平日③
「ただいま、直美ちゃん」
「はぁい、おかえりなさぁい……きょぉも早いけどお仕事はじゅんちょなの?」
「う、うん……それが何と言うか……前の会社に比べれば大した量じゃなかったんだよ」
先日忙しくなると言われてから割り振られた仕事は、正直拍子抜けする量でしかなかったのだ。
だから前の会社で自作した時短ツールを利用したところ、やっぱり午前中に全て片付いてしまったのだ。
仕方ないから他の人の手伝いに回ったが、その結果部署全体の仕事が定時の一時間前に終わってしまった。
(みんな目を丸くしてたなぁ……またなんかやっちゃったかと逆に怯えそうになったよ……)
せっかくなので余った時間で間違いがないかの確認とついでに俺の自動化ツールとそのプログラムの説明をしておいた。
すると会社全体での採用を検討するとか何とか言われてしまい、何だか化かされているような心地だ。
「へぇ……でもまあ早く帰れるならいいことじゃん」
「そうなんだけどねぇ……だけどこれじゃあ残業代が貰えないからなぁ」
「別になくても生活費は問題ないってぇ、直美がきっちりと節約してあげるんだからねっ!!」
「ありがとう、とっても助かるよ」
確かに普通に生活するだけならばもう十分すぎる額を貰えている。
その上で直美が節約してくれれば、計算上では二人の生活費を含む諸経費を引いてなお貯金が出来るはずだ。
(ただ、直美の学費……特に大学の費用を考えると少し心許ないよなぁ)
やはり現状に満足することなく、もっと精進していこうと思う。
直美を幸せにするために……そして俺が幸せになるためにだ。
「おじさんの奥さんとして家計の管理は直美のお仕事だもん、とーぜんだよっ!!」
「いや、まだ結婚してないからね……」
「事実婚してるよーなもんでしょぉっ!! 愛し合う恋人どーしでどーせぇしてるんだからぁっ!!」
「あのねぇ……」
直美の言葉を否定しようとして、だけど上手い言葉が思い浮かばなかった。
そもそも前に一度告白じみた発言をしてしまった以上、既に恋人同士という関係には文句のつけようがない。
その上で同棲を言い出しているのだから、確かに事実婚などと言われても否定のしようがないではないか。
「だぁかぁらぁ……そろそろエッチなことしよぉよぉ」
「駄目だってば、せめて直美ちゃんが大学を卒業して就職するまでは親代わりとして見守りたいんだよ」
(大学を出てれば就職に有利だろうし……何より交友関係も広がる……ひょっとしたら俺よりいい男を見つけるかもしれない……)
もしもそうなったら俺は……身を引いて父親役に徹することにするつもりだ。
直美の幸せを考えればもっと年の近い彼氏を作ったほうがいいに決まっているのだから。
(胸が痛むけど……だけど直美の幸せの為なら俺はいくらでも耐えられるよ……)
あるいはその果てに、直美がしっかりと判断力のついた大人になってなお俺を愛してくれるのならば……その時は全力で応えようと思う。
「いやいや、そこは頑張って彼氏役と父親役を兼任するってぐらい言ってよぉ……だいたい直美は大学行く気ないんだからぁ」
「将来のことを考えたら大学には行っておいたほうがいいと思うよ……何か考えがあるなら話は別だけど……」
「勿論考えてるよっ!! 直美はねぇ……卒業とどーじにおじさんのお嫁さんになってせんぎょー主婦になるのだぁっ!!」
笑って俺に抱き着く直美はとても可愛くて、ついつい頷いてしまいたくなる。
(最近どんどん魅力的になってきてる……しっかり理性を保たないとなぁ……)
「未来は何があるかわからないんだからね、最終的に専業主婦になるならともかく万が一に備えて一人でも暮らせるように……」
「ひ、一人っ!? お、おじさんも直美を捨てる気なのっ!?」
俺の言葉を遮って、直美が物凄い剣幕で迫ってくる。
目は大きく見開かれていて、今にも涙がこぼれて来そうだった。
「いやそれだけはないっ!! 絶対に俺は直美ちゃんを見捨てたりしないよっ!!」
「お、驚かせないでよぉ……全くもぉ……おじさんの意地悪ぅ……」
即座に否定すると、直美は心底安堵した風に胸をなでおろした。
そんな様子を見たら俺は今度こそ何も言えなくなってしまう。
(直美ちゃんも……俺に依存してるのかな?)
鬱の時には気づけなかったけれど、俺が直美に依存していたように直美もまた俺に依存しているように感じた。
しかし冷静に考えれば直美は家族を失い、今日まで頼れるのは俺だけだったのだ。
ならばむしろ執着しないほうがおかしい……だからこそこんな年上のおっさんに必要以上にベタベタしているのだろう。
(少しずつ……落ち着かせてあげよう……)
一緒に暮らすことを提案したのは正解だったのかどうかはわからない。
だけどこの際だ、直美がどうなろうと俺は見捨てたりしないということをはっきりとわかってもらおう。
そうすれば俺に嫌われることを恐れて必要以上に好かれようとはしなくなるはずだ。
(出来ればその上で俺のことを……って本当に情けないなぁ俺は……)
「とにかくぅ、直美はそつぎょーしたらおじさんとえっちなことしまくるつもりなんだから大学なんか行ってる暇ないのぉ~」
「はいはい……まあ将来の話はとりあえず置いといてご飯食べよっか」
「はぁ~い、きょぉのご飯は新婚のてーばん料理な肉じゃがさんっ!!」
「だから結婚してないってば……ああ、でもいい匂い」
「えっへっへ~、ちゃぁんとおじさんの胃袋を掴めるように味見したんだよぉ……お陰で直美お腹いっぱいなんだぁ」
直美はお腹をチラ見せしてポンポン叩いてみせた。
言葉とは裏腹にしっかりと締まっているおへそ周りは、張りと艶のよい肌色と相まって非常に魅力的だった。
(な、撫でたら触り心地良さそう……って何考えてんだよぉ……)
早速誘惑されそうになった己の未熟さを恥じながら、俺は居間へと移動して今日も直美の手料理をご馳走になるのだった。
「食べさせてあげるぅ~、おじさんあーんしてぇ」
「いや一人で食べられるんだけど……」
「駄目でぇす、さっき意地悪したからこれは罰ゲームなのぉ~……ほら、あーんしてぇ」
「やれやれ……あーん……んんっ!?」
「ぐつぐつに煮込んだジャガイモさん、丸ごと入りまぁ~す」
「っっっ!?」
(熱っ!? く、苦しぃっ!? し、死ぬぅううっ!?)
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