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旅の始まり

 その日の午後、一行は出発しました。(おとり)の護送馬車とそれを守る兵士という組み合わせの部隊が、全部で七つ、続々と城門を抜けて東への街道(かいどう)を進んでいきます。

 護送馬車は市長に命令して用意させました。馬車の中には、(おとり)として龍にそっくりの格好をした女性が一人ずつ乗っています。この女性たちも、兵士たちの大半も、城塞都市(じょうさいとし)の住人から志望者を募って配置しました。昨夜の襲撃(しゅうげき)で家族や同僚を失った人々が、龍を倒し、不死者たちを倒すべく立ち上がったのです。

 (おとり)の護送団の中には、本物の王子と賢者が率いるものが一つだけありました。他はみんな、王子と賢者の服装を真似た騎士が率いています。彼らは城塞都市(じょうさいとし)を出ると、枝分かれする街道(かいどう)をバラバラに進むことになっています。不死者たちの目をそらすことができれば、それだけ本命のアルゾが見つかってしまう危険を減らすことができます。

 そのアルゾと龍は、一番最後に、都市の城門ではなく、小さな通用口から出発する手筈(てはず)でした。


 王子は城門を出るとき、背後を振り返りました。

 見送りをする人々が、城壁の上や家々の屋根に陣取って、声援を送っています。若い男も女も、老人たちも、子供たちも、大声で旅の無事を祈ってくれています。遠くでは、まだ火葬の黒煙が上がっていました。


「この旅が龍の死で終わったとして、あと何人が犠牲になるのだろうな」

 王子は隣にいる賢者につぶやきました。賢者は答えます。

「何人犠牲になろうとも、時代を変えられることは間違いありません。記録に残る限り、龍の山に不死者の王国が作られてから千年、人の歴史は恐怖に埋め尽くされていました。それを、私達が終わらせるのです」

「それは壮大な話だ」と、王子は皮肉をいいました。「俺も志願者を募るために威勢のいい話をしてきたが、そうやって連れてきた若者たちがバタバタと死ぬのは、やはり辛い」

「ええ、わかります」賢者も同意します。「私は、一番重大な仕事を年端もいかない少年兵に任せてしまいました。彼が死ぬようなことになれば、私は地獄行きでしょう」

「そのときは俺も、その隣で焼かれるだろう。安心しろ。地獄への旅路は孤独ではないぞ」

 王子は笑い、賢者は笑い返しました。


 アルゾは城壁の上から、(おとり)の馬車たちがすべて出発したのを見ていました。隣には少女――いや、龍がいます。

 アルゾは興奮していました。昨夜遅く、王子が直々に彼の元を訪れて、龍を護送する重大な役目を命令したのです。多額の報酬と名誉を約束した上で、なんと王族であるロムルスが、遊牧民出身のアルゾに頭を下げたのです。


 男としてこれは受けないわけにはいきません。


 アルゾが承諾(しょうだく)すると、ただちに龍が連れてこられました。そして二人の腰に頑丈な金属製のベルトが装着されて、二つのベルトは鎖で繋がれました。ベルトと鎖には錠前がかかっていて、外すには鍵が必要ですが、その鍵は王子と賢者が持っています。

 鎖の長さは人一人の身長ほどしかありません。二人はこれから、東の果ての奈落(ならく)まで、食べるときも寝るときも、鎖で繋がれたまま生活するのです。

 アルゾも龍も、おそろいの羊毛の白いコートを身に着けています。これは、少しでも二人が目立たないようにと、王子がこの街の仕立て屋に命じて作らせたものです。アルゾの革鎧はコートの下に隠れていて、彼が王国の兵士だということは傍目(はため)にはわかりません。


「よし! 俺が英雄になる日は近いぞ!」アルゾは鼻の穴を大きくしています。自分の左手のひらを右手でパンチして、溢れんばかりの元気をアピールしています。見ているのは眠そうな顔の龍だけなのですが。

 アルゾは龍を指さして、宣言します。「俺はお前をやっつけてやるぞ! お前が外見通りの、ただの女の子程度の力しかないことは知ってるんだ!」

 龍は無感動に少年の指先を見つめます。

 彼女が何もいわないので、城壁の上を吹き抜けていく風の音が、やけに良く聞こえます。

 アルゾは不満そうに指を引っ込めて、頬を膨らませます。「なんとかいえよ。お前が無反応だと俺がお前を(いじ)めてるみたいじゃないか! 未来の英雄に、何か返す言葉とかないのか?」

「未来の英雄?」と、龍は不思議そうな顔で聞き返します。「お前がそうなると、いいたいのか?」

「そうだ!」アルゾは胸を張ります。「俺はこれからお前を奈落(ならく)に連れて行く。お前は奈落(ならく)に突き落とされて、王国は二度と、お前に怯えることがなくなるんだ! そして! 俺は英雄になるんだ!」

 やはり龍は無反応です。しばらく思案して、彼女はただ一言「なんだか知らないが、まぁ、やってみろ」と、申し訳程度に言葉を返しました。

 アルゾは口を尖らせます。彼としては、王国の敵である龍には、何か悪役の大物がいいそうな言葉をいって欲しかったのです。

 そう、たとえば「食ってやるぞ」とか。王都の戦いで、龍が王子に向かっていったような脅し文句なら、満点です。とりあえず、龍からの扱いという点では王子と同格になって、いかにも英雄っぽくなります。

 だというのに。

 龍はアルゾがやろうとしていることにまるで無反応で、他人事のようなのです。

 ますます気分を害して、アルゾはことさら乱暴な口調になりました。

「まあいいさ。お前が逃げようとしたら、王子がやってたみたいに何回でも殺してやるからな。大人しくついてこい!」

 彼はそういって鎖をつかみ、城壁の階段を降りていきました。意外にも、龍はなんの抵抗もせずに、アルゾに従いました。

 龍は自分が死ぬなどとは少しも考えていませんでした。

 それ以前に、死ぬということを少しも恐れていませんでした。


 アルゾと龍は、一頭の馬にまたがって、街道(かいどう)を進んでいきました。

 馬はアルゾが故郷で狩りを始めたころからの相棒です。名前をサロといいました。これはケシュの言葉で「西から吹く風」を意味します。

 遊牧民にとって、狩りをするにも羊を追うにも、あるいは戦に参加するにせよ、馬がいなくては始まりません。彼らは新しく馬が生まれると、つきっきりで世話をして、訓練を施します。サロはアルゾが初めて出産に立ち会い、訓練をした馬でもあります。

 龍は、アルゾの両腕の間で、大人しく馬に揺られています。馬に乗せるときも、彼女は何も抵抗しませんでした。あまりにも従順なので、アルゾは自分が龍と間違えて別の少女を連れてきてしまったのではないかと、本気で心配になるほどでした。


 もちろん何度確認しても、龍は龍です。


 はじめ、二人が馬に乗って城塞都市(じょうさいとし)を発ったころ、龍はしきりに周囲を見渡していました。アルゾは、龍が不死者の仲間でも探しているのかと警戒しましたが、どうもそうではないようです。

「何を見ているんだ?」

 アルゾが(たず)ねると、龍は

「景色を見ているだけだ」と答えました。

「こんな、街道(かいどう)沿いの風景なんてどこにでもあるだろう?」

 呆れ顔でアルゾがそういうと、龍は

(わらわ)はこれを地面から見たのは初めてなのだ」と、不服そうな顔で反駁(はんばく)します。

 それを聞いて、アルゾは、龍が空を飛ぶ存在なのだということを思い出しました。

 空を飛ぶのが当たり前の龍にしてみれば、地面から眺める街道(かいどう)の風景は、十分刺激的ということなのでしょうか。街道(かいどう)をゆく巡礼者や商人たち、荷物を満載した馬車、街道(かいどう)沿いに設けられた雑木林や、別れ道の標識や、雑草の中に生えている鮮やかな赤い花を、龍は興味深そうに眺めていました。

 やがて、それに飽きたのでしょうか。龍は牝馬のたてがみを指で触り、いじり始めました。

 最初はおずおずと手を触れて、ゆっくり撫で回し、それが終わると毛を摘んで引っ張ったり離したり。

「おい、今度はなんだ」

 気になってアルゾがそう聞くと、龍は一言「触り心地を確認しているのだ」と答えました。その顔は真剣そのもので、大切な仕事を邪魔されたかのようです。

 龍のやっていることは、これといって害もなく、強いて止めさせる必要性はないものでしたから、アルゾは放っておくことにしました。


 彼はふと、かつて自分の妹を馬に乗せたときのことを思い出します。

 その頃の彼は、馬を乗りこなす術を覚えたばかりで、走ることに夢中でした。あまりにも楽しくて、妹をほったらかしにしてしまったのがいけなかったのでしょう。妹は日に日に機嫌が悪くなってしまいました。そこで、アルゾはある晴れた日に、妹をサロの背に乗せて、外へと連れだしたのです。

 妹は、馬の背中の上で目を輝かせ、しきりにたてがみを撫でまわしていました。なぜだか、そんな楽しい思い出が脳裏(のうり)に蘇ってきます。


 俺は何をしているんだろう?

 アルゾは、龍の細く白い指が、馬のたてがみを弄るさまを眺めて、自問自答しました。龍の護送という重大な使命を遂行しているというのに、余りにも平和にすぎるのです。

 城塞都市を発った時は、龍が徹底的な反抗をしてくると思っていました。それをアルゾが英雄のように制圧して、奈落へ向かう。そんな旅になるだろう、と。

 しかし、驚くほど龍は大人しいのです。


 いや、これは演技かもしれない。アルゾは考え直します。龍が幼い子供のように振る舞っているのは、彼を油断させるための作戦なのかもしれません。

 風景を眺め回しているのも、たてがみを撫でているのも、あくびをしているのも、伸びをしているのも、馬の背中に身体を横たえているのも、きっと、アルゾが気を緩める瞬間を狙っての行為かもしれないのです。

 そんなアルゾの考えをよそに、すでに龍は寝息を立てていました。


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