさんの言葉である。


 とはいえ、人は変わるものだ。それに、穴党のおじさんでさえ逆らえないレースと考えれば、まあ納得はできる。


 さて、1月9日のこと。冬晴れの空はいつもより高く見える。その日は午前9時に池袋駅のいけふくろう前で待ち合わせ、それからふたりで戦場まで向かう予定……だったのだが、現在時刻は9時半を過ぎたにも関わらず、おじさんは未だ現れない。


 おじさんは割としょっちゅう寝坊したり連絡がつかなくなったりするタイプではあるが、ことギャンブル関係になると話は別である。だからといって帰るわけにもいかず、こうなるともう待つしかない。

駅の近くにあるカフェに入り、そこで待つ旨を連絡してから小説を読んで時間を潰す。十分経ち、三十分経ち、一時間経ち……やがて11時を過ぎたがおじさんからの連絡は一向に来ない。さすがにもう待ってはいられない。恐らくは急な予定でも入ったんだろう。


『今日は帰るよ。今度は寝坊しないようにね!』


 おじさんへメッセージを送った俺は、適当に街をぶらぶら周ってから帰路についた。


 家に帰った後でレース結果を見てみたら、おじさんの選んだ馬は見事一着に輝いていた。俺はなんだか複雑な思いになった。

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