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相談日和

「えへへ~、もぉ一回呼んでよぉ~」

『またぁ……直美ちゃん、いい加減にしてよぉ~』

「あと一回でいいからぁ~、ねぇいいでしょぉ~?」

『やれやれ、同じ言葉を何度繰り返す気なんだい……『雨宮』直美さん』

「きゃーっ!! 美瑠ぅありがとぉーっ!! もぉ一回呼んでぇっ!!」


 スピーカー状態で友人二人とグループ会話を続ける直美の嬉しそうな声が聞こえている。

 籍を入れて以来、ほぼ毎日のように直美はあの調子で友人二人に惚気まくっている。


(物凄く舞い上がってるなぁ……よくあの二人も律儀に付き合えるなぁ……)


 尤も直美曰く、いつもは向こうが惚気てばかりなので前からお返しをしてやりたかったのだという。

 事実、友人二人は呆れた様子こそ見せているが何だかんだで毎回最後まで付き合ってくれている。


(旦那として申し訳ない気持ちはあるが……直美があんな嬉しそうにしてるんだ、止められないや)


 ここの所、曇ってばかりだった直美が一転して満面の笑みを浮かべているのだ。

 しかも今まで見てきた中で一番いい笑顔だ、それだけ俺との婚姻が嬉しかったということだろう。

 そう思っただけで俺も顔が緩んでしまう……さらに嬉しそうな直美の姿を見ていると気持ちまで温かくなり緩み切ってしまいそうだ。


(いかんいかん……まだすべてにケリがついたわけじゃない、気を引き締めろ俺っ!!)


 俺は自らの頬を叩いて気合を入れなおして時計へと視線を移した。

 今日は元部長と共に興信所の人が訪ねてくる、その約束の時間が迫ろうとしていた。


(鬼が出るか蛇が出るか……けどこっちには切り札もある……)


 彼らが持ってくる情報がどんなものであれ、恐らくは立ち向かうことができるはずだ。

 だから慌てないよう何度も深呼吸を繰り返していると、ついに彼らが来てインターホンを鳴らした。


「直美、お客様が来たから出迎えよう」

「はぁ~い……じゃぁ私は新婚せーかつに戻るね~、また連絡するからぁ~」

『こ、今度は陽花が惚気る番なんだからねぇっ!!』

『いや次こそは私の番、ということは置いておいてだ……そちらは本当に大丈夫なのか直美?』


 電話口の向こうで、直美の友人たちが真剣な声で尋ねてきた。


「大丈夫だよ、私には史郎さんが付いてるから」

『ならばいいが……本当にいざとなったら何でも言ってくれ、私に出来ることなら全力でやらせてもらうぞ』

『陽花も出来ることがあったら協力するからね……絶対に無理しないでよっ!!』


 二人とも直美のことをとても心配しているのがよく伝わってくる。


(本当に良い友達を持って幸せ者だ……直美も俺も……)


「ありがとう二人とも……愛してるぅっ!!」

『もぉふざけちゃってぇ……おじさん、聞こえてるぅ!? ちゃんと直美ちゃんを守ってあげてねっ!!』

『そしてどうしようもない時は声をかけてくれ……情けないなどとは思わないから、直美の身を第一に考えて行動してくれ』


(ありがたい申し出だけど流石に女の子までは巻き込めない……大丈夫、絶対に俺が守り抜くから)


「分かってるよ、二人ともありがとう……これからもよろしくね」

「うん、ほんとーにいつもありがとねっ!! じゃあまた学校でぇっ!!」


 直美は二人の友人に感謝を告げて会話を終わらせると、俺がしたように自らの頬を叩いて気合を入れた。


「よぉし、さっさと片付けてラブラブ新婚せーかつを満喫しよーっ!!」

「そうだね、こんなくだらないことさっさと終わらせちゃおうね」


 お互いに顔を見合わせ笑い合うと、俺たちは早速お客様を迎え入れた。


「久しぶりだな史郎……」

「久しぶりです……すみません、こんな面倒ごとに巻き込んでしまって……」

「気にするな、前の会社じゃ潰れてくお前に何もしてやれなかったからな……今度こそ力になるぞ」


 亮と似たようなことを言ってくれる元部長、本当に誰もかれも良い人ばかりだ。

 頭を下げてから、一緒にいる興信所の人と共に中へと案内した。


「それでどうでしたか?」

「まあ一言で言うと……酷いもんだ」


 差し出された資料に目を通すと、その言葉の意味がよくわかった。

 どうも幼馴染は援助交際を繰り返した挙句に、反社会勢力に引っかかってしまったらしい。


「こいつらは暴利の金貸しと繋がってるようでな……多分お前の幼馴染も嵌められて暴利の借金を背負わされたんだろう」

「……あの馬鹿、何やってんだか」

「しかも質の悪いことに、色々と弱い女を中心に狙って……要するに訴える気力やら知識がない奴らを囲っているようだ」


(確かに法律違反の金利……いやそもそも嵌められて発生した借金なんか返済する必要がないけど、あいつはどこかに相談するって考えも持てないだろうしなぁ……)


 こんな幼馴染の愚かな行為のせいで自分たちが振り回されているのだ、頭が痛くなってくる。

 更に先を読んでいくと、幼馴染が彼らの経営する風俗店で働かされたことと……時間が経つにつれ見た目が悪くなりお金を稼げなくなっていったことが記されていた。


「……その店から霧島亜紀の名前が消えたのは、ちょうどお前のところに来る数日前だ」

「どういうことですか?」

「流石にこれは俺たちの推測だが……恐らくこのままだと返済が不可能だとみて方針を変えて、霧島亜紀の身柄を人質に家族へ圧を掛けて借金の肩代わりを迫ろうとしたんじゃないかと思う」

「借金自体は債務者以外には返済義務が発生しませんから、敢えてあなた方のところに来たときは返済計画の相談と口にしたのでしょうね」


(道理で警察のことを口にしただけですぐ退散したわけだ……嫌な連中だな)


「しかし……何で霧島と別行動取ってたんだ? それに何で俺にあんな高圧的に出たんだ?」

「これは予想だが……あえて解放して逃げ込む先を確認しようとしたんじゃないか?」

「しかしあなたは受け入れず、家族の姿も見られなかった……それで焦ってしまいボロを出してしまった……こんなところではないでしょうか」

「成るほど……それであの豹変か……」


 大体事情は理解できた、お陰で問題への対策も簡単に思いつく。


「ありがとうございます、色々と調べて頂いて助かりました」

「それは構わないんだが……どうする気なんだ?」

「あいつらは法を犯している自覚はあるようですし、来たら警察を呼びますよ」


 前は直美との関係を突っ込まれる危険があったからできなかった。

 しかしもうその件は解決している……堂々と夫婦ですと言えばいいだけなのだから。


「何より俺たちは近々引っ越します、そうすればもうあいつらには居場所はわからないでしょう」

「まあ確かにな……仮に霧島亜紀が捕まったとしてもお前らがどうでもいいって態度を貫けばそれ以上何もしようがないしなぁ……」

「霧島亜紀さんと親しくないのであればそれが良いでしょうね、素人が下手に関わると危険な相手ですし恨まれても損ですからね」

「そういうことだ……直美もそれでいいかな?」

「う、うん…………あ、あのさぁ、今あいつって……霧島亜紀はどこで何してるかわかる?」


 ずっと黙って聞いていた直美は、僅かに首を縦に振った後に意外な質問をした。

 確かにあの男への対処がこれで決まれば、残る問題は霧島亜紀のちょっかいをどう躱すかだけだ。


(だけどそっちも同じやり方でいいと思うんだけどなぁ……)


 弁護士さんと各種手続きを終えた今、もうあいつがどこに何を訴えようが無駄なあがきだ。

 唯一怖いのは直接やってきて被害を与えてくることだけだが、恐らくその前に引っ越しは済むだろう。

 だからもう考える必要は余りないのだが、直美は真剣な様子で答えを待っている。


「一応特定致しました……どうも借金取りを警戒している上に所持金も乏しいようで、この街中にある公園などを転々としているようです」

「……ホームレ……野宿してんのか」


 あいつは両親の居場所を知らないだろうし、隣の家の鍵だって持っていない……入ったところで各種設備は止まっている。

 さらに言えばそんな場所では借金取りに簡単に特定されてしまう、だからある意味では必然的な結果かもしれない。


(だけど……流石にこれは……)


「…………史郎さん、やっぱり関わらないほうがいいんだよねぇ?」

「直美?」

「私、あいつのこと嫌いだし……直接会ったら腹も立ったけど……こうして聞くとちょっと……」


 直美が顔を曇らせているが、気持ちはわからないでもない。

 今だって再会したときのあいつの態度を思い出すと腹が立つし、許せないとも思う。


(だけど誰かに相談するって考えも持てず、居場所もなくうろついてるってのは……哀れだ……)


 もちろん俺が助けてやる必要なんかないし、放っておいてくたばったところで気にする必要はない。

 理屈ではそう考えていてもどうしても気になる……こんな気持ちを抱えたまま俺たちは幸せになれるのだろうか。


「何よりさぁ、いちおー怪我のこうみょーというかぁ……あいつが居なかったら今の私たちはなかったよね?」

「……確かにな」


 何だかんだであいつが直美を産んでくれたから、今直美は生きている。

 あいつが直美を放置したから俺たちは出会い、親しくなった。

 そしてあいつの余計なちょっかいがきっかけになって……俺たちは結婚にまで至ったのだ。


「だから最低限の……ううん、最後に快く縁を切るために……さっぱりと後腐れなくお別れを告げれるように……嫌だけど少しだけ……ね……?」

「……そうだなぁ……今のままじゃぁ後味が悪すぎるもんなぁ」

「うん……」


 確かに今のままではあいつは野垂れ死ぬのが落ちだ、そうなれば嫌でも書類上の妹である直美の耳にも入るだろう。

 幾らあいつとはいえ、そんな末路を聞かされたら確実に俺たちだって見捨ててしまったという負い目を感じることになる。


(せめて最低限力を貸した後でなら……自業自得だと言えるもんなぁ……)


 何より今の時点で直美が気にして表情を曇らせている……この子を笑顔にするのがパートナーである俺の役目だ。

 だから俺はいつも通り直美の頭を優しく撫でながら、決意を固める。


「すみません、やっぱりそう言うことですので他の手を考えます……あの馬鹿をどうにか助ける方法を……」

「……相変わらずお前は優しすぎるなぁ……そうやっていっつも貧乏くじを自ら引きに行って……」

「いえ、これは俺たちがあいつを忘れ去って幸せになるために必要なことなんですよ」

「ですがどうなさるおつもりですか? 借金を肩代わりしてもあのような連中は色々と理由をつけて集りに来かねませんよ?」

「それなんですけど、ちょっとこれを見てください」


 そこで俺は使うつもりもなかった、亮から預かった切り札を提示する。


『や、やめてくださいっ!? ひ、ひぃいっ!?』

『だったらさっさと借りた金を返すように伝えるんだなっ!! わかったかっ!!』


 動画の中では怯えた様子の亮が、直美を追いかけていた男に暴力を振るわれている姿がはっきりと映し出されていた。


「こ、これはっ!?」

「俺の友人です、わざと殴られてこうして証拠を取っておいてくれたんです」

「……こんな証拠があればこいつは間違いなく捕まるだろうな」

「それともう一つ……その際にあの男が落としていった携帯電話に入っていたデータです」


 更に亮はどさくさに紛れて男から携帯電話をかすめ取り、セキュリティを突破して中のデータを吸い出してあった。

 そこには仲間の連絡先や食い物にしていた女性の写真、さらには強引に借金を背負わせる手口などが赤裸々に記されている。

 使い方次第ではあの男の居たグループを壊滅状態に追い込めるはずだ。


(まあそこまでやると恨みを買いそうだけど……とにかく使わせてもらうよ亮……)


 演技とは言え友人の情けない姿を晒すのに抵抗があってできれば使いたくはなかった。

 しかしこうなった以上はありがたく利用させてもらおうと思う。


(本当に俺には過ぎた友人だよ、もう一生頭上がらないなぁ……後でお礼しないと……)


「なるほどなぁ、確かにこれだけ証拠がそろってれば十分戦えそうだが……本気か?」

「ええ……最低でも霧島と俺たちに二度と干渉してこない程度には打ちのめしてやりますよ」

「わかった……俺に出来ることがあったら言ってくれ、なんでも協力する」

「お気持ちはわかりましたが、その前にこの動画を撮った方にもう一度許可を頂いたほうが良いと思いますよ」

「それもそうですね、ちょっと失礼します」


 ここまで大掛かりなことに利用するとなれば、確かにもう一度ちゃんと話しておいたほうがいいかもしれない。

 俺は早速亮へと連絡を取ることにした。


『おお、史郎かっ!! 結婚おめでとうっ!! 式をするときは是非とも直美ちゃんの友達二人と同席にしてくれっ!! 直接会ってあの声でもう一度罵ら……』

「すまんが真面目な話なんだ……亮、お前がくれた証拠使わせてもらうけどいいかな?」


 相変わらず絶好調な友人に真剣な口調で話しかける。


『……それでお前らが幸せになれるんなら好きに使ってくれ』

「ありがとう、本当に助かるよ」

『よせって、本当にお前が辛いとき助けられなかったんだ……それに俺……い、嫌なんでもない……それよりアレをどう使う気なんだ?』


 真面目な声になった亮に、俺はこちらで決めたことを説明した。


『……つまり、相手の集団を告発するのか?』

「どこまでやるかはわからんけど、少なくとも霧島や俺に手を出せない程度には叩いておきたい」

『史郎、ならそれは俺にやらせてくれ』

「はぁっ!? い、いやそこまでお前を巻き込めねぇよっ!!」

『けど仮にも犯罪集団とやり合うんだろ? 矢面に立ったらアブねぇよ……お前には直美ちゃんを守る義務があるだろうが』


 亮の言うことにも一理ある……下手に手を出して、社会的な制裁を与える前に反撃されたら大変なことになる。


『その点俺の両親は海外にいるし独身で身軽に動ける……俺がやるべきだよ』

「い、いや……けどそんな危険だけを押し付けるような真似は……」

『……それだけじゃない、実はちょっと個人的に思うこともあるんだ……だからどうしても俺がやりたいんだよ……頼むから俺にやらせてくれ』

「個人的にってお前……どういうことだ?」

『……今はまだ言えねぇ、いずれ機会があれば説明するけど……頼むよ史郎……それにお前にはもう一つ、霧島さんの身柄をどうにかするっていう問題があるだろ……そっちは任せるからさぁ』


(そうだった……あいつらをどうにかする前に、今日々の暮らしに困ってるあいつもどうにかしないといけないよなぁ……)


 同時に扱うには厄介すぎる、何せ幼馴染がどう動くのかまるで予想が付かないのだから。

 下手に匿ったところをあの男に襲撃されて……挙句に弱みを利用されて内部から裏切られて情報を流されないとも限らない。


「…………その通りだよ、すまん……じゃあそっちのことはお前に任せても良いか?」

『ああ、任せろっ!! 殴られた恨みも込めて完膚なきまでに叩き潰してやるぜっ!! だからお前は……霧島さんを頼んだぞ』

「わかった……助かるよ亮……」

「横から済まんが話は聞こえてた、その男を紹介してくれ……俺も天涯孤独の身だしこういう人を食い物にする連中は許しておけんからなぁ……」

「私も仕事としてでしたら喜んでお手伝いさせていただきますよ」

「すみません皆さん、じゃあお願いします」


 この場にいる全員に感謝を告げて、亮と元部長たちの紹介をする俺。

 最後に一応弁護士さんの連絡先を告げて、後のことは彼らに一任することにした。


(結局色んな奴らに迷惑をかけてしまったが、これで男の件は解決したも同然だ……)


 残る問題は一つだけだ、俺と直美は顔を見合わせるとゆっくりと頷き合うのだった。


(さあ、こんな厄介ごとはさっさと終わらせてしまおう……最終決戦だっ!!)

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[良い点] クソじじいにはもう少しざまぁがあってもいいかなぁ 嫌がらせで住所をモンスタービッチに教えるとか 借金まみれの娘が出入りするだけでもかなり世間体が悪かろう ラスボスのモンスタービッチをどう…
[一言] ラスボス戦。ラスボスにしては、ちょっと役者不足な気もしますが。結局気付けなかっただけで、周りにはいい人が色々いたのだと。 もう大詰めですね。少し寂しいですが、彼らが幸せになるのであれば。
[一言] 雨宮直美と呼ばれて笑顔な直美ちゃんか、きっと辺りにハートが沢山浮かんでる事だろう(砂糖サラサラ) 亮の何かしらを言い淀んだ事や個人的に思う事…、10年以上前に実績のあったスタンガンが関係し…
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