俺と彼女と彼女の……
「おじさぁん、直美どっちが似合ってると思う?」
「どっちも似合ってるよ、本当に魅力的だ……写真撮らせてね?」
「えへへ、もぉさっきからそればっかりぃ……これじゃあ何買うか決まらないよぉ~」
「両方とも買って良いんだよ、おじさん出世したし臨時収入もあったから……多少贅沢しても平気だからね」
せっかくの休日なのだから直美に服を買ってあげよう……という名目でデートをしている俺たち。
お店の試着室で色んな服に着替える直美だが、俺の目にはどれもこれも可愛く見えて仕方がない。
愛する女性がどんな格好をしようが愛おしさは変わりようがないのだが、俺好みの洋服を買いたいらしい直美には少し不満のようだ。
「駄目駄目ぇ~、おじさんとのしょーらいを考えたら今から節約できるところは節約してくのぉ~」
「大丈夫だよ、おじさんの収入なら仮に今のままでも余裕で二人分の生活費は出せるって」
「二人分じゃダメなのぉ~、直美はおじさんの子供たぁくさん産むつもりなんだからぁ~」
嬉しそうに笑って言う直美、どうやら本格的に将来設計を考え始めているらしい。
俺も直美が成人したら結婚するつもりだし、そうなれば子供だって自然と出来ることだろう。
流石に何人作るかまでは考えていないだろうが、どちらにしてもお金はどれだけ溜めておいても困ることはない。
「気持ちは嬉しいけど、俺がもっと頑張って出世していっぱい稼いでくるから……直美はもう少し我儘していいんだぞ」
「我儘ならぁ……たぁくさんしてるのだぁっ!!」
俺に抱き着いてくる直美を優しく受け止めて、頭を撫でてあげる。
確かにこうして甘えてくることは多いが、お金のかかるようなことはめったにお願いされない。
今日の買い物だって俺がデートという形で誘ったから付いてきたようなものだ。
(直美はもっとわがままを……贅沢をしていいんだけどなぁ)
「これぐらいいつでもしてあげるから……せっかく買い物に来たんだから自分が着たいもの買っていいんだよ」
「これだけで直美はじゅーぶん幸せぇなのぉ……それに直美としてはおじさんの好みな服装しかきょーみないのぉ、だからおじさんが選んでよぉ~」
直美は俺にくっついて、本当に幸せそうにしている。
俺もこれだけで十分幸せなのだが、やっぱり直美にいつまでも幼馴染のお下がりを着せておくわけにはいかないだろう。
「じゃあおじさんが選ぶから……そしたら着てくれるかい?」
「もっちろぉんっ!! メイド服でも軍服でもチャイナ服でも何でも着ちゃうよぉ~」
「それはただのコスプレ……そんな変なの選びません」
一体どこでそういう知識を身に着けてくるのだろうか……特に軍服はマニアック過ぎると思う。
(……嫌いじゃないけど、看守と囚人の……い、いやいや……)
「でもそーいうの好きなんでしょぉおじさんってぇ……遠慮しなくていいのにぃ~」
「あのねぇ、どこからそういう話が出てくるの?」
「直美はおじさんのことなら何でもおみとぉしなのだぁっ!! とお……某情報筋から入手したんだよぉ」
「……もう二度とあいつには連絡しないように」
(本当にあいつは余計な事ばっかりする……勘弁してくれよ……)
「えぇ~、直美がおじさんの機密じょーほーを聞ける唯一の相手なのにぃ~」
「俺に直接聞けばいいでしょ……直美になら何でも答えるから……」
「ほんとぉにぃ……じゃあおじさんの性癖……」
「そう言うのは家で聞いてねっ!!」
外でする内容ではない、慌てて直美の言葉を遮った。
「はぁ~い、じゃあお家に帰ったらちゃぁんと答えてね?」
「分かったから……それより今は直美が着たい洋服を探そう」
「何でもいいってばぁ、おじさんをゆーわく出来る服ならなんでもいいのぉ」
(困ったなぁ……俺には服のセンスなんかないし、こんな年代の女の子が着る服……そうだっ!!)
俺はあることを思いついて携帯を取り出すと、最近登録した新しい連絡先にメッセージを送った。
『直美の洋服を買いに来てます、どんな服が似合うと思いますか?』
『直美ちゃんの洋服っ!? えっとねぇ、あえて露出を減らして……』
『直美の衣服か、個人的な意見だが……』
「おじさん誰と……ってなんであいつらに連絡してんのぉっ!?」
「直美の同年代の女子なら詳しいかと思ってね」
この前一緒に遊んだ際に、二人は俺にこそっと連絡先を教えてくれたのだ。
実のところ彼女たちは前から直美が好意を抱いている年上の俺が本当に相応しい人物なのか気になっていたらしい。
お陰で結構頻繁に電話されたり尋問されたりして、今ではそれなりに気軽に相談できる相手になっているのだ。
(年下の女子に相談するのはちょっと情けないが……まあ直美の為なら何とでもない)
「や、止めてぇっ!? あ、あいつらきっと直美に眼鏡女子になれって言ってくるに決まってんだからぁっ!?」
「眼鏡って……直美は視力良いのに?」
「要するに根が真面目なんだからふつーのかっこぉしろっていうのぉ……特に美瑠はひんにゅーだから直美のスタイルに嫉妬してて露出が多い格好を目の敵にしてんのぉ」
「それは関係ないんじゃぁ……けど真面目な格好は嫌なの?」
「い、嫌ってわけじゃないんだけどぉ……今更そーいう清楚な格好するの恥ずかしいというかなんというかぁ……お、おじさんがそっちがいいっていうなら……するけどぉ?」
もじもじとしながら、ちょっと照れくさそうに俺を見上げる直美。
「俺は直美がどんな格好してても大好きだよ……ただ他の男に露出してる肌を見られてると思ったら嫉妬しそうだけどね」
「うぅ……おじさん最近そういうずるい言い方増えたよねぇ……そんなこと言われたら逆らえないよぉ」
「無理しなくていいんだよ、直美の好きな洋服を買って帰ろう」
「無理……してないもん、直美だっておじさん以外の人に見てほしいとは思わないもん……」
そう言って俺に抱き着いたまま、直美は今まで入り浸っていた派手な洋服ばかりあるコーナーから移動し始めた。
(本当に良い彼女をもったなぁ……大事にしてあげないと……)
俺はそんな可愛い彼女の頭を撫でてやりながら、一緒に服を見繕うのだった。
「ええと、あの二人の意見からすると直美に似合いそうなのは……」
「お、おじさんあの二人と連絡とるの禁止ぃっ!!」
「えぇ~、俺が直美の機密情報を知れる唯一の相手なのにぃ~」
「直美の真似しないのぉっ!! おじさんも知りたいことがあったら直美に聞くのぉっ!!」
「じゃあ直美の好みの洋服を教えてよ……どんなのが好きなの?」
「直美が好きなのはおじさんっ!! おじさんの好きなものが直美の好きな物なのぉっ!!」
そんなやり取りを繰り返し、結局家に帰り着いたのは夕方になってからだった。
「……ありがとうおじさん、直美に洋服買ってくれて」
「これぐらい当たり前だよ……本当はもっともっと買ってあげたかったけど……」
直美は買ったばかりの清楚な感じの洋服を取り出しながら、俺にお礼を言う。
買ったのは二着だけ、直美がこれだけでいいと強く主張したのだ。
「これでじゅーぶんだよ、何度も言うけど直美は将来に備えてお金を蓄えておきたいのぉ……自分の子供にはお金のことで悩んでほしくないから……」
真剣な顔で呟く直美、自分が苦労してきただけあってその言葉には重みがあった。
「……おじさんは直美にも悩んでほしくないよ、もっと頑張って出世するしちゃんと貯蓄もするから安心していいんだよ?」
「おじさんの気持ちはありがたいけどぉ……直美は今万が一のことも考えてるんだぁ……」
「万が一って?」
「……直美はねぇ……絶対に自分の子供には同じような目にあってほしくないの……」
俺が尋ねると直美は、少しだけ言いずらそうにしながらも語りだした。
「直美、今まではずっとそー言うこと考えなかった……おじさんの為だけに生きてる感じで、友達ができてもやっぱりおじさんだけが全てで……だからおじさんが死んだら後を追おうとか思ってて……長生きする気ないからべんきょーとかもする気なかったの……」
「……ごめんね、俺があんな後ろ向きだったから……危うかったからそんなこと考えさせちゃったんだな」
「それだけじゃなくてぇ、おじさんの両親が亡くなったこともあって人っていつ死ぬかわかんないなーとか……直美だっておじさんが助けてくれなかったら多分もう……だからまあおじさんが生きてる間だけ一緒に居られればいいやとか思ってたんだけどぉ……」
真剣な顔で喋り続ける直美。
俺もまた真面目に聞くことにする……直美の全てを受け止めるために。
「けどおじさん……史郎さんが私と本気で結婚してくれるつもりだってわかって……そしたらやっぱ嬉しいから将来設計とか想像するようになって……赤ちゃんとか子供のこと思って……ちゃんと育てられるかなとか……あいつみたいに育児放棄はしたくないとか……」
「直美なら大丈夫だよ……俺が保証するよ」
「ありがと……だけどさっきも言ったけど人っていつ死ぬかわからないから……い、嫌だけど私を置いて史郎さんが先に死ぬこともあるわけで……そん時に前なら後を追えばだったけど、もしも子供ができたときにそれをしたら育児放棄になるわけで……そんなの駄目だなぁって思うようになったの」
直美は本当に将来のことを真剣に考えているようだ。
俺は何やら胸が詰まるような気持ちになりながら、一生懸命直美の言葉に耳を傾ける。
「ええと、だからぁ……よーするに赤ちゃんが居たら史郎さんに何かあっても……ちゃんと生きてかなきゃいけないし子供を養わなきゃいけないなぁって……そのためにも今からお金貯めて、後私が自分でお金を稼げるように勉強とかもしなきゃいけないなぁって考えてるの」
「……そっか、だから最近勉強に力を入れ始めたんだね」
「うん、あの二人の前でこんなこと言うの恥ずかしかったから……それともう一つ、おじさんに節約してって言ってるのは実はお願いがあって……私その……資格取るために専門学校行きたいなぁって……」
言いずらそうにしながらも、俺の目をまっすぐ見る直美。
「前に史郎さんが進学しろって言ってくれたから……大学に行ってまで勉強したいことはないけど将来ひょっとして就職する必要があるんならそのために役に立ちそうな資格を取っておきたいなぁって思って……お、おじさんっ!?」
「……立派になったね、直美」
直美の考えを聞いて涙が止まらなかった……とても嬉しかった。
(未来のことを考えて……俺が居なくなった後のことも……立派に依存から脱却しようとしてるじゃないか……)
前に直美の将来だとか依存がどうだとか言っていた自分の愚かさがよくわかる。
直美があれだけ俺に引っ付いていたのは、単純に俺が離れていくことを恐れてのことだったようだ。
だからちゃんと結ばれて、俺の気持ちが直美と共に在ると分かればこの子は安心して他所に目を向けられるように育っていたのだ。
(俺一人が空回りして、余計に直美を苦しめて不安にさせてたんだなぁ……)
自分が恥ずかしく、同時にこんな立派に成長した直美が誇らしかった。
泣きながらも俺は笑顔を見せて……直美をそっと抱きしめた。
「喜んで進学費用は出すよ……ううん、俺に出させてほしい……愛する彼女の……大切な娘の……将来の為にお金を出したいんだ……」
「ありがとうおじ……史郎さん……私頑張って勉強して……また史郎さんが困ったときにもっと力になれるようになるから……」
「直美、俺も頑張るから……絶対に君を不幸にはしないから……」
「うん……私も史郎さんを不幸にしないよう頑張る……」
直美も優しく俺の身体に腕を回して抱き返してくれる。
俺たちはお互いの体温を感じながら、幸せに満たされるのを感じるのだった。
「直美……っ!?」
「史郎さん……っ!?」
『ピンポーン』
自然に顔を見合わせ、口づけを交わそうとしたタイミングでインターホンが鳴った。
(何でこんないいタイミングで……無視してやろう)
直美も同じ気持ちのようで、改めて見つめ合うと顔を寄せ合おうとする。
『ピンポーン』
『ピンポーン』
『ピンポーン』
(ああもう、どこの誰だよっ!?)
俺の家を訪ねる奴など宅配便ぐらいのものだ。
だからしばらく放置すれば立ち去るかと思ったが執拗にチャイムを鳴らしてくる。
仕方なく俺たちは顔をしかめながら身体を離し、インターホンにくっついているカメラ映像を眺めた。
(……なんだこのおばさん?)
見覚えのない女性が、不安そうに周りを見回しながら何度もチャイムを鳴らしている。
どうやらどこかの家と間違えているようだ。
「あの、どの家を探してるのか知りませんが勘違いだと思いますよ」
『あ……あの、こ、ここって史ろ……雨宮さんの家じゃないんですか?』
「……そうですけど、どちら様ですか?」
見ず知らずの女性に苗字を当てられ、どこか不気味さを感じる。
見た目の年齢的に俺の両親の知り合いかとも思うが、それにしても変なタイミングだ。
(別に命日でも何でもないし、葬式でも見てない顔だ……)
だがその女性は、俺の返事を聞くと大声で叫び出した。
『あ、あの私……亜紀っ!! 霧島亜紀ですっ!! し、史郎はいますかっ!?』
「っ!?」
衝撃を感じて固まる俺の前で、インターホン越しにそいつは……俺の幼馴染を自称する女は何度も何度も俺の名前を呼ぶのだった。
『し、史郎っ!! い、居ないの史郎っ!! わ、私だよっ!! 亜紀だよっ!! ねえ史郎っ!! いるんでしょ史郎っ!?』




