平日⑤
「おっじさぁ~ん、おっかえりぃ~」
「ただいま……ととぉっ!?」
入り口を開けるなり直美が飛びついてきた。
何とか抱きかかえたが、少しふら付いてしまう。
「ど、どうしたの?」
「そろそろ直美もお休み終わりなのぉ……だから今のうちにいっぱい甘えておくのだぁ~」
「ああ、そっか……早いもんだねぇ」
カレンダーを見れば、もう夏も終わろうとしている頃だ。
早いものだ、最近は特にそう思う。
(前の会社を辞めてから本当に時間が過ぎるのが早く感じるよ……)
「分かったらこのままお姫様抱っこしてベッドまでゴォ~っ!!」
「まず晩御飯食べて……それからゲームでもして遊ぼうね」
「もぉ……相変わらずおじさんたらヘタレなんだからぁ」
ぶつくさ文句を言いながらも直美は強く反発しようとはせずに離れ……無い。
むしろ両腕に強く力を込めて思いっきり抱き着いてくる。
「直美ちゃん、今日もご飯用意してくれてるんでしょ? 食べたいから移動しようよ?」
「だからぁ……お姫様抱っこぉ~」
「本気で言ってるの?」
「直美はいつだって本気なのぉ~」
密着しすぎて直美の顔が俺の肩の上にあるため表情は確認できないが、声から察するにとても嬉しそうだ。
多分満面の笑みを浮かべていることだろう。
それを想像しただけで俺は抵抗する気になれなくなってしまう。
「仕方ないなぁ……よっとぉ……うっ!?」
「な、何そのうめき声っ!? ま、まさか重いとかいうんじゃないでしょぉねっ!?」
「そ、そんなことは……うぐぐぅ……くぅ……」
直美を抱き上げた俺の両腕が悲鳴を上げている。
正直なところとても重い、しかしそんなことは言えるはずがない。
尤もこれは直美が太っているからではなく、単純に俺が非力だからだろう。
(し、しっかりしろ俺……こんなことで直美ちゃんを支えきれるのかっ!?)
自分に活を入れて強引に歩きだす。
果たして愛の力か、何とか食卓までたどり着くことに成功した。
「つ、着いたよぉ……ど、どうでしたかお姫様ぁ……はぁはぁ……」
「そんな鼻息荒く言われても全然嬉しくないってばぁっ!! 直美そんなに重くないもんっ!!」
「わ、わかってるってば……だけど体重何キロ?」
「知らないっ!! おじさんの馬鹿ぁっ!!」
叫んで駆け出して行ってしまった直美。
こんなに苦労したのに報われないとは、虚しいばかりだ。
(俺が謝らなきゃだめだろうなぁコレ……うぅ……)
呼吸を整えながら、直美が出ていった廊下へと顔を出した。
しかし既に直美の姿は見えなくなっていた。
慌てて靴を確認したが、どうやら外へ出ていったわけではなさそうだ。
(階段を駆け上がった音はしなかったから一階のどこかにいるんだろうなぁ)
仕方なく片っ端からドアを開けて直美を探すことにした。
洗面所から風呂場にトイレ、台所まで探したがどこにも見当たらない。
(おかしいなぁ……他に人が隠れられそうな場所は……あそこかっ!?)
ちょうど階段下のスペースにある小さい収納庫、そこの扉を開くとむくれ顔で座り込んでいる直美を見つけた。
「直美ちゃんゴメンね、ほら出てきて」
「むぅ……直美重くないもん」
「分かってるよ、俺が非力だっただけだって……今度までにちゃんとお姫様抱っこできるよう鍛えておくから」
「……もぉ、しょーがないなぁ」
おふざけ半分だったようで、直美はあっさりと笑顔になって這い出てきた。
「だけどよく見つけられたねぇおじさん……ふつーこんな小さいところに隠れると思わないっしょ?」
「直美ちゃん覚えてないかなぁ……昔よくそこに隠れてたんだよ」
直美をうちで面倒を見ることになったばかりの頃に何かあると……いや、なくても直美はここに隠れていた。
居心地が悪かったのか、或いは……多分実家でそう言う扱いを受けていたためだろう。
まるでここだけが自分の居場所だというかのように、ずっと一人で佇んでいたのだ。
「あー……そーいえばなんかおじさんがこーして迎えに来てくれたの何となく覚えてるぅ」
「直美ちゃんは俺が呼びに来るまで絶対に出てこようとしなかったからねぇ」
俺が声をかけると直美は涙目で出てきて、無言で抱き着いてきた。
だから俺も何も聞かないで落ち着くまで抱きかかえて……そのまま連れ歩いていたことも思い出した。
(あの頃は抱っこしたまま移動できたのに……本当に大きくなって……)
それからしばらくすると直美はここではなく俺の部屋に入り浸るようになった。
俺を信用してくれた結果だろう……まさかその関係がずっと続くとは思わなかったが。
「そうだったっけぇ……あっ!! 思い出したぁっ!! おじさんあんとき直美に言ったじゃんっ!!」
「えっ!? な、何か言ったっけ?」
「言ったよぉっ!! おじさんがずっとこうして抱っこしててあげるってっ!!」
「そ、それはあの時だけの話でしょっ!?」
「違うもんっ!! ずっとって言ったもんっ!! ほら抱っこ抱っこぉっ!!」
再度俺にしがみ付いた直美、まるで体重を感じなかった当時とは比べ物にならない。
しっかりと大きく成長していることを実感して……なんだかとても嬉しくなった。
(だけど甘えん坊なところは……変わってないのかもなぁ……)
仕方なく俺は当時と同じ様に直美が納得するまでその身体を抱きかかえるのだった。
「全くしょうがない……うぐぅっ!?」
「あぁっ!? ま、またそんな顔してぇっ!? 直美重くないもぉんっ!!」
「わ、わかってるよぉ……直美ちゃんはとっても軽……ぐぉっ!? こ、腰がぁああっ!?」
「ふぇぇっ!? お、おじさんっ!? しっかりしてぇええっ!!」
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