7.
「身長あるし絶対向いてるのになぁ。なぁ?青木。」
面倒くさく絡んでくる担任の、この声だけ耳に残った。
*
「真樹!私もう出かけるからね!ちゃんと起きて行きなさいよ!」
「…あー」
自分の部屋からドア越しに母さんの声が聞こえるが、眠すぎてちゃんとした返事が出来ない。今日はじいちゃんの手伝いに行く日だったらしく、朝早くからバタバタと母さんの支度をする音が聞こえて来ていた。そんなうるさい音を聞かされていても、俺の脳は働こうとはしない。その理由は明白で、ゲームのやり過ぎだ。信ちゃんと一緒にやろうと思ってデータを進めていたら、いつの間にか寝るのが朝方になってしまっていた。
「もう家に誰もいないからね!じゃあねー!」
「…いってらっしゃい。」
母さんがまた大きな声を出すから、ベットの上から仕方なく返事をする。バタンと母さんがドアを閉める音がした。これで俺以外の家族はみんな出かけたらしい、今家には俺一人だ。母さんの声で起こされてしまったし、もう起きようかと寝ぼけながら携帯を開くと、時間は六時半。入学式が何時からだったかは覚えていないが、今起きるのは少し早すぎじゃないか?あと三十分くらい寝たら起きよう。そう決めて、俺はアラームを掛けずに二度寝を決め込んだ。
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自慢じゃないが、俺はアラームを掛けないで時間通りに起きられたことが無い。なのになぜアラームを掛け忘れてしまうのだろうか。
「…うわ。」
起きた瞬間、寝すぎたことを悟った。スマホを見ると一時間以上は寝ている。多分…っていうか絶対遅刻だ。ここに母さんが居たら怒号が飛んで急かされる所だが、今この家に居るのは俺だけ。もう諦めてゆっくり準備しようと決めた。
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(持ち物は…初日だし多分何もいらないだろ。)
顔を洗って、まずは新品の制服に袖を通す。ワイシャツを着てネクタイを結ぶが、首が詰まるのがどうも苦手な俺は、少し緩めに第二ボタン辺りで結び目を作った。シャツのボタンも同じ理由で、第二ボタンまで開けている。
筆箱と財布を取りあえずリュックに放り入れて、ブレザーを羽織って家を出た。玄関の横にある自分の自転車の鍵を開け、自転車ごとエレベーターに乗り込む。そしてエントランスを出て、自転車に跨ってから気づいた。
(そういえば今日ってチャリで行っていいんだっけ…。)
でも歩きで行ったら大遅刻。細かいことは気にせず、自転車で高校へ向かった。
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もしかしたら間に合ってるかも…という淡い期待を持っていたが、やっぱり遅刻だったみたいだ。高校に着くまでの道のりで俺以外の生徒には会わなかった。自転車は駐輪場らしき場所に適当に停め、校舎の中に入る。
「…あ~。」
クラスが分からないから靴を適当な下駄箱の一番上に置き、靴下になった状態で、自分のリュックの中身を思い出す。
「上履き忘れた~…。」
学校だから、とりあえず筆箱と財布を持ってきていれば何とかなると思っていた。学校初日なんだからそりゃ上履きもいるわ…。自分のアホさに少し笑いがこみ上げながら、靴下のまま取りあえず職員室を探す。
階段を上がり二階の廊下を覗くと、一年生のクラスが大量に並んでいた。どうやら一年生は二階らしい。靴下のまま階段をずっと上がるのもキツかったから有り難かった。階段の目の前にある教室に丁度「教職員室」という札がかかっており、一応ノックを何度かしてドアを開けた。
「失礼しまーす。」
ドアを開けたら目の前に長机と椅子が何脚か置かれており、その奥にはデスクが沢山置かれ、教員用のスペースが広がっていた。生徒は長机に仕切られて教員スペースに入れないようになっている。
「どうしたー?」
俺の声に気づいて、ドアの近くのデスクに座っていた女の先生がこちらに近付いてきた。
「上履き忘れちゃったんすけど…。」
「あぁ、上履きね。ちょっと待ってて。」
そう言うと、教室の奥に置いてある段ボールからスリッパを一足取り出し、「はい。」と手渡してくれる。緑色に学校名が印字されてる、よくあるスリッパだった。
「帰るときにまた返しに来てね。あ、これに今日の日付と名前書いてくれる?」
「はい。」
貸し出しノートと書かれたノートとボールペンを手渡された。長椅子の前にあるパイプ椅子に座り、パラパラとページをめくる。
(結構みんな上履き忘れてんだなぁ…。)
空欄があるページを見つけ、まずは日付を書く。そして次の欄には『クラス:氏名』と書かれていた。そうだ…。
「あ…。」
「どうした?」
「俺、自分のクラスわかんないっす。」
*
スリッパを借りるついでにクラスを調べてもらい、ようやく自分の向かうクラスがG組だと判明した。今いる職員室の隣はA組、G組はここから一番遠い端にある。「もうすぐ入学式始まっちゃうから、早めに教室入りなさいよ。」と職員室で言われ、いつもよりやや速足で廊下を歩く。廊下は思ったよりも静かで、俺の出すペタペタとした足音が良く聞こえる。
(学校終わる前に着いてよかった…。)
廊下の端まで辿り着き、G組の前まで来た。遅刻したことはもうこの際置いておこう。学校が終わる前に着けただけで上出来だ。そう心の中で自分を褒めながらドアを開けた。
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真樹は基本なるようになるさ思考で「どうしよう」とか考えないし物怖じしないです。
信介はそんな真樹を見てしょっちゅうヒヤヒヤしてます。