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旅の終わり

※前回までのあらすじ

 龍とアルゾ、そして王子は、不死者と魔物の最後の追撃を受けながら疾走する。

 王子は龍を予定通り奈落に突き落とすために走っていたが、アルゾはこれを裏切り、龍を連れて逃げるつもりだった。

 アルゾの決意を知り、自分の感情も自覚した龍は、アルゾに従うことにする。

 しかし、次の瞬間、アルゾの身を悲劇が襲った。




 仕留めた。

 間違いなく手応えがあった。

 パラメシアは空中から少年の首筋に一撃を加えていました。そして、彼の死を確信します。事実、馬に乗った少年の両手はダラリと垂れ下がり、身体は傾いて馬から崩れ落ちそうです。龍は少年にしがみつき、呆然としています。


 パラメシアは、龍と少年がどのような関係を築いていたのかは知りません。しかし、クラリモンドが見た光景の記憶からすれば、親密であったことは間違いないでしょう。

 しかし、それもここで終わりです。

 今、龍は衝撃を受けているようですが、それも人間の少女の姿に固定されているからに過ぎません。

 精神は肉体の在り方によって規定されます。

 人の肉体を持つものは人の精神を。

 龍の肉体を持つものは龍の精神を。

 だから、あの古代魔法を解呪して龍の姿に戻せば、少年と繋がっていた精神も消え去ってしまうでしょう。


「アルゾ? アルゾ! やられたのか?」

 ロムルス王子が異変に気が付きました。パラメシアは空から王子を見下ろし、フンと鼻先で笑います。

「その少年はもう終わりだ。お前と、ルーダリアの命運も尽きる。お前は私が直々に血を吸ってやる。名誉に思うがいい」

「いいや、まだだ!」

 王子は馬で駆け寄り、龍に手を伸ばします。龍を自分の手で奈落(ならく)へと連れて行こうというのでしょうか。

 しかし王子の手が龍の首元をつかんだ次の瞬間、龍は激しくかぶりを振って、抗います。

「待て、やめろ! 助けろ! コイツは、お前の部下であろう? さっさと助けんか!」

 龍は半狂乱でした。その両手の指はアルゾの身体を強く握り締めていて、たとえ大人が数人がかりでも容易には引き剥がせそうにありません。王子がそれでも龍の首筋を引っ張ると、龍とアルゾは揃って馬から落ちてしまいます。龍はとっさに自分の身体をクッションにして、アルゾが地面に叩きつけられるのを防ぎました。

「我が主に触れるな。人間めが」

 パラメシアが空中から蹴りを繰り出して、王子のアゴを打ちすえます。この一撃で、王子もまた、(くら)から転がり落ちてしまいました。頭をぶつけた衝撃で王子は昏倒します。

 パラメシアの配下の魔物たちが続々と追いついてきました。彼らは遠巻きに龍とアルゾを取囲み、パラメシアの次の命令を待ち受けます。

 龍にも、アルゾにも、王子にも、もはや逃げる道は残っていません。


「おい、しっかりしろ!」

 龍は叫び声をあげて、アルゾの身体にすがりました。彼の顔色は青白く、首筋からは絶え間なく血が流れ出ています。まだ死んではいませんが、息絶えるのは時間の問題でしょう。龍は指でアルゾの傷口を圧迫して止血しようとしますが、血は指の間から無情にも溢れ出てきます。その龍自身も、落馬の衝撃からアルゾを庇おうとしたがために、身体を地面に打ち付けて傷だらけです。指の骨も折れて曲がって力が入りませんでした。


 龍は無力感に打ちのめされました。生まれて初めての経験でした。

 人間は簡単に死んでしまいます。わかっていたことです。龍が戯れに引っ掻いただけで数十人がなぎ倒される、脆い生き物なのです。

 その脆い生き物が、一人、今まさに死なんとしています。深く切り裂かれた首の傷から、命がこぼれ落ちています。しかしそれを食い止めることは、偉大な龍にもできないことなのです。

 龍は、今ようやく知りました。

 この世には、取り返しのつかないことがあるのだということを。

 人間の幼児でも知っていることを、今まで知らずにいたのです。

 五千年も生きてきたのに。


「パラメシア!」

 龍はアルゾを抱いて、叫びます。

 パラメシアが顔を向けると、龍は怒りを込めて(なじ)りました。

「パラメシア! お前は(わらわ)の家臣であろう! お前は! (わらわ)に! そういっていた! (わらわ)の友だとも、信奉者だともいっていた!」

「もちろんです。私めは、貴方の忠実なる家臣であり、友であり、信奉者にございます」

 パラメシアは空中でうやうやしく頭を下げ、臣従の礼をします。

「ならば、なぜこの男を傷つけた? 早く、この傷を治せ! 元に戻すのだ! パラメシア! 死んでしまう! 助けてやってくれ!」

 龍の両目から涙が溢れてきます。両手が塞がっているので拭くこともできません。龍は涙と鼻水で汚れ紅潮した顔で天を仰ぎ、絶叫します。

「我が主よ」パラメシアは穏やかな口調で答えます。「私めは、主様(ぬしさま)奈落(ならく)に落とそうとする不埒な人間を成敗しただけでございます。主様(ぬしさま)が今、その人間の不幸を悲しんでいるのは、古代の魔術のせいであって、主様(ぬしさま)の本心ではありません。すべては術を解いてしまうまでの辛抱です。偉大なる龍が、悲しみなどという弱い感情を抱くはずがないのですから」

「何を……! (わらわ)の本心なぞ、お前が勝手に決めるな! 命令だ! この男を、お前の魔術で治せ! 出来るはずだ!」

「お断りいたします」

 パラメシアは即答しました。

「下賤な人間にかける治癒の術などありません。それに、私がお仕えする偉大なる龍は、人間に関心など持ちません。臣下として、主様(ぬしさま)が正気をお取り戻しになることを祈るばかりでございます」

 パラメシアの口元には笑みさえ浮かんでいます。

 龍は、この不死者が口にする忠誠も友情も、酷く歪んでいることを理解しました。


「姉様」と声がしました。パエッタが白く淀む空に姿を見せます。そのパエッタに首根っこをつかまれて、ぶら下がっている人影が見えますが、これは賢者です。

 やはり彼は逃げ切れなかったようです。まだ死んではいませんが、額に傷を負い、ぐったりとしています。

「ご命令の通り、賢者を連れてまいりました」

 パエッタの報告に、パラメシアは満足そうにうなずきます。

「ご苦労。これですべてが終わる」

「アフタルとセタレフはどうしたのですか?」

 パエッタは泣き出しそうな顔でパラメシアに(たず)ねました。何が起きたのかは予想がつきましたが、確認せずにはいられなかったのです。

「あの二人ならば死んだ。二人がかりで王子一人に負けたのだ。こんなに弱いのなら、早く処分しておくべきだったな」

 パラメシアは不愉快そうに答えます。

「そんな……!」

 パエッタの双眸(そうぼう)から涙が溢れてきます。しかしパラメシアは、白けた顔をしただけです。

「賢者には聞きたいことがある。そいつを置いて、お前は下がっていろ」

 いわれたとおりに、パエッタは賢者を地面に下ろすと、顔を伏せて後ろへ下がり、あとは成り行きを傍観することにしました。

 龍も、パラメシアも、龍の山も、もうどうでも良かったのです。


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