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王都の戦い

 そのころ、ルーダリア王国は深い眠りについていました。

 王も家臣もみな眠りにつき、今は見回りの兵隊が松明(たいまつ)を手に、王都を行きかっています。

 その上空にたどり着いた龍は、眼下に広がる王都のありさまを見渡して、密かに不満の声を上げました。点々と松明(たいまつ)の灯りがあるばかりで、王宮も城壁も古ぼけています。

「なんと見すぼらしい」と、龍は思います。


 人間の住居を焼き払ったことは何度もあります。大きな都市ほど人間の抵抗は激しく、それを蹂躙するのは良い退屈しのぎでした。過去に滅ぼした都市と比べると、このルーダリアの王都は見劣りがしました。きっと貧乏で兵士もあまり雇えないに違いありません。

 本当にこんなところに、龍を滅ぼす魔法と、それを使う賢者などというものがいるのでしょうか?

 もしも無駄足を踏ませたのであれば、この都市は腹いせに炭にしてしまうつもりでした。そう決めると、龍は大きく一呼吸しました。


 もしもその時、王都の住人が空を見あげれば、星の光に微かに照らされて、羽を広げた龍が空気を震わせていることに気が付いたでしょう。炎の息は、大量の空気を吸い込んだあと放たれるのです。しかし誰も空を見あげていませんでした。

 龍は住人が眠る一角に向けて、炎の息を放ちました。

 王都の誰も、いったい何が起きているのかを理解できませんでした。

 灼熱の業火が、突然、王都を赤く照らして燃え上がったのです。

 建物がなぎ倒される轟音と火のはぜる音、そして、焼き尽くされていく人々の悲鳴。そうした音が、一斉に沸き起こりました。

 龍は住宅地が赤く染まるのを見て、満足そうに唸り声を上げます。

 人間が火を消そうとして右往左往している様や、身体に火がついてしまった人間が金切り声で助けを求める姿は、龍の目を楽しませました。

 住宅地を狙ったのは、いきなり王都の中央部を焼いてしまうと、件の魔法が使える賢者を殺してしまうかもしれなかったからです。件の魔法を自分の目で確かめるのが龍の目的なのですから、賢者がいそうになくて、王都の誰からも惨状が見えるような場所が標的としては適当です。

 龍は、背中にチクリと微かな痛みを感じました。いや、全身のあちらこちらから、痛みが伝わってきます。下を見ると、沢山の人間の兵士が弓を手にして、城壁からこちらを狙っています。

 ふん、と龍は鼻を鳴らします。

 痛みがあるといっても、人が蟻に噛まれた程度の痛みにもなりません。人の弓などその程度のものです。手近な城壁を見定めて、龍はその上を撫でるように低空飛行します。

 たちまち、兵士たちは龍の爪にかかり、薙ぎ倒されて、城壁から転落していきます。

 代わって、剣や槍を手にした兵士たちが、龍へと果敢に立ち向かいましたが、これも龍にとっては児戯のようなもの。彼らも爪と尻尾と牙で、蹴散らされてしまいます。


 城の自室で、ロムルス王子は目を覚ましました。

 窓から外を見て、いったい何が起きているのかを知ると、着の身着のまま、剣だけを手にして廊下へと飛び出します。

 兵士たちが続々と集まってきて、被害状況や、今戦っている部隊について報告をしました。王子は彼らの話を聞き、王と住民を避難させるように指示しました。龍をどうやって撃退するべきか王子が思案していると、そこに賢者が現れました。

「なぜ龍が現れたのか、何か心当たりはありますか?」と賢者が(たず)ねますが、王子にも龍の都合などわかるはずもありません。ただ、手短に今の状況を説明することしかできません。

「件の魔法は使える状態なのか?」

 王子がそう聞くと賢者はうなずきました。

「これは好都合かもしれません。龍の山には、あの忌々しい不死者たちがいますが、幸いにも、龍は単独でここにきたようです」

「そうだ。城門を守る兵士から、異常の報告はない。龍は空から、護衛もなしにやってきた。王都のど真ん中にな」

「王子よ。奴の注意を引いてください。私が教会の鐘楼(しょうろう)に昇って、そこから龍に魔法をかけましょう。準備ができたら、鐘を鳴らしますので、鐘楼(しょうろう)から見える位置まで龍をおびき出してください」

 教会の鐘楼(しょうろう)は王都の中心にあり、ここで一番高い建物です。そこからなら、街の主要な通りを一望できます。王子が作戦を了承すると、賢者は鐘楼(しょうろう)へと走りだしました。

 王子は部下に命じて馬を用意させると、鎧もつけずに龍の元へと向かいました。


 兵士たちと龍は睨み合っていました。剣で立ち向かっても勝てないとわかると、兵士たちは攻めかかるのを止めて、一定の距離を置いて様子を見るようになりました。龍が近づくと逃げ、遠ざかると近づいてきます。龍はその繰り返しに、面倒くさいと思うようになりました。こんな退屈な作業のためにここに来たのではないのです。


「龍よ」と、若い男の声がして、龍は振り返りました。馬に乗ったロムルス王子が、瓦礫の山の上で剣を振り上げています。

「俺は第一王子ロムルス。我が国にいきなり攻め入るとは無礼である。お前を打ち倒してやるから、覚悟しろ!」

 龍はせせら笑い、羽を広げて王子に突風を吹きかけます。馬が恐れおののいて、後ろ脚で立ちそうになるのを、王子は必死になだめました。そして馬がやっと落ち着きを取り戻したところで、拍車(はくしゃ)を入れます。馬は龍の突風をかき分けて進みます。王子は剣が届く間合いまでくると、渾身の一撃を放ちました。

 それは龍の身体に確かに傷を付けましたが、皮膚を貫通していません。龍は(ひる)むことなく爪の一撃を放ちました。王子は身をかがめて避けます。

 動きを止めれば致命の一撃を受けてしまいます。王子はまた馬に合図すると、龍の背後に回るように移動しました。しかし、そこを龍の尻尾がうなりを上げて薙ぎ払います。王子はとっさに馬を跳躍(ちょうやく)させました。馬の蹄のすぐ下を、太く重い尻尾の一撃がすり抜けていきます。空振りした尻尾はそばにあった石造りの建物に当たり、倒壊させました。

 王子が全身に伝わる冷や汗を感じたそのとき、鐘楼(しょうろう)の鐘が鳴りました。賢者の合図です。

「やいノロマ!」王子は精いっぱいの虚勢を張って叫びます。「お前がどんなに頑張っても、俺に追いつくことなどできない! 悔しければ、俺をひと呑みにしてみせろ!」

 王子は再び馬に拍車(はくしゃ)を入れました。鐘楼(しょうろう)へと向かう道を選んで進みます。 

 後ろから龍が追いかけてきます。通りに面した建物を薙ぎ倒し、踏みにじり、石くれに変えながら王子の背中を狙います。

 望みどおりに、牙の餌食にしてやろうか。そう考えた龍は首を伸ばして王子に噛みつこうとしましたが、そのたびに王子は向きを変え、しゃがみ、あるいは突然速度を変えて、巧みにそれを避けてみせます。

 龍が手加減をやめて、そろそろ全力で走ろうかと考えたとき、視界の正面に鐘楼(しょうろう)が見えてきました。王都の中央通りに出たのです。

 鐘楼(しょうろう)のてっぺんに誰かがいる。龍がそのことに気が付いたとき、王子が叫びました。

「賢者よ! 龍を連れてきたぞ!」

 連れてきたとはどういう意味だろう? 龍が不審に思っていると、鐘楼(しょうろう)にいた人物の朗々たる声が聞こえました。


「汝、如何なる偉大なる存在なれども、

 不死不死身の存在なれど、

 今は無力なる人の姿まといて、偉大なる天の主の慈悲を乞え。

 ただ心のあり様を形に成して肉の身体を得て

 その姿を改めよ」


 古代語の言葉です。呪文の言葉です。直感的に龍は、これこそが龍を倒す魔法なのだと察しました。

 驚いたことに、龍の身体には急激な変化が起きたのです。

 地面が目の前に近づいてきます。王子の背中が遠くなっていきます。

 爪の生えた腕が、石畳(いしだたみ)を踏みしだく両足が、背中の四枚の羽が、力を失っていきます。龍は自分の身体が自分のものではなくなってしまったような、そんな不安を抱きます。

 息が苦しくなってきます。走ることができません。

 龍はとうとう倒れてしまいました。


「なんだこれは?」

 ロムルス王子は倒れているモノを見て、つぶやきます。

「これが、龍です。古代魔法の力で、今はこのような姿になっています」

 賢者は疲れを見せながらも会心の笑みを浮かべています。

 意識を取り戻したとき、龍は二人の人間が自分を見下ろしていることに気が付きました

 見下ろしている?

 ありえないことです。龍の巨体を見下ろすことのできる人間など、この世にいるはずがありません。しかし、事実目の前にいる人間は、自分を上から見つめています。

 龍は立ち上がります。賢者の魔法が何だったのかはわかりませんが、龍がこうしてまだ生きているということは、きっと、大したことのない魔法だったのでしょう。

 無礼な人間に目にものを見せてやろうと、龍は爪で襲い掛かりました。

 しかし、龍の視界に飛び込んできた自分の腕には、爪がありませんでした。


「なんじゃ?」

 龍はありえないことが起きたことに驚いて、短い悲鳴を上げます。

 龍は直接自分の意思を他人の心に響かせることができるので、音の声を出して言葉など発する必要はありません。心の声だけで人間を殺すことさえできるのです。

 しかし、そのときの悲鳴はまちがいなく、ただの、音の声でした。

 龍が繰り出した腕には爪がなく、代わりに、五本の華奢な指がついていました。指は王子の胸板にあたり、そして、グキリという鈍い音を響かせます。

 痛みに短い悲鳴を上げます。先ほど何ダースもの矢を受けたときも、槍で突かれたときも感じなかった、いつまでも続くじんじんとする痛みです。

 龍は顔をしかめ、自分の両手を見つめます。それはやはり、五本の指を持つ二つの手です。いや、それどころか、自分の身体が何もかも変化しています。胸も、お腹も、両の足も、すべて白くて細いものに代わっています。それに、目の前にいる王子と賢者が、事実として自分より大きいことに気が付きました。彼らが龍を見下ろしているのは、単に龍の方が小さいことが理由だったのです。

 いつの間にか、夜は白々しく明けて朝が来ようとしています。王子と賢者のもとに、つぎつぎと街の兵隊たちが集まってきました。彼らは一様に、龍を見て、怪訝な顔をします。

 龍は自分が見世物になっているようで不快でした。人間どもを薙ぎ払ってやろうと尻尾を振り回す動作をしましたが、龍にはもう尻尾がありませんでした。空を飛ぶために羽を広げようとしましたが、羽もありません。炎の息を吐こうと大きく息を吸い込んで吐き出しましたが、ただ、冷たい空気に白い息が漂うだけです。

 そうして龍は、ようやく、自分が人間の少女と同じ姿をしていることに気が付いたのです。それは、人間にすれば十四、五歳の、長い黒髪と白い肌の少女に見えました。


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