有給⑥
「お、おじさん……本当にいいの?」
「俺がお願いしてるの……直美ちゃんこそ嫌じゃない?」
「ううん、全然……すごく嬉しい」
「よかった……じゃあ早く荷物運んじゃおうね」
「えへへ……はぁい」
直美の身の回りの品をどんどん俺の家に運び入れていく。
少しでも長くいられるよう……直美を寂しがらせないよう一緒に暮らすことにしたのだ。
何だかんだで隣に住んでいた時も入り浸っていたから、同棲しても問題は起こらないだろう。
「ええと、部屋はどこにするかなぁ」
「はぁい、直美おじさんと同じ部屋に住む~」
「狭いから止めようね……隣にある親父の部屋を整理するから……」
「やだぁ、直美はおじさんと一緒の部屋がいいなぁ~」
腕に引っ付いて離れようとしない直美。
しかし直美の衣服と化粧関係品とテレビとゲーム機と学校関係の物と……とても俺の部屋には入りきらない。
「俺の部屋に置いたら足の踏み場も無くなっちゃうでしょぉ……すぐそこなんだからいいでしょ?」
「もぉ……じゃぁせめて寝るところは一緒にしよーねぇ」
「……一応親父が使ってた布団を洗っておくよ」
「ぶぅ……おじさんのけちぃ」
不満タラタラな直美が今度は後ろから抱き着き、体重を預けてくる。
色々と柔らかくていい匂いもするし、何よりとても可愛いのだけれど……正直荷物を運びづらくてたまらない。
(せめて手荷物ぐらい運んでくれよぉ……うぅ……)
日頃の運動不足が祟り、また先日プールで泳いだ分の筋肉痛も日を跨いで襲ってきている。
はっきり言って物凄く辛い。
「テレビはどこに置こうか……」
「それこそおじさんの部屋に置こうよぉ……ゲーム機もセットで置けばいっしょにあそべるでしょぉ?」
「だけどおじさんが寝てるとき使えなくなっちゃ……直美ちゃんなら使うよねぇ」
「さっすがぁ、おじさんよくわかってるぅ~」
(……何を言っても無駄だろうなぁ……うぅ……)
諦めて俺の部屋にテレビとゲーム機を設置する。
「……ふぅ、一通り終わったかなぁ」
「うぅんとぉ……大体オッケーだと思うけど一応確認にいこっかぁ」
「そうだねぇ」
直美と一緒に霧島家に足を踏み入れて、家の中を見て回る。
廊下から居間と台所、風呂場をのぞき込む。
(……電気ガス水道も止めておかないとなぁ)
そうすれば少しは直美ちゃんが使えるお金が増えるはずだ。
どうせ直美の祖父が戻ってくることはないだろうし、祖母も戻れそうな兆候はない……何より戻らせるつもりもない。
(あいつは……まあどうでもいいな)
頭を振って思考を切り上げると階段から二階に行き、各部屋を覗き込んでいく。
どの部屋も埃塗れで、人の出入りした気配は見られない。
こんな無駄に広い家に一人で暮らしていた直美の心中は察するに余りある。
(もっと早く誘ってあげればよかったなぁ……)
「黙り込んじゃってぇ、何を考えてるのぉ?」
「……ちょっとね」
「当ててあげよっかぁ……おじさんはじょしこーせーの部屋に入るのでドキドキしちゃってるんでしょぉ~」
「あのねぇ……何度も入ってるでしょ?」
「そだっけぇ?」
笑いながら言う直美、長年暮らしていたはずの家から離れるというのに寂しそうな素振りは見られない。
すぐ隣だからというのもあるのだろうが、恐らくそれ以上に……この家にいい思い出がないのだろう。
ひょっとしたら嫌な家族が戻ってくるのではという恐怖すら感じていたのかもしれない。
「ごめんね、直美ちゃん……もっと早く誘ってあげればよかったね」
「そぉだよぉ……直美はおじさんと新婚せーかつするの楽しみだったんだからねぇ~」
「いや違うからね……」
「違わないのぉ~愛し合う男女が一つ屋根の下で暮らすんだからこれは新婚さんなの、全くおじさんたら照れ屋さんなんだからぁ~」
俺の想いとは裏腹に直美はずっと明るく嬉しそうにしている。
それだけでも同棲を提案してよかったと思った。
「はぁい、直美の部屋にごしょうたぁ~い」
「やれやれ……うん、かなり綺麗になったねぇ」
「まるで直美が汚してたみたいに言わないでくれるかなぁ……ええと、忘れ物はないかなぁ~」
部屋中を漁って回る直美、洋服ダンスの中身を確認し終わると次にクローゼットの中にある収納ボックスをチェックしている。
俺はそれを直美の……幼馴染も使っていたベッドに腰掛けながら見守ることにした。
(あいつが帰ってきたら、何もない家を見て何て言うかねぇ)
このベッド以外に幼馴染の思い出があるものはもうこの部屋には存在しない。
それでも強いて言うのなら……窓のほうを見ると、向かいに俺の部屋が見えている。
よくこの窓越しに幼馴染を起こしたのを覚えている。
(あいつはずぼらで色々と抜けてて……物凄く手が掛かって……だから放っておけなかったんだけどなぁ……)
しかし唐突にあいつは変わった。
彼氏の影響なのか……あるいは最初から色々と干渉する俺をどこか鬱陶しいと思っていたのかもしれない。
『史郎くんとけっこんするぅ~』
幼いころ、本当に小さいときに交わした約束。
『ごめんねぇ、またしゅくだい忘れちゃって……いっしょに先生にあやまってほしいの』
小学生の時、よく忘れ物をする幼馴染のフォローをしたものだ。
『また負けちゃったぁ……史郎は本当にゲーム上手いねぇ』
中学生になっても俺の部屋に入り浸り、共にゲームに興じていたのを覚えている。
『話しかけないで……』
そして高校生……一体どこで間違えたのだろうか。
全く分からない。
ただ一つだけ分かったことがある、あの時俺は幼馴染の変化を恨んだけどそれは間違いだった。
「ええとぉ、これとこれとぉ……後こっちも持ってこうかなぁ~」
目の前で荷物を集めている直美を見て、俺は自然と笑顔になる。
確かに辛い思いをした、未だにトラウマが残っている。
だけどあの裏切りの果てにこの子が……直美が産まれてきたのだ。
(あの時の絶望や苦悩の全てがこの子に出会うための試練だったと思えば……むしろ感謝したいぐらいだよ)
ただし直美にした仕打ちだけは許すわけにはいかない。
俺が幼馴染を恨むとすれば……その点だけだ。
そしてそれだけで俺は絶対に幼馴染を許すことはないだろう。
(戻ってくる分には構わないし、どう対応されたって気にはしない……だけど直美を泣かすような真似だけはさせない)
強く決意を固める。
直美を守るのは……養って育てるのも俺の役目だ。
仮に直美の血縁者が戻ってこようとも譲るつもりはない。
「おっまたせぇ~、あとこれだけ持って行けばオッケーだよぉ~」
「じゃあ早速……ってな、ナニコレっ!?」
お尻のところにハートマークの穴が開いている下着を見せつけられる。
「勝負下着~、ちょぉ重要でしょぉ~……これから毎日使うんだからぁ~」
「こ、こんなの学生が穿いちゃ駄目でしょっ!! 置いて行きなさいっ!!」
「嫌ですぅ~、絶対にこれでおじさんを悩殺してやるんだからねぇ~……ほらぁ持って持ってぇ~」
笑いながら俺に過激な下着の山を投げつけてくる直美。
本当に……可愛くて魅力的ないい笑顔をしていた。
他人を見下して嗤っていた幼馴染とは、やはり似ても似つかない。
(この子だけは……絶対に幸せにしてあげないとな……)
俺は心の底からそう思うのであった。
「えぇ~い、女性下着の山に埋もれるおじさんを激写……これは一大スクープの予感っ!!」
「ちょ、や、止めてっ!? それシャレにならないからっ!?」
「この写真をばらまかれたくなければぁ……直美とエッチなことするのだぁ~」
「ど、どっちも勘弁してぇっ!!」
(だ、だけどこういうのは勘弁してよぉ……どうしてこんな子に育ったっちゃったのかなぁ……それもまた可愛いんだけどさ)
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