嵐野亮
「……何やってんだよ、お前」
「……」
俺と直美、そして亮が見守る中で霧島亜紀は病室の一角で目を閉じたまま微動だにしない。
父親の件で弁護士さんがこいつの所を尋ねたところ、自宅で倒れていたのだそうだ。
検査の結果、強く頭を打っていて意識がいつ戻るかは全く分からないらしい。
(身内で動けるのが俺たちだけとはいえ……結局また関わる羽目になるとは……)
犯人自体は既に捕まっている、同棲していた彼氏がそうだった。
フリーターとは名ばかりでヒモとして、霧島の家と金を目当てに一緒に暮らしていた男のようだ。
しかも霧島が言うことを聞かずお金を渡し渋るようになったからと暴力を振るい……動かなくなったから慌てて逃げたというどうしようもない男だった。
(何でそんな奴を引き入れたんだよ……名前が『史郎』だからか……だとしたらお前本当に……馬鹿だよ……)
俺と同名の男が犯人だと知って、当初は色々と混乱したものだ。
しかし落ち着いて、こうして実際に亜紀と顔を合わせてみると……ただ虚しかった。
「し、史郎さん……どうしようかぁ……」
「どうしようかねぇ……」
直美と顔を見合わせると、自然とお互いため息が漏れた。
霧島亜紀には親族が居ない……いや正確には一人だけいるが、今連絡を取れば意識がないことを良いことに何をしでかすかわかったもんじゃない。
(かといって俺が面倒を見るのも……これじゃあ何のために縁を切ったんだか……)
入院費を払うだけなら構わない……それだって長引けばどうなるかはわからないが当面はそれでもまだやっていくことはできる。
ただここで下手に手を貸してしまえば、それこそ意識を取り戻した後俺たちがずっとお世話をすることになるだろう。
(こんなことを繰り返すようじゃとても面倒は見きれない……だけど今放置するのはなぁ……)
目を閉じて安らかに眠りにつく亜紀。
年齢とはかけ離れた容貌は、彼女がどれだけ苦労してきたかを如実に物語っているように見えた。
(こいつも色々と大変な人生を送ってたんだろうなぁ……それはわかるよ……)
だからと言ってこいつがこれまでしてきたことが帳消しになるわけがない。
何よりこいつに構って肝心の俺と直美の幸せが遠のくようでは何の意味もないのだ。
「本当はさぁ、もうこいつのことは忘れて私たちは私たちで幸せになっちゃえばいいんだよね……」
「そうだね……それでいいはずなんだけどね……」
直美も俺と同じことを考えているようだ。
放っておくには哀れ過ぎて、手を貸すには厄介すぎる。
もう一度お互いに顔を見合わせて、ため息を漏らした。
「そうだよ、お前らはもう十分やったよ……後はさ、俺に任せてくれよ……」
「亮?」
無言で霧島を見つめていた亮が、ぽつりとつぶやいた。
「だってこれは……俺が馬鹿だったから……あの時俺が……あぁ……畜生……」
「お前がそんなショックを受けることじゃないぞ……言いたくないけどこれはこいつの自業自得なんだからさ」
「……違うんだよ、これは……いや全部……俺が余計なことしたから……すまねぇ亮、直美ちゃん……ごめんよ霧島さん……」
亮は顔を両手で押さえたまま、力なく首を横に振った。
「何言ってんだ、お前があの組織を潰してくれたことは俺たちだけじゃなくて霧島だって感謝して……」
「そうじゃない……そうじゃないんだよ俺……」
「亮……?」
その場に崩れ落ちそうになる亮を支えて、とりあえず病室を後にする。
そして廊下にあった長椅子に座らせて、落ち着くのを待つことにした。
「……俺さぁ、お前が喋れなくなって本当にショックだったんだよ」
どれだけ時間が過ぎただろうか、唐突に亮は語りだした。
「前にも言ったけど……俺、お前が初めての親友で……一緒に遊んでて……本当に楽しくてさぁ……幸せだったんだよ……あの日まで……」
「……すまん、俺があの程度のことで……女に振られたぐらいでグジグジしてたから……」
「いや俺の目から見てもお前らは本当に仲が良かった……そんな相手に捨てられて……あんな見せつけられて……見下されたら変になって当然だ……だから俺は……どうしても許せなかったんだよ……」
「許せなかったって……?」
「……霧島さんを騙して……あの楽しかった時間を壊す原因を作った奴ら…………しかもあいつら、霧島さんを使い捨ての玩具みたいに……」
亮は顔を抑えたままだが、その声は震えていて……何となくどんな表情をしているのかわかる気がした。
「俺さあ、本当に好きだったんだよ……お前と遊んでる時間……霧島さんが乱入してきて三人で遊ぶ時間も……お前らと一緒に楽しく笑って……だから……どうしてもそれをぶち壊した……お前から声を奪って……霧島さんの笑顔も心も歪めたあいつらを……本気で憎んでて……」
「……」
まるで懺悔するように言葉を続ける亮に、俺も直美も何も言えずにただ聞き入ることしかできなかった。
「な、何度も俺言ったんだよ……こんなことは止めてくれって……せめて見せつけるような真似だけはって……だけどあいつら……霧島さんもまるで聞く耳持ってくれなくて……」
あの頃の霧島は完全にあの男たちに刷り込まれた価値観が絶対だと思い、俺たちを見下して嗤っていた。
だから亮が何を言おうとまともに取り合うはずがなかったのだ。
「……だから俺は…………俺は……どうしても我慢できなくなった俺は…………あいつらのたまり場に乗り込んで暴れたんだよ」
「っ!?」
「あの改造スタンガンはその時使ったんだ……片っ端から叩きのめして……顔に火傷を負わせて……これ以上傷を増やされたくなかったら二度と近づくなって言ってやった……」
「お、お前……そんなことしたら流石に警察とかに通報されたり……」
「そうされないようにさ、携帯を奪って中のデータを取って弱みを握って……そしたら他にも食い物にされてる女の子が居てさぁ……もう腹立たしくて……連絡先から仲間の見当をつけて片っ端から潰して回った……物凄く手こずったけどな……」
亮の言葉を唖然として聞きながらも、頭の片隅で納得できることがあった。
(……道理で前の事件で手際が良かったわけだ……実際に似たようなことをやってたのかこいつは)
「でも流石に……そのままそこに残るのは危険だから……俺は遠くに引っ越して……史郎がまだ喋れないのに……霧島さんは子供を産んだって聞いてたのに……お前らを見捨てて……逃げ出したんだよ……」
「…………そんなことが」
全く知らなった親友の告白に、俺はとても申し訳ない気持ちを抱いていた。
(こいつがここまで悩んで……色々としてたのに俺は自分のことで手いっぱいで……何も気づいてやれなかった……)
確かにこいつがしたことは社会的に問題行為かもしれない。
だけどそれもこれも俺のことを思ってしてくれたことだ……だから責める気になんかなれなかった。
「け、けどぉ……とーるおじさんは酷い目にあってる女の子を……史郎さんを助けるためにしてくれたんでしょ?」
「そうだよ……そんなことでお前が負い目を背負う必要はないだろ?」
「違うよ……違うんだよ、俺は自分の感情のままに動いただけなんだ……本当にお前らのことを思っていたら……こんなことするべきじゃなかったんだよ…………本当にすまないっ!!」
そして亮は顔を上げたと思うと、涙を滲ませながら俺たちに頭を下げた。
「と、亮っ!? や、やめてくれっ!!」
「お、俺があんな馬鹿な事しなきゃ……俺はお前のそばで……喋れないお前を支えてやることができたんだっ!! そうするべきだったんだよ俺はっ!!」
その言葉は前にも聞いた覚えのある台詞だったが、こいつがここまで気にしていたとは思わなかった。
「それだけじゃねぇ……お、俺があの男たちに余計なことしなきゃあいつらはまだ霧島さんと連絡を取っていたかも……最低限の責任は果たしてたかもしれない……あるいは直美ちゃんの親としてちゃんと振る舞って……ごめんよ直美ちゃん、俺は君から父親を奪ってしまったかもしれないんだよっ!!」
「と、亮おじさん……気にしすぎだよぉ……」
「だけど……あいつらが改心しなかったとしてもさぁ霧島さんに付きまとわれたら強引に振り払おうと……ちゃんと振っていたはずだ……そ、そうやってあの時点でちゃんとフラれて痛い目を見てればさぁ……霧島さんも目が覚めて直美ちゃんと……い、いや少なくともここまでは堕ちることはなかったんじゃないかって……お、俺があんな短絡的に動いたから……み、皆を不幸にしちまったんじゃないかって……」
亮の言うことは一理はある、確かに全て推測の積み重ねだけどあり得ない可能性ではない。
あの時点で亮が俺を支えていてくれればもっと早く立ち直れたかもしれない。
直美には父親が居たかもしれないし、或いは母親と仲良くなっている未来もあったかもしれない。
(霧島も……或いはここまでは落ちぶれなかったかもしれない……だけど……)
「最初に史郎から連絡があった時はまだ憎しみが残ってて、直美ちゃんが霧島さんにそっくりなら追い出そうと思ってた……直美ちゃんが良い子だって分かった後は、あの頃の幸せな時間が戻ってくるんじゃないかってはしゃいでしまった……だけど史郎と直美ちゃんに何があったのか聞いて……お、俺はとんでもない間違いを犯したことに気づいて絶望したよ……そ、そして霧島さんも……」
「……だからあんなにも親身になって動いてくれたのか」
「ああ……お前の所にも……新婚だってのに小まめに邪魔して悪いとは思ってたんだ……だけどどうしてもさぁお前らが幸せなんだって確認したくて……俺がやったことは間違いじゃないんだって思い込みたくて……本当に駄目な奴だろ……だからこんな屑がさぁ、史郎に紹介されたあんな良い子と付き合って……幸せになっていいわけないんだよ……」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げ続ける亮。
(全くお前は……責任を感じすぎだよ……本当に純粋な奴だ……)
そんな俺なんかには勿体ないぐらいの友人の肩に俺は優しく手を乗せた。
「悪い亮……俺のせいでこんな悩ませて……すまん」
「いや俺が勝手に……余計なことをして……謝るのは俺の方だよ」
「違うよ、俺がさ……ちゃんと説明しなかったから……親友だと思ってた相手に悩みすら相談しなかったから悪いんだ……」
もしも俺がちゃんと悩みを打ち明けて、辛い気持ちを伝えていれば亮はきっと的確に支えてくれたに違いないのだ。
俺が勝手に黙り込んでしまったから、亮は何かしようと自分なりの考えで……落ち込む俺を幸せにしようと動いてしまったのだろう。
(前に言ってた幸せにしてやりたいとかなりたいとかいう話は……このことだったのかな?)
だとすればやはり相談しようとしなかった、情けない俺の責任だ。
「けど俺は……実際に俺があんなことしたから……」
「亮、俺は今幸せだぞ……なあ直美」
「うん、私も幸せだよ」
俺たちは亮の目の前で、幸せをアピールするようにそっと肩を抱き寄せて見せる。
「確かにお前がそうしなければ直美には父親が居たかもしれない……だけどそれなら俺は直美に近づくことはなかったよ」
「亮おじさんが動かなかったら直美には母親がいたかもしんない……だけどそうしたら私は史郎さんとこういう関係にはなれなかったよ」
「史郎……直美ちゃん……」
顔を上げてこっちを見た亮に笑顔を向けてやる。
「お前がしたことがあったからこそ今の幸せがあるんだ……だからむしろ感謝してるよ」
「亮おじさんが行動してくれたから今の幸せがあるの……とっても感謝してるんだからね」
自然と二人で同じことを口にしていた。
「あぁ……そ、そっかぁ……そうか……幸せなら……二人がそうして笑っていられるならいいんだ……それだけで俺は……良かったって思えるよ……」
それを聞いて呆気にとられたような顔をしてた亮だが、少ししてようやく顔をぬぐうと嬉しそうに頷いて見せるのだった。
「それで最初の話に戻すけど……亮、やっぱりこれ以上お前を巻き込めないよ」
「い、いや霧島さんがこうなったのはある意味で俺のせいかもしれないんだから……ここは俺が責任を……」
「責任とかそう言うのを背負うなって……お前は変なところで生真面目だなぁ……」
「そうそう、それにあの人はいちおー直美の……なんだからぁ……どうするにしても私たちが決めることぉ」
「何か困ったことがあったら相談するし手を貸してもらうかもしれない……だけどやっぱりこれは俺たちが解決しなきゃ駄目な問題なんだよ」
大体ここで亮に全てを押し付けて知らんぷりできるようなら、そもそもこの場に来てはいないのだ。
(結局ここに来た時点である程度、心は決まってたんだよなぁ……)
「け、けどよぉ……」
「それよりもお前は自分のことに専念してくれ……俺らの心配よりまず自分の幸せを考えて行動しろ」
「い、いやけど俺は……俺なんかがなぁ……」
「そう言うの禁止ぃっ!! もぉじゃあこうなったらとーるおじさんは恋人を作って幸せだって言えるようになるまでこっちに接触禁止なのぉっ!!」
「な、直美ちゃんっ!?」
直美の言葉に情けない声を返す亮だが、俺も頷いて見せてやる。
「そうだな、お前が下手にこっちに構って幸せになりそこなったらそれこそ俺たちも気に病むからなぁ……まずは自分のことを考えろ」
「いやいやいやっ!? お、俺みたいなのにそう簡単に彼女が出来るわけないだろぉっ!?」
「安心しろ、電話で愚痴ぐらいは聞いてやるからな……それでどうしようもなさそうなら条件変えてやるから」
「そ、そんなぁ……うぅ……」
「これはけってーじこーでーすっ!! こっちのことはこっちにお任せなんだからぁっ!!」
(そう言うことだ……こればっかりは俺たちが向き合わないとな……)
落ち込む亮を置いて、俺と直美は顔を見合わせると霧島亜紀の担当医師の元へ話をしに向かうのだった。
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