学校に行きたい男
僕の名前は光月学。
高校生の年だけれど、学校には行っていない。
行っていないというより、行けてないと言った方が良いのかもしれない。
3年前から白血病を患っており、それ以降入院生活を余儀なくされている。
学校は大嫌いだったが、いざ行けないとなると恋しくなるものである。
つまらない数学の授業、めんどくさい体育の授業、うざったい先生の説教、友達とのくだらない会話、そのすべてが恋しく感じる。
先日、余命が1か月であるということが宣告された。
それを聞いた両親は、
「どんな願いも叶えてあげるから何でも言ってくれ」
と言った。
今まで自分という人間がよく分からず、何を求めているのかも自分でもよく分からなかった。
そんな自分が熟考することなく、反射的に願った言葉に驚いた。
「もう一度、学校に行きたい」
ある日起きると、僕は女子高生になっていた。
* * * * *
作戦失敗となった莉音の最後の頼りは、『体はすぐに返す』というXからのメッセージだけとなった。
何もできることがなく2週間が経った。
2週間と言っても莉音にとっては土日2回分の4日なわけだが……。
「すぐっていつ返してくれるのよーーーー!!!!」
ピーンポーン
チャイムが鳴る。
「誰だろー?」
莉音が部屋の窓から外を覗くと、息を切らしたミサがいた。
* * * * *
「で、何で私たち病院にいるの?」
莉音が問う。
「莉音にお礼を言いたいって子がいるんだよ」
ミサは真剣な表情で答える。
「お礼ー? 私ここ1か月、学校に行かず休日を謳歌してただけだが!?」
「そのお礼だよ」
「?」
ミサに引っ張られながら莉音が病室に入ると、白血病患者の男の子、光月学がベッドで横たわっていた。
「この子が莉音の体を使って学校に行っていたんだよ」
ミサが莉音に真相を話す。
「え!? Xを知ってたの!?」
驚く莉音。
「知ってたもなにも、そうさせたのは私なんだよ。この間、莉音が壊れたゲーム機を治してって持ってきたでしょ? その時、治すついでに細工しといたんだ。あなたが学校に行きたくないと願えば、その想いをゲーム機に取り付けてあったセンサーが取り込む。そしてこの子の学校に行きたいという想いもセンサーに取り込ませる。そうすることで需要と供給は一致し、あとはそれぞれの脳内情報を交換するように強力な電磁波を流すだけ。起きる頃にはお互いは入れ替わってるってわけ」
想像を超えるようなことをたんたんと話すミサに莉音は呆然としている。
「頭悪いからよく分からんけど! 勝手なことを!」
莉音がミサにチョップする。
そのやり取りを見た学がくすっと笑う。
「体を貸してくれてありがとう」
学が口を開く。
「僕はもう先がないから、最後に学校に行きたかったんだ。最後の願いとしては些細なことだったかもしれないけど、学校っていいもんだよ。僕も当たり前に学校に行けてた頃は、その有り難さ、楽しさが分からなかったけど。友達がいて、勉強ができて、先生という親とはまた別の大人がいて、こんな当たり前の日常が、入院してたら非日常だから。実はそれは楽しいことなんだ」
学は莉音に学校というものの尊さを語りかける。そして続ける。
「君も少し長く休んでたことで、学校に行ってみたくなってない?」
学校に行きたくなかったもの同士。しかし学は、死の間際になって学校に行きたくなった。闘病生活を送り、学校の尊さに気づいた人生の先輩が、学校の尊さに気づいていない後輩に微笑みかける。
しかし莉音は……
「なってないです」
ミサは莉音を見てぽかんとしている。
莉音は続ける。
「なんかいい感じの感動的な雰囲気にしようと思ってるけど、先に胸触ったこと謝ってもらっていい? 学校が尊いことと胸触ったこと関係ないよね?」
「ごめんなさい……」
学が謝る。
莉音と学のやり取りを見て、あっけらかんとしていたミサが割り込む。
「莉音! 余命いくばくもない子なんだからそんな些細なこと言って責めないであげて!?」
「些細じゃないもん!」
反射的に声を上げる莉音。続ける。
「でも、私学校にちゃんと行ってみるよ。学校なんてクソって気持ちは微塵も変わってないけど、楽しもうとゲーム感覚でやってみるのも悪くないかもね。あなたの取った授業ノート見てたら、少し楽しそうだったしね。先生の咳払いの回数を正の字で数えてみてたり、ハゲた先生の後頭部をスケッチしてみてたり、授業中、友達に回覧板を回してみてたり、学校ってそんな楽しみ方もあるんだね」
莉音の言葉を聞いて、学は笑みをこぼす。
そして再び莉音に語る。
「楽しいのが一番だからね。僕に乗り移ってた君も、看護師さんに『学校行きたい、学校行きたい』って泣きながら懇願してたみたいだよ? これは学校で楽しい生活を謳歌したいっていう君の潜在的な願望の現れなんじゃないかな?」
「っなわけあるかー!」
莉音は否定する。
しかしその表情は、どことなく嬉しそうだ。
「ふふ。最期に……体を貸してくれて……学校に行かせてくれて……本当に、ありがとう」
* * * * *
莉音はミサと一緒に、体育の授業をサボりながら会話をしていた。
「莉音、ギュゲスの指輪って知ってる?」
「なにそれー?」
あまり興味のなさそうな莉音。
「古代ギリシャの哲学者、プラトンの『国家』という書籍の中に出てくるお話なんだけどさ、ギュゲスという羊飼いが指輪を拾うの。指輪には自由に透明人間になれる力が宿っていて、ギュゲスはその力を利用して、王を殺して、自分が王になるの。人知れず不正を行えるとき、不正を犯して利益を得るものと、不正を犯さず正義を貫く者とでどちらが幸せな人生を送ったと言えるかって問いなんだけどさ、どう思う?」
莉音は間髪入れずに答える。
「そんなん不正を犯した者に決まってるでしょうが!!! 私だったらそうするね!!!!」
ミサはしめしめといった表情。
「じゃあ学くんが胸触ったことも許してあげてね?」
莉音は頭を抱え、やられた! という表情。
しかししばらくして吠える。
「許せねえなあ!?!? 私は不正するのは大好きだけど、不正されるのは御免なんだよぉぉおおお!」
「だめだこりゃ」
ミサが呆れていると、男子の投げたドッジボールが莉音の顔面に向かって飛んでくる。
ダーーーーーン!
莉音の顔面に直撃した。
ボールを回収しに、男子が走ってくる。
「あ、サボりの住谷さん、ごめ〜〜〜ん!!!www でもサボってるからバチが当たったんだよ?www」
「うぜえ……」
謝る気が微塵もない男子に莉音はうんざりする。
男子はボールを回収すると、コートの方へ向かっていく。途中、莉音の方を振り返る。
「ここ1ヶ月ぐらい、お前のことを面白い奴だと見直してたけど、最近つまんなくなったよな~」
「へ? 面白い奴? 私が?」
男子が続ける。
「そうそう。話は面白いし、運動もできるし、友達思いで性格もいい。ノリも良くてさ〜。なんか別人が乗り移ってたみたいだったな。今は話もつまらんし体育はサボるし性格も悪くてノリも悪いし」
学を褒め、莉音をけなす男子。
「うっさい!! どっか行け!!」
莉音はけなされたにもかかわらず、なんだか嬉しそうな表情だ。そして一言。
「やっぱり学校ってクソだ〜〜〜〜」
莉音の手は、ボールが当たって少し赤くなった顔を覆う。きっとその中には、満面の笑顔があったでしょう。




