覚悟を決めた日
「お時間を取らせて申し訳ありませんでした、失礼します」
「お疲れ様です……ふぅ……」
帰っていく警察と役所の人間を見送り、ほっと一息つくことができた。
「うぅ……ごめんね史郎さん……私が軽率な行動したから……」
「何度も言うけど直美のせいじゃない、気にしないでいいんだ」
「け、けどぉ……多分あいつらまた来るよぉ……」
直美の言う通りだ。
どうもあれから霧島亜紀を名乗る女性は、色んな所に匿名で電話をしているらしい。
内容は俺が娘を監禁しているということらしく、それで公的機関が動き出したのだ。
(とりあえず今は、直美は隣で一人暮らししていて俺は時々面倒を見てるだけってことでごまかしたけど……)
上手く行ったのは直美の本当の……書類上の母親が入院していることとその費用を俺が払っていることが大きかった。
電話口であいつは名前も名乗らずに直美の母親であるとだけ主張していた。
しかし書類上の……周りから見れば直美の本当の母親は電話などできる状態ではないのだと、病院側がはっきり伝えてくれたのだ。
(お陰で何とか今回は俺への悪意ある悪戯と言うことで納得してくれたけど……いつまで持つか……)
何せ俺と直美の関係は、社会的には確かに犯罪と捉えられても仕方ないほどに発展している。
今後もこんなことが続けば、いずれはもっと深く突っ込んできて問題になる可能性が高い。
その前に何とかしなければ……直美にこんな不安な顔をさせておくわけにはいかないのだから。
「直美、大丈夫だから……ほらいつも通り笑顔笑顔」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
「俺の言葉は信用できない?」
「そ、そーいう言い方はズルいんだからぁ……もぉ困った人ぉ……」
俺の言葉に直美はちょっと口をとがらせながらも、ようやく僅かに微笑んでくれた。
この笑顔を見てるだけで力が湧いてくる、どんな理不尽にも負けてたまるかという気持ちになれるのだ。
(さて、そうは言ったものの……どうしたもんかなぁ……)
確かに未成年と同居しているのは問題だ……身体に手を出しているのはもっと大変だ。
尤も肉体関係の方は同意の上で行っている以上、俺も直美もばらすわけはないし漏れるとは思えない。
それでも年頃の女子とおっさんが一緒に居れば大抵の奴らは邪推するだろう。
(だから邪推されないような関係とアピールできるようになるか……邪推されても問題のない関係にならなきゃいけないんだ……)
少し考えてすぐに答えは出る。
邪推されない関係は簡単だ、養子縁組すればいい。
(しかし養子縁組は確か独身じゃできなかったはず……何より直美がそれを受け入れるとは思えない……)
一度親子関係になった男女は結婚が認められなくなる、そんなことを直美が……俺たちは受け入れられない。
ならば邪推されても問題のない関係になるしかないが、それも答え自体は簡単だった。
ただこちらはこちらで色々と面倒な課題が多くあるが、一番大事な直美は受け入れてくれるだろう。
(だけどちゃんと……答えを聞いておこう)
「直美、それでこれからのことなんだけど……君にお願いしたいことがあるんだ」
「何でも言ってよっ!! 私史郎さんと一緒に居られるためなら何でもしちゃうんだからっ!!」
「ありがとう、だけど真剣に考えてから答えてほしい……これからの人生が掛かってることだから……」
そこで一旦呼吸を整えると……直美の目を見て、今までで一番強く想いを込めてはっきりと俺の意志を告げた。
「直美……俺と結婚してほしい」
「え…………ふぇぇえええええっ!?」
予想外だったのだろう、直美は一瞬固まったかと思うと驚きに目を見開き可愛らしい叫び声をあげた。
(直美の年齢は十六を超えてる……もう結婚できる年齢だ……)
もちろん未成年での結婚など色々と超えないといけない障害が多い。
親の同意だとか周囲の視線だとか……だけど夫婦になればもう外部から余計な干渉を受けることは無くなる。
そして赤の他人ではなく旦那という立派な関係になれば、血縁者の権利とも対等以上に渡り合える。
(何よりも、俺が直美と結婚したいんだ……ずっとこの子の隣に居たい……笑顔を見ていたいんだっ!!)
「君を守りたいんだ……いやそれだけじゃない……直美の生涯の伴侶になりたいんだ、どうか俺と結婚してほしいっ!!」
「し、史郎さん……け、けど私まだ未成年だし……そ、その……た、たくさん史郎さんに迷惑かけちゃうし……え、えっとぉ……」
しかし予想に反して直美は俺の提案に消極的だった。
一番大切な直美の気持ちを無視するわけにはいかない。
(直美が嫌なら……この選択肢は無しだな……)
「……わかったよ、直美が嫌なら他の方法を……」
「ち、違うっ!! 私だって史郎さんと結婚したいっ!! だ、だけど今そんなことしたら史郎さんが周囲からどんな目で見られるか……わ、私これ以上史郎さんに迷惑をかけたくないのっ!!」
直美が僅かに瞳を潤ませながら叫ぶ。
(少し前までは俺が成人までって言ってたのに……直美は本当に色々と考えるようになったんだなぁ……)
俺への気遣いはありがたいし、確かに社会的な観点などを考えれば成人まで待ってから結婚したほうがいいだろう。
だけどそれまでの間に霧島亜紀の干渉に邪魔されて、直美の立場が不利に……不幸になっては意味がないのだ。
だから俺は……自分の気持ちを込めて叫び返す。
「構わないっ!! 周りから何を言われようとどんな目で見られようと直美が隣に居てくれるなら俺はそれが幸せなんだっ!! いやどんな問題もハードルも俺が解決するっ!! して見せるっ!! だから直美の正直な気持ちだけ聞かせてほしいっ!!」
直美の顔を見続けたまま力強く宣言した。
すると直美は、俺のことをじっと見つめながら……徐々に頬を赤らめていった。
そして最後には瞳から涙を零しながら顔中、それこそ耳まで真っ赤に染めながら小さく……頷いた。
「はい……色々と至らない不束ものですが……よろしくお願いします……」
「ありがとう直美っ!! 愛してるっ!!」
「私も史郎さんを……愛してますっ!!」
直美の気持ちを受け止めて、俺は喜びのままに抱きしめ……自然に唇を重ねていた。
直美も抵抗することなく俺の行為を受け止め、口づけしたまま力強く抱き返してきた。
愛おしい気持ちが次から次へと溢れてきて止まらない。
(ああ……いつまでもこうして……っ!?)
玄関のチャイムが鳴る音で俺たちは現実に引き戻される。
互いに顔を見合わせると、そっと身体を離し……だけど手だけはつないだままインターホンのカメラ画像を眺めた。
(あいつ……じゃない? けど今度は誰だ?)
カメラに映るのは見覚えのない、少し迫力のある強面の男だった。
そいつが違和感を感じるほどにこやかに笑いながら口を開いた。
『すみません、少しお尋ねしたいのですが……霧島亜紀さんは御在宅でしょうか?』
「っ!?」
何故かここに幼馴染が居るかのような口ぶりで話す男に、俺は困惑して何と返事をしていいかわからない。
(あいつの関係者なのか……このタイミングで俺の家を訪ねてくるのって……何がどうなってんだ?)
『聞こえてますよねぇ……返事をしてくださいませんか?』
「……あの、どちら様ですか?」
『初めまして、霧島亜紀さんのご家族の方ですか? 実は彼女借金をしておりましてその返済について話し合いに来た者です』
(借金……あいつ何してんだよ……)
見た目で判断するのはあれだが、どう見てもまともな金融会社の人間には見えない。
厄介なことになりそうだ……だけど直美を不安にさせないためにも気丈に対応しないといけない。
一度だけ直美と目を合わせて頷いて見せてから、改めて返事をする。
「そうでしたか……けどすみませんが霧島の家はここじゃないんですよ」
『お隣ですよね、ですがそちらには誰もいないみたいなので……少し前に帰ってきたと思うのですが、こちらにお邪魔していませんか?』
「居るわけないでしょう……確かに姿は見ましたけどすぐどっかに行きましたよ」
『しかし彼女はあなたのお知り合いだとか……匿ってんじゃねぇのかおいっ!!』
「っ!?」
急にドスの利いた声を発してこちらを睨みつける男を見て、直美が息を飲んだ。
その粗暴そうな態度と言い、こちらがこいつの本性だろう。
(やっぱりまともな会社の奴じゃなかったか……あの馬鹿、どこまで人に迷惑をかけやがるっ!!)
呆れ半分怒り半分な心境になりつつ、それでも目の前の男を追い払うために会話を続ける。
「匿ってません、あいつが何て言ったかは知りませんが俺たちはただのご近所さんでしかない……無関係の赤の他人ですよ」
『じゃあ家族の居場所とか知らねぇかっ!? 隠すと為になんねーぞっ!!』
「知りませんっ!! いい加減にしてください、警察を呼びますよっ!!」
『ちっ!! 今回は引き下がるがあいつにあったら言っとけ、金返すまで付きまとうからってなっ!!』
警察と聞いてようやく男は吐き捨てるように言って立ち去って行った。
その男の後ろ姿が見えなくなって、ようやく胸をなでおろす。
「し、史郎さぁん……あ、あいつなんなのぉ……?」
「分からない、けど直美はしばらく安全のために外出しないほうがいいよ」
「わ、わかったぁ……うぅ……」
「大丈夫、直美は俺が守るから……大丈夫大丈夫……」
怯えたように震える直美が落ち着けるように抱きかかえ、頭を撫でてやる。
(あいつは……『霧島』の縁はどこまで直美を苦しめるんだっ!!)
もう一刻も早く関係を断ち切らせてやりたい、これ以上直美を苦しめてたまるものかと強く思う。
そのためにも俺は直美が落ち着き次第行動に移れるよう、今後のことを考え始めるのだった。
(直美と俺の幸せのためには手段なんか選ばない、何だってしてやるっ!! 霧島もあの男も年齢差だって……何もかもねじ伏せてやるっ!!)




