友達と過ごす朝
「直美ちゃん、もうすぐ着くってさ」
「ふぅん……別にわざわざ言わなくてもいーしぃ」
「もぉ、そんな不貞腐れないでよぉ……」
「そんなことないしぃ……おじさんこそさっきからニヤニヤしちゃってさぁ……楽しそうですねぇ」
かつての友人が遊びに来る日、朝から直美は不機嫌そうにしていた。
久しぶりに友人に会うのだから多少気分が盛り上がるのは仕方ないのだが、どうやらそれが気にくわないらしい。
「直美ちゃぁん、そんな拗ねないでよぉ」
「拗ねてなんかないってばぁっ!! ふん、そーやってすぐ直美のこと子ども扱いするんだからっ!!」
「そんなつもりはないけど……とにかくもう来るからさ、少し離れない?」
「やぁっ!! きょぉは一日中こーしてくっついてるのぉっ!!」
言葉通り直美は、ずっと俺の腕にしがみ付いて離れようとしない。
「あのねぇ、こんなところ見られたらなんて思われるか……」
「いいのぉっ!! そいつに直美とおじさんがどれだけ仲が良いかきちんとアピールしてやるんだからぁっ!!」
「ちゃんと説明しておいたから大丈夫だよ……」
「可愛い奥さんが居ますって言ったのっ!? どぉせ、近所の子供を預かってるとしか言ってないでしょっ!!」
「直美ちゃんて言う世界で一番大切な子と一緒に暮らしてるって伝えたよ……」
何せあいつは俺の幼馴染のことを知っているのだ。
下手にごまかすわけにもいかず、ある程度の事情は話してある。
特に俺が直美にどれだけ助けられているのか……本当に大事な人であることも教えてあるのだ。
「ふぅん、ほんとーかなぁ?」
「信じてよぉ、俺が直美ちゃんに嘘をつくわけ……おっ!?」
「んんっ!? 敵襲けーほーはつれーっ!!」
「敵襲じゃないから……今開けるぞー」
インターホンが鳴って、俺たちは早速玄関に向かい一応レンズで外を確認した。
眼鏡をかけた中肉中背の、だけど見覚えのある懐かしい顔をした男がそこに立っていた。
俺は反射的に顔が綻ぶのを感じながら、急いでドアを開いた。
「亮っ!!」
「史郎、久しぶ……っ!?」
俺の顔を見て嬉しそうに笑った亮は、しかし隣にいる直美の顔を見るなり固まった。
「はぁい、どぉも旦那様がお世話になってまぁす……妻の雨宮直美ちゃんでぇすっ」
直美はその硬直をどうとったのか、俺の腕を抱きしめるとニヤリと笑いながら色々と間違ってる自己紹介した。
「あ、あのねぇ直美ちゃん……混乱するでしょ……あのなぁ亮この子が……」
「う、浮気者ぉっ!! 俺という存在がありながらそんな小娘に……酷いわダーリィンっ!!」
「ちょっ!?」
改めて説明しようとした俺の空いている手を取った亮が泣き真似しながら引っ張り始めた。
「違いますぅ~、おじさんは直美のダーリンですぅ~」
「違うね、史郎は俺を愛してるんだぜっ!!」
「おじさんが愛してるのは直美だもんっ!! そうでしょおじさんっ!!」
「はっはっは、そんなわけないじゃないかぁ……ほら、この小娘に言ってやれ史郎っ!!」
「う、腕を引っ張るなぁっ!!」
まるで綱引きするように両側から引っ張られて、しかも本気みたいで結構痛い。
「お前は知らないだろうが……俺たちは学校でも有名なカップルだったんだぞっ!!」
「んなわけあるかぁっ!!」
「お、おじさんにそんな過去がぁっ!?」
「信じないで直美ちゃんっ!?」
確かに二人でよく遊んでいたから冗談半分に付き合ってると囃し立てられたことはあったが、もちろん実際には友情以上に発展したことなどない。
「だ、だいじょーぶぃっ!! 直美ならおじさんのそんな過去だって受け入れちゃんだからぁっ!! おじさんが受けなら直美が棒を持ってお尻に……」
「違うからぁっ!! 俺はノーマルだからぁっ!!」
「そうさ、ノーマルタイプでありながら格闘が得意なのが俺たちという特殊な関係なんだぜっ!!」
「訳の分からんこと言うなぁっ!! お前は少し黙れぇっ!!」
「そんなのずるいぃっ!! おじさん、直美ともうんどーしようよぉっ!!」
ギャーギャーと凄まじくうるさい、というかこの状況をどうすればいいのだろうか。
「いい加減にしてくれぇっ!! とにかく離してぇええっ!!」
「いやぁっ!! 直美のおじさんだもんっ!! 絶対離さないもんっ!!」
「仕方ないな、諦めよう」
「うおっ!?」
「にゃぁっ!?」
直美が一層強く引っ張ったところで亮が手を離した。
当然俺と直美はバランスを崩して、壁にもたれかかる形になる。
(な、直美ちゃんにぶつかるっ!? ちぃっ!!)
何とか両手をついて直美の身体にぶつかるのを防いだ。
「うぅ……は、はうぅっ!? お、おじさぁんっ!?」
「怪我してない直美ちゃんっ!?」
「う、うん……大丈夫だけどぉ……えへへ……」
顔を真っ赤にして、だけど嬉しそうに笑いながら俺を見上げる直美。
至近距離にあるその顔は、とっても可愛くてついつい魅入ってしまう。
「壁ドンとはやるなぁ……女子高生とのイケナイ関係、これは明日の一面スクープだぜっ!!」
「ちょっ!? しゃ、写真撮るよっ!?」
言われて気づいたが、俺は直美を腕の中に収める形で壁との間に挟み込んでいた。
慌てて離れようとするが、直美が胴体に抱き着いて離してくれない。
「おじさぁん、直美ねぇ凄くドキドキしたのぉ……このままキスしてほしいなぁ」
「な、直美ちゃんっ!? 何考えてるのさぁっ!?」
「安心しろって、ちゃんと写真に収めておいてやるから……ほら続けて続けて」
「わーい、亮おじさんありがとぉっ!! ああ言ってることだしぃ、チューっ!!」
「しませんっ!!」
何とか強引に振り払うことに成功する。
途端に不満げにする直美を無視して、亮に向き直る。
「お前もさっきの写真消せよ」
「ああ、ちゃんと直美ちゃんに送信したら消すよ」
「やったぁーっ!! 亮おじさんって良い人だねぇっ!!」
(急に仲良く成りやがった……と言うか直美ちゃんって呼ぶな霧島さんって……呼べないよなぁ)
軽く嫉妬しつつも、亮の呼び方に納得せざるを得ない。
何故ならかつての幼馴染のことを、こいつは苗字で呼んでいたのだから。
「ふっふっふ、お礼と言っては何だが女子高生の直美ちゃんの連絡先を……」
「絶対にダメだっ!! と言うかお前もう帰れっ!!」
「えぇ~、せっかく来たんだからそれは可哀そうだよぉ……せめて連絡先ぐらい交換させてよぉ」
「ひゃっほぉいっ!! 女子高生と交流ぅっ!! テンション上がってきたぁあああっ!!」
「今すぐクタバレっ!!」
やっぱりこいつを呼んだのは失敗だったかもしれない。
はしゃいでいる二人を見て、俺はどんどん疲労が溜まっていくのを感じるのだった。
「おお、ナイスアングルぅっ!! ありがとー、なんかお礼してあげよっかぁ?」
「じゃあスク水を着た状態で水浴びして、滴るエキスでお茶を入れてくれれば……」
「マジで帰れお前っ!!」
「残念でしたぁ、直美の搾りたてエキスはおじさんせんよーの飲み物なのでぇすっ!!」
「えっマジで……し、史郎君……っ?」
「そんな目で俺を見るな、嘘に決まってるだろうがぁっ!!」




