平日の夜④
「……からなぁ、本当にわかってんのかお前よぉ?」
「はい、わかってます……」
「たくぅ、そんな辛気臭ぇ顔してっからモテねぇし仕事もできねぇんだよぉ」
「すみません……ほら、タクシー来ましたから……」
悪酔いしている先輩をタクシーに押し込んで、俺は逃げるように帰路へついた。
心労と酔いで俺も足元がふらついている。
これだから飲み会は嫌だ、あんなものをありがたがってる年寄り連中の気が知れない
(モテないからなんだよ……余計なこと言いやがって……うっ!?)
「うぇ……ぐそぉ……」
気持ち悪くて吐きそうだ。
この調子だと明日は二日酔いで動けそうにない。
(早く帰って……寝よう……)
家に帰り鍵を開けて中に入ると同時に廊下にぶっ倒れた。
もう起き上がる気力もない。
何より下手に動いたら吐いてしまう。
「うぅ……気持ち悪いぃ……」
「あれぇ、おじさん帰って……ど、どうしたのよっ!?」
どうやらドアを閉め損ねていたようだ。
通りがかった直美が俺に気づき、駆け寄ってきた。
「な、直美ちゃ……うぇ……」
「な、何、食中毒ぅっ!? ちょ、ちょっと救急車ぁっ!? 確か1919だっけっ!?」
思いっきり勘違いしている直美だが声を返す余力もない。
何とか首を横に振ってみたが、頭が揺れて余計に気持ち悪くなった。
「な、何……どうし……さ、酒くさぁいぃい……こぉのお酔っ払いっ!!」
顔を近づけたことで匂いに気づいたらしい。
心配して損したとばかりに離れると、何故か家の中へと入っていく。
(な、何で出ていかないんだ……?)
酔った頭で疑問に思っていると、奥から水が入ったコップと空袋を手に直美が戻ってきてくれた。
「ほらぁ、お水と袋……飲んでみて駄目なら吐いちゃいなさいよ」
「あ、ありがと……ぐぅ……うぇぇ……」
「ああ、ほら袋っ!! 背中さすってあげるから……大丈夫大丈夫……」
袋を顔に当てられて、優しく背中を撫でられて……俺は年下の直美に介護されるがままだった。
その後俺に肩を貸してベッドまで運んでくれる。
「ほらぁ、寝ちゃいなさい……なんも考えず……いい子いい子……」
「……ふぅ……ご、ごめん……はぁ……うぅ……」
「謝るぐらいなら次からはちゃんと飲む量抑えなさいよぉ……全く」
呆れたような直美の声を聴きながら、優しく顔を撫でる手の感触に酔いしれながら俺は目を閉じた。
あっという間に眠りに落ちた俺は、次の日すっきりした気持ちで目を覚ました。
二日酔いの影響は殆どない、直美のケアのお陰だった。
(これはお礼しないとなぁ……お金ってのは失礼かもしれないけどお小遣いでも……財布が軽いぞ?)
中身を見るとものの見事にお札も小銭も空っぽになっていた。
確かまだ二千円ぐらいは入っていたはずだ。
何度も確認していると、部屋のドアが開いて直美が入ってきた。
「あらぁ、おじさんもう大丈夫なのぉ?」
「おはよう直美ちゃん、昨日はごめんね」
「心配したんだからねぇ……後でお小遣い頂戴ね」
笑いながらベッドに腰を掛けた直美の手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。
「ほらぁ、スポーツ飲料飲んで……おじさんのお金で買ってきたから気にしないでね」
「ありがとう……ところでお釣りは?」
「えぇ~お釣りなんかなかったよぉ?」
「……レシートは?」
「忘れちゃったぁ、直美ったらお馬鹿さんっ」
露骨に舌を出してウインクされた。
だけどこれぐらい安いものだと思った。
「それより今日はゆっくり休んで休んでぇ」
「わかったよ……」
「じゃあ私も寝るからぁ……お休みぃ……」
「え……あの……直美ちゃん?」
俺の隣に潜り込むと目を閉じてすぐに寝息を立て始めた直美。
よく見れば目の下にうっすらと隈のようなものが見えた。
(寝ずに看病してくれたのかな……ありがとう)
俺は優しく直美の頭を撫でてあげた。