平日の夜⑥
珍しくまだ日が落ちていない時間に俺は帰路を歩いていた。
数カ月に一度、点検整備の関係でこういう日が出るのだ。
(久しぶりに体力も残ってるし夕食にちょうどいい時間だ……直美ちゃんが居れば一緒に食事にでも行こうかな?)
財布を確認するとぎりぎりファミリーレストランぐらいなら何とかなりそうだ。
だから改札を抜けてまっすぐ家に帰ったのだが、二階の窓には明かりがついていなかった。
(留守かなぁ……それとも寝てるだけとか……)
二階の自分の部屋に向かい、窓を開けて直美を呼んでみる。
しかし返事はない、やはり留守のようだ。
(あらら……仕方ないかぁ)
一応携帯電話の番号は知っているが鳴らすほどの用事ではない。
直美にも生活がある、それを邪魔しちゃいけない。
(友達と遊びにでも行ってるのかな……)
見た目は派手だが美人でもある。
そして中身は明るく優しい子だ。
好かれないわけがない、同性からも……異性からも。
(俺みたいな冴えないおっさんが邪魔しちゃだめだよなぁ……はぁ……)
せっかく早く帰ってこれたというのに何か妙に疲れてしまった。
俺は何も考えたくなくなって、食欲も失せてベッドに横になった。
そのまま目を閉じて、気が付いたら眠ってしまっていたらしい。
『ピリリリリ……』
携帯電話が鳴っていた。
この音で起こされてしまった。
(またクレームか……それとも八つ当たりか……嫌だ……出たくない……)
気が重い、特に今日は。
だけど出ないわけにはいかない。
俺は恐る恐る通話ボタンを押すと電話を耳にくっつけた。
『おっそおぉおおおおおいっ!! おじさん何してるのぉおおおおっ!!』
「うわっ!? な、直美ちゃんっ!?」
『どーして早く出ないのーっ!! そしてどーして帰ってこないのーっ!!』
思いっきり叱られてしまう。
どうやら怒っているようだ。
「ご、ごめん……ちょっと寝てて……」
『なにそれーっ!? もぉホテルに泊まるお金あるなら直美にお小遣い頂戴よぉ~』
「いやホテルじゃなくて家……今日は早めに仕事終わったから……」
『はぁっ!? じゃあ何で連絡してくれないのぉっ!! おじさんの奢りでご飯食べにいけたじゃんっ!!』
更に直美の機嫌が悪くなっていく。
(お、俺悪くないよなっ!?)
だけどこうなると謝らないと大変だ。
前に機嫌を損ねたときは毎朝フライパンとおたまで起こされて耳がおかしくなりかけた。
もうあんな思いはごめんだ。
「わ、わかった悪かったよ……今からでよければ食べに行くかい?」
『行くに決まってるでしょ~、もちろんおじさんのお・ご・りだよねぇ~?』
「うぅ、わかってるよぉ……どこに行けばいいんだい?」
『駅前~、もう待ってるから急いでね~』
電話を切って急いで出かける準備をする。
(駅前……俺を待っててくれたのかな?)
晩御飯をおごってもらいたかっただけかもしれない。
だけど人に必要とされていることがやっぱり嬉しかった。
俺は笑顔で直美の元へ向かうのだった。