『霧島』①
「ど、どぉ?」
「……九十点だったよ、この調子なら問題なく合格できそうだね」
「ふぅ……よかったぁ……」
俺の部屋にある机に突っ伏して、安堵の溜息をつく直美。
そんな彼女に笑いかけながら、終わった過去問集を片付ける。
「よく頑張ったね、この短期間で問題集を終わらせちゃうなんて……」
「だってぇ、史郎さんがお金払って買ってくれたんだもの……無駄にできないもん」
「気にしなくていいのに……余り無理しないでゆっくり覚えていいんだよ」
「でもせっかくだし卒業までにもっと資格取っておきたいの……だから無理しない程度に頑張るの」
そう言って微笑む直美は本当に無理をしているようには見えなかった。
あれだけ勉強が嫌いだった直美だが、将来を見据えてからは資格の取得を中心に勉学に励むようになったのだ。
だから時々問題集を買って勉強に付き合ってあげているが目に見えて成果を出している。
「直美は本当に頑張り屋さんだなぁ……けど今日はこのぐらいにして休んでもいいんじゃないか?」
「えぇ~、私もう一つだけやりたい勉強があるんだけどなぁ……史郎さん協力してくれる?」
「そりゃあ俺は構わないけど、こんな時間から何をする気なんだい?」
「それはぁ……保健のべんきょぉなのだぁっ!!」
急に起き上がった直美が笑顔で俺に飛びつき、そのまま近くにあったベッドへと押し倒してくる。
「やれやれ、それは毎晩してるじゃないか……まだし足りないの?」
「だってぇ、私そーいうお年頃だもん……それに史郎さんどんどん上手くなるしぃ~」
「直美は満足するまで止めてくれないからねぇ……こっちも必死なんだよ……」
割と本気だ……歳が歳だから長引くと次の日の仕事に響くのだ。
「もぉ、嫌なことみたいに言わないでよぉ~」
「嫌だったら断ってるよ」
それでも直美と過ごす時間を否定できるわけがない、俺だって好きでしていることなのだ。
だから優しく直美の身体に手を回し、事に及ぶためにさりげなく位置を入れ替える。
「あぁん、きょぉは私がしてあげたかったのにぃ~」
「駄目駄目、やっぱりここは男として俺が……」
「いやぁん、たまには私が旦那様にご奉……」
『ピリリリリ』
(電源落し忘れてた……どうしてこうどいつもこいつもタイミング悪く連絡してくるんだ……)
まさか無視するわけにもいかず、渋々起き上がり携帯を手に取る。
「またとーるおじさん? あの人わざとやってるんじゃないのぉ?」
「うーん、否定しきれな……あれ? 弁護士さんからだ」
「ほえ? 何か依頼してたの?」
「いやそんなことはないけど……何だろう?」
少しだけ不安を感じながらも電話へと出ると、いつもの淡々とした声が聞こえた来た。
『夜分遅くにすみません、雨宮様でお間違いないですよね?』
「はい、何の御用でしょうか?」
『実は直美さまの祖父……書類上の元父親から連絡がありまして念のために報告しようと連絡差し上げた次第です』
「……あの人とは縁を切ったはずですよね?」
俺の言葉に弁護士さんはその通りだと言いつつも言葉を続けた。
『どうもあの後、彼は病気で入院したようでして……それが深刻化して現在は臓器移植が必要な状態になっているようです』
「ぞ、臓器移植ですか?」
『ええ、それで身内に……直美様へ連絡を取りたいと私のところに話が来たわけです……前に名刺を渡してありましたからね』
「ああ、なるほど……ご苦労様です」
『一応接触禁止になっていますので拒絶しても良かったのですが、まあ念のためにこうして雨宮様にお伝えすることにしました』
(なるほどなぁ……しかしそんなことになってたなんて……)
「ねぇ、臓器移植とかあいつがどーとか聞こえたけど……なんかあったの?」
不安そうな顔で俺に尋ねてくる直美に首を横に振り、軽く事情を説明する。
その上で話が話なので、スピーカー状態にして直美も会話に参加できるようにした。
『それでどうしましょうか? 会う気がないのでしたらこちらからお断りを入れておきますが……』
「臓器移植ってことは……よっぽど状態は悪いんですか?」
『ええ……普通に順番を待っていたら間に合うかどうかぎりぎりでしょう』
「いちおー付き合ってる人いたよねぇ……その人は駄目だったのぉ?」
『どうやら入院と同時に別れたようです……しかもその際にかなりの財産を持ち出されてしまい今後の生活についても話したいのだそうで……』
(本当に……自分勝手な奴だなぁ……)
個人的には関わり合いになる気はない。
だが放っておけば死ぬともなれば、多少思うところはある。
尤もこれは直美が決めることだ、だから彼女の返事を待つことにした。
「……お断りします」
『そうですか、ではそのように取り計らいます』
「うん、お願いします」
少し考えた様子を見せた直美だが、はっきりと断りの返事を入れた。
しかしその表情には僅かに申し訳なさが浮かんでいた。
「……史郎さん、私薄情かなぁ?」
「そんなことはないよ、直美はちゃんと考えて選んだんだろ?」
「うん……流石に死んじゃうかもしれないのは可哀そうだけど……やっぱり将来のこと考えたら……生まれてくる子供が同じ症状になったらと思うと……そういう時に備えて残しておきたいって思っちゃった」
「そっか、それでいいと思うよ……俺もそんなことで直美に手術して……危険を冒して欲しくないからね……」
「ありがとう史郎さん……」
俺の返事に嬉しそうに微笑むと、直美は身体をすりよせてきた。
そんな直美を抱きかかえて、俺もまた顔に手を当ててそっとキスをしようとした。
『おほんおほん、まだ話は終わっていませんのでイチャつくのはもう少し我慢してくださると助かりますね』
「っ!? あ、す、すみません……」
すっかり弁護士さんのことを忘れていたことに気づき、急いで通話へと意識を戻した。
『では直美様は接触禁止の上に移植の意思はないとお伝えします……それともう一つ、雨宮様に聞くことではないのですが一応……亜紀さまにこのことをお伝えいたしますか?』
「そうか、あいつも血縁者だもんな」
「そーいえばそうだったねぇ……というかちゃんと生活できてるのかなぁ?」
『最後に諸々の処理で顔を出した際には既に恋人と同棲しておりましたが、二人とも働いているようには見えませんでしたね』
(あいつは何を……いや、今更だな……)
「そっちについてはもう関わる気はないのでお任せします……それでいいだろ直美?」
「うん、私ももうあの人にはあんまり関わりたくないし……弁護士さんにお任せします」
『分かりました……こちらとしては上手くやれば仕事になりそうなので顔を出すことにしますがお二人のことは話さないようにいたします』
「お願いします、じゃあまた何かあったら……」
『ええ、では失礼いたします』
電話が切れたのを確認して、俺は安堵とも疲労ともつかないため息を漏らした。
「ふぅ……何か疲れたなぁ」
「ほんとぉだねぇ……全く、あいつらはどこまで問題を起こせば気が済むんだか……」
「でももうこっちはもう無関係だからね……気にすることはないよ」
「はぁい……じゃぁ、今度こそ気を取り直してぇ……ねぇ?」
「分かってますよ」
俺は携帯の電源を落とすと、改めて直美をベッドへと連れ込み幸せを満喫することにしたのだった。
「し、史郎さぁん……っ」
「直美、愛して……っ」
『ピリリリリ』
「……ごめんね、私の携帯も切っておけばよかったね」
「……良いんだよ、ほら出てあげなさい」
「はぁい……今良いところだったのにぃいい……美瑠のばぁああああかああああっ!!」




