娘に寝取られて幸せになった幼馴染の子供も見事に幸せになりました……だけど物凄く癒されてます
「ごちそうさまでしたぁ……もりゆき、ごちそうさまだよ?」
「ごぅそぉ……さぁ……さぁ……」
「はい、お粗末様ぁ~」
「御馳走様、後片付けは俺がやるから直美は子供たちをお願いな」
「はぁい、じゃあお願いしちゃうんだからぁ……ゆきなと守幸はこっちで遊ぼうねぇ~」
子供二人を直美に任せて、俺は早速食器を片付けて洗い始める。
尤も流し台には洗い物が殆ど溜まってなかったので、あっさりと終わってしまう。
(お昼ご飯のとか残しておいていいのに……直美は本当に良い奥さんだなぁ……)
妻の心遣いに感謝しながら居間へと行くと、直美と子供達の話し声が聞こえてきた。
「何して……亜紀さん」
『あらあら、久しぶりね……史郎さん』
「いまね、あきおばあちゃんとおでんわしてるの~」
ゆきなの言う通り、机の上に立てかけられた携帯電話のカメラを利用してのビデオ通話が開始されていた。
その画面に映るのは霧島亜紀……かつて俺の幼馴染だった女性だ。
『ごめんなさいね、こんな時間に……少しお話がしたくなってしまって……忙しくなければいいのだけれど……』
「こっちは大丈夫だよ、そっちの調子はどうなの……お母さん」
母と言うときだけ僅かに直美の顔が強張るが、それでも笑顔で告げた言葉に亜紀は普通に返事をしてくる。
『それなりに順調です、二人が紹介してくれたお仕事のお陰でなんとか暮らしていけますから……今度またお金を振り込みますから子供達に何か買ってあげてくださいな』
「いや大丈夫ですよ、それより生活も厳しいでしょう……こっちのことは気にしないでいいですから」
『ですけど史郎さんには娘がお世話になってますし……私も色々と面倒をかけてしまいましたからね』
そう言って穏やかに微笑む霧島亜紀、もはやその佇まいは容貌と相まって完全にお祖母ちゃんという感じだ。
「あきおばあちゃんっ!! やくそくわすれてないよねっ!! こんどあそびにいったらいっしょにおりがみやろうねっ!!」
『ええ、覚えてますよ……ふふ、相変わらずゆきなは元気ですねぇ……ちゃんとパパとママの言うことは聞いているかしら?』
「うんっ!! ゆきないいこだもんっ!! もりゆきのめんどうもちゃんとみてるんだよっ!!」
『あらあら、ゆきなは立派ねぇ……守幸も元気ですか、お祖母ちゃんですよ』
「ばぁ……ばぁ……」
子供二人が画面に向かって手を伸ばすのを、亜紀は微笑んで見つめている。
そこには執着も未練も嫉妬も……俺への想いも何も含まれていないように見えた。
「……まだ記憶は戻りませんか?」
『ええ……その節は、ううん今も迷惑をかけてごめんなさいね……未だにあなた達のことすら思い出せなくて申し訳ないわ……』
「仕方ないってばぁ……酷い事故だったんだからねぇ……」
直美がどこか遠い目をして呟いた。
(やっぱり何も気付いてないんだろうなぁ……自分が何者なのかも……何をしてきたかも……ゆきなが自分の娘であることも……)
ずっと意識が戻らなかった霧島亜紀だが、不思議なものでゆきなの出産を機に少しずつ変化が訪れた。
そして何度もゆきなを連れて面会していると、不意に彼女の泣き声に反応して目を覚ましたのだ。
しかしその時には霧島亜紀は自分の名前以外の全ての記憶を失っていた。
(先生曰く頭への衝撃というよりも精神的なショックが大きいらしいけど……まだ治らないのか……)
余りにも辛い人生を送ってきた果ての末路に、心が耐えられなかったのかもしれない。
そういう場合嫌な部分だけ忘れ去りそうなものだが、不思議なことに亜紀は俺のことは元より両親のことすら思い出せないという。
そして皮肉にも年齢すら忘れ去っていたため、外見と直美との血縁を知った亜紀は当然のように自分はゆきなの祖母なのだと思い込んでしまった。
(最初は色々と思うところもあったし、言ってやりたいこともあったけど……)
ある意味で現実逃避の極致のような真似をされて、しかも直美に普通の親子のように接してくる姿を見て腹が立つこともあった。
だけど頼れる相手どころか自分自身すら失い、何もかもに怯えて小さくなる亜紀をこれ以上責めることは俺たちにはできなかった。
だからせめて記憶が戻るまではと身の回りの世話をして、一時は同居すら考えたが意外なことに亜紀は自ら一人で暮らすと言い出したのだ。
(最初こそ働ける職場を紹介したり各種手続きを手伝ったりしたけど、今じゃ自力で生活してる……本当に人が変わったみたいだ……)
今の亜紀はゆきなや守幸の祖母という、ある意味で俺たちにとってもありがたい立場に居てくれている。
何せ他に親戚付き合いなど何も残っていないのだ、彼女が居なければ子供たちはそう言う相手を知らずに育つところだったのだ。
実際に亜紀のところへたまに子供達を連れて行くと、ゆきなは喜んではしゃいで見せる。
(それだけじゃない……最近は直美も少しずつ……)
『本当に貴方には迷惑をかけてばかり……駄目な母でごめんなさいね直美』
「も、もぉ……毎回そんなこと言わなくていいからぁ……お、親子……なんだし……」
『ありがとう直美、こんな私にそう言ってくれて嬉しいわ』
「わ、わかったからぁ……も、もういいんだってばぁ……過ぎた……ことだし……」
直美がもごもごと言いずらそうに口を動かした。
亜紀は目覚めた時からこうして何かにつけて直美に駄目な親だと謝罪と……感謝の言葉を繰り返す。
まるで良くしてもらうことに罪悪感でも抱いているかのようにだ。
『ふふ……ああ、長電話してしまったわね……ごめんなさい、そろそろ切るわね』
「おばあちゃんっ!! またでんわしてねぇっ!!」
『そんなに頻繁にしたら史郎さんに迷惑が掛かるから……ねえ直美、史郎さんを大切にしてあげなさいね……それにそんな素敵な旦那様他にいないのだから離れちゃだめよ……絶対に後悔するわ』
「わ、わかってるってばっ!! も、もぉ……ほら切る……」
「ふぇぇ……っ」
直美が電話へ手を伸ばそうとしたころで、守幸が愚図り始めた。
「な、何? まだ何か話……ああ、おトイレかぁっ!! はいはい、今おむつ取り換えてあげるからねっ!!」
バタバタと守幸を抱えてその場を離れる直美。
『あらあら、やっぱり少し話しすぎたわね……じゃあ今度こそ切るわよ』
「おばあちゃんっ!! またあそびいくからまっててねっ!!」
『ありがとう、ゆきな……だけど私より史郎さんと直美と……家族と過ごす時間を大切にしなさい……それがあなたの幸せなのよ……』
「ゆきなはパパもママもだいすきだよぉっ!! だけどおばあちゃんもだいすきなのぉっ!! だからだいじょーぶぃなのぉっ!!」
『……ふふ、嬉しいこと言ってくれるのね……本当に良い子……パパとママの教育が良い証拠だわ』
胸を張って答えるゆきなを、亜紀は本当に嬉しそうに見つめていた。
(しかし……亜紀はゆきなの本当の親が誰なのか、気にならないのか?)
幾ら記憶がないとはいえ、容姿からしてゆきなが俺と直美の間に出来た子供ではないことは流石にわかっているはずだ。
だけど亜紀は一度だってその話に触れることはなかった。
(もしかして亜紀は……ひょっとして記憶が……いやまさかな……)
「ちょ、ちょっと誰か手ぇ貸してぇっ!! 予備のオムツ取ってきてぇっ!!」
そこで急に直美の叫び声が聞こえてきた。
どうやら備え付けの分が尽きていたらしい。
「はぁいっ!! じゃあねおばあちゃんっ!!」
俺が立ち上がるより前に、ゆきながササっと駆け出して行ってしまった。
(やっぱり若いと違うなぁ……俺が腰を上げる前に走り出せるなんてなぁ……)
『……ねぇ、史郎さん……一つだけ聞いていいかしら?』
「……何でしょうか?」
『貴方今……幸せ?』
「……ええ、とても」
『そう……そうよね……そうに決まってるわよね……うん……』
微笑みながら何度も何度も頷く亜紀、だけどその瞳の端には何か輝くものが溢れそうになっているように見えた。
「あの、一人が寂しいようなら……」
『ふふ、またその時は電話するわ……私はここがいいの……ここでいいの……』
霧島亜紀は軽く首を振りながら自分の部屋の……元俺の部屋の中で、まるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。
その際に何も覚えていないはずの彼女が窓へと視線を投げかけたように見えたのは、きっと俺の気のせいだろう。
「そうですか……」
『ええ……それより直美を……私の娘をお願いね……」
「任せてください、絶対に不幸にはしませんから」
『わかってるわ、一応言ってみただけよ…………じゃあまた……さようなら……史郎』
そこで通話は終わり、画面は暗闇に戻った。
だから最後に俺の名前が呼ばれた時、昔のように聞こえたのもただの偶然だろう。
(そのほうがいいんだ……もしも記憶が戻ってたら……辛いだけだ)
記憶を失う前の亜紀が俺へ抱いていた想いが本物だとしたら、そんな相手が違う女と幸せそうに暮らしている姿を見続けるのは非常に辛いことだ。
少なくとも俺は……亜紀を愛していたころの俺は彼女が他の男と付き合って居たのを見て言葉が話せなくなるほどのショックを受けた。
まして亜紀の場合は一人孤独に暮らしながら、自分と同じ顔をした女性が好きな男と家族を作り幸せに暮らしている様を見続けなければいけないのだ。
(手に入ったかもしれなかった幸せを、今では決して届かない場所から眺めることしか許されないなんて……ただの拷問だ……)
だからこそ俺は願う、かつての幼馴染のためにも……どうか霧島亜紀の記憶が戻っていないようにと。
「史郎さん、電話終わった?」
「ああ、終わったよ……そっちはどうだい?」
「ちゃぁんとオムツ変えてすっきりしたよねぇ、守幸~」
「だぁ……まぁま……ねぇね……」
「えへへ、わたしもてつだったんだよぉ……」
戻ってきた直美は笑顔の子供二人と一緒に、本当に幸せそうに笑っていた。
その様子を見ているだけで俺もまた、心の底から温かい気持ちが溢れてくる。
(今幸せかって……そうだ、俺は今どうしようもなく幸せだ)
だけどこれまで色々な事があった、恐らくこれからも様々な問題が待ち構えているだろう。
直美との歳の差、ゆきなの見た目と血縁問題、守幸が成長しきるまでの金銭的負担……他にも生きている以上たくさんの不安要素がある。
(果たしてこれからもずっと……俺はこの幸せを守り続けられるのか?)
「史郎さん、もぉ何を俯いちゃってるのさぁ~」
考え込んで俯いていた俺は直美の言葉に頭を上げて、改めて目に飛び込んだ光景に思わず笑顔になった。
そしてどんな問題が襲って来ようと、何が起ころうとも絶対に大丈夫だと……今後も俺の幸せな時間は続いていくのだと確信する。
(そうに決まってる……だって……)
「そんな暇があったらぁ……私たちの相手をするのだぁ~っ!!」
「パパぁ~、あそんであそんでぇ~」
「ぱぁぱ……ぱぱぁ……」
彼女たちは俺に、とても優しい。
(ようやく皆で幸せに成れたんだ……絶対に守るんだ、この幸せをっ!!)
俺は駆け寄ってくる家族を、幸せそのものを、笑顔でしっかりと抱きしめるのだった。
【読者の皆様へ】
この作品を最後まで読んでいただきありがとうございます。
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この後は感想等で見たいとおっしゃってくださった外伝やIFルートなどを、少し書き溜めてから投稿していきたいと思います。
見たいエピソード等ありましたらどこかに書いて下されば出来るだけお答えするつもりです。
もしまた気が向いたらお付き合いいただけたら嬉しいです。
ここまで付き合ってくれて、本当にありがとうございましたっ!!




