会社で過ごす時間
「史郎君、ちょっといいかな?」
「はい社長ただいま……じゃあこれはこのまま続けておいてくれ」
部下に指示を出して俺は社長の元へと向かう。
「呼んでおいてなんだが、仕事は順調かな?」
「ええ、とても……この調子なら今月も残業零で行けそうですよ」
「ははは、本当に君は頼りになるなぁ」
「いえ、部下が皆協力してくださるから……それに社長がしっかりと手当てを出してくれるからワザと残業代を稼ごうとするやつが出ないんですよ」
お世辞ではなく事実だ、社長は本当に金払いが良いので助かっている。
おまけに社員には親身になって相談に乗ってくれる、本当にありがたい限りだ。
「なあに、頑張ってくれた部下に報いるのは当然だよ……その中でも特に頑張っている君にもね」
「いえ、入ったばかりなのに課長にまでしていただいて……十分感謝していますよ」
「だけど君にはあんなに可愛らしい奥さんがいるじゃないか……この先のことを考えたらもっと稼がないとなぁ、だろぉ?」
「まあ……確かに貯蓄はいくらあっても困りませんが……」
社長が俺の薬指にはめられた指輪を見て、にこやかに語り掛けてくる。
(ま、まさか単身赴任とか言い出さないよな……そんな意地悪な人じゃないはずだけど……)
少しだけ身構えながら社長の言葉を待つ。
「実はね、うちで長く働いてくれた部長が近々定年退職することが決まってね……その空いたポストに君を推薦したいんだけどどうだろうかと思ってね?」
「しゃ、社長っ!? お、俺はまだこの会社に入ったばかりですし……年齢だって……」
「辞める部長直々の推薦なんだよ、短期間とは言え君は仕事覚えもいいし部下からの信頼も厚い……彼も君には前の会社で取引してた時から大変お世話になっていたと言うし……」
「そ、それは嬉しい限りですが……いや、ぜひやらせてくださいっ!!」
(向こうがこう言ってくれてるんだ、下手に遠慮なんかしないでその期待にはっきりと応えてやろうっ!!)
まっすぐ社長の目を見て頷いて見せると、社長は嬉しそうに笑って頷き返してきた。
「はっはっは、本当に君は頼りがいがある……いや良い男になった……あの子のおかげだろう?」
「ええ……全部直美のお陰ですよ」
前回の事件を解決した際に扶養関係の報告を兼ねて社長にだけは紹介してある。
あんな若い子だと知って、少しは軽蔑されるかとも思ったが……社長は直美と直接話すと俺たちの関係に理解を示してくれたのだ。
(本当にありがたすぎる……今の俺には過ぎた環境だ……)
だからこそ恩を返すためにも、またこの場で働くのにふさわしい人間に慣れるようもっと進歩していこうと思う。
「大事にしたまえよ、あんな可愛くてよい子そうそう居ない……だけど子供を作るタイミングだけはよく考えたまえよ」
「分かってますよ……その辺をしっかりするのが男で年上の俺の役目ですからね」
「まあ君ほど生真面目な男なら手を出すのにまだまだ時間がかかるだろうし、心配はしていないのだけどね」
(うぅ……そ、そこだけは済みません……)
純粋に俺を信じてくれている社長にちょっとだけ申し訳なさを覚えるが、こればかりは仕方がない。
「あ、あはは……用件はそれだけですか? ならそろそろ仕事に……あっ!?」
「ちょうどお昼だねぇ……いや私がこの時間にしか会社に顔を出せないのが悪いのだが……ほら休憩に行ってきなさい」
「はい、失礼します」
社長に頭を下げて、一度職場に顔を出してちゃんと皆が休んでるかの確認を行う。
「課長、お疲れ様です……一緒に休憩に行きましょうっ!!」
「ああ、俺もちょうど行くところだからね」
確認を終えると、部屋の入り口に居た女性社員さんと共に休憩室へと向かう。
その途中でチラチラと俺の薬指を見て、彼女は盛大なため息をついた。
「ど、どうしたの?」
「いや……課長は本当に結婚したんだなぁと思いまして」
「ああ、つい最近ね……それがどうかしたの?」
「実は私……いえ、単純に羨ましくて気になっただけですよ……」
彼女は本当に羨ましそうに俺の指輪を見つめたかと思うと、休憩室に着くなり盛大にため息をついて椅子に腰を下ろした。
軽く室内を見回すが同じ様に昼食を食べる人たちで休憩室は結構混んでいて空いている席は彼女の隣ぐらいしかない。
別にもう女性の隣だろうと気になるわけではない、なので俺も普通に彼女の隣へと座った。
「あぁ……どこかに良い男居ないかなぁ……」
「おや、彼氏いないのかい? 意外だなぁ君みたいなかわいい子がねぇ」
「ろくな縁がないんですよぉ……私もう二十八なのにぃ……課長誰か知り合いにいい男いませんかぁ?」
「うーん、良いゴリラなら居るんだけどねぇ」
「な、なんですか良いゴリラってっ!? 幾ら私だって動物を彼氏になんかしませんよっ!!」
怒鳴られてしまった。
しかし他に何といえばいいのだろうか。
(いざとなれば犯罪組織に立ち向かうぐらい格好いい、妹萌えで変態なゴリラムーブが得意な男……ただの変態ゴリラだな)
「全く、何でゴリラが恋人候補に……あれ? それって……ひょっとして雨宮さんの結婚相手もまさか……っ!?」
「……万一直美の耳に入ったら激怒するから言わないでね……ほらこの子だよ」
とんでもないことを言おうとした女性社員の言葉を遮り、俺はこの間指輪を購入したときに撮った写真を見せてやる。
指輪を見つめ無邪気に微笑む直美……本当に可愛くて携帯の背景にしてしまっているほどだ。
「うわぁ、凄い可愛い子……うぅ……勝ち目無い……」
「いや勝ち目って何と戦う気なんだい? 大体君も十分可愛い方だと思うよ」
尤も俺の中では直美が一番だ、そしてそれ以外の女の人はそう言う目で見る気にすらなれない。
「ありがとうございますぅ……はぁ……」
「何故ため息をつく……ああ、ちなみにこれがゴリラ亮ね」
「ど、どんだけゴリラ押し……って普通の男の人じゃないですかぁっ!? この人のどこがゴリラなんですかぁっ!?」
「……どこがと言われると確かに答えにくいなぁ」
あのゲームでの印象が強すぎたが、冷静に外見だけを見れば亮はどこにでもいる普通の男にしか見えない。
だが少しでも関わりがあれば変態眼鏡男に見えるだろうし、俺や直美ぐらい親しければゴリラにしか思えない。
(やっぱりゴリラって紹介しないと詐欺だよなぁ……いや変態ゴリラとまで言っておかないと駄目か?)
「あ、わかったぁ……意外と全身毛むくじゃらだったりするですよね?」
「そんなことはないと思うけど……」
「えぇ……訳わからな過ぎて逆に興味がわいてきたんですけどぉ……良い男なんですよね」
「それは保証するよ……ええと、本気で会ってみる?」
「……向こうの人が嫌でなければ」
おずおずとつぶやく彼女だが、あいつが女の人との出会いを断るとは思えない。
「じゃあ今度聞いておくよ、多分OK出ると思うけど……写真送っても平気?」
「は、はい……お願いします」
俺は彼女の写真を撮ると、早速亮へと送信してやるのだった。
『この子がお前に興味あるって……会ってみる?』
『えぇっ!? 私に百合営業しろって言うのぉっ!?』
(げげぇっ!? お、送り先間違えたぁっ!?)
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