幕間
【注意】
外伝です、色々考えましたがちょうどいい区切りなのでこのタイミングで投下します。
となりにすんでいる史郎くんはとってもやさしい。
ようちえんにいるほかのおとこのこみたいにいじわるしないし、かばってくれる。
だからわたしはだいすきなんだ。
「史郎くんとけっこんするぅ~」
わたしのことばに史郎くんはいつもわらってうなずいてくれる。
ほんとうにうれしくて、わたしも史郎くんのとなりにいるとわらっていられるんだ。
しあわせってよくわからないけど、このきもちがそうなんだろうなぁ。
******
となりに住んでいる史郎君はとってもやさしい。
小学校で私がたくさんミスをしてもいっつも助けてくれる。
だから私は彼のことが好きなんだ。
「ごめんねぇ、またしゅくだい忘れちゃって……いっしょに先生にあやまってほしいの」
今日もまた迷惑をかけちゃった、だけど史郎君はいつだって笑って許してくれる。
本当に良い人だと思う、彼のとなりにいれば私は安心していられるんだ。
多分これが私にとって幸せなんだろう、この気持ちに間違いはないと思う。
*****
隣に住んでいる史郎はとっても優しい。
暇なとき窓を開けて声をかければいつだって相手をしてくれる。
寝坊した朝も起こしてくれるし中学校でも一緒、放課後だって彼の家で遊んでいる。
「また負けちゃったぁ……史郎は本当にゲーム上手いねぇ」
史郎と過ごす時間は楽しいし、心が穏やかになる。
もう彼の隣にいるのが当たり前に感じる、多分将来は彼と付き合って結婚するんだと思う。
(だけど……私って史郎のこと……好きなのかなぁ?)
小さい頃は間違いなく好きだと言えた……今だって嫌いではないしどちらかと言えば好きなほうだ。
ただそれが恋愛感情なのかはよくわからない。
だって私は史郎に対して、一度も胸の高まりを感じた覚えがないのだから。
(それに……え、エッチなことだって……したいと思わないし……)
性欲は無いとは言わない、だけど史郎とそう言う行為をするイメージが全く湧かない。
もちろん他の男とだってそんな気にはなれないけど……普通は好きな男の人と一緒に居たら嫌でも考えてしまうものなんじゃないかな。
(少なくても少女漫画とかじゃそれが当たり前なんだけどなぁ……私が変なのかなぁ……)
史郎の方もそんな素振りは全く見せない、それどころか思春期を迎えたのにまるで変わったところが見られない。
尤もお陰で私たちはお互いを妙に意識することもなく、だからこそ縁が切れなくて済んでいるのだろう。
実際に他の子達は、幼馴染の異性と一緒に行動するのが恥ずかしいだとかで距離を置いてしまっている。
(そう考えると私たちの関係は正しいのかなぁ……だけどこれってやっぱり恋人……とは違うよねぇ……)
別に史郎を恋愛の相手として見ることに不満があるわけじゃないのだけど……いや、少しだけあった。
昔から私は不注意で、色々とミスが多くて史郎にフォローしてもらってきた。
そのたびにちゃんとお礼を言ってそれで終わっていたのに、最近は妙に口うるさく注意してくるのだ。
(宿題はちゃんとしろだとか……テスト勉強は頑張れだとか……脱いだ制服を脱ぎ捨てておくなとか……別にいいじゃん……)
史郎は二言目には私の為だというけど、物凄く的外れな指摘だと思う。
その証拠にそれが原因で困ったことなんかないのだ。
宿題もテストも……制服の着替えだって何だかんだで何とかなっているのだから。
(大人の言いつけに従ってわざわざ面倒なことをやらせようとして……全く史郎はお子様だなぁ、そんなこと真面目にやらなくていいのになぁ……)
ひょっとしたら私の母が良くしているように、日々のストレスを解消するために愚痴を言っているのかもしれない。
まあこの辺はどうしようもないから私が寛大な心で許してあげることにしている。
(そういう男の子の駄目なところを受け入れるのが良い女なんだ……って何かで読んだ気がするし……)
とにかく、私は特に大きな問題もなく上手く生活できていて幸せなんだろう。
きっとこんな私と一緒に居られて史郎も幸せだと思う。
ならこの時間を大切にしよう……間違って史郎が壊さないように、私が気を使って守っていこう。
*****
隣に住んでいる史郎はとっても優しい。
「雨宮ねぇ……あいつダサいしオタクだし、いいとこないよねぇ」
だけど言われてみればその通りだと思う。
史郎は余り格好良くないし、高校生にもなって友達とゲームの話ばっかりしている。
仕方ないから私も合わせていたけど……やっぱり史郎はどこかおかしい。
「あんたよくあんなのと一緒に居られるねぇ……辛くないの?」
はっきり言って辛いことも多い。
史郎は中間とか期末テストが近づくたびに勉強を強いてくる。
良い学校に入るためだとか将来の為だとか……余計なお世話だ。
「大体さぁ、幼馴染だからって一緒に登校しなきゃいけない理由なんかないんだよ……嫌なら断れば?」
それもそうだ。
遅刻しないよう起こしてくれているから、その流れで共に登校していたが確かに変だ。
なぜそこまで束縛されなければいけないのだろうか。
(そうだよ……何であいつになんか従わなきゃいけないんだ……)
私の人生だ、私が好きに生きていいはずだ。
なのにどうして隣に住んでいるだけのあいつに気を使わなければいけないのだろうか。
何だか腹が立ってくる。
「霧島さん、こんなに美人なんだから……あんなのに関わって青春を無駄に使ったらもったいないよ?」
クラスメイトの女子達の言葉は私の目を覚ましてくれたようだ。
実際に彼女たちに言われた通り化粧をしてみたら、自分でも美人だと思えるほどになれた。
多分史郎はこの外見に気付いていて……私を彼女にしようと拘束していたのだろう。
(冗談じゃない……私はこんなに魅力的なのに……あんな評判の悪い男に縛られるなんてごめんだ……)
こんな素敵な私ならもっといい男と付き合えるはずだ。
だから私は皆が口をそろえて言う、学校で一番格好良いという男の人を見に行った。
その人は上級生で、制服を着崩していて……とても不真面目そうな人だった。
「あれ、君……すっごい美人だねぇ、俺惚れちゃったよ」
私に気づくとササっと近づいてきて、肩に手をかけられて吐息が掛かるほどの距離から声をかけられた。
いきなりのことに私は恐怖とも興奮ともつかないドキドキを感じて……突き飛ばして逃げるのが精いっぱいだった。
余りの衝撃にこの時のことを忘れられなかった……何度も彼の言葉を思い出した。
(美人……私のこと美人だって……ほ、惚れちゃったって本当かしら……皆が憧れているあの先輩が……)
思い返せば近くで見た彼の顔はとても整っているように思えた。
見慣れた制服だってあの着こなし方はとても素敵で、確かに皆が言う通り格好いい人だった。
彼のことを考えるたびに、胸の高まりが思い出されて息苦しいほどだ。
「ごめん、ちょっといいかな?」
そんな彼が帰り道で声をかけてきたとき、私の心臓は張り裂けそうなほどときめいた。
「あの時は驚かせてごめん、だけど俺本気なんだ……どうだろう霧島さん……いや亜紀さん、俺と付き合ってくれませんか?」
なんて情熱的な人だろうと思った、会ったばかりなのにすぐ私の事を調べてきてくれるなんて。
彼の顔を見ているだけで、声を聞いているだけで……胸のときめきが収まらない。
一緒に居ても何にも感じない、何もしてこないあいつとはまるで違う。
(ああ、そっか……これが……恋なんだ……)
多分これが人を好きになるということだ……私は初めて恋をしたのだ。
だから私は勇気を出して首を縦に振って、彼の恋人になる意思表示をした。
「凄く嬉しいなぁ……早速だけど、今日時間あるなら俺の家にこないかい? 少しでも長く一緒に過ごしたいんだ」
そんな初恋の人の言葉を否定できるわけがなくて、私はもう一度首を縦に振って彼について行った。
こうして私と彼の交際は始まった。
本当に幸せな日々だった。
「勉強なんかしなくてもいいよ、案外何とかなるもんだって……」
彼は優しかった、あいつとは違って私がしたくないことを無理強いしないのだ。
「俺少しだけどギター齧っててさぁ……運動も好きなんだよねぇ」
彼は格好良かった、あいつとは違って色んな趣味を持っていて私を楽しませてくれた。
「今日も俺の家に来ない? また楽しい時間を過ごさせてあげるよ」
彼は素敵だった、あいつと違って出会った日から毎日のように私を愛してくれた……気持ちよくしてくれた。
ある日、彼はふと思いついたように口にした。
「そう言えば亜紀はさぁ、お隣に住む幼馴染のことどう思ってんの?」
私は正直に目障りだと答えた。
「じゃぁ、はっきり言ったほうがいいよ……ああいうのは思い上がると変な行動に移りかねないからねぇ」
彼はそう言うがあいつに何かする度胸があるとは思えない。
だけどせっかく彼が私の為にこう言ってくれているのだ、なら従うのが良い女というものだ。
ちょうど先輩の家からの帰り道であいつを見つけた……これは運命という奴だろう。
(悪いけどあんたなんかと私は釣り合わないから……じゃあね、史郎)
私は深呼吸しながらあいつに近づくと、すれ違いざまに声をかけた。
「私、好きな人ができたからもう近づかないでね」
その瞬間、あいつが浮かべたまぬけ面ときたらあんまりにも面白過ぎて私は……何故か胸の痛みを覚えた。
訳が分からない、なんで目障りなあいつの情けない顔を見てこんなにも苦しい思いを味わわなければいけないのか。
ただ今も……その顔を見ているだけで息苦しくなる。
「じゃあね……もうこの窓も開けないでね」
だから二度と顔を見なくていいように言い放って、そのまま振り返らずに部屋に逃げ込んだ。
(あんなオタクどうでもいい……あんな格好悪い男どうでもいい……あんな鬱陶しい奴はどうでもいい……)
頭から布団をかぶって、心の中で何度も呪文のようにつぶやいた。
彼のことすら考える余裕もなかった……こんなこと彼と付き合ってから初めてのことだった。
お陰で眠ることはできず、何とかあいつの力を借りずに登校できそうだった。
「おはよう霧島……」
なのにどうして、こいつはここにいるのだ。
わざわざ早く出たというのに、昨日私があれだけ言ったというのに……今まで一度だって私のお願いに逆らったことなかったのに。
私は顔を見たくなくて、早足で駆け出した。
「なあ、急にどうしたんだ?」
「……」
「話ぐらいしてもいいんじゃないか?」
「……っ」
しかしついてくる……声を聞いているだけでだけで胸がざわつく。
(ああ、そうか……私は空気が読めないこいつに……ムカついているんだ……)
だからこんなにもイライラするのだ、だからこんなにも胸が痛むのだ。
「話しかけないで……」
何とか振り返り言葉を振り絞り、私の中にある不快な感情を叩きつけてやった。
そこでようやくあいつは……史郎は……あっけにとられたような顔をした後……力なく笑った。
(っっっ!!)
もう何も考えたくなくて、私は走り出した……流れる涙もそのままに。
もう何もかも忘れたくて、私は学校をさぼって彼の家に向かった。
「来てくれたんだね亜紀、ちょうど君に会いたいって人がいるんだ」
「どうも亜紀ちゃん……いやぁ噂通り美人さんだねぇ」
「本当に素敵な子だ……本当にいいんだな?」
「もちろん、亜紀はいい女だから……俺のお願いなら何でも受け入れてくれるんだよね」
笑いながら彼が紹介した人達は、やっぱり彼に似て皆優しくて格好良くて……素敵な人だった。
何も考えたくない私を、何も考えられないように……全員で気持ちよくしてくれた。
こんな魅力的な男達から同時に愛してもらえる私は幸せに違いない。
(そうだ、私は幸せだ……だからもっとたくさんの人に愛してもらって……もっともぉっと幸せになろう……)
余りにも素敵な考えに私は感動して……涙が止まらなかった。
*****
隣に住んでいたあいつと関わらなくなって一年が過ぎた。
毎日が快適で、とても面白い。
やっぱり勉強とかしないでも普通に生きていけるのだ。
(男の先生ばっかりだから誘惑すればどうとでもなるしぃ……こんな楽な方法があったんじゃないか)
彼の言う通りだ、私みたいな美人は楽しくて気持ちいいことだけして生活できるのだ。
こんなことも知らずに……いや縁もゆかりもなく暮らしているあいつは本当に愚かしい。
「亜紀~、今日も俺んち来いよ……みんな待ってるぜ」
彼の言葉に頷く、また格好いい男の人たちがたくさん私の相手をしてくるのだろう。
少し歳をとり過ぎている人とかもいるけど、その人達はお小遣いをくれるのだ。
楽しいことをしているだけで簡単にお金が稼げてしまう、お陰で贅沢し放題だ。
(こんな世界、彼と付き合わなきゃ絶対に気づけなかった……無能なあいつとは違ってやっぱり素敵だ)
今も廊下をたらたらと歩くあいつを見たが、全然格好悪くて情けなくてダサくて仕方がない。
だから見てると胸がムカムカする、腹が立つ……妙に心臓が痛む。
(本当に嫌な奴だ……何なんだよあいつは……私の視界に入るなよ……)
「あはは、嗤えるーっ!!」
感情を殺してわざと笑い飛ばした、あいつに落ち込むところなんか見せたくない。
だって私はあいつから解放されて本当に幸せなのだから、勘違いされたりしても困るのだ。
(きっと私が苦しんでると思ったらあいつはお節介にも関わってくる……冗談じゃないっ!!)
そんなことになればまたあいつに従わなきゃいけなくなる。
何よりあいつと別れろと言った彼を不安にさせたくはない。
(最近は私を呼んでも殆ど会話しないし……他の男の人にも嫉妬してるんだろうなぁ……)
自分で他の男を家に呼んで、私の相手をさせておいて勝手なものだ。
まあ正直、私ほど魅力的なら他の彼氏なんかいくらでも作れる。
別に彼だけに拘る必要はない、別の彼氏候補でも今から考えておこう。
(あいつ……以外の格好いい男……いくらでもいる……あいつ……じゃなくていい……)
何故か頭に浮かぶあいつの憎々しい笑顔を振り払うように頭を軽く振る。
そして今日もまた彼の家にお邪魔して、色んな男の人と愛し合った。
*****
あいつから距離を置いて二年目、ここの所悪夢ばかり見る。
『し、史郎……わ、私……』
『いいんだ、亜紀は悪くないよ……ほら、泣き止んで……んっ』
「っ!?」
今日もまた悪夢を見て跳ね起きた。
何故か私があいつに謝罪して、許してもらい喜びながらその胸に飛び込み……キスする夢。
(イライラする……何でこんな嫌な夢見なきゃいけないんだっ!!)
馬鹿げてる、ふざけている……嫌悪感で胸がいっぱいだ。
お陰で心臓が壊れそうなほど鼓動が高まっている……嫌すぎて涙が溢れてくる。
反射的に窓を開いて、向かいにある閉まり切っている窓を見てさらに怒りが込み上げてくる。
(のうのうと寝て……いや、何か私にしてるんだろうっ!!)
呪いとか、或いは電磁波とかで私に干渉しているのだ。
だってそうでないとこんな夢を見る理由があり得ない。
案外あいつが未練がましく私を想っていて、それが生霊とかになって夢に出ているのかもしれない。
(いい加減にしろ……いつまで私の心を乱す気だっ!!)
思い知らせてやらないといけない、何よりこういう時は気を紛らわすに限る。
私は携帯で適当な男達に連絡すると、今すぐ私の家に来るように連絡した。
返信か来たのは数人で、すぐ来れると言ったのは一人だけだった。
(最近なんか返事が鈍い……皆どうしたんだ?)
特に卒業した彼とはもう連絡すらつかなくなっている。
尤も最後に会った際に飽きたとかなんとか言われて大げんかになったから別れたことになっているのかもしれない。
それならそれでいい、私も新しい彼氏を探すだけだ。
(私はこんなに美人なんだからいくらでも相手は居るんだ……今だって……)
携帯に連絡が入り、私は来てくれた男を迎えに外へと出た。
「たっくぅーん、早く入ろぉ」
男と共に自分の部屋に行き、私達は早速気持ちいいことをする。
更にお払いの意味もかねて、窓から身体を乗り出して嬌声を張り上げる。
(どうだ、童貞のお前には縁のない声だろ……私はとっくにお前なんか吹っ切ってるんだよっ!!)
あいつの夢を見た日は毎回こうして思い知らせてやっている。
今更夢に出てこようが何をしようが……手遅れなんだって。
(前みたいに顔出してみろ……また嗤ってやるっ!!)
私は快感に悶えながらも、あいつのいる窓を注視し続けた。
いつどのタイミングで顔を出してもいいように、絶対に見落とすことがないようにだ。
(ほら開けろ……窓を開けて私を見ろ……見て……よ……)
*****
あいつと縁が切れてどれだけ時間が過ぎただろう。
「進学も就職もしないで、いい加減にしなさいっ!!」
「うっせーんだよ、ばばぁっ!!」
余計なことしか言わない母親を怒鳴りつける。
今更あたしの学力でどこの大学に受かると言うのか。
就職なんか論外だ、苦労して働くぐらいなら援助交際を続けたほうがましだ。
「あんな父親もわからない子供まで作って……あなた何考えてるのよっ!!」
「好きで産んだわけじゃねーよっ!! テメーらが書類にサインしなかったせいじゃねぇかっ!!」
「お父さんが帰ってこなかったんだものっ!! 私じゃどうしようもないでしょっ!!」
「ふぇぇぇ……」
「ああもう、起きんじゃねぇよっ!!」
あたしたちの声を聞いて寝ていたガキが起きて泣き出した。
うるさいからいつも通り床下収納庫に押し込み、出てこないように入り口を重石で抑え込む。
(ああ、クソっ!! どいつもこいつもっ!!)
かつて付き合っていた男どもはガキができたと分かった途端に音信不通になった。
責任を取りたくないのか、もうあたしに飽きたということなのかはわからない。
ただどっちにしても腹立たしいことには変わりがない。
(皆してあたしを馬鹿にしやがって……見てろよ、ぜってぇにお前らよりいい男とくっついて見返してやっからなぁっ!!)
あたしは部屋に戻ると携帯で男を漁ることにした。
年齢も外見もどうでもいい、とにかく金持ちであたしを全肯定して受け入れられる男だ。
(あいつ……は論外だ……)
たまに母親が包丁を持って暴れるから仕方なくベビーカーでガキを連れて外を出歩くことがある。
その時にすれ違うことがあるが相変わらず暗く情けない顔をしている。
そしてあたしの方を見ようともせず、ごくまれにガキを横目で眺めて立ち去るあいつ……本当にイライラする。
(まああんな奴はどうでもいい……どうでもいいから考えるな……イラつくだけだ……)
深呼吸して心臓を宥めながら、あたしは良さそうな男を見繕い連絡を取った。
想像通り高そうなスポーツカーでやってきたそいつの車に乗り込んだ。
予想以上に若くて、少し強面だが不細工な男でもなかった。
(こりゃあ、大当たりかなぁ……金払い次第では彼氏にしてやってもいいな……)
何だかんだであたしは美人だ、少し媚びを売れば簡単に虜に出来るだろう。
あたしはほくそ笑みながら、男の太く逞しい腕に寄りかかるのだった。
(……あれ、袖の端から何か……い、入れ墨っ!?)
*****
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(私……馬鹿だったんだなぁ……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(何で気づけなかったんだろう……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(あんなに優しい人……他に居なかったのに……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(私なんかの世話をしてくれて……労わってくれたのに……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(隣に居たら安心できて……胸が温かくなったのに……)
史郎に会いたい。
史郎に会い「ほら、早く動いてよ」
(辛いよ史郎……苦しいよぉ)
現実逃避していた意識がお客の言葉で引き戻されてしまう。
目の前にいる見知らぬ男に、私は作り笑顔を浮かべると言われるままに身体を動かす。
「いいねぇ……このまま出して良いんだよね?」
「……追加料金貰えるなら」
「わかってるよ……ふふ……」
もう慣れてしまった感触、もはや嫌悪感すら抱けない。
こうして稼いだお金も右から左で、同棲している男の懐に入ってしまう。
一体私がここから抜け出せるのはいつになるのだろうか。
(借金いくらあるんだっけ……もう思い出せないや……)
何がきっかけだったのかも思い出せない、ただ最後に会った男が悪党だったせいで全てが始まった。
変な薬を奨められて、頭がおかしくなって……借金を背負わされていた。
そのままこうしてお店で働かされて、逃げないように車での送り迎えをされる日々。
「今日はこの程度か、真面目に働いてんのかっ!? ほら指導してやるからこっち来いよ」
帰ってきても男の相手をさせられている。
お店でも家でも、シャワーを浴びている時間以外はずっとこんな調子だ。
もう気持ちいいとすら感じない、ただの作業だ。
「もっと反応しろよ、これじゃあただの人形じゃねえか……好きな男でも思い浮かべてみろ」
好きな男と言われて、反射的に史郎が思い浮かんだ。
ずっとそうだったのだ、なんでもっと早く気づけなかったのだろう。
夢にまで見ていたのにどうして私はあんな意地を張ってしまったのか。
(会いたいよ史郎……)
史郎の顔を思い浮かべると、身体が僅かに反応したようで男が鼻を鳴らした。
どうして私はこんな男の元に居るのだろうか……何で史郎のそばから離れたのだろうか。
何もわからない、ただ分かるのは……会いたいということだけだった。
「いいかぁ、この調子じゃぁお前が自由になれんのは十年後ってとこだ……これ以上見た目が変貌しなきゃなぁ」
言われて鏡を差し出される、見たくなかったが頭を押さえつけられてしまった。
そして加齢とストレスでボロボロになった姿を見せつけられてしまう。
化粧を落としているとはいえ、これでは中年のおばさんにしか見えなかった。
(こんな様じゃ史郎は気づいてくれないかなぁ……ううん、史郎なら気づいてくれるよね……)
数少ない自慢の外見すらこうなのだ、己を取り囲む状況はもっと悪い。
もう現実は見るに堪えない、私は妄想して日々を過ごすのだった。
(史郎と再会して謝罪して……そしたら優しい史郎は私を許して受け入れてくれて……きっとここから助け出してくれるんだ……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(史郎、私はここだよ……助けに来てよ……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(私が悪かったから……もう二度とあなたを裏切らないから……)
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
史郎に会いたい。
(史郎に会いたい……史郎に会えれば……史郎に会えば……史郎に……会い……に……)




