休暇の過ごし方
「うぅ……し、史郎さん……わ、私浮いてないかなぁ……」
「凄く似合ってるよ、可愛い可愛い」
「そ、そうかなぁ……史郎さん、恥ずかしいから離れないでね……」
(前の格好のほうがよっぽど恥ずかしいと思うんだけどなぁ)
デート中、もじもじと身体をすくませて俺の腕を取り密着する直美。
染め直した黒髪に清楚なワンピースが似合っていてとても魅力的なのだが、慣れない格好なだけに未だに不安なようだ。
「直美が嫌なら元に戻しても良いんだよ、俺はどんな直美も好きだからね」
「う、うん……だけど私は史郎さんの横に居てお似合いだって言われたいから……外でもイチャつきたいしぃ……」
「ありがとう直美、その気持ちは凄く嬉しいけど……無理はしないでいいからね?」
新しい場所に引っ越して新たな生活を始めた俺たちだが、周囲の人たちは当然こっちの事情などは知らない。
その状態で露出多めの派手な格好をした直美と外を歩いたりすれば、どうしても注目を集めることになる。
だから直美は自発的に、引っ越しを機会に俺の隣を歩いても浮かないよう見た目を変えたのだ。
「だ、大丈夫ぅ……史郎さんが隣に居れば平気ぃ……」
そう言ってなおさら俺の腕にしがみ付く直美だが、外から見れば体調不良かあるいは怯えているように見えなくもない。
お陰で先ほどからすれ違う人たちが結構訝し気にこちらを見ている。
尤もこれは直美のような美人が俺みたいな冴えない男にくっついているのも理由の一つだろう。
(わざわざ遠出したから別に変な目で見られても生活に影響は出ないだろうけど……それでもあんまり注目は集めたく無いなぁ)
「直美、少しそこの公園で休んでいこう」
「うんいいけどぉ……映画間に合うのぉ?」
「大丈夫だよ、チケットはネットでとってあるし……それに映画館じゃ余り大っぴらにはしゃげないからねぇ」
「そうだねぇ……じゃあ少しだけここでイチャイチャしていこぉっ!!」
乗り気になった直美は嬉しそうに俺の腕を引っ張りにかかる。
逆らう理由もなく、俺も連れられるままに公園を一望出来るベンチへと隣り合って腰かけた。
自然と俺は直美の肩に腕を回し、直美も俺の肩へと頭を預けてくる。
「……えへへ」
「……ふふ」
お互いに触れ合い温もりを感じて、それだけで幸せな気持ちが湧き上がってくる。
家では騒がしく遊んでばかりなので、こうして静かに穏やかな時間に浸るのは初めてかもしれない。
だけど直美となら全く退屈だとは思わない、幾らでもこうしていられる。
「……あっ!! 史郎さん、クレープ屋さんが来てるよっ!!」
「本当だ……食べたいの?」
「甘いの大好きだもぉんっ!! 史郎さんの分も買ってくるねぇっ!!」
「いや俺はいいよ……直美のを分けてもらうから」
「もぉ仕方ないなぁ、特別に間接キスさせてあげちゃうんだからぁ~」
駆け足で移動販売のクレープ屋さんへ向かっていく直美、その仕草はやはり年相応で微笑ましい。
(まあ軽く腹ごしらえしたほうが映画に集中できるからいいんだけど……時間もまだまだ余裕あるし……)
少しでもデートを長引かせたくて、ついつい早めに出すぎてしまったのだ。
だからこうして多少時間を使おうとも何の問題もない。
俺はお店の前で真剣な顔でメニューと睨めっこしている直美を見守ることにした。
(ああ、こうして遠目で眺める直美もすごく魅力的……あの真剣な顔もどこか可愛いし……いつまでも見ていられ……)
「あ、雨宮さんっ!?」
「えっ?」
不意に声をかけられて、慌てて振り返るとそこに先ほどまでいなかったスーツ姿の女性が立っていた。
どうやら直美に集中しすぎて接近に気づけなかったようだ。
(しかし……誰だこの人?)
仮にも苗字を呼んでくるということは知り合いなのだろうが、全く記憶にない。
「お、お久しぶりですぅ~前の会社以来ですねぇ~」
「……ああ、あんときの」
女性の言葉でようやく思い出した、前に努めていたブラック企業で働いていた女性社員だ。
見た目が結構くたびれていることと、いつも馬鹿にしていた俺に微笑みを向けているから気づけなかった。
(俺が正面から見てなかったのも原因かな……今じゃ何ともないけど……)
「それで俺に何か用か?」
「え、あ、あの……雨宮さんですよね?」
まっすぐ相手の目を見て返事をしてやると相手は少し驚いた様子でおずおずと聞き返してくる。
「そうだって言ってるだろ、そっちから話しかけておいてどうした?」
「い、いえその……あ、雨宮さんはこんなところで何してるんですかぁ?」
「何って休日を堪能してるんだよ……そっちは日曜日も仕事か、大変だねぇ」
「え、ええ……本当に忙しくて大変なんですよぉ、時間も無くて彼氏を作る暇もなくてぇ……誰か良い人いませんかねぇ?」
「さぁ……ああ、そこは人が来るから座らないでくれ」
さりげなく俺の隣に座ろうとした女性にストップをかける。
しかし彼女は僅かに顔をしかめたかと思うと、俺の左手の薬指を見てニマリと笑った。
「す、少しぐらいいいじゃないですかぁ……それにぃ雨宮さんってまだフリーですよねぇ、もしよければ私と……」
「すみませぇん、そこどいて下さぁ~い」
「っ!?」
「お帰り直美、ほら隣座って」
「はぁ~い、待たせちゃってごめんね史郎さぁん」
戻ってきた直美は女性の言葉を強引に打ち切ると、ササっと俺の隣に座りすぐに俺に寄り添い始める。
俺も直美の肩に手を回して、再度抱き寄せてやる。
「いいよ、気にしてないから……見ての通りデート中ですので用がないのでしたらもう行ってください」
「え、な、何であんたなんかに彼女がっ!?」
「彼女じゃありませぇん……奥さんですぅ~」
「っ!?」
「そう言うわけだから、俺『なんか』に関わってないでさっさと仕事に戻ったほうがいいですよ」
そう言い切ると俺はもう目の前の女性のことは無視して、直美とイチャつくことにした。
少しの間俺たちを唖然と眺めていた女性は、顔を歪めたかと思うと直美に向かい何か言おうとした。
だが直美の顔を見つめ、次いで全身を見回すと何やら悔しそうに口を閉じて立ち去って行った。
(何だったんだか……今更俺なんかに関わろうとすんなよなぁ……)
「やれやれぇ、史郎さんは意外にモテモテですなぁ~」
「そんなことはないはずだけどなぁ……」
「だってぇ今の人露骨に色目使ってたよぉ……まああれは寄生先を探してる感じだったけどぉ……」
「だろうねぇ……あの会社で働いてた奴はどいつもこいつも……困った奴らばっかりだよ……」
何やら妙に疲れてしまって、俺はため息をついた。
「けど今の史郎さんって本当に格好いいと思うんだぁ……だから私結構不安なんだよ?」
「あらら、それは困る……俺は直美一筋だし、こんなことで不安にさせたく無いなぁ」
素直に告げる、本当に俺は他の女性に好かれても余り嬉しいとは思えないのだ。
俺には世界で一番素敵な女性が……愛する妻が居るのだから。
(余計なちょっかい出されないためにも……直美を不安にさせないためにも……そろそろアレ、用意するか……)
直美の肩を抱きよせながらあることを決心する俺。
「えへへ、じゃあ史郎さんの愛情が伝わる様に今夜もいっぱぁい愛してねぇ~」
「分かってますよ、頑張らせていただきます……だけど他にもしておきたいことがあるなぁ」
「えぇ~、どんなプレイがしたいのぉ~……もう大抵はしたつもりだけどなぁ~?」
「そうじゃなくてぇ…………直美、後で指輪を買いに行こうな」
「えぇっ!? い、いいのぉっ!?」
喜ぶ直美に頷いて見せる、前にも要求されたことがあったが学校にまでつけていく気満々だったから成人までは待ってもらおうと思っていたのだ。
だけど結局俺のほうが我慢できなくなってしまった……直美という素敵な妻が居るのだとアピールしたくなってしまったのだ。
(俺もどんどん直美への愛情が強くなる……困ったなぁ……幸せすぎる……)
「えへへ、あんまり高いのはいらないからね……だけどずっと付けてても負担にならない奴……学校にもつけていけるのにしてねぇ~」
「もぉ直美は……そんなことしたら色々変な事言われちゃうでしょ?」
「変なことじゃなくて幸せなことだよぉ~、史郎さんの奥さんだって噂ならどんな内容でも私にはいい噂だもぉん~」
まだ買ってもいないのに既に学校で自慢する気満々のようだ。
だけどそんな姿もまた可愛らしくて咎める気にもなれず、俺はその肩を力強く抱き寄せるのだった。
「全く、可愛い奥様だ……愛してるよ直美」
「えへへ、私も愛してるよ史郎さん……頼りがいのある旦那様ぁ」




