平日⑥
「おじさぁん……せっかく帰ってきたのに直美の顔も見ないでどーしてケータイと睨めっこしてるのぉ?」
「ああ、いや……何でもないんだけどさぁ」
直美の不機嫌そうな声を聞いて慌てて顔を上げるものの、ついつい視線が携帯の画面へと向かってしまう。
「何でもないことないでしょぉ、さてはエッチながぞー見てるでしょっ!?」
「だから違うってば……ほら」
「どれどれぇ……けーざいニュースぅ?」
勢いよく俺の背中に飛びついてきた直美に携帯の画面を見せてやると、露骨に眉をひそめて見せた。
「不正申告……脱税……違約金……違法労働……営業停止……夜逃げ……おじさんこーいうのに興味ある人だっけぇ?」
「いや興味があるのは記事の内容じゃ……もだけど、会社名のほうだよ」
「えぇ……知ってる会社なのぉ……ってまさかこれおじさんの元の会社っ!?」
「そうなんだよ……いやぁ、もう何て言えばいいんだろうねぇ……」
会社名がトップニュースに載っていたときは何事かと思ったが、まさかここまでの単語がオンパレードで並んでいたのはさらに驚いた。
内容をかいつまんでみると、どうも俺の前に精神を病んで辞めた奴が訴えを起こしたことがきっかけになったようだ。
しかもそいつの身内に弁護士が居たらしく、証拠等もそれなりに揃っていたようで一気に詰められたらしい。
(その対処で他のことに手が回らなくなって、もともと無理が来てた業務があちこちでパンク……損害賠償の多発も重なって倒産が確定になり経営陣は夜逃げ……どこまでもブラックだったんだなぁ……)
道理で元上司があれほど切羽詰まった様子を見せていたわけだ。
恐らく同じ様に他所の会社にも頭を下げに行ったはずだ。
しかしこの訴訟の量を見る限り、全て門前払いを喰らったようだ。
「あららぁ、部外者の直美から見てもお馬鹿さんだったけどぉ……これはひどぉい」
「本当に酷いねぇ……もう笑うしかないねぇ……」
口ではこう言っているが、この間まで働いていた身としては正直複雑な心境だ。
俺が辞めたことも確実にこの事態に拍車をかけたはずだ。
申し訳ない……とは欠片も思わないが、もう少し辞めるが遅れていたらと思うと冷や冷やする。
「おじさんはこんなことに巻き込まれる前に辞めておいてよかったねぇ」
「本当にね……全部直美ちゃんのお陰だよ、ありがとう」
「えっへんっ!! 直美のありがたさを自覚したら、感謝のキスをするのだぁっ!!」
「はいはい、ありがとうありがとう……ちゅっ」
「そんなおざなりに投げキッスされても嬉しくなぁいっ!!」
直美が俺の身体にしがみ付いて揺さぶってくる。
このまま放置していたらまた機嫌が悪くなるだろう。
(やれやれ……まああんな会社のことはどうでもいいし……直美ちゃんとあーそぼっと)
俺は携帯を投げ捨てて直美の相手をすることにした。
直美を抱きかかえ直……して腰を痛めたらたまらない。
運よくすぐ痛みが引いたからいいが、あんなのは二度とごめんだ。
(直美ちゃんと触れ合いつつ負担の少ない何か……そうだっ!!)
「直美ちゃん、たまには耳掃除してあげるよ」
「おお、ひっさしぶりぃ~……直美のことたっくさん気持ちよくしてねぇ~」
「はいはい……ええと、確かこの辺りに耳かきが……よし、直美ちゃんおいで~」
「はぁ~い」
床に胡坐をかいて座ると、その上に直美は頭を乗せて俺のほうを向いた。
「じゃあ始め……っ!?」
「えへへ、小さいときは何とも思わなかったけど……ここにおじさんのぉ……」
「反対側からやろうねっ!! ほらあっち向いてっ!!」
「やぁん、こっち向きがいいのぉ~」
「駄目ですぅっ!! だ、だからチャックに手を伸ばさないっ!!」
何とか直美を反対向きにすることに成功した。
「ぶぅ……おじさんの意地悪ぅ……直美もお礼してあげたかったのにぃ」
「あのねぇ、耳かきって結構危険なんだから集中力が乱れるようなことしないでね」
「じゃあ普段からてぇ出してよぉ……そのうち直美、おじさんのこと夜這いしちゃうよぉ」
「今だって毎晩俺のベッドに入ってくるじゃないか……腕枕で我慢しなさい」
「もぉ、おじさんのそーしょくけぇ男子ぃ……」
(男子って呼ばれる歳じゃないんだけどなぁ……)
何はともあれ直美の抵抗もなくなり、これならすんなりと耳かきができそうだ。
俺は優しく傷つかないように耳掃除を始めるのだった。
「あ……んぅ……はぁ……」
「……その声はわざと出してるのかなぁ?」
「違うよぉ……おじさんの手付きが巧みだからぁ……んんっ……素敵ぃ……」
「絶対わざとだ……うわ、凄い大きいのが取れたよっ!! ほらこんなにっ!!」
「そ、そんな嬉しそうに言うことじゃないでしょっ!! まるで直美がきれーにしてないみたいじゃんっ!!」
直美はそう言うが実際に結構溜まっているように見える。
(そう言えばここの所俺が鬱でそれどころじゃなかったもんなぁ……)
他に直美の耳を掃除してあげる相手が居るとは思えない。
そう考えると何やら申し訳ない気持ちになる。
「ごめんね、ここの所してあげられなかったもんね……次からはちゃんとしてあげるからね」
「別に一人でもできるんだけどぉ……でもやっぱりおじさんにして貰ったほうが気持ちいいなぁ」
本当に気持ちよさそうに笑いながら、俺の太ももを撫でまわす直美。
余りにいい笑顔だったから、俺もついつい時間をかけて念入りに掃除してしまう。
「んん……今のガリって……気持ちよかったぁ」
「上手く剥がれたよ……ふぅ、こんなところかなぁ」
最後の大物を取り終えて一息ついた。
集中していたせいか意外と疲れが溜まっている。
「ありがとうおじさん、さいこーの時間だったよぉ」
「それは良かった……おじさんは疲れたから少し休……」
「じゃあ今度は直美が耳掃除してあげるぅ……ほらぁ頭置いてぇ」
「えっ!?」
直美がニタリと怪しい笑みを浮かべて耳かき片手に俺を手招きしている。
はっきり言って……恐ろしい。
「い、いやおじさんは自分でできるから……」
「駄目ぇ、直美なりの恩返しなんだから素直に受けるのぉっ!!」
「ちょ、ちょっと待って……な、直美ちゃん耳掃除したことあるのっ!?」
「自分のはねぇ……人にしてあげるのはおじさんがは・じ・め・て」
「ひぃいいっ!?」
思わず悲鳴を上げてしまう。
料理の時のようにその場のノリで耳の中を引っ掻き回されたらたまらない。
「もぉ、そんな声出さないでよぉ……直美だってできるよぉ……」
「うぅ……直美ちゃんこそそんな声出すのはズルいよぉ」
「だって……おじさんが直美のこと信じてくれないから……ぐすん……」
弱々しい声を出して顔を俯かせて、何やら鼻を鳴らしている。
多分嘘泣きだと思う……けど嘘だと分かっていてなお直美のこんな姿見ていられない。
(うぅ……覚悟決めよう……)
俺はあきらめて直美に頭を……運命を差し出すのだった。
「わ、わかったよ……お願いするね直美ちゃん」
「はぁいっ!! 優しくしてあげるからねぇっ!! ほらいらっしゃいいらっしゃぁいっ!!」
「やっぱり嘘泣きだったぁ……ぐすん……」




