雨宮家②
「部長ぉ……私今度という今度こそあの人に愛想が尽きましたぁ~」
「……これで何度目ぇ?」
「ですからぁ今度という今度は本気なんですよぉ……あのゲーム脳野郎……うぅ……」
昼休みに涙ぐみながら話しかけてくる女性社員、どうやらまた亮と何かあったらしい。
あれから細かく連絡を取り合い、何とか二人は友達以上恋人未満の関係にはなったようだが……その先が中々上手く行かないようだ。
お互いに恋愛経験がないせいか、一歩踏み出すきっかけが無いようなのだ。
(だからってほぼ毎日のようにこんな愚痴を聞かせないでくれよぉ……)
本当に毎日のように何かあっては別れると言い、すぐに浮かれて惚気だして……また愚痴るの繰り返しだ。
そしてその内容も大抵は亮が煮え切らない……というか手を出してくれないということで一貫している。
(結婚まで手を出さないどころか……未だにキスすらしてないとか……あいつは何を考えてんだかなぁ……)
「……さんっ!? 聞いてますか雨宮さんっ!?」
「ごめん、なんだっけ?」
「だからぁ、この間の連休に亮さんの家に泊まりに行ったんですよぉっ!! そしたら彼何をしたと思いますっ!?」
「亮のことだからなぁ……着替えにゴシックロリータ風の痛い洋服でも用意してあったとか?」
「それは去年ですぅっ!! じゃなくてあの人は変なロボットゲームを徹夜でやらせてきたんですよぉっ!!」
(それは酷い……何やってんだよ亮よぉ……)
尤もあの亮が相手の意思を無視して自分の要求を貫くわけがないので、恐らくは彼女も同意の上でやったことだろう……それでも酷いことには変わりがないが。
「ロボットゲームねぇ……どうせなら女の人が好きそうな恋愛ゲームに……」
「どっちも嫌ですよぉっ!! どうして大人の男女が共に夜を過ごすのにゲームなんかしなきゃいけないんですかぁっ!? ズサキャンだか地走移行だとか教える暇があったら他にすることあるでしょうっ!!」
「うん、これ以上ないぐらいの正論だけど……ほら相手は亮だから……ちなみに何の機体を使ったの?」
「ゴッドとかいうやつですよぉっ!! 丸二日潰して金プレートに昇格するまで付き合わされたんですよっ!! あの人何考えてるんですかぁっ!?」
「……本当に何を考えてるんだろうねぇ」
(亮との協力プレイとは言え、ゴッドで金プレになるまで付き合った君もどうかと思うけど……しかしあいつ本当に馬鹿なんだなぁ……)
頭が痛くなってきそうだ。
「……何度も言うけど、無理に付き合わなくていいんだよ」
「わかってますよぉ、だから今度という今度こそは縁を切って……あっ!?」
不意に彼女が持っていた携帯電話に着信が入った。
いつものことだ、当然相手は亮だろう。
「な、なにっ!? 何か……べ、別に怒ってなんか……だ、だからそんなに謝らないでって……本当に気にしてないから、私も楽しかったし……今日もまた遊びに行っていいかしら? ええ、楽しみにしてるからっ!!」
あっという間に不機嫌な顔から、締まりのない笑顔になって通話を終えた彼女。
これもまたいつものことだ。
「……亮からでしょ? どうだったの?」
「ふふふ、あの人ようやくわかってくれたみたいでぇ……今夜も家に泊まりに来てほしいってぇ……ふふ、今度こそ……えへへ……」
鼻歌を歌いながら顔を軽く火照らせて、幸せな妄想に浸る彼女……どうせまた裏切られるのがオチだというのに単純な子だ。
(付き合いきれんわ……勝手にしてくれ……)
俺はため息をつきながら……それでも一応亮の携帯に、いい加減覚悟を決めろとだけメッセージを入れておくことにした。
すぐに返信が来る。
『わかってるよぉっ!! けどまだ好感度が足りない気がして……もう少し親しくなってから告白するぜっ!!』
(何もわかってねぇ……徹夜でゲームに付き合わされて愛想つかされてねぇんだから好感度はほぼカンストしてんだよ……)
尤もこれを告げたところでこいつは納得しないだろう。
何より恋愛などは最終的には本人同士が判断して行動することだ。
だから俺はそっと見守るだけだ……流れ弾がかなり辛いけれども。
「はぁ……おっと、俺も妻から着信だ……失礼するよ」
「はぁい……今日こそ精のつく料理をたくさん作ってあげてぇ……うふふ……」
浮かれた様子の彼女を置いて、俺は少し離れた場所で通話を始めた。
『史郎さん、お仕事は順調ですかぁ?』
「まあまあね、前のプロジェクトが上手く行ったお陰で出世もできたし……今度の新しいのがコケなきゃこのまま部長の立場を維持できるよ……そっちはどうだい?」
『守幸は今寝たところ~、もう少ししたらゆきなを迎えに行くからねぇ』
「そっか……本当にいつもありがとう……そしてゴメンな、直美にばっかり負担かけて……」
『ぜぇんぜんっ!! だって可愛い我が子を見てられるんだもんっ!! むしろ史郎さんにばっかり仕事させて申し訳ないぐらいだよっ!!』
直美はそう言ってくれるが、本当は俺なんか比べ物にならないぐらい苦労していることを知っている。
(子供の面倒を見るために進学も取りやめて……それでも合間を縫って通信講座で幾つも資格を取って……頑張り過ぎだよ……)
本当に直美は将来に備えて色々と考えているようで、無駄遣いを惜しみまた万が一の場合に働けるように勉強も頑張っているのだ。
そんな直美を気遣って俺も育休を取ったり、時間の許す限り子供たちの面倒を見るようにしているが焼け石に水だろう。
「何度も言うけど辛かったらベビーシッターを雇って良いんだからね……それだけのお金は稼いでくるからさ……」
『ありがとう史郎さん……本当に無理そうになったらお願いするかもだけど、やっぱりできるだけ節約しときたいんだぁ』
「気持ちはわかるけど、俺は直美の身体が心配だよ」
『もぅ、直美はだいじょーぶぃなのぉっ!! ゆきなも守幸も本当に良い子で手が掛からないんだからぁっ!! だからどぉせなら二人にプレゼントを買ってあげてほしいなぁ』
自分のことより俺や子供たちのことを考えている直美、やっぱり立派で俺なんかには勿体ないぐらいの良妻賢母だ。
だからこそ絶対に支えてやらなければと強く思う。
「わかったよ、何か考えておくよ……後できるだけ早く帰って家事手伝うからそっちは適当に力を抜いて子供たちの相手をしてあげてくれ」
『はぁい……えへへ、仕事帰りで疲れてるのに毎日家事とか手伝ってくれて助かってるよぉ……私は良い旦那様を持って幸せだなぁ~』
「それはこっちの台詞だよ、いつもありがとう……愛してるよ直美」
『私も愛してるよ史郎さん……じゃあ午後もお仕事頑張ってっ!! おーえんしてるからねぇっ!! ちゅっ!!』
可愛い妻の声援を受けると、それだけで疲労が消え去ってしまう。
(よぉし……さっさと仕事を終わらせてしまうとするかなっ!!)
俺は張り切って仕事に取り掛かるのだった。
それでも管理職と言うこともあり、どうしても帰りは定時より遅くなってしまう。
諸々の後処理を終えて、ようやく会社を出たころには既に日が落ちて辺りは暗くなっていた。
(やっぱり俺も亮みたいにフリーランスを目指したほうが……でも上手く行くかわからないし、何より社長にあれだけ面倒を見てもらっておいて辞めるわけにはいかないよなぁ)
色々と思うこともあるし義理や恩義もある、だけど俺が一番大事なのはやはり家族なのだ。
直美が色々な可能性を考えて努力して備えている以上、俺ももっと良くなるよう考えるべきだろう。
だからネットで定期的に転職情報などを調べ、また国家資格なども取得条件を満たしているものは積極的に取りに行く。
(今に満足して怠けることだけは止めよう、大事な家族のためにも……直美に相応しい男になるためにも俺はもっともっと努力しないとなぁ……)
そう思いながら気になる情報をチェックしていくと、あっという間に自宅に帰り着いていた。
「ただいまぁ~」
「パパぁ~っ!! おかえりパパぁ~っ!!」
「おお、ゆきなっ!! 元気いっぱいだなぁっ!!」
ぱたぱたと小さい脚を懸命に動かして俺の元へ駆け寄ってくるゆきな。
可愛すぎて、だけど転ばないか心配だからすぐに近づいて抱き上げる。
「えへへ、だってぇパパがかえってきたんだもぉん……ゆきなうれしくてげんきになっちゃうよぉっ!!」
「そっかぁ、パパが帰ってくると嬉しいかぁ……俺もゆきなの顔が見れて嬉しいよぉ」
ゆきなを優しく撫でてやりながら居間へと入ると、ベビーベッドで守幸をあやしていた直美が笑顔を向けてくれる。
「おかえりなさぁい、きょぉもごくろー様ぁ……ゆきなったらパパが帰ってきたら鞄を持ってあげなさいって言ったでしょぉ?」
「あぁ……わすれてたぁ……パパゴメンねぇ……」
「気にしなくって良いんだよ、ゆきなはいい子だなぁ……守幸も元気にしてたかなぁ~」
「ぱ……ぱぁぱ……ぱぱぁ……」
「そうだよ、パパだよぉ……帰ってきたんだよぉ~」
懸命にベッドの柵でつかまり立ちして俺を出迎えてくれる守幸。
あんまりにも健気で可愛くて、俺はこの子にも手を伸ばし抱き上げた。
体力をつけようと鍛え続けてきただけあって、子供二人を支えても何とかふら付かずに居られる。
「すごいねぇ、パパはちからもちだねぇ~」
「きゃぁ……ぱぁぱ……ちゅきぃ……」
「パパも守幸が大好きだよぉ……ゆきなもママのことも大好きだよぉ~」
「ふふふ、落とさないように気を付けてよねぇ……じゃあ今のうちにご飯の支度をしちゃいますかぁ~」
笑いながら直美がご飯の支度をしに向かおうとする。
「えぇ~、ママもくっつこうよぉ~」
「まぁま……まぁま……」
「ほら、子供たちもこう言ってるし……少しだけ家族で休もうよ」
「もぉパパまでそんなこと言ってぇ……そんな魅力的なこと言われたら断れないんだからねぇ」
口先では呆れたようにつぶやきながら、だけど表情にはとても幸せそうな笑顔を浮かべて俺に寄り添う直美。
そのまま近くのソファーに座り、俺たちはしばらくの間家族の団らんを楽しんだ。
(ほぼ毎日こうしてるけど……この時間が本当に幸せだなあ……ずっとこうしていたいなぁ……)
「ねぇねぇ……ねぇちゃ……」
「そう、おねえちゃんっ!! もうひといきだよ、がんばってもりゆきっ!!」
「ねぇちゃ……ねぇね……」
「ああん、おしいなぁ……ちゃんとおねえちゃんってよんでよぉ~」
俺と直美の膝の上に移動した子供二人が楽しそうに遊んでいる。
「もぉ、これじゃぁ動けないじゃないのぉ……お腹減っても知りませんよぉ~」
「まあまあ、支度はおれも手伝うから……ね」
「史郎さんは子供に甘いんだからぁ……」
「子供だけじゃないよ……直美にも甘いよ俺は……」
そう言って直美の肩に腕を回して抱き寄せると、抵抗することなく俺に上体を預けてくる。
「全く史郎さんはぁ……そうやってすぐ私を誘惑するんだからぁ……」
「だって可愛すぎるからなぁ……嫌だったかい?」
「そんなわけないでしょ……愛する旦那様なんだからぁ……」
そう言って艶っぽい視線で俺を見つめる直美、余りに魅力的で俺は顔を近づけた。
「ぱぁぱ……まぁま……?」
「じゃましちゃだめだよぉもりゆきぃ……いまちゅぅするところだったんだからぁ」
「い、いやそんなことはないぞっ!!」
子供二人の声で何とか現実に立ち返った俺は慌てて直美から距離を取る。
(あ、あんまり子供の前でして……この子たちがキスに抵抗を持たなくなったら困るよなぁ……)
特にゆきなは女の子だし、何より可愛すぎる……こんな子がキス魔にでもなったら大変だ。
だから出来るだけ見せないようにしているのだが、ついつい気を抜くと直美の魅力に屈してしまいそうになる。
「はぁ……ほらほら今度こそご飯にするわよ、子供たちの面倒は任せたからね」
「あ、ああ……」
キス寸前までいったせいか、直美は少しだけ不満そうにため息を漏らすと膝の上の子供を俺に渡して台所へと移動していった。
(怒らせたかなぁ……我ながら自制心が弱い……というか直美が魅力的過ぎる……)
ちょっとだけ、昔の積極的だった直美が恋しいと思う……だけどあの頃に戻りたいとは思わない。
そこには直美と同じぐらい大切な、今腕の中にいる子供二人が居ないのだから。
「パパぁ、ママをおてつだいしてあげてぇ……もりゆきはゆきながみてるから」
「ありがとう、ゆきな……じゃあお願いしちゃっていいかな?」
「うん、まかせてよっ!! いいでしょもりゆきっ!!」
「ねぇちゃ……ねぇねぇ……うぅ……」
「ほらもりゆきもおなかすいちゃったみたい……ごはんのじゅんびおねがいします」
ソファーの上に正座すると、守幸を抱きかかえて俺に頭を下げるゆきな。
(ああ、俺の我儘のせいで……どっちが大人なんだか……)
「じゃあお願いね、すぐママを呼んでくるから」
「はぁい……ほら、もりゆきすこしのがまんだからねぇ~」
上手に守幸をあやし始めるゆきなに後を任せて、俺は直美の元へ向かい食事の支度を手伝う。
元々準備は済んでいたようで、すぐに食事は準備できた。
そして家族全員で食卓に着いて、ご飯を食べ始める。
(守幸もだんだん指の力が付いてきたなぁ……哺乳瓶でも当たり前のように飲んでる……)
少し前から母乳から離す準備として、晩御飯時はこうして哺乳瓶で与えるようになった。
最初は上手く行かなくて泣いていたが、この調子ならそろそろ次の段階に移ってもよさそうだ。
(次はストローで飲む練習かなぁ……だけど変に持ち上げて喉とかに突き刺したりしたら……や、やっぱりまだまだ早いよなっ!!)
「守幸も育ってきたし、そろそろマグマグかなぁ~」
「い、いやまだ早いと思うぞっ!! もう少し成長してからだなぁ……」
「むしろ遅いぐらいだよぉ……全くゆきなの時からまるで成長してないんだからぁ……過保護すぎだよぉ」
「うぐっ!?」
直美の呆れたような声が心に刺さる。
確かにゆきなの時は色々と心配して逆に迷惑をかけてしまった。
(ハイハイ出来るようになっても落ちてるものを口に入れないか不安でベッドの中で遊ばせて……捕まり立ちしても頭を打たないか心配ですぐに抱きかかえて……そのたびに直美に叱られたなぁ……)
「もりゆきね、さいきんはがはえてきたからたぶんごはんもたべられるんだよ?」
「そうなんだけど本人が嫌がるからねぇ……誰かさんに似てオッパイが大好きなんだろうねぇ……」
「ちょっ!?」
「ゆ、ゆきなそんなにのんでないとおもうよっ!?」
「あはは、まあとにかく個人差があるんだから出来ることをゆっくりと覚えさせていけばいーの……パパみたいに過保護になりすぎなければへーきへーきぃ」
そう言って笑う直美は、二児を育てているだけあって段々と母親らしく成長しているのがはっきりと分かった。
(俺もパパとして成長しないとなぁ……けど二人とも可愛すぎて甘やかしたいんだよぉ……)
直美が小さいころも同じように育てた覚えがあるが、よくこんなに立派な子に育ってくれたものだ。
尤も俺が仕事に行っている時間はうちの両親が面倒を見てくれていた。
それを覚えているからこんなにも上手に育児が出来るのだろうか……そうだといいなと思う。
(親父……お袋……二人のお陰で子供達は立派に育ちそうだよ……直美の世話を協力してくれてありがとう……)
俺は内心で今は亡き家族に感謝すると、改めて目の前にいる家族へと向き合った。
「あら、どうしたのパパ? 変な顔しちゃって……何か入ってた?」
「おなかのちょうしがわるいのぉ? むりしちゃだめだよ?」
「ぱぁぱ……?」
「……いや大丈夫だよ……うん、もう大丈夫だから」
両親が死んだあと、がらんとした家で食べる食事の味気なかったこと。
時折直美が来て一緒に食べてくれる食事にどれだけ救われたことか。
そして今、こうして新しくできた家族と一緒に食べる食事は……幸せな味がした。
(もう俺は大丈夫だ……何が起ころうと、家族が居てくれれば耐えられる……乗り越えられるよ……)
俺は家族と食べる食事を一口一口味わうように、ゆっくりと口に入れていくのだった。
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